ESG(環境・社会・ガバナンス)は、投資家にとっても大手企業にとっても、投資先や取引先を選択するうえで、企業の持続的成長を見る重要視点になってきている。各企業のESG部門担当者に、エネルギー・マネジメントを手がける株式会社アクシス・坂本哲代表が質問。本特集では、ESGにより未来を拓こうとする企業の活動や目標、現状の課題などを専門家である坂本氏の視点を交えて紹介する。
株式会社J-オイルミルズは、私たちの食生活に欠かせない食用油を中心にプロダクトを提供する食品メーカーだ。近年はおいしさ×健康×低負荷という3つのキーワードをビジョンに掲げて企業理念体系を刷新。単においしいだけでなくどのような事業展開をすれば持続可能な環境に貢献できるのか……食からESGに取り組む同社の具体的な活動や今後の展開についてうかがった。
(取材・執筆・構成=丸山夏名美)
1961年1月25日生まれ。1986年4月に味の素株式会社に入社し2011年7月にバイオファイン研究所プロセス工業化研究室長となる。2015年に内閣府大臣官房審議官の科学技術・イノベーション担当として戦略的イノベーション創造プログラムに携わる。2017年6月に株式会社J-オイルミルズの顧問、取締役、常務執行役員に就任。2018年7月、生産・技術開発管掌に就任し現在に至る。
株式会社J-オイルミルズ
株式会社J-オイルミルズ(東証プライム市場、証券コード2613)は2004 年に製油業界の3 社が統合して誕生した、味の素グループの食用油メーカーです。 「オリーブオイル」をはじめとする油脂製品を主力とし、特に業務用油脂では高いシェアを誇ります。マーガリン類、油糧(ミール)、スターチ、機能性素材など幅広い事業を展開しており、プラスチック使用量を6割以上※削減した紙パックの食用油「スマートグリーンパック®」シリーズや植物性チーズ&バター代替品「Violife(ビオライフ)」、CFP(Carbon Footprint of Products)マークを取得した業務用の長持ち油「長徳®」シリーズなど、植物由来の原料から価値を引き出し「おいしさ×健康×低負荷」の実現を目指しています。詳細については https://www.j-oil.com/ をご参照ください。 ※当社計算。従来のプラスチック製の同容量帯容器と比較した場合
2021年4月に企業理念体系を刷新し、目指すべき未来(ビジョン)である「Joy for Life® -食で未来によろこびを-」の具現化を目指している。「環境負荷の抑制」「食資源の維持」「食を通じた健康への貢献」「事業継続基盤」の4領域をマテリアリティとしてSDGsやESG活動にも尽力。
1975年6月21日生まれ。埼玉県出身。東京都にて就職し、24歳で独立。情報通信設備構築事業の株式会社アクシスエンジニアリングを設立。その後、37歳で人材派遣会社である株式会社アフェクトを設立。38歳の時、株式会社アクシスの事業継承のため家族と共に東京から鳥取にIターン。
株式会社アクシス
エネルギーを通して未来を拓くリーディングカンパニー。1993年9月設立、本社は鳥取県鳥取市。事業内容は、システム開発、ITコンサルティング、インフラ設計構築・運用、超地域密着型生活プラットフォームサービス「バード」運営など多岐にわたる。
目次
株式会社J-オイルミルズのSDGs、ESGの取り組み
アクシス 坂本氏(以下、社名、敬称略):御社は、SDGsやESG活動に対して積極的な取り組みを行っていると思いますが、具体的な取り組み内容や会社のなかでの意義について簡単にお聞かせください。
J-オイルミルズ 松本氏(以下、社名、敬称略):当社のように食料品業界の企業は、原料が作物ということもあり、直接的に地球や人類の持続可能性と関わってきます。そのためESGへの取り組みは、事業基盤そのものへの取り組みといってよいでしょう。当社では、2021年4月においしさ×健康×低負荷という3つのキーワードを当社の目指すべき未来として掲げた企業理念体系を新しく刷新しました。
またその3つのキーワードに基づき「環境負荷の抑制」「食資源の維持」「食を通じた健康への貢献」「事業継続基盤」という4つのマテリアリティを設定し、具体的な活動を行っています。
▽目指すべき未来を示したJoy for Life® Map
例えば「環境負荷の抑制」のマテリアリティでは、長持ち油「長徳®」シリーズや「すごい長徳」の開発・販売が挙げられます。これら商品は、独自技術「SUSTECⓇ」(サステック)を用いた食用油で、油の酸化や着色を抑制することで、通常の油より3〜4割長持ちする油です。長持ち油は、油の使用量を減らすことで、お客様のオペレーションコストや作業負荷の低減、環境負荷の低減など、社会や環境の課題解決につながっております。
▽「SUSTECⓇ」技術を活用した長持ち油「長徳®」シリーズと提供価値
また、商品そのものだけでなくパッケージの開発にも力を入れています。近年、海洋プラスチックによる海洋汚染が地球規模で広がっており、一部の外食業ではストローも紙製にするなど世界的に脱プラスチックが主流となっています。当社はかねてより、包装や容器に使用するプラスチックの削減や軽量化に積極的に取り組んでおりましたが、2021年8月に紙パックを使用した家庭用油脂商品「スマートグリーンパックⓇ」シリーズの販売を開始しました。「スマートグリーンパックⓇ」は、当社商品に使われる同容量帯プラスチック容器と比較してプラスチックの使用量を60%以上削減することができます。開発当初は、主な素材を紙にしたことで油ぎれが悪くなったり、注ぎ具合が変わったりと様々な課題がありましたが、開発を進める中で、キャップの構造や容器に工夫を加えることで、環境への配慮だけではなく、利便性や機能向上も実現いたしました。実際に「スマートグリーンパックⓇ」商品を使用いただいた方からでは、「エコだし、可燃ゴミとして捨てられる」「容器が四角形でコンパクト、ストックもしやすい」「油がたれにくく、量が調節できるキャップが良い」などの評価を頂いています。このように、生活者目線に立った開発は当社の強みの一つです。今後も社会や環境課題の解決に少しでもお役に立てるよう商品を通じて負荷低減に取り組んでいきたいと考えています。
▽スマートグリーンパック製品
坂本:社内にESGの意識を浸透させることは、意外に難しいところもあるかと思います。御社が社内に向けて行っていることがあればお聞かせください。
松本:先ほどお話した通り、昨年度、企業理念体系を制定しました。企業理念体系には、食品会社が提供する根源的な価値である「おいしさ」や「人々の健康」に加え、「低負荷」という視点からも、お客様や社会・環境が抱える課題にアプローチし、より良い社会に貢献していくことで、未来のよろこびを増やしたいという想いを込めています。当社は、この企業理念体系を社員一人ひとりが「自分ごと化」していくことが、企業成長に不可欠だと考えています。企業理念体系の浸透に向けて、各部署にアンバサダーを置き、様々な活動に取り組んでいます。また、マネジメント層と社員が双方向にコミュニケーションできる場を定期的に設けるなど、課題や意見を共有しています。四半期毎のパルスサーベイによって、社員への企業理念体系の浸透度をモニタリングしていますが、その結果から、制定当時に比べ、社員の理解は進み、徐々に浸透してきていることがわかってきました。一方、社員が自分事として落とし込むまでには、まだ課題がありますので、今後、社員一人ひとりが企業理念体系を自分事化できるよう、継続的にコミュニケーションしていきたいと考えております。社員全員が共通の目的や目標に対して一丸となって取り組んでいけば、それが結果として、企業の成長につながっていくと信じています。
株式会社J-オイルミルズの「地域社会」「地方創生」への取り組みと意義
坂本:「地域社会」「地方創生」という観点で御社の取り組みを教えてください。
松本:現在はCOVID-19感染症拡大の影響もあり、あまり活動はできておりませんが、当社は以前より、全国各地にある工場や支店において、イベントの主催や運営、地域の清掃活動など、各地域に根付いた活動をしています。また、当社は、国産オリーブの定着とブランド化に向けて、2019年に、東急株式会社と伊豆急ホールディングス株式会社と業務提携し、「伊豆オリーブみらいプロジェクト」に参画するなど、伊豆産オリーブのブランド化推進と、地域の活性化を目指しています。また、神戸市では、神戸オリーブ園の復活プロジェクトや湊川神社の日本最古と言われるオリーブの木の保存活動を支援するなど、地域の活性化を目指して様々な取り組みを行っています。
▽2020年10月、J-オイルミルズが運営管理する片瀬圃場(静岡県賀茂郡東伊豆町片瀬)での植樹セレモニーの様子。
消費エネルギーの「見える化」の意義と取り組み
坂本:脱炭素を実現するには、電気やガスなどの使用量を表示・共有するエネルギーの見える化が必須といわれていますが、御社ではどのようなことに取り組まれていますか。
松本:全国にある当社工場が排出する温室効果ガスは、社会の要請に応えるため、2016年から投資家の皆様をはじめ、外部の方向けに当社WEBサイトにて情報を公開しています。当社の事業活動において、温室効果ガスを多く排出しているのは、菜種や大豆など海外での原料調達、生産時に使われる肥料・農機具での消費、そこからの運送など、いわゆるScope3といわれている範囲で、それが約96%を占めているのが現状です。
政府は、Scope3の排出量(間接排出:事業者の活動に関連する他社の排出)を把握し、ゼロにする目標を設定していますので、当社の課題は、海外を含めたサプライチェーンからの排出量の把握と低減にあります。この課題は、当社だけでは解決が難しいため、関係者の皆さまと連携しながらカーボンニュートラルの実現を目指していきたいと考えています。
株式会社J-オイルミルズのESGにおける今後の展開
坂本:SDGsやESGの意識が高まりゆく社会のなかで将来的にどのようなサービスを提供・展開していくか、御社の未来像があればお聞かせください。
松本:豊かで持続可能な社会や生活を実現するためにSDGsに取り組むことは、私たちの使命です。企業理念体系を実現するためにも、食生活に欠かせない「あぶら」を原点に当社だからこそできることを常に考えていきたいと思っています。当社は、食品を製造する企業として、環境の負荷を低減しながら、おいしさや健康を追求し商品開発を行っています。
味、香り、食感など、おいしさを追求することと環境課題の解決に取り組むことを同時に追い求めることは難しいと考える方もいらっしゃいますが、私たちは両立することは可能であると考えています。当社では、サステナビリティを全社的に推進する社内体制の基盤として、サステナビリティ委員会を設置し、その傘下に、サステナブル商品開発部会を設けています。サステナブル商品開発部会では、自社の強みであるおいしさや健康を実現する技術を軸に、社会的ニーズに対応するサステナブルな商品開発の提案を行っています。人権や環境に配慮した持続可能な調達、商品や包材の開発など社会課題の解決に向けた活動を推進することに加え、生活者の方に満足いただけるおいしくて健康によい商品の開発に日々、取り組んでいます。
株式会社J-オイルミルズの可能性と応援するうえでの魅力
坂本:昨今は、ESG投資が機関投資家・個人投資家から注目されています。その観点で御社を応援する魅力をお聞かせください。
松本:持続可能な社会の実現に向けて、また長期的、継続的に成長することを目指して新たな取り組みや新規事業への投資を強化しています。一例として、2022年8月29日に発表した国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構の公募事業「バイオジェット燃料生産技術開発事業/実証を通じたサプライチェーンモデルの構築」に採択された「食料と競合しない植物油脂利用によるバイオジェット燃料サプライチェーンモデルの実証」が挙げられます。
この実証において当社は、搾油技術や保有設備を活かし、食品として利用されない非可食植物油の活用方法の検討、検証を開始しました。これまで築き上げてきた知見を活かし、既存のビジネスの枠にとらわれない持続可能な社会の実現に向けた新たな分野での挑戦となります。ほかにも未公表の取り組みはありますが、それらも含めて今後にご期待いただければ幸いです。