モルガン銀行勤務時代に「伝説のディーラー」と称された経済評論家・藤巻健史氏に、不透明化する世界経済の現状や見通しを語ってもらうシリーズ。前回は、米連邦準備理事会(FRB)の金融政策や米国経済の現状分析、将来の予測を伺いました。

しかし、気になるのはやはり日本の動向でしょう。日本では、急激なドル高・円安を背景に物価高が進行しています。株式市場は持ち直しつつありますが、2023年4月に日銀総裁の交代を控え、マーケットでは膨れあがった日銀のバランスシートの行方が懸念されています。

この現状をどう見るべきなのでしょうか。日本の株・債券・通貨すべてが売られる「日本売り」の“Xデイ”の到来を予測する藤巻氏に、日本の動向や、来る危機に向けて資産をどう守ればよいのか、引き続き話を聞きました。

>>前回の記事:米国の「サタデー・ナイト・スペシャル」再来に要注意

藤巻健史(ふじまき・たけし)氏
藤巻健史(ふじまき・たけし)氏
1950年東京都生まれ。一橋大学商学部を卒業後、三井信託銀行(現三井住友信託銀行)に入行。1980年、米国ノースウェスタン大学ケロッグ経営大学院にてMBAを取得する。帰国後、三井信託銀行ロンドン支店勤務を経て、1985年に米国のモルガン銀行(現JPモルガン・チェース銀行)に転職。同行で資金為替部長、東京支店長兼在日代表などを歴任。東京市場屈指のディーラーとして世界に名をとどろかせ、JPモルガンの会長から「伝説のディーラー」と称された。2000年にモルガン銀行を退職。その後、米国の投資家ジョージ・ソロス氏や三洋電機のアドバイザーを務めたほか、一橋大学経済学部で13年間、早稲田大学大学院商学研究科で6年間、半年の講座を受け持った。現在はフジマキ・ジャパン代表取締役。東洋学園大学理事。2013年から19年まで参議院議員を務めた。2020年に旭日中綬章を受賞。『Xデイ到来 資産はこう守れ!』『藤巻健史の資産運用大全』(ともに幻冬舎)ほか著書多数。

ハイパーインフレ到来の条件がそろいつつある

――前回は、現在のドル高はFRBが2022年6月から開始したQT(量的引き締め)が一端になっていて、今後さらにQTが激化することで、米国景気の悪化とドル高が加速する可能性があるとのお話でした。ここからは、日本の動向を中心にお話を伺っていきたいと思います。日本はどのような現状を抱えているのでしょうか?

日米の最大の違いは、FRBがインフレを抑制するために大幅利上げに打って出ているのに対して、日銀は利上げどころか、QE(量的緩和)を続けざるを得ない点です。米国はQT、日本はQEという正反対の金融政策を取っている。つまり、「QT対QE」という構図です。ドルの需給がどんどんタイトになる一方で、円の需給はどんどん緩んでいくわけですから、どちらの通貨が勝つのかは一目瞭然でしょう。現在は両国の金利差ばかりが注目されていますが、将来的にはこの点がフォーカスされるようになると思います。

――確かに、日銀は頑なと言っていいほど、金融緩和政策を維持しています。なぜ、日銀は利上げに転換しないのでしょうか?

しないのではなく、できないというのが実情でしょう。世界中の中央銀行が利上げを行う中、日銀だけが指定した利回りで無制限に国債を買い入れる「指値オペ」を行い、長期金利が上がらないようにしています。それは、日本の長期金利が、日銀が変動幅の上限に設定している0.25%を超えると、保有する日本国債に巨額の評価損が発生し、時価会計上で債務超過に陥ってしまうからです。

これだけ世界各国が利上げに傾いているわけですから、通常なら日銀も0.25%の上限引き上げに動くはず。しかし、そうはしていません。これでは、日銀が世界との金利差拡大を容認したのも同然。いわば、世界に向けて「通貨安宣言」をしているに等しいのです。

――「日銀は自分で円を刷れるから、債務超過になるはずがない」という声はありますが、これについてはどうお考えでしょうか。

確かに、自分で円を刷れますから、資金繰り倒産はしません。しかし、保有している国債の値段が落ちれば実質的に債務超過状態になり、それが一時的では済まないとなると、日銀の信用は地に落ちるでしょう。そうなると、私が指摘する1ドル=500円どころか、円の価値はほぼゼロになり、そのあたりに転がっている石ころと同じ扱いになってしまいます。

円が暴落すればどうなるか。ハイパーインフレの到来です。第二次世界大戦後、ドイツではマルクが暴落してハイパーインフレが起こりましたが、それと似たようなことが日本でも起こるでしょう。「いくらでも」円を刷れることと、「いつまでも信用のある」円を刷れることは似て非なるものなのです。

――「ここまで異次元の金融緩和を続けているのに、超円安もハイパーインフレも起こっていないじゃないか」との見方もあります。

それは日銀が為替(実際は財務省ですが)、株、長期国債市場で圧倒的な存在感を示し、マーケットを牛耳っていたからです。こんなことを、こんな規模で行っている中央銀行はほかにありません。いつまでも中央銀行が市場を牛耳ることなど資本主義国家ではありえません。おできが大きくなり、膿が大きく流れ出すと思います。押さえつけていた分、大規模に、です。

私が1ドル=500円もあり得ると指摘すると、よく「非現実的なことは言うな。1ドル500円なんてあり得ない」といったメッセージが私のSNSに届きます。そう思いたい気持ちはわかりますが、黒田東彦日銀総裁は、昔の日銀総裁が聞いたら腰を抜かすような過激なことをやっているのですから、結論が過激になるのは仕方ありません。

これまで日銀がしてきた行為のツケを払う日、つまり世界中の投資家が日本の株、債券、通貨を一斉に売る「Xデイ」は刻々と近づいているのです。

「新・日銀」誕生のシナリオ

――ハイパーインフレの到来を防ぐために、日銀はどういう手を打てばいいのでしょうか。

私は、日銀の信用が地に落ち、日本円が石ころ化してしまうより前に、為替相場で「主要国のQT対日本のQE」という構図がフォーカスされるようになることで、1ドル=500円レベルの円安が訪れると考えています。そうなれば当然、猛烈な物価上昇が起こります。

2023年4月に就任する日銀の新総裁には「ここまで円安、物価高が進んでいるのに、なんで日銀は利上げしないんだ」というプレッシャーがかかると思いますが、すでに日銀は「進むも地獄、退くも地獄」の状態です。打つ手だては何もありません。

――なにをしてもムダということでしょうか?

異次元緩和に踏み切る前なら、なんとか手段はあったと思います。しかし、異次元緩和によって日銀の当座預金残高が540兆円(2022年10月17日現在)まで膨らんだ今となっては、それもできなくなりました。なにせ異次元緩和はハイパーインフレを起こすからと世界中で“禁じての中の禁じ手”と言われていた財政ファイナンスそのものなのですから。それに手をつけてしまった。しかも、世界で最も大規模に始めてしまった以上、難しいでしょうね。

日銀は、どんどん円安や物価高が加速するのを座して見守ることしかできないでしょう。待ち受けているのは、「日銀の倒産」です。

勘違いしないでいただきたいのですが、先に述べたように日銀は自ら通貨を刷れるので、資金繰りの悪化による倒産はしません。しかし日銀の信用が失墜してハイパーインフレが到来した場合、現在の日銀を廃して新しい中央銀行をつくらざるを得なくなります。これを「倒産」と表現しているわけです。

――「新・日本銀行」のようなものができるわけですね。

日銀が倒産して新たに中央銀行が創設されれば、現存する円は無価値になり、新中央銀行が発効する通貨が新たに法定通貨になるでしょう。新・日銀は、2024年から流通するつもりだった渋沢栄一の1万円札を「新・日銀券」として活用するのではないでしょうか。また、新たな法定通貨とは別に、米ドルで決済する企業やお店が出てくるかもしれません。荒唐無稽のように聞こえるかもしれませんが、実際、第二次大戦後のドイツでは、古い中央銀行を廃し、新しい中央銀行が創設された経緯があります。

現在の日銀に打つ手だてがない以上、「新・日銀」の創設はなるべく早く行うべきだと考えています。私がこう主張すると、「中央銀行の倒産なんてあるわけがない」と反論する人が必ず出てきますが、実は日銀のあり方を定めた「日銀法」にも、日銀の解散に関する規定が設けられています。「あるわけがない」ことではないのです。

これまで、日本では長期に渡ってデフレが続いていたため、確かにハイパーインフレが起こるなどと言われても現実味がないのは仕方ありません。インフレやデフレはモノやサービスの需給関係で起こりますが、ハイパーインフレは中央銀行の財務内容の悪化で起こります。ですから、デフレから即、ハイパーインフレも起こりうるのです。日本国民はハイパーインフレや日銀の倒産が現実として目の前に迫っていることを認識すべきです。

Xデイ到来のヘッジ手段はドル資産の保有に尽きる

――ここまでのお話を聞くと暗い気持ちになってしまいますが、迫りくるハイパーインフレやXデイに対して、日本国民ができることとはなんでしょうか?

大事なのは、日本がハイパーインフレを克服するまでの間は、「どうやって資産を増やすか」ではなく、「いかに資産を守るか」ということ。資産を増やすことを考えるのは、日本が再び発展の道を歩み始めてからでもよいのです。

では、どうすれば資産を守れるのか。やはりドル資産を保有することに尽きるでしょう。今後は米国も利上げや金融引き締めによって景気は落ち込み、厳しい状況に陥ることは確かです。しかし、為替相場は相対的なもの。たとえば、ドル・円相場で円とドルの両方が下がることはありません。「どちらがより強いか」という判断のもと、どちらかが上がり、どちらかは下がります。

ドルは世界の基軸通貨であり、米国はエネルギーとITという二大産業を押さえているので、円以外の通貨に対しても強さを維持すると思います。その結果、ドル資産を保有するのがベストということです。

――ドル資産にもいろいろありますが、なにを買えばいいのでしょうか。

ドル資産であれば、さまざまなアセットに分散して保有するのがいいでしょう。ただ、株式や不動産といったリスク資産は、QTの影響で大きく下げる可能性があるので、できれば「ドル建てMMF」のような現金に近いドル資産を中心に保有するといいと思います。

ドル預金でも構いませんが、ドル預金による為替差益が総合課税扱いなのに対して、ドル建てMMFは税率20%の源泉分離課税です。総合課税では、所得金額の合計が695万円以上になると税率が20%を超えるため、ドル建てMMFを選んだほうが得策でしょう。

――所得が低ければドル預金も可ということですね。

その考えには落とし穴があります。というのも、これから起こりうる超円安によって、たった1ドルを保有しているだけでも数千万円以上の為替差益が発生する可能性があるからです。そうなれば、所得税と住民税の合計で最高税率55%に到達してしまうでしょう。そういう意味でもドル建てMMFがお勧めです。

ほかには、資産の1%など少額をビットコインやイーサリアムといった暗号通貨で保有しておくのも一手です。頻繁に売買するのではなく、10年後、20年後に結果が出る宝くじを買う感覚で持ち続けるのがいいのではないでしょうか。

――最後に、読者に対して一言お願いします。

私は以前から日本経済の崩壊を予測し、書籍にも書き続けてきました。その度に「また藤巻がありもしないことを言っているよ」などと“オオカミ少年”扱いをする人がいたわけですが、それがかなり現実味を帯びてきたことは確かです。資産を円だけで保有しているのであれば、ただちにドル資産の保有を考えるべきでしょう。

そうはならなかったとしても、ドルが世界の通貨に対して強いことに変わりはありません。円安が進むのは確実な状況ですから、ドル資産を保有することは、Xデイ到来のヘッジ手段以外にも意味があることなのです。