本記事は、内藤裕二氏の著書『すごい腸とざんねんな脳』(総合法令出版)の中から一部を抜粋・編集しています。

睡眠時間
(画像=netrun78/stock.adobe.com)

日本人の睡眠時間は減っている

睡眠と腸について紹介していきましょう。

近年、睡眠に関する研究が盛んになっています。日本人の睡眠時間は世界でも短いほうであり、さらに年々減少傾向にあり、加齢とともに減少するとされています。厚生労働省の調査報告では、1960年代には8時間13分あった睡眠時間が2015年には7時間15分と約1時間も減少しています。経済協力開発機構(OECD)加盟30カ国中で最も短いのです。

「自分はショートスリーパーで、4時間も寝れば大丈夫」

私も若い頃はこんなことを考えながら、徹夜の作業を繰り返していました。夜間の静かな環境により、集中して仕事が処理できると勝手に考えていました。深夜に後輩にEメールを送り、返事が来るのを待っていました。返事が来ないと、翌日に後輩を注意する悪い先輩であったような気がしています。

最近、睡眠時間ではなく、睡眠の「質」が注目されています。睡眠の質は、厚生労働省の「健康寿命延伸のための提言」にも「睡眠の質を向上させる」ことが目標とされています。

日本医療研究開発機構(AMED)が推進するムーンショット目標7では、「2040年までに、主要な疾患を予防・克服し100歳まで健康不安なく人生を楽しむためのサステイナブルな医療・介護システムを実現」に向けて3つのターゲットを定めています。その1つに「日常生活の中で自然と予防ができる社会の実現」があります。それに向けて、筑波大学国際統合睡眠医科学機構の柳沢正史機構長がプロジェクトマネージャー(PM)として採択された研究開発目標の中に、次の3つがあります。

(1)健康なショートスリープによる睡眠からの解放
(2)睡眠負債で病気にならない社会
(3)睡眠トレンドに基づくテーラーメイド予防医療

特に、ショートスリープについては、「健康の維持に必要な睡眠時間は、遺伝的に決まっています。しかし、仕事や家事・学業のために自分に適した睡眠がとれず、多くの人が睡眠負債を抱えています。そこで、遺伝的に決まっている睡眠時間を調整する方法を開発し、短時間睡眠でも健康でかつ活動的な生活を送れる技術の開発を目指します。」と記載されています。

どうやら睡眠負債によって、さまざまな疾患の発症・重症化が起こることが分かっているようです。柳沢博士のプロジェクトは、このメカニズムを解明し、疾患を予防する方法を開発することを目指すプロジェクトのようです。「睡眠負債」の解消が健康長寿の大きなテーマとなりそうです。

柳沢博士らが実施した、65歳以上の非認知症者を対象とする5年間にわたる調査では、睡眠不足や昼間の眠気があると認知症の発症リスクが4倍に増大するようです。肥満ぎみかつ睡眠不足の人の睡眠時間を増やす実験では、毎日平均1.2時間多く寝ることで、1日の食事摂取が平均270キロカロリー減ることがわかりました。つまり慢性的な睡眠不足を解消できれば、さまざまな病気の原因となる生活習慣病を予防し、認知機能を保つなど、老化スピードを遅くする可能性があるわけです。

うつ症状にも関わる睡眠負債

忙しくしていると睡眠障害に気づかずに、うつ症状が出現したり、そのまま燃え尽きてしまう「燃え尽き症候群」となってしまうようです。米国における医師の教育を担う教育病院に勤務する医師1,000人超を対象にした調査報告は驚くべき結果でした。麻酔科、整形外科、放射線科などをもつ大規模な教育病院の勤務医1,436人を対象に、睡眠障害のスクリーニングを実施し、陽性と判定された場合には睡眠クリニック受診を直接予約することにしました。睡眠クリニックでは専門医が、(1)閉塞性睡眠時無呼吸、(2)不眠症、(3)レストレスレッグス(むずむず脚)症候群、(4)交代勤務睡眠障害を診断しました。

解析対象はスクリーニングを実施した1,047人で、29%(306人)が少なくとも1つの睡眠障害を有し、このうちの92%はこれまで診断されたことがなく未治療状態でした。さらに回帰モデルによる解析の結果、睡眠障害を有する医師では燃え尽き症候群のリスクが有意に上昇していました(オッズ比3.67、95%、信用区間2.75〜4.89)。日本でも大学病院の医師は、教育、臨床、研究と極めて多忙な生活を続けていますが、睡眠障害についても米国と同様あるいはそれ以上かもしれません。2024に年医師の働き方改革が予定されいますが、睡眠障害に対する解析、アプローチが重要と思います。

しかし、睡眠時間と寿命に関する東アジアコホート研究の解析により、長寿には7時間睡眠がよいという結果が発表されています

日本、中国、韓国、シンガポールの男女32万2,721人を14年間追跡し、睡眠時間と死亡との関連が解析されました。

結果、全死亡リスクは男女とも睡眠時間7時間を低値とするJ字型の関連が示されました。全死亡率が最も高かったのは、男女とも10時間以上でした。寝不足も寝過ぎも死亡の危険因子となっていました。

乳酸菌飲料で睡眠の質は向上するか?

シロタ株(ラクトバチルス・カゼイYIT9029)による乳酸菌飲料ヤクルトを継続飲用することで、さまざまな効果があることが研究成果から明らかにされています。

徳島大学の研究グループは、学術試験前の医学部学生を対象に乳酸菌飲料ヤクルトを継続飲用した結果、どのような効果があらわれるのかを研究しました

1本100㎖にシロタ株を1000億個含む飲料を飲用するグループと、味や外見は同じでシロタ株を含まない飲料(プラセボ/偽薬)を飲むグループに分け、学術試験の8週間前から毎日1本飲んでもらいました。そして、アンケート調査による主観的評価と生化学的指標を用いた客観的評価のそれぞれの角度からシロタ株飲用によるストレス状態の変化を評価しました。一般的にストレスの下では、唾液中のコルチゾール濃度が高くなることが知られていますが、乳酸菌飲料を飲み続けたグループでは、試験が近づいてもコルチゾールの濃度は抑制されました。また、主観的にもプラセボを引用したグループと比べてストレスを感じにくいことが明らかになったのです。

さらに徳島大学の研究グループはシロタ株の睡眠に対する影響も研究しています。すると、プラセボグループは、試験が近づくにつれ、熟睡の質の良さを表すノンレム睡眠時間が減っていきましたが、乳酸菌飲料を飲み続けたグループでは、ノンレム睡眠の時間が保たれたのです。このような研究成果からも腸内細菌叢のバランスをいかに保つかがいかに重要かということがわかります。

睡眠時間よりも睡眠の質を向上させる

睡眠不足の蓄積が、がん、糖尿病や高血圧などの生活習慣病、うつ病などの精神疾患、認知症など、さまざまな疾病の発症リスクを高めることが、明らかになってきています。しかし、睡眠不足は、単に睡眠時間だけの問題ではないようです。

睡眠時間は10歳までは8〜9時間、15歳で約8時間、25歳で約7時間、45歳で約6.5時間、65歳で約6時間と、加齢とともに必要な睡眠時間が少なくなるということが報告されています。よく加齢によって昔ほど長時間眠れなくなったという悩みを聞きますが、実は加齢に伴い必要とする睡眠時間が少なくなっているというのが事実のようです。成人の場合、個人差はあるものの6〜7時間前後の睡眠時間が目安とされています。

さて、睡眠の質が日常的にも評価できるようになってきました。フィットビットやオーラリングといったウエラブルデバイスにより比較的高精度に睡眠がモニター可能となり、レム睡眠、ノンレム睡眠、覚醒などのデータが入手可能になっています。図はフィットビットで計測した筆者のある日の睡眠モニタリング(ヒプノグラムと呼ばれています)です。上から順に覚醒、レム睡眠、浅い睡眠、深い睡眠を意味しています。

すごい腸とざんねんな脳
(画像=すごい腸とざんねんな脳)

覚醒:1時間24分
レム睡眠:1時間32分(23%)
浅い睡眠:3時間18分(50%)
深い睡眠:1時間49分(27%)
といった情報が簡単に入手可能です。

※%は睡眠時間6時間39分に占める割合

このデータを参考に睡眠の質について解説したいと思います。

まず、浅い睡眠、深い睡眠、レム睡眠のグループを探します。完結した睡眠サイクルが多く特定できるほど良く、睡眠サイクルが3〜5回あるのが理想的とされていますが、個人差もあるので、もう少しデータが必要です。入眠したのが午前0時2分、起床したのが午前8時6分です。

覚醒は、4時30分頃、6時過ぎに比較的長い覚醒があります。覚醒は2〜5%程度が平均とされていますから、早朝に覚醒時間があるのは年齢的な要因かもしれません。

深い睡眠は体の再生段階であることが知られています。浅い睡眠やレム睡眠と比較すると、深い睡眠は休眠期のように見え、呼吸、脳の活動、血圧がすべて低下し、体温も最低温度になります。この深い睡眠の間、体の再生能力は急上昇します。これは、組織修復を促進する成長ホルモンレベルのピークと一致します。毎晩60〜90分間、深い睡眠をとります。しかし、ゆっくりした脳波が現れる徐波睡眠の時間は年齢とともに劇的に減少し、その減少からさまざまな健康問題を予測することができます。図のデータでは、1時間49分の深い睡眠があり、また睡眠時間の前半に集中していることも良いこととされています。

人は、深い睡眠中に異常に高い覚醒いき値を持っていて、大きな音でさえ私たちを目覚めさせることができないことを意味します。例えば、サバンナで眠る人は、深い睡眠のときに攻撃に対して非常に脆弱です。このため、毎晩死を覚悟しなければなりません。つまり、深い睡眠は、命の危険を犠牲にしてでも、人には不可欠なものであることを意味しています。

レム睡眠は、急速眼球運動睡眠と呼ばれ、夢をみているとされています。この睡眠は脳の健康と感情的な回復力にとって重要です。ノンレム睡眠は血圧と脳の活動を低下させますが、レム睡眠は両方を増加させます。実際、レム睡眠中は脳が非常に活発に活動しているため、夢の実行から身を守るために体が麻痺します。毎晩1〜1.5回のレム睡眠が期待でき、サイクルは約90分ごとに発生し、各レムサイクルは夜が進むにつれて長くなります。レム睡眠は、感情の健康と学習の両方において非常に重要な役割を果たしています。

まず、十分なレム睡眠をとることで、潜在的にネガティブな感情的反応を軽減することができます。より科学的に言えば、レム睡眠は、不安、ストレス、恐怖の反応の原因となる扁桃体反応性を減少させます。レム睡眠中にアドレナリンが低下しますがそれは夢の中でそれらを再処理するときに出来事の感情的な反応の強さを低下させ、感情的なバランスを促進すると考えられています。レム睡眠は、学習にも密接に関与しているようで、盛んに研究が行われています。

筑波大学の柳沢博士らの研究グループグループは、マウスの脳内の微小環境を直接観察できる技術により、睡眠中のマウスの脳における毛細血管中の赤血球の流れを観察しました。その結果、レム睡眠中に、大脳皮質の毛細血管への赤血球の流入量が大幅に増加していることが判明しています。実はレム睡眠中は大脳皮質で活発な物質交換が行われ、脳がリフレッシュされていることが判明しました。ところがレム睡眠が少ないと、こうした物質交換が正常に起こらず、脳細胞の機能低下や老廃物の蓄積が起こるため、アルツハイマー病などの認知症などを発症するリスクが高まります。

日本人の睡眠不足は、世界でも突出していますが、一口に睡眠不足といっても、どのような睡眠が、健康を維持し、一方で仕事のパフォーマンスを上げるのかについては、まだまだ研究途上です。

しかし、筑波大学柳沢博士らの研究は、レム睡眠が脳の健康を維持することに大きく寄与していることを明らかにしたといえるでしょう。しかし、睡眠の質を向上させるためには、どうすれば良いのでしょうか? 実は睡眠の質にも腸内細菌が大きく関わっていることが、分かり始めているのです。

まとめ
レム睡眠は脳をリフレッシュさせる
すごい腸とざんねんな脳
内藤裕二
京都府立医科大学大学院医学研究科消化器内科学。昭和58年京都府立医科大学卒業。平成13年米国ルイジアナ州立大学医学部分子細胞生理学教室客員教授、平成21年京都府立医科大学大学院医学研究科消化器内科学准教授。平成27年より同学附属病院内視鏡・超音波診療部部長。

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