本記事は、内藤裕二氏の著書『すごい腸とざんねんな脳』(総合法令出版)の中から一部を抜粋・編集しています。

腸
(画像=meeboonstudio/stock.adobe.com)

うつ病になる人の腸内細菌叢は荒れている

新型コロナウイルス感染症が流行することで、自宅でリモートワークをする人が増えています。しかし、その一方で自宅に引きこもるようなことが原因となって、うつ病などの心の病を併発している人も少なくないようです。

しかし、うつ病の症状が出ている患者さんをよく観察してみると、実際は、うつ病の患者さんは下痢、便秘などのお腹のトラブルを抱えている人がたくさんいます。過敏性腸症候群の診断基準を満たしていなくても、お腹の調子が悪い人が多いようです。

最近、ベルギーで実施されている腸内細菌叢プロジェクトに参加している1,054人を対象にしたうつ病との関連が報告されました)。

その結果、酪酸を産生する腸内細菌のフィーガリバクテリウム属およびコプロコッカス属は、より高いQOL指標と相関しています。ディアリスター属、コプロコッカス属はともに、抗うつ薬の交絡因子を補正した後でも、うつ病において激減していました。

さらに、腸内細菌500種類以上のゲノム(全遺伝情報)を調査し、一連の神経刺激性化合物を生成するための各細菌の能力を分析した結果、ドパミン代謝物である3,4−ジヒドロキシフェニル酢酸の細菌による合成の可能性があり、精神的な生活の質と正の相関があることが確認されました。この結果は、腸内細菌による神経伝達物質が人の神経活動に影響する可能性を示しており、今後の成果が期待されます。

日本人のうつ病の特徴とは?

日本人のうつ病に対する腸内細菌解析も報告されています。定量的PCR法による解析の結果、大うつ病患者群(n=43)のビフィドバクテリウム属やラクトバチラス属の占有率は健常者群に比較して有意に低下していて、ラクトバチルス属の総菌数も低下傾向にありました。

また、それぞれの菌についてROC解析による患者群と健常者群を区別する最適のカットオフ値が計算された結果、ビフィドバクテリウム属がカットオフ値(便1gあたり109.53個)以下の菌数だったのは大うつ群で49%、健常者群では23%であり、オッズ比3.23(95%信頼区間1.38−7.54、p=0.010)と報告されています。ラクトバチラス属では、カットオフ値(便1gあたり106.49個)以下の菌数だったのは大うつ群で65%、健常者群では42%であり、オッズ比2.57(95%信頼区間1.14−5.78、p=0.027)でした。

以上の結果は、少なくとも日本人のうつ患者においてはビフィドバクテリウム属やラクトバチラス属が低下している頻度が高いことを示しています。

中国のグループもうつ病患者の腸内細菌叢を健常者と比較した結果、うつ病患者では門レベルでアクチノバクテリアの増加とバクテロイデスの減少が認められました。さらに男女別に解析すると、健常人と比較してうつ病で増加する細菌の上位3属は、男性ではブラウティア、アクチノバクテリア、コリオバクテリア、女性では、バクテロイデスが示されました。他の疾患での解析と同様に、疾患と腸内細菌叢の関連解析においては国による差異、性差などを考慮する必要があります。

腸内細菌叢がうつ病の治療の効果に影響することも報告されています。大うつ病患者の腸内細菌叢とその代謝物と抗うつ治療薬の有効性との関連が解析されました。治療有効群に比較して、無効群の腸内細菌叢はアクチノバクテリア門、クリステンセネラ科、エガセラ科、アドラークルツィア属、クリステンセネラR7属の占有率が高い特徴が見いだされました。さらに、代謝物分析では、主に脂質代謝に関与する20の異なる代謝産物が見いだされました。

このような研究は次の2つの点で重要です。第一に、腸内細菌叢の組成と代謝機能の変化が抗うつ薬への反応に関連している可能性があることであり、第二に抗うつ薬の有効性に関与する新たなメカニズム解明につながる可能性もあります。

腸内細菌叢の遺伝子機能と関連代謝物を網羅的に解析することにより、大うつ病における重要な代謝経路がいくつか明らかになっています。うつ病では属レベルでバクテロイデスの占有率が増加、ブラウティア、ユーバクテリウムが低下し、3つの特徴的なアミノ酸代謝が見いだされ、それらを組み合わせて診断することにより、大うつ病の診断が可能と報告されました。

特にトリプトファンの代謝は興味深く、大うつ病ではキヌレイン経路遺伝子が活性化し、代謝物では3‐インドールエタノールが増加し、キノリン酸やトリプトフォールが減少していました。これらはうつ病の病態に影響を与えます。

腸内細菌叢の詳細な情報、腸内ならびに血清代謝物情報が集積されつつあり、うつ病と腸脳相関に関する論文も増加してきています。ますます目が離せない領域となっているようです。

まとめ
腸内細菌によって抗うつ剤の反応が変わる

うつになりやすい人は腸に問題を抱えている?

腸は栄養素を効率的に吸収する一方で、腸内細菌などが体内へ入ることを防ぐために、腸管上皮細胞によるバリア機能を有しています。

リーキーガット(Leaky Gut)とは、このバリア機能が低下して腸壁の透過性が上昇することで、本来、腸(Gut)を透過しない未消化物や老廃物、微生物成分などが生体内に漏れ出す状態(Leak)のことをいいます。

腸管内にグラム陰性菌が増加する結果、その壁成分で内毒素である糖脂質(LPS)が腸管内に増加します。LPSは腸粘膜を障害し腸透過性が亢進する結果、LPSが血中に侵入しマクロファージなどの免疫細胞を刺激してサイトカインなどが分泌され炎症を生じます。

大うつ病では、グラム陰性菌からのLPSの侵入増加に伴う胃腸透過性の増加が、大うつ病の病態生理学に関与している可能性があるようですこの研究では、グラム陰性腸内細菌のLPSに対する抗体の血清濃度を大うつ病患者と健常者の血清濃度で調べました。結果、これら腸内細菌のLPSに対する血清IgMおよびIgAの陽性率率と中央値は、健常者の血清濃度よりもよりも大うつ病の患者の方が有意に大きいことがわかりました。

このグラム陰性腸内細菌のLPSに対する抗体の血清濃度レベルは、うつ症状との相関が観察されていて、リーキーガットを特徴とする腸粘膜機能障害が、うつ病の炎症性病態生理に関わっていると考えられます。

しかしながら、うつ病態においてリーキーガットが2次的に引き起こされることも可能性として考慮する必要があり、もう少し検討が必要かもしれません。

うつの原因はモルガン菌?

一方で、まったく別の細菌がうつ病を引き起こしているとする意見もあります。

フィンランド国立保健福祉研究所が5年に1度というペースで約40年間続けている全国健康調査「FINRISK」の2002年度のデータを使って、被験者5,959人の遺伝子構成と腸内細菌叢の関連を調べた結果が、2022年に発表されました

この分析結果は「どの遺伝的変異がどの腸内細菌の存在量に影響を与えているか」を解明することを目的としています。その中の一つの成果に乳糖分解酵素(LCT)遺伝子の変異状況の研究があります。

LCT遺伝子の変異状況とビフィズス菌の存在量については日本人にも該当し、日本人にビフィズス菌の占有率が高い理由の1つがLCT遺伝子であることはすでに報告されていましたが、海外データでも確認されました。

この論文の中で最も注目された結果は、「うつ病に関連しているとみられる腸内細菌」が明らかになったことです。こういったコホート研究の情報は大変重要と考えています。

経過中に、うつ病を発症した181人においてモルガネラ(モルガン属)の細菌が有意に増加していました。モルガン属の細菌は2008年の研究でも、うつ病患者はモルガン属の細菌とその他グラム陰性菌が産生するLPSについて強い免疫応答を示すという研究結果が発表されており、長年にわたってうつ病との関連が疑われてきました。そのため、遺伝子の分野からモルガン属の細菌とうつ病の関係について切り込んだ今回の研究は、注目すべきです

今後、モルガン菌とうつ病の関係性がさらに明らかになれば、うつ病に対するより効果の高い治療法が生み出されるはずです。

まとめ
うつ病に関連する腸内細菌が特定されつつある
すごい腸とざんねんな脳
内藤裕二
京都府立医科大学大学院医学研究科消化器内科学。昭和58年京都府立医科大学卒業。平成13年米国ルイジアナ州立大学医学部分子細胞生理学教室客員教授、平成21年京都府立医科大学大学院医学研究科消化器内科学准教授。平成27年より同学附属病院内視鏡・超音波診療部部長。

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