この記事は2022年11月7日に「The Finance」で公開された「メタバースビジネスにおける法的留意点の概観」を一部編集し、転載したものです。


Facebook社のMetaへの社名変更以降、我が国おいてもメタバースに対する注目が一気に高まっており、関連事業への参入が相次いでいる。

メタバースは、完全に現実世界と切り離されたものではなく、むしろ、現実世界との結び付きのある仮想空間であって、経済活動が行われる場であることから、既存の法律の適用を受けるものである。

もっとも、既存の法律をそのまま適用することが必ずしも適切ではない場面も少なくないことから、法的課題を抽出し、メタバースに相応しいルールメークをしていくことが今後の発展のために重要となる。

目次

  1. メタバースとは
  2. メタバースビジネスにかかわる法的課題
    1. (1)メタバースと知的財産法
    2. (2)メタバースとデータ法
    3. (3)メタバースと電子商取引
    4. (4)メタバースと金融規制
    5. (5)メタバースと税法
  3. まとめ

メタバースとは

メタバースビジネスにおける法的留意点の概観
(画像=Peera/stock.adobe.com)

「メタバース(Metaverse)」とは「Meta」と「Universe」を組み合わせた造語であり、1992年にアメリカで刊行されたSF小説「スノウ・クラッシュ」(著者:ニール・スティーヴンスン)に登場する仮想空間サービスの名前として初めて登場した。同小説において、VRゴーグルを通じて体験する三次元のオンライン仮想世界を指す単語として「Metaverse」が登場した。

メタバースが世界的に広く知られるようになった1つの契機が、Facebook社のMetaへの社名変更である。Metaは社名変更とともに、メタバース事業へのビジネスモデルの転換を発表し、大きな注目を集めた。このためメタバースといえば、Metaの提示するイメージを思い浮かべる人も少なくない。

他方で、多くのゲーム会社がメタバースビジネスに本格進出しようとしていることからもわかるように、オンラインゲームの進化形ととらえるユーザーも相当数存在する。あるいはXRのうちのVR技術による、ソーシャルメディアの進化版といわれることも少なくない。さらには、一部の人には懐かしいかもしれないSecond Lifeの発展形という印象を持つ人もいるだろう。

このように、メタバースに対して事業者やユーザーが持つイメージは様々であり、どのような方向に進化していくのかについては未知数な部分も多い。もっとも、アバターとなった人々が生活や経済活動などの様々なアクティビティを行っていく仮想空間であるという点では認識が共通しているといえる。

例えば、老舗のメタバースともいえるSecond Lifeがビジネスとして成立した要因としては、現実世界の米ドルに換金システムが用意された仮想通貨「リンデンドル」を用いて、Second Life内の土地やアイテムを取引することで、収益を得ることができた点が指摘されている。

今回のメタバース・ブームでも、この経済取引機能、とりわけWeb3、NFT、ブロックチェーンとの関連が大変注目されている。

メタバースビジネスにかかわる法的課題

(1)メタバースと知的財産法

メタバースのユーザー数や経済圏の増大に伴い、メタバース内での様々な知的財産を利用した活動や取引が活発化していくことが予想される。

メタバース内でビジネスを行おうとする企業にとっては、そうしたメタバース内でのコンテンツやブランドの利用等を巡る法的問題を整理し、他社との紛争を予防しつつ、自社の知的財産を上手に活用していくための戦略を練っておくことが重要となる。

また、ユーザーにとってより魅力的で使い易いメタバースを構築・提供するために、その基盤となる技術の進化・発展が不可欠であり、企業にとっては、そのために開発した技術やデータをいかに守っていくかが重要となる。

さらに、メタバース内の経済活動等が活発になるにつれて、メタバース内の経済活動がメタバース外の現実世界の権利を侵害するという問題も増加していくことが予想され、メタバースの健全な発展のために、かかる権利侵害に適切に対処していく必要がある。

(2)メタバースとデータ法

メタバースでは、全ての活動がデジタル空間内で行われるため、アバターの視線等、個人に関する情報の種類が現実世界に比べて飛躍的に増え、その収集も容易になる。

このようなメタバース内の個人データの利活用は、企業にとってはメタバースの大きな魅力であるとともに課題でもある。したがって、国内外の個人情報保護法の遵守やプライバシー、名誉、人格権の保護等が、メタバースがビジネスとして成功するための重要な課題となる。とりわけ、ユーザーがアバターとしてメタバースに参加する場合に問題が複雑になる。

(3)メタバースと電子商取引

メタバースでは、アバターの姿となったユーザー間でアイテム等の取引が活発に行われており、メタバースの経済性の根幹を支えている。メタバース内の取引を円滑に進めるためには、既存の電子商取引ルールを踏まえつつ、メタバースの特質に応じた検討が必要になる。

例えば、メタバースにおいては、ユーザーは基本的にアバターの姿で参加することになるが、事業者としては、そのようなユーザーをメタバース内でどのように本人確認するのか、取引対象であるメタバース内の資産をどのように保護していくのかをNFT等ブロックチェーン技術の活用を含め、具体的に検討する必要がある。

また、これと対になるメタバース内の決済手段について、どのような手段(電子マネー、暗号資産等)を用いるのかということも課題となる。

(4)メタバースと金融規制

メタバースが相当数のユーザーを獲得し、その中で経済圏が構築されるようになると現実世界に類した様々な商取引や金融取引が行われることになる。メタバース上では現実世界における不動産や動産が(ブロックチェーンを利用するか否かにかかわらず)デジタル資産として存在し、経済的価値を持つことになる。

そして、それらのデジタル資産に関する商取引の決済が暗号資産などのデジタル通貨で行われることになる。このため、デジタル資産・通貨に関する金融規制の適用が問題となる。

この点、メタバースの場合、従来型のオンラインゲームとは異なり、そこで用いられるデジタル資産やデジタル通貨は、NFTや暗号資産あるいはステーブルコインとして、現実世界に取り出してその経済価値を実現することが可能になる。

このため、メタバース・プラットフォームの運営者及びメタバース内でビジネスを行う事業者は、多かれ少なかれ、既存のデジタル資産・デジタル通貨に対する金融規制(資金決済法における暗号資産交換業規制等)の適用を受ける可能性があることを前提にビジネスを設計する必要がある。

また、2022年2月、米金融大手JPモルガン・チェースが「Decentraland」に仮想空間内のラウンジ「Onyx Lounge」を開設したように、金融事業者は、メタバース上で様々な金融サービスの提供を行うことを検討している。このような金融サービスに対して、現実世界での金融規制をそのまま及ぼすことが妥当であるかについて検討が必要である。

例えば、メタバース内に構築した金融機関の仮想営業店内で営業員アバターが、来客したユーザーアバターに対して金融商品を販売したり、投資助言をしたりすることが考えられる。

また、メタバース内の複数の不動産に対する投資を行うメタバース不動産ファンドがメタバース内外で組成されることなども想定される。このような従来型の金融サービスがメタバース内又はメタバースに関連して提供される場合に、現実世界での金融規制をそのまま及ぼすことが妥当であるかについて検討が必要である。

さらに、近時、NFTに表章されたゲームキャラクターやアイテム等を活用してゲームをプレイし、ゲームプレイの報酬としてトークンを獲得することができるブロックチェーンゲームなど、ゲームと金融取引が融合した新しいサービス(「Play-to-Earn」、「GameFi」)も登場してきている。

このような従来存在しなかった新しい金融関連サービスについて現行の証券規制や暗号資産規制などをそのまま適用するのが妥当なのか、それとも、新しい規制の枠組みを設けるべきなのかについても検討していく必要がある。

以上の論点に加えて、メタバース内での金融取引に対していかなる国の金融規制の適用がなされるかという問題がある。これまでも海外の事業者がインターネット上で提供する金融取引について、いかなる場合に日本の金融規制が適用されるか否かは論点となってきたが、メタバースでは物理的な国境を越えて多様な金融取引が行われることがスタンダードとなる可能性があり、従前以上にどの国の金融規制がどの場合に適用されるのか、あるいはすべきであるのかを、従前の議論も踏まえつつ、検討する必要がある。

(5)メタバースと税法

メタバースでは、コンテンツ取引を始めとする様々な経済活動が現実に行われ、今後、その規模と額は飛躍的に増えることが見込まれている。そして、メタバース内の経済活動は、多くの場合、現実世界に何等か結び付いた経済活動である以上、これに伴う税務の問題も極めて重要になる。

メタバースにおいて想定される税務上の問題点として、メタバースには物理的所在、物理的国境がなく、現行の国際課税におけるソース・ルール(国内源泉所得該当性の決定ルール)が当てはまらないという問題が存在する。特に、メタバースにおいては、従前の電子商取引とは異なり、すべての経済活動が仮想空間内で完結することも想定され、課税にあたって、このような仮想空間内の経済活動をどのように実生活に連結させるかという新たな議論が生じることも想定される。

メタバースにおける税務上の検討事項は、すべての税目にまたがり、メタバースでの生産活動への所得課税(所得税、法人税、源泉所得税)、消費活動への課税(消費税)、さらにはメタバース内で「生活」する人口が増えるにしたがって、メタバース内の資産に対する相続税、贈与税も問題となることが予想される。

さらに、メタバースにおいては、匿名性が高いことから、現行のルールをそのまま適用すると、法定の手続の履行に関し、支障が出る可能性もある。

まとめ

以上のとおり、メタバースビジネスにかかわる法的課題について概観したが、いずれの法的課題についても、まずは、現行法の適用関係を整理し、その適用の妥当性を検討することが必要と考えられる。そのうえで、メタバースが大きな注目を集めているといえども、まだ揺籃期にあることを踏まえ、徒に規制に走ることなく、まずは、ビジネス環境を整える観点からベーシックなルールメークを行うことを官民連携して行っていくことが望まれる。

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講 師 :アンダーソン・毛利・友常法律事務所外国法共同事業
     河合 健 氏 パートナー弁護士
     中崎 尚 氏 スペシャル・カウンセル弁護士


[寄稿]河合 健 氏
アンダーソン・毛利・友常法律事務所外国法共同事業
パートナー弁護士

経歴:1988年京都大学法学部卒業、東京銀行/東京三菱銀行(現:三菱UFJ銀行)勤務、2008年神戸大学法科大学院修了を経て、2009年弁護士登録。自由民主党「Web3PT」ワーキンググループメンバー、経済産業省「スタートアップ新市場創出タスクフォース」委員、日本金融サービス仲介業協会監事、日本デジタル空間経済連盟監事、Metaverse Japanアドバイザー、大阪府「国際金融都市OSAKA推進委員会」アドバイザー、日本STO協会顧問、日本暗号資産ビジネス協会顧問。主として、フィンテック、金融規制、スタートアップ・ベンチャー支援、IT・デジタル関連法務を取扱い、国際的な弁護士評価機関であるChambers&PartnersのFinTech Legal(Japan)では過去3年間連続してBand1に選ばれている。
関連分野の近著:「メタバースと法(第1回)総論 メタバースと法」(NBL 1223号)「デジタル通貨・証券の仕組みと実務―ビジネス・法務・会計・税務」(中央経済社)、「トークン表示有価証券の譲渡および第三者対抗要件に関する問題点」(金融法務事情 2158号、2159号)「Q&A 実務家のための暗号資産入門 ー法務・会計・税務ー」(新日本法規)、「暗号資産・デジタル証券法」(商事法務)、「デジタルマネー・デジタルアセットの法的整理(第1回~第4回)」(NBL1157、1159、1161、1163号)
[寄稿]中崎 尚 氏
アンダーソン・毛利・友常法律事務所外国法共同事業
スペシャル・カウンセル弁護士

経歴:東京大学法学部卒業、2001年弁護士登録。2008年コロンビア大学ロースクールLL.M.卒業。2008年~2009年米国Arnold&Porter法律事務所にて勤務、同年復帰。2013年スペシャル・カウンセル就任。2016年~経済産業省「経済産業省・総務省 IoT推進コンソーシアム データ流通推進WG」委員,2018年~経済産業省「AI・データの利用に関する契約ガイドライン検討会」委員、2019年~「エンターテイメント・ローヤーズ・ネットワーク(ELN)」幹事,2020年~経済産業省「AI社会実装ガイド・ワーキンググループ」委員。
主要著書:『テクノロジー法務』(中央経済社)、『農林水産関係知財の法律相談』(青林書院)、『エンターテインメント法務Q&A〔第2版〕─権利・契約・トラブル対応・関係法律・海外取引─』(民事法研究会),『著作権判例百選 第6版』(有斐閣)、『医薬・ヘルスケアの法務 - 規制・知財・コーポレートのナビゲーション』(商事法務),『Q&Aで学ぶGDPRのリスクと対応策』(商事法務,2021年度中に第2版を刊行予定)、『ビジネス法体系 企業取引法』(第一法規)。ほか論文・講演多数。