ESG(環境・社会・ガバナンス)への取り組みは、投資先や取引先を選択する上で投資家のみならず、大手企業にとっても企業の持続的成長を見極める視点となりつつある。本企画では、エネルギーマネジメントを手がける株式会社アクシス・坂本哲代表が、各企業のESG部門担当者に質問を投げかけるスタイルでインタビューを実施。今回は、富士急行株式会社事業部 技術・環境CS推進課課長の古屋喜正氏にお話を伺った。

富士急行株式会社は、レジャー・サービス業や運輸業、不動産業などを営む、東証プライム上場企業。富士急行線を始めとする鉄道や、富士急ハイランドに代表されるアミューズメントパークの運営で知られている。同社はESG経営を実践し、事業を通じて社会的な課題を解決することで、地域社会の発展やSDGsの達成に取り組んでいる。本稿では環境・脱炭素のテーマを中心に、同社の取り組みや成果、今後目指すべき姿を紹介する。

(取材・執筆・構成=大正谷成晴)

古屋喜正
古屋 喜正(ふるや よしまさ)
――富士急行株式会社 事業部 技術・環境・CS推進課 課長
2006年4月入社。主にレジャー施設の開発計画の企画立案、行政協議、開発工事の推進を担当。 環境省や自治体と協議しながら、富士山の自然環境に配慮した施設開発を複数経験。 2020年から現職。グループ全体のESG施策の取りまとめ、情報開示・発信、富士急行株式会社のサステナビリティ委員会の運営事務局などを担当する。

富士急行株式会社
運輸、観光、不動産という3つの主たる事業を柱に、流通、建設、情報など、多様な分野の関連会社からなる富士急グループの中核企業。富士急グループは、関係会社40社からなり、業種や業態も様々あるが、「富士を世界に拓く」という創業精神のもと、オリジナリティの高い『喜び・感動』を創造することにより、世界の人々の心の豊かさに貢献することを経営理念としている。
坂本 哲(さかもと さとる)
―― 株式会社アクシス代表取締役
1975年生まれ、埼玉県出身。東京都で就職し24歳で独立。情報通信設備構築事業の株式会社アクシスエンジニアリングを設立。その後、37歳で人材派遣会社である株式会社アフェクトを設立。38歳で株式会社アクシスの事業承継のため、家族とともに東京から鳥取へIターン。

株式会社アクシス
エネルギーを通して未来を拓くリーディングカンパニー。1993年9月設立、本社は鳥取県鳥取市。事業内容はシステム開発、ITコンサルティング、インフラ設計構築・運用、超地域密着型生活プラットフォームサービス「Bird(バード)」の運営など、多岐にわたる。

目次

  1. 富士急行株式会社のESG・脱炭素に対する取り組み
  2. 富士急行株式会社が考える情報発信・情報公開のあり方
  3. 富士急行株式会社のエネルギー見える化への取り組み

富士急行株式会社のESG・脱炭素に対する取り組み

アクシス 坂本氏(以下、社名、敬称略):はじめまして、株式会社アクシス代表の坂本です。弊社は鳥取県に本社を構えておりまして、首都圏の上場企業を中心にシステム開発を手がけ、近年はエネルギーの見える化事業にも取り組んでいます。フードロス対策と子ども食堂の支援、中学生~大学生が対象の無料コワーキングスペースの開設など、地域貢献事業も展開しているのが特徴です。本日はよろしくお願いいたします。

富士急行 古屋氏(以下、社名、敬称略):富士急行株式会社事業部の古屋と申します。こちらこそ、本日はよろしくお願いいたします。当社は富士山麓に拠点を構え、鉄道やバスの他、富士急ハイランドなどレジャー施設を展開しています。私は2006年4月に入社し、おもにレジャー施設の開発計画を担当してきました。2020年からは現部署に異動し、グループ全体のESG施策の取りまとめや情報開示・情報発信を行っております。また、2021年12月に発足したサステナビリティ委員会の運営事務局を担当しています。

坂本:最初に、御社のESGや脱炭素に対する取り組みや、その成果についてお聞かせください。

古屋:当社は今年度で創業97周年を迎えました。もともと富士山麓は溶岩が多く、荒涼としていましたが、世界中から観光客や別荘の利用者を呼び込むために鉄道を敷設することや緑豊かで魅力的な土地に開発する「富士を世界に拓く」ことを創業理念に掲げ、自然環境を保全あるいは緑化しながら事業を拡げつつ、地域との共存共栄を大切にしてきました。 ESGの取組としては、これまでと今後の当社の事業について、ESGの視点から見直すこと・最適化していくことと、外部およびグループ全体へ情報を発信することを進めており、その実務を私が担当しています。

坂本:社内におけるESGの推進体制について、教えていただけますでしょうか。

古屋:2020年6月に、グループ会社を統括する部門の事業部に、サステナビリティ全般の推進および情報発信を行う技術・環境・CS課ができました。また、2021年12月には全社的なサステナビリティ経営を推進するため、取締役が委員長を務めるサステナビリティ委員会が発足し、その委員会の運営事務局も当課が担うこととなりました。

坂本:サステナビリティに関する具体的な施策を教えていただけますでしょうか。

古屋:例えば、EVバスの導入は取り組みの一つです。現在、弊社のCO2排出量(Scope1、2)の3分の1はバスの燃料である軽油の燃焼から排出されるものです。これを抑えることがカーボンニュートラルを実現するための一つの手段と考えています。2020年3月に3台導入し、2022年度内にさらに6台導入する予定です。最初の3台は富士山5合目までのアクセスに活用することで、富士山における環境負荷の低減から着手しました。

▼EVバスを導入

2電気バス写真(富士山背景)
(画像提供=富士急行株式会社)

富士山観光のアクセスにおいて、今後キーとなるのはEVバスです。導入が容易であり、繁閑の差に応じて車両台数を調整することが可能であり、環境負荷の低減に貢献できると考えています。大容量の蓄電池を積んでいますから、災害時には営業所の緊急運営や自治体の避難所への給電も可能です。また、エネルギーマネジメントや輸送サービスをIoTと連携させることで、富士山観光をより便利にサスティナブルにしていけるのではないかと考えています。

また、設備の省エネ化や太陽光パネルの建設計画の推進により、Scope2の削減も進めております。グループ会社の富士山麓電鉄(株)では、鉄道輸送を電力消費の観点で運行計画を組み立て直しました。お客様の利用実態を最優先しつつダイヤを組み立てなおし、電力消費の負荷を平準化することができました。これにより、最大使用電力を抑えることが可能となり、電気代の削減につながりました。

当社の電力消費の大半はレジャー施設によるものであり、現在は電力消費監視システムの構築を計画しています。Scope2のCO2排出量の大半は遊園地の電力消費です。しかし、遊戯機械は瞬間的に多くの負荷がかかるため、電力消費を平準化させることは容易でありません。まずは消費の見える化を行うため、各変電所に通信設備を備えた計量器を設置し、リアルタイムで電力消費を監視するモニタリングシステムを導入し、蓄積したデータをもとにどうすれば消費を抑えられるかを検討する方針です。

レジャー施設全体では、園内に太陽光パネルの設置も計画しています。弊社には富士急ハイランドと静岡県裾野市の「ぐりんぱ」、神奈川県相模原市の「さがみ湖リゾート プレジャーフォレスト」の3つの遊園地があり、周辺にはホテルやキャンプ場といった宿泊施設・温泉施設も備えています。複合リゾートとしてエリア一帯の魅力の向上を図っていますが、総合的な省エネ化やカーボンオフセット計画を立てるのが、現在の課題です。そのうち、相模湖リゾートでは電力消費のカーボンニュートラル化を計画していて、電力消費量を見ながら太陽光やその他の再エネをどのように組み合わせれば、経済合理性を含めてカーボンニュートラルを実現できるのかをシミュレーションしています。

坂本:太陽光発電にも取り組まれているとのことですが、用途としては自家消費がメインでしょうか。

古屋:自家消費がメインとなると思います。ただし、太陽光パネルですべての消費電力を賄うことはできませんので、再エネ由来の電力メニューを採用することも考えています。

坂本:御社は自然に囲まれた環境で事業を展開していらっしゃいますが、環境保全への取り組みについて教えていただけますか。

古屋:コロナ前までは新入社員が富士山の清掃登山を行っていましたし、社有林の整備も行っています。また、新施設の開発を行う場合は、基本的に木を伐採しないことが社内の重要ルールとなっております。普通の遊園地であれば入園口に広場があり、見通しがよくなっていますが、富士急ハイランドでは緑を残しながら整備することで自然と一体となったパーク作りを行っています。

▼清掃登山や植樹を実施

富士急行株式会社
(画像提供=富士急行株式会社)

坂本:多岐にわたる取り組みを実施されておられることがわかりました。今後、進めていかれる具体的な環境対策について教えてください。

古屋:自然環境の保全を前提に富士山麓を拓いていくという姿勢は、今後も変わりません。また、最近はインバウンド客が増加傾向にあるのですが、国際的でサスティナブルな観光の在り方を模索していきたいと考えております。

富士急行株式会社が考える情報発信・情報公開のあり方

坂本:御社はサステナビリティや脱炭素に関する情報を積極的に公開されていますが、脱炭素社会の実現に向けた情報公開やプロモーションをする際に心がけておられる点はありますでしょうか。

古屋:脱炭素化というとCO2の排出とその相殺が焦点になりますが、それだけではないと考えています。例えば、当社は山梨県・山中湖の湖畔でコテージやレストランなどを備えたアウトドアリゾート「PICA山中湖」を運営していますが、ここでは太陽光パネルの導入によって再エネを活用しており、建物の一部では屋根で集めた熱を施設内に循環させています。また、自然による排水浄化を可能にするバイオジオフィルターなどの仕組みも取り入れました。

▼PICA山中湖の外観とマップ

富士急行株式会社
(画像提供=富士急行株式会社)

一昨年からはここを舞台に、子どものいるファミリーを対象に、エコツアーやフードロス低減を体験できる、「PICA アウトドアファミリーデイ」というイベントを開催しています。自然に囲まれながら自然を大切にする意義やその背景を伝える場を用意することが重要だと思っていまして、レジャー施設を手掛ける当社ならではの取組だと考えています。 イベントプロモーションでは、SDGsや環境教育といった難しい言葉をあまり使わずエンターテインメント性を意識し、楽しそうなイベントであることを強調しました。多くの方が興味を持ち、訪れていただく必要があるからです。企業としてカーボンニュートラル化を進めることは当然のことですが、未来を担う子どもたちに向けて伝えることも大切だと思います。

▼PICA アウトドアファミリーデイの様子

富士急行株式会社
(画像提供=富士急行株式会社)

河口湖畔と富士見台駅を運行する「富士山パノラマロープウェイ」にあるうさぎ神社では、河口湖畔の障がい者支援センターの方々に着色していただいた間伐材を使った絵馬を販売しています。絵馬のデザインに、周辺の植物でイベントとも連動しやすい「紫陽花 絵馬」や「紅葉 絵馬」を取り入れ、四季折々の情報とともに商品の情報を合わせて発信することで、当社の取り組みを知ってもらい、手に取ってもらい、来た方たちの気持ちも動かすような情報発信も行っています。

▼うさぎ神社の絵馬

富士急行株式会社
(画像提供=富士急行株式会社)

坂本:社内における、情報共有や啓発活動について、具体的な取り組みがあれば教えていただけますでしょうか。

古屋:ESGに関連する映像を作って全社員で共有したり、グループ全社員を対象にアンケート調査を実施したりと、世の中で求められていることを認識する場を作っています。また、最近は投資家の皆様や金融機関からESGに関する質問を受けることが増えており、IRと情報を共有しながら対応しています。

坂本:自治体との連携は私たちにとっても課題の1つですが、どのような部分で連携されていらっしゃるのか、教えていただけますでしょうか。

古屋:富士急行線の沿線の自治体様とは、以前から街づくりや地域おこしの観点で連携してきておりました。それが最近ではSDGs協定のような形に変遷し、より密接に地域と連携してSDGsの取り組みを推進しております。

▼地域とのSDGsの協定

富士急行株式会社
(画像提供=富士急行株式会社)

また2022年12月には、相模原市役所様と、「さがみ湖リゾート プレジャーフォレスト」で脱炭素啓発イベント「未来へスイッチ!脱炭素EXPO」を開催し、脱炭素をテーマとした周遊型謎解き宝探しイベントや、EVバスを使ったイルミネーションの点灯などを実施しました。

▼脱炭素を啓発するイベントを開催

富士急行株式会社
(画像提供=富士急行株式会社)

富士急行株式会社のエネルギー見える化への取り組み

坂本:省エネや脱炭素を進めるには、電力・ガスなどエネルギーの使用量を表示・共有するエネルギーの見える化が必須と言われています。先ほどScope1、2についてお話しいただきましたが、御社ではエネルギーの見える化についてどのように取り組んでいらっしゃいますか。

古屋:軽油などの燃料の調達を監視・管理することはできますが、電力消費は変動が激しいため、どのように管理するのかが問題です。オフィスビルや商業施設に対する電力消費のモニタリングシステムは優れたものが多くありますが、当社のように総合リゾートのエネルギーマネジメントをどうすべきかは喫緊の課題であり、先ほど申し上げたようにレジャー施設では変電所に通信設備を備えた軽量機器を備え、データを飛ばして中央監視する仕組みの構築が急務だと考えています。

坂本:Scope1、2を含めて、現状はどのような形で数値を算出されておられるのでしょうか。

古屋:グループが使用する重油や軽油は富士急行が一括で購入していて、購入量=消費量として計上しています。よって、Scope1の集計はさほど難しくありません。Scope2は結果論といいますか、電力会社から提供された明細をもとに年間の使用電力量を割り出して、それに係数をかけています。

坂本:CO2排出量の把握について、Scope3の集計は現時点では明確なルールが定まっておらず、各社にとって悩ましい課題でもありますが、御社ではどのようにお考えでしょうか。

古屋:今後、範囲なども含めモニタリングしていくことが 課題だと感じておりますが、まずはScope1,2の低減が急務だと考えております。

坂本:最後の質問です。近年は多くの機関・個人投資家がESG投資に関心を寄せ、この観点で投資先を見極めています。その観点で御社を応援することの魅力や、注目すべき点をお聞かせください。

古屋:インバウンド客の回復が業績に反映されつつあり、今後も世界のお客様を受け入れるべく邁進してまいりたいと考えております。しかし原点は自然環境の保全を意識し富士山とその周辺で事業を行ってきた企業でありますので、今後はESGの観点も取り入れながら事業をよりサスティナブルな形に切り替えていくことが重要だと考えております。事業の推進とESGを両輪で進めていく、このような点に注目していただきたいと思います。

坂本:今日のお話で、こだわりを持ちながらESGに取り組んでいることがわかりました。地域貢献事業を展開している弊社にとっても、非常に勉強になります。ありがとうございました。