本記事は、内藤裕二氏の著書『すごい腸とざんねんな脳』(総合法令出版)の中から一部を抜粋・編集しています。
健康的な食事で若返りは可能か?
若返りは人類の永遠の夢です。しかし、腸内細菌叢のバランスを維持する健康的な食事を意識的に取ることで、老化時計を遅らせることができることが次第に明らかになってきました。
DNAメチル化によるエピジェネティックな年齢(生物学的年齢)が測定可能になると、主に疫学情報から提案された健康的な食事スタイルについての研究も加速してきています。そのような研究の一つ「Sister Study」は2003〜09年に参加登録された5万884人の女性を対象とする縦断的コホート研究です。この参加者の登録時の年齢は35〜74歳です。
参加登録時に行われた食事調査の回答を基に、健康的な食事スタイルとして提唱されている以下の4種類の食事スコアを算出しました。
第一に高血圧治療に推奨されているDASH食(Dietary Approaches to Stop Hypertension)、第二に健康的な食事指数2015(Healthy Eating Index 2015; HEI-2015)、第三は代替健康食指数(Altemate RNA te Healthy Eating Index 2010; AHEI-2010)、そして第四は代替地中海式食事(Altemative RNA tive Mediterranean; aMed)の4つの食事スコアが算出され、平均が0、標準偏差が1になるように変換したうえで、DNAメチル化に基づく生物学的年齢との関連を評価しました。
「Sister Study」登録者のうちDNAメチル化に基づく生物学的年齢のデータを利用可能なのは2,878人でした。その中から食事データの欠落者や生物学的年齢が平均から4標準偏差以内から逸脱している人などを除外し、2,694人を解析対象としました。DNAメチル化に基づく生物学的年齢を測定するため、次の、Hannum、Horvath、PhenoAge、GrimAgeという4種類の遺伝子老化時計を用いています。これらの遺伝子老化時計を用いるので、実年齢よりも生物学的な肉体の年齢を推定できます。
その結果、4種類の生物学的年齢はすべて、実年齢と正の相関関係があり、GrimAge との相関が最も強い結果となりました(ρ=0.923)。実年齢が若いか高齢かにかかわらず、生物学的年齢と実年齢の差は変わらないことも明らかになりました。また、4種類の生物学的年齢と実年齢との差は、互いに正の相関関係がありました。
生物学的年齢に影響を及ぼし得る因子(身体活動量・頻度、喫煙、総摂取エネルギー量、閉経前/後、出産回数、学歴)で調整後、評価した4種類すべての食事スコアが、4種類の生物学的年齢のうちのPhenoAgeおよびGrimAgeと実年齢との差と逆相関(食事スコアが高いほど生物学的年齢が低くなる)してました。代替健康食指数(AHEI-2010)(*)と生物学的年齢との相関が最も強く、AHEI-2010のスコア1標準偏差あたり、PhenoAgeと実年齢との差との相関がβ=−0.5(95%信頼区間:−0.8〜−0.2)であり、GrimAgeと実年齢との差との相関がβ=−0.4(信頼区間:−0.6〜−0.3)と計算されました。
生活習慣により層別化したサブグループ解析の結果、身体活動量が推奨(週に2.5時間以上)を満たしていない女性では、食事スコアが高いほど生物学的年齢が若いという逆相関が、より強いことがわかりました。
まとめると、健康的な食事スタイルを維持している女性ほど、DNAメチル化で評価した生物学的年齢が若いことが明らかとなりました。また、健康的な食事スタイルのメリットは、特に身体活動レベルが低い女性で強く現れると考えられます。
*:代替健康食指数(AHEI-2010)は、心血管疾患や糖尿病などの慢性疾患やがんのリスクに関連していることが報告されていて、全粒穀物、多価不飽和脂肪酸(PUFA)、ナッツ、長鎖オメガ3脂肪酸の摂取量が高く、赤身/加工肉、精製粉、甘味料入飲料の摂取量が低い食事を反映した健康食指数です。
- まとめ
- 健康的な食事スタイルを維持する女性は実年齢よりも生物学的年齢が若い
腸内細菌が認知症を引き起こしている可能性
体の老化とともに、問題になるのが脳の老化です。脳が加齢によって衰えてくると、認知機能も衰えてきます。こうした認知症の代表的なものにアルツハイマー型認知症があります。最近の研究により健常者が突然、アルツハイマー型認知症を発症するのではないことがわかっています。
まず、主観的認知機能低下(SCD)が起こり、軽度認知障害(MCI)を経て、アルツハイマー型認知症と段階的に疾患が進行することがわかっています。
アルツハイマー型認知症は、アミロイドβタンパクが脳に蓄積し、脳神経に障害を起こして発症すると考えられています。これまでの研究では発症の20年くらい前から、アミロイドβは脳の中にたまりはじめます。そのためMCIやSCDの段階で気づいて予防することが大切とされています。
「認知症ネット」などで認知機能をチェックするものもありますので、自分でチェックしてみるのもよいでしょう。
腸内細菌の代謝物質が脳に影響を与えている
認知症の危険因子には、年齢、遺伝子のように修正できない項目と、生活習慣など修正できる項目があります。修正できる項目は40%で、そのうち5%は高血圧、肥満、飲酒、糖尿病など食事が関わるものとされています。
国立長寿医療研究センターもの忘れセンター副センター長の佐治直樹博士は、腸内細菌と認知症の関連、特に腸内細菌が代謝する物質が脳に影響するという代謝産物経路についての研究を進めています。
その結果、腸内細菌のいくつかの代謝産物は、認知症と関係があることがわかりました。中でも、アンモニアが認知症リスクとの関連が高く、乳酸は低いという結果が得られています。アンモニアは、特定の腸内細菌が産生するもので、肝疾患などで、腸管に増加したアンモニアが吸収されて、脳機能に悪影響を与えることで有名な物質です。肝硬変の患者さんでは、アンモニアを吸着したり、産生菌を抑制したりするような治療が行われています。
乳酸は善玉菌として知られる乳酸産生菌が作る物質で、腸内環境を弱酸性化し、さらには乳酸そのものがヒトに存在する受容体を介して免疫応答に影響することが知られています。
また、認知症の人と認知症ではない人では、腸内細菌叢のタイプが異なることもわかっていて、認知症ではない人に比べて、認知症の人の腸内細菌叢には、種類のわからない菌が増えていると分析しています。
世界一の高齢社会を迎えた日本では認知症患者の増加が著しいですが、日本の代表的な大規模認知症コホート研究の1つである愛媛県の中山町研究グループは、1997年、2004年、2012年、2016年に実施した調査データを基に認知症有病率の経年的推移を検討しました-。認知症有病率は人口の高齢化以上に上昇しており、高齢化以外の要因が示唆されたことから、認知症高齢者の増加を抑制するには認知症の促進・予防因子の解明と予防戦略の策定が必要だとしています。
今後、腸内細菌の研究が進むことで、認知症に対応できる対処法が明らかになるかもしれません。
- まとめ
- 腸内細菌が産み出す物質が認知機能の低下を招く