ESG(環境・社会・ガバナンス)への取り組みは、投資先や取引先を選択する上で投資家のみならず、大手企業にとっても企業の持続的成長を見極める視点となりつつある。本企画では、エネルギー・マネジメントを手がける株式会社アクシス・坂本哲代表が、各企業のESG部門担当者に質問を投げかけるスタイルでインタビューを実施。今回は、株式会社シードでコーポレートコミュニケーション部部長 兼 広報・SDGs推進室室長 兼 マーケティング戦略室室長を務める金澤寛子氏にお話を伺った。

株式会社シードは、1951年に国内で初めてコンタクトレンズの研究を開始。以降、同事業を中心に「見える」をサポートするための製品を提供している。また、メーカーとしての責任を果たすため、環境負荷の低減・地球保全にも積極的に取り組んでいる。本稿では環境や脱炭素の話題を中心に、同社の施策や成果、今後目指すべき姿について、対談を通じて紹介する。

(取材・執筆・構成=大正谷成晴)

株式会社シード
(画像提供=株式会社シード)
金澤 寛子(かなざわ ひろこ)
――株式会社シード コーポレートコミュニケーション部部長 兼 広報・SDGs推進室室長 兼 マーケティング戦略室室長
銀行で融資業務、製紙メーカーで物流・経営企画業務に携わった後、2010年に株式会社シードへ入社。経営企画部にてIR、PR、CSR関連業務を経験。現在はコーポレートコミュニケーション部の部長として、コーポレートブランディング、PR、SDGsの推進を含むサステナビリティ関連業務、マーケティング等の管理運営業務に従事している。

株式会社シード
1951年に国内で初めてコンタクトレンズの研究を開始。1957年の設立以来半世紀以上にわたり、コンタクトレンズ事業を中心とした眼に関する様々な商品を取扱い、お客様の『見える』をサポート。日本のコンタクトレンズ事業のパイオニアとして新しい分野に種をまき、時代と共に多様化するニーズに対応。海外進出も積極的に展開しており、アジア・ヨーロッパ地域を中心に40以上の国と地域に展開している。
坂本 哲(さかもと さとる)
―― 株式会社アクシス代表取締役
1975年生まれ、埼玉県出身。東京都で就職し24歳で独立。情報通信設備構築事業の株式会社アクシスエンジニアリングを設立。その後、37歳で人材派遣会社である株式会社アフェクトを設立。38歳で株式会社アクシスの事業承継のため、家族とともに東京から鳥取へIターン。

株式会社アクシス
エネルギーを通して未来を拓くリーディングカンパニー。1993年9月設立、本社は鳥取県鳥取市。事業内容はシステム開発、ITコンサルティング、インフラ設計構築・運用、超地域密着型生活プラットフォームサービス「Bird(バード)」の運営など、多岐にわたる。

目次

  1. 株式会社シードのサステナビリティ・環境に対する取り組み
  2. 株式会社シードのニューエコノミー時代における社会像・未来像
  3. 株式会社シードのエネルギー見える化への取り組み

株式会社シードのサステナビリティ・環境に対する取り組み

アクシス 坂本氏(以下、社名、敬称略):株式会社アクシスの坂本です。弊社は鳥取県に本社を構えるIT企業で、主にシステムの開発・運用・保守を行っており、最近はエネルギーの見える化にも取り組んでいます。本日はよろしくお願いいたします。

シード 金澤氏(以下、社名、敬称略):株式会社シードの金澤です。弊社は2022年10月に創立65周年を迎えたコンタクトレンズのメーカーです。ほとんどは人間用ですが動物向けのコンタクトレンズもあり、それは鳥取大学獣医学部と共同で研究し、発売したものです。現地には何度も足を運んでいるので、御社が鳥取にあると伺って親近感を覚えました。

ESGの観点でいいますと、もともとコンタクトレンズ自体が見えないものを見えるようにするという、社会課題を解決するために生まれたものです。企業精神からするとESGはなじみ深い分野であり、十数年前に工場を建てた時からオール電化にするなど(現在はBCPの観点から変更)、環境対応という意味でも自然に必要だと感じ取り組んできたテーマだと思っています。こちらこそ、本日は勉強させていただきます。よろしくお願いいたします。

坂本:はじめに、環境面を中心に御社のESGへの取り組みについてお聞かせください。

金澤:先ほど触れましたが、2007年に埼玉県鴻巣市に建てた鴻巣研究所は、環境に配慮した設備を備えており、これが大きな取り組みの始まりだったと思います。当時から効率的なエネルギー活用や排水の再利用による水使用量の削減、工程内で出るプラスチックの再利用を行っており、その他かなり早い段階から屋上への太陽光パネル設置もしていました。照明もただLEDに換えるだけではなく人感センサーにし、人が通る時だけ点灯するなど、無駄をなくすことに取り組んできました。

▼鴻巣研究所の設置された太陽光パネル

鴻巣研究所に設置している太陽光パネル
(画像提供=株式会社シード)

2018年4月には、鴻巣研究所の隣接地に企業主導型保育園と認可保育園、学童保育を一体的にした施設を開設しました。約180人の子どもが通う大規模施設で、働く社員をサポートするとともに、地域貢献を目指しています。ここに関しても緑化について表彰していただき、工場と同じコンセプトのもと太陽光パネルも設置しています。現在建て替えを進めている本社も、環境認証を取得する予定です。

環境政策というと、一般的には財務的なインパクトとトレードオフになるとのイメージがありますが、弊社の取り組みは経費削減につながり、むしろトレードオンの活動になることを念頭に進めています。

最近は、世の中全体でも環境意識が高まりつつあります。弊社もTCFD対応に取り組んでいますが、きちんとモニターしてマイルストーンを置きながら対応策を策定していくために、2021年度に独自の環境経営マネジメントシステムを構築しました。ここでは数値をモニターして、改善策につなげていくフローを構築しています。事務局は当部署が担いますが、カーボンニュートラルプロジェクトや環境法規遵守のプロジェクトなど環境関連のプロジェクトがあり、ここで部署横断的に担当者が集まって意見を吸い上げて実行し、最終的にはトップマネジメントまで持っていく形にしています。

▼株式会社シードの環境経営マネジメントシステム

環境マネジメントシステム
(画像提供=株式会社シード)

2022年度には革新的製品開発・工程プロジェクトも立ち上げました。コンタクトレンズは承認を得なければ販売できないので開発期間が長く、プラスチック削減の観点から違う素材にしようといっても簡単にはできません。医療機器なので人体への影響を確認することが重要であり、その中で長期的な目線で環境負荷の小さい製品開発・製造工程を構築できるか、あるいは環境配慮型製品を作れないかといったことについて、開発技術から営業まで部署横断的に担当者が定期的に集まって意見を交わす場を設けています。全社的に環境を考えながら、次の成長につなげる体制を敷いている状況です。

坂本:ありがとうございます。CO2排出量削減の公表についてはいかがでしょうか。

金澤:公表する数字の算出方法がいろいろあり、どれにするかを絞っているところですが、来期には開始する予定です。なお、工場におけるCO2排出量の2022年3月期は18,828tで対前年比2,264tの削減となり、また市が定めている排出目標も大きく下回っています。

坂本:御社は廃プラスチックの削減にも取り組んでいらっしゃるとお聞きしました。具体的な取り組み内容を教えていただけますか。

金澤:2019年6月より、コンタクトレンズのブリスター(空ケース)を回収し、資源として再生する「BLUE SEED PROJECT」を本格的に始動しました。自社内で出た廃棄物はリサイクルすることができますが、お客様の手元に渡ったプラスチックはそのままゴミ箱に捨てられるのが一般的です。実際に流通しているコンタクトレンズの空ケース量は年間10トントラック600台分程になると推定しており、そのくらい多くのプラスチックが捨てられているということになります。

コンタクトレンズは高度管理医療機器なので、強度や安全性の面で品質は高く、ただ捨てられてしまうのは非常にもったいないと感じました。また、リサイクルや環境活動は個社ではなく、皆さんと一緒に進めることが重要ですから、ブリスターを回収して再資源化することを見据えてこの活動を始めました。

▼「BLUE SEED PROJECT」の取り組み

株式会社シード
(画像提供=株式会社シード)

坂本:ブリスターの回収方法について、具体的にはどのような手法をとられているのでしょうか。

金澤:取引先の眼科様やコンタクトレンズ販売店様、支援活動としてご協力いただいている企業様、学校などの教育機関様といった回収拠点にお持ちいただきます。戻ってきたブリスターはリサイクルし、弊社の場合はプラスチックパレットへアップリサイクルします。「ペンなど、ノベルティ感のあるものにしたほうがよいのでは」という声もありましたが、本プロジェクトではサーキュラエコノミーの構築を目指していたので、あえてこの形にしました。劣化したプラスチックパレットはリサイクルし続ける仕組みになっているのですが、そのままリサイクルするだけではどうしても硬度が落ちてしまいます。ブリスターの素材は硬度が高いので、劣化したプラスチックパレットをリサイクルする際に強化剤として加えています。近年は環境意識が社会に浸透していることもあり、ご協力いただける企業・施設様が増えて回収実績が積み上がり、累計で4,664.8㎏(2023年2月現在)になりました。

2022年10月には、横浜市立大学と「BLUE SEED PROJECT」における協定を結びました。ここでは学生ボランティアによるブリスター回収活動や情報発信などを行っていて、環境保全の遂行やそれらを担う人材の育成、学生同士のコミュニケーション向上を目的としています。具体的には弊社が社会貢献の意義を学生に向けて講演し、同年11月には文化祭で回収に関する啓発を行った他、12月には学生と一緒に海岸の清掃を実施しました。

▼プロジェクトに関心を持つ学生に向けて説明会を開催

プロジェクトに関心を持つ学生に向けて開催した説明会の様子
(画像提供=株式会社シード)

ちなみに、弊社は「見える」をサポートする企業として、視覚障がいに関する社会活動にも力を入れています。具体的には10年にわたった公益財団法人アイメイト協会様への寄付プロジェクト*の他、イベントでの歩行体験会、視覚障がいに関するトークショーなどを開催し、株主優待でもアイメイト協会様への寄付を募るなど、株主の皆様にも活動にご参加いただいています。

▼新入社員による盲導犬体験歩行の様子

新入社員による公益財団法人アイメイト協会(盲導犬体験歩行の様子
(画像提供=株式会社シード)

先ほどお伝えした保育所に関しても、性別を問わず育児に関わる従業員の働き方をサポートするのが目的で、土日の預かりなども含め、それぞれの働き方に合わせた対応をしています。
*10年間の区切りを経て一度プロジェクトは終了しましたが、現在は別の名前で啓発活動や寄付活動を継続しています。

▼保育・児童施設「ふくろうの森」外観

保育・児童施設「ふくろうの森」
(画像提供=株式会社シード)

株式会社シードのニューエコノミー時代における社会像・未来像

坂本:IoTやDXが進展し、スマートシティのような構想が現実味を帯びてきました。来るべき未来において御社がイメージする脱炭素社会の姿や、その中での役割についてお聞かせください。

金澤:社会が脱炭素化せず、感染症が蔓延するなどの事象が起きるとした場合、屋外への外出機会が減るなど、ネガティブな行動変容につながると考えています。コンタクトレンズは外出時に使用する方が多く、またスポーツを行う際などの衝突安全性が高いなどの特徴もあります。アクティブに活動できる世の中と親和性が高い製品だからこそ、脱炭素社会になることは弊社の成長を支える条件の一つだと思います。

その中でできることですが、環境に配慮した製品を作るといった、あるべき責任を全うするのはもちろんですが、個社でできることには限りがあります。企業として持つ発信力や表現力を生かし、多くの方と一緒に来るべき脱炭素社会に向けて協力し合えるようなプログラムの構築や情報発信を行うことは、極めて重要だと思います。

坂本:御社はサステナビリティや脱炭素に関する情報を積極的に公開されていますが、脱炭素社会の実現に向けた情報公開やプロモーションをする際に心がけておられる点はありますでしょうか。

金澤:情報開示はモニターすることが目的ではなく、それによって何をどのように改善するのか、将来につなげていくかが大切であり、それらを意識した情報発信が必要だと考えています。弊社では「-SEED Report-」という形で統合報告書を発行していますが、企業成長とESGがつながっていることや、中期経営計画に基づく戦略のブレイクダウン、SDGsとの関わりが伝わるように工夫しています。

坂本:社内における、情報共有や啓発活動はどのように行われていますか。

金澤:社員の協力は必須ですから、全社研修で外部識者を招いた環境関連の講演を行ったり、環境対策やカーボンニュートラルの実現に向けた数値の見える化の必要性について訴えたりしています。

株式会社シードのエネルギー見える化への取り組み

坂本:脱炭素を実現するには、電気やガスなどの使用量を表示・共有するエネルギーの見える化が必須といわれていますが、御社ではどのようなことに取り組まれていますか。

金澤:社内横断のカーボンニュートラルプロジェクトが中心となり、CO2排出量のモニタリングを実施しています。算出した数字は環境マネジメントを通じて、最終的にはトップマネジメントまで情報を上げますが、ここでも単に数字を算出するのではなく、何を削減・改善するのかに重きを置いています。

坂本:CO2排出量の把握について、Scope3の集計は現時点では明確なルールが定まっておらず、各社にとって悩ましい課題でもありますが、御社ではどのように集計されているのでしょうか。

金澤:こちらも、カーボンニュートラルプロジェクトで算出を始めています。本プロジェクトは有志による勉強会や情報交換会が発展したものだからこそ、スムーズに取り組みが進んでいると思います。Scope3は対象項目が無数にあり集計に負荷がかかるのと、どうしても削減できない項目もあると思いますので、全項目のCO2排出量を削減するというのは難しい部分もあります。全体像を把握した上で、重点的に削減するところを見極めるなど、バランスを取りながら進めているところです。

坂本:Scope1、2を含めて、現状はどのような形で数値を算出されておられるのでしょうか。

金澤: GHGプロトコルに基づき、数値を算出しています。Scope1~3いずれも購買データをもとに、Scope1,2は事業者毎の排出原単位、Scope3は排出原単位データベースを利用して算出しています。また一部のサプライヤーからは直接、排出原単位の提供を受けており、より正確な数値の算出が可能となっています。
今後はより多くのサプライヤーと協働し正確な排出原単位を求めるとともに、購買データをまとめている経理システムと連係し、CO2排出量のスピーディーな算出ができるよう進める予定です。

坂本:最後の質問です。近年は多くの機関・個人投資家がESG投資に関心を寄せ、この観点で投資先を見極めています。その観点で御社を応援することの魅力や、注目すべき点をお聞かせください。

金澤:ESGの取り組みは特別でなく、企業が安定して成長するための仕組みだと弊社は考えています。弊社の製品そのものが社会課題の解決を目的としているからこそ、そう捉えやすいのだと思います。そのためには、短期的な利益だけを追うのではなく、長期的な視点で製品を開発することが肝要です。

その中で現在力を入れているのが、寝ている間に視力矯正ができるオルソケラトロジーレンズです。2010年に20億人弱だった近視人口は、2050年には50億人まで増えるといわれており、近視の人を対象に視力矯正を目的としたオルソケラトロジーレンズの需要が増えています。世界を見渡すと中国をはじめとするアジア地域でもコンタクトレンズのマーケットは広がっており、社会的意義とビジネスの両面で弊社に注目していただければと思います。

▼オルソケラトロジーレンズへの取り組み

オルソケラトロジーの使用サイクル
(画像提供=株式会社シード)

また、現在は人的資本が注目を浴びています。企業は人の集合体ですから、若い世代が目指す構想が10年後、20年後に実現するよう、人材の育成も急務です。弊社では研修プログラムを充実させ、若い社員が活躍する環境を整えることで、次世代の製品開発を加速させたいと考えております。

坂本:本日のお話で、ESGを通じた御社の成長戦略を知ることができました。ありがとうございました。