この記事は2023年2月24日に「きんざいOnline:週刊金融財政事情」で公開された「日本でも強まる賃金上昇によるインフレ圧力」を一部編集し、転載したものです。
(総務省「消費者物価指数」ほか)
日本では、円安や資源高による輸入コストの上昇を企業が価格に転嫁する動きが続いている。もっとも、これは物価が持続的に上昇する局面への転換を意味しているわけではない。コスト高による物価の上昇は、家計の購買力を低下させ消費の減退を招く。そうすると企業は価格を上げにくくなり、遠からず物価は下落に転じることになる。
物価の持続的な上昇のためには、賃金の上昇が不可欠だ。賃金の上昇は消費を喚起し、企業は人件費を含めたコスト上昇分を継続的に価格転嫁しやすくなる。
長期間にわたって日本の物価が上がらなかったのは、こうした賃金と物価の同時上昇メカニズムが失われていたためだ。日本では1990年代半ばごろまで賃金と物価がともに上昇したが、その後、賃金の動きは弱くなり、その影響を強く受けるサービス価格の伸びも低位で推移した。総務省「消費者物価指数」によると、2022年12月のサービス価格は前年同月比0.8%上昇と、財価格に比べて緩やかな伸びにとどまっている(図表1)。
日本の賃金が伸び悩んだ背景については、多くの要因が指摘できる。バブル崩壊以降、景気低迷が長期化する中で、労使ともに雇用維持を優先し、賃上げを抑制してきた。また、企業が正規雇用よりも相対的に賃金水準が低い非正規雇用を増やしたことも、経済全体の平均賃金を押し下げた。さらに10年代以降、政府や企業が多様な働き方を支援する施策を進めたことで、女性や高齢者の労働供給が増加し、賃金上昇圧力を吸収したとみられる。
ただ足元では、こうしたトレンドが転換しつつある。厚生労働省「毎月勤労統計」によると、人手不足感が強まる運輸・郵便業や飲食サービスといった対面型サービス業で賃金の伸びが高まっている(図表2)。
今後は幅広い業種で人手不足が深刻化し、賃上げ圧力が一段と強まる可能性が高い。経済活動の正常化に伴い労働需要の増加が見込まれることに加え、労働供給の面では女性や高齢者の労働参加によるさらなる供給増が期待しにくくなっているからだ。これに伴い、企業が賃上げ分を価格に転嫁する動きが広がり、サービス価格も緩やかに上昇していくことが予想される。
日本総合研究所 調査部 マクロ経済研究センター 主任研究員/井上 肇
週刊金融財政事情 2023年2月28日号