この記事は2022年10月31日に「第一生命経済研究所」で公開された「総合経済対策:何が矛盾しているのか?」を一部編集し、転載したものです。


矛盾
(画像=Olivier Le Moal/stock.adobe.com)

GDP4.6%増で、消費者物価は押し下げ???

政府は、2022年10月28日に総合経済対策を発表した。これが、果たして物価対策なのか、景気刺激策なのかは、理解に苦しむところである。おそらく、理解しにくい原因は、その統一感のなさに起因するのだろう。

例えば、岸田首相は、記者会見でGDPを+4.6%押し上げ、物価抑制効果は▲1.2%以上と説明した。GDPが増えるのならば、物価は上がるはず。しかし、消費者物価は▲1.2%下がるとしている。これは矛盾だ。

より具体的に言えば、物価抑制のために、電気・ガス代、ガソリン・灯油などに6兆円の資金をかけて押し下げる努力をする。もう片方で、需給ギャップ(4-6月▲2.7%、実額14.7兆円)を超える歳出拡大をして、需要超過をつくるとしている。

一般歳出の増加分は予備費と先の6兆円を除いて、18.4兆円(=29.1兆円-予備費4.7兆円-6兆円)になる。それが大雑把に言って、需給ギャップを埋める需要増になるという見方になる。すると、需要が増えて、物価は上がる。

もうひとつ、超過需要は日本の貿易赤字を増やすので、輸入超過の圧力が円安を促す。こちらのルートも、物価上昇に寄与する。エネルギー価格を押し下げながら、物価全般は押し上げていくという理屈になる。全体として、物価抑制策ではなく、需要対策だとみた方がすっきりと理解できる。

肝心要は賃金上昇

政府は、たとえ需要超過になっても、賃金が上がれば、それは立派な物価対策だという理解をしていると考えることもできる。総合経済対策の柱に、賃上げが据えられている(図表)。

第一生命経済研究所
(画像=第一生命経済研究所)

しかし、肝心の賃上げの支援パワーは弱い。「人への投資の拡大」、「資産所得の倍増」、「中小企業等の賃上げ環境整備」などは、かなり間接的なものに思える。むしろ、賃上げの帰趨は来春の賃金交渉にかかっていて、労使が十分な賃上げ率で妥結できるが重要だ。政府の力は残念ながら、個別企業の意思決定には効力が及びにくいとみられる。

円安を活かした地域の「稼ぐ力」の回復は、日本経済の成長支援になり、行く行くは賃上げを側面支援できる。とはいえ、賃上げに至るまでには時間がかかる。だから、補正予算を組んで、可及的速やかに執行する案件ではないか、とも思える。

結局、岸田首相は、就任直後に賃上げを掲げはしたが、現状は「攻める手立てを欠いている」のが、分配戦略の実情だ。政府全体では、岸田首相の意向を知っていても、それを実現できないでいる。じわじわと構造改革を進めるしかないという考え方に、多くの政府関係者は落ち着いてきているように見える。

どこに行ったか、財政再建

政府は、従来、年2回(1月と7月)ほどプライマリー・バランスの収支計画を示してきた。それを2022年7月から示さなくなった。今考えると、それは表示しなくなったのではなく、軽視するようになったのだと思われる。今回の対策はそれこそ、財政再建を超越した論理に動かされている。

コロナ禍や物価上昇のテーマを掲げると、もう歳出増には歯止めがかからない。2020年度決算は、歳出規模が147.6兆円(新規国債発行108.5兆円)、2021年度決算は歳出規模144.6兆円(新規国債発行57.7兆円)。そして、2022年度は、今回の+29.1兆円の歳出増を加味して139.4兆円の歳出規模が見込まれる(新規国債発行額は不明<当初36.9兆円>)。

日本ではインフレでも、デフレでも歳出増加に歯止めがかからず、当初予算で絞っても、補正予算でリバウンドするという循環パターンに陥っている。英国のトラス前政権は、財政政策を失敗して、僅か45日で退場させられたが、日本はトラス前政権を笑えない。マーケットは、英国とは違って、ジャパン・パッシングとなっていて、波乱は起こっていないとしても、油断は禁物だろう。

景気刺激に合理性はあるか?

6兆円の電気ガス代の支援は必要だとしても、そのほかの歳出拡大は必要なのだろうか。財政再建の考え方からすれば、物価対策という看板を掲げているならば、需要刺激は不必要という話になる。

しかし、敢えて、需要刺激に合理性を求めるとすれば、2022年冬から2023年にかけての備えになる。FRBやECBなどの金融引き締めが景気を悪化させて、今後は日本の輸出を下押しするだろう。それを事前に頭に入れておくと、円安を梃子にして輸出増やインバウンド増を促すことは合理性がある。おそらく、来年の春闘は、今考えているよりも格段に逆風が吹くので、政府はそれを計算に入れて、財界・労働団体に働きかける方がよい。

しかし、2023年になれば、また次の経済対策を望む声が、政治的に生まれてくるだろう。すると、ますます財政規律は風前の灯火になる。岸田首相はもっと毅然として、必要以上の歳出拡大にNoを伝えた方がよい。首相の毅然とした姿勢こそが、低迷する内閣支持率をぐっと引き上げるだろう。

第一生命経済研究所 経済調査部 首席エコノミスト 熊野 英生