コレクターインタビュー・横山様.

東京の神保町(千代田区)にある老舗不動産屋の代表取締役を務めながら、趣味のフィギュアを日々収集し続ける横山第悟さん。今回は、横山さんの「コレクション」という行為へ注ぐあくなき情熱と、その衝動の背景に迫ってみました。

目次

  1. 映画『エイリアン』と『グレムリン』をきっかけに…
  2. 「メジャー性」より「造形的に美しいモノ」にこだわりたい
  3. 日本でも3本の指に入る「完成品屋」の完璧な仕事
  4. 優れたフィギュアには「解説」が一切必要ない!
  5. フィギュアの転売市場に立ちはだかる2つの壁
  6. 「本当に欲しいモノはなにか?」を自分自身に問いかけてみる
  7. 【横山 第悟(よこやま・だいご)さん:プロフィール】

映画『エイリアン』と『グレムリン』をきっかけに…

「授業が苦手だったので」という理由で早稲田大学を中退し、実家の家業を継いだ横山さん──本格的にフィギュアの世界へと足を踏み入れたのは、20代後半から30代前半のことだと言います。

映画の『エイリアン』や『プレデター』が流行った、1970年代後半から1980年代前半あたりですかね……。あのころは、普通にそれらの人形やフィギュアを買い、色を塗ったりして遊んでいました。『エイリアン』をきっかけにフィギュアの精度もグンと向上したので、たちまちのめり込んでしまいました。

フィギュアコレクションに魅せられた男が語る、その圧倒的な芸術性と業界の現状【フィギュア蒐集家・横山第悟さん】

──そんな初期のフィギュア界はどんな様子だったのでしょう?

当時は「ガレージキッド」と呼ばれている分野がありまして、既成のプラモデルでは満足できない素人の人たちがスカルピーと呼ばれる外国製の粘土やシリコンを買ってきて、自作の原型をもとに型取りした手造りの作品をイベントで売ったりしていました。そこで私も、いろんな作品を “客” として購入していました。

そうこうしているうちに「自分もいずれは “原型” が造れたら、いいんだけどなあ」と思って、そのイベントで作品を売っている人に「原型の造り方」を教えてもらいました。すると、案外上手に造ることができて(笑)。そこから「集める」だけじゃなく「造ること」もはじめました。

──「フィギュアの造り方」を簡単に教えてください。

ざっくりと説明してしまえば、造形用の粘土で原型を造って、それをシリコンで型取りしたものに、元々は液体状の素材であるレジンを流し込む──みたいな流れです。

between the arts

「メジャー性」より「造形的に美しいモノ」にこだわりたい

日本におけるフィギュアの主流は、おおまかには「ガンダム系(機械系)」「美少女系」「怪獣系」の3つに分類される……とのこと。そして、横山さんは、ウルトラ怪獣などに代表される「怪獣系」をメインとするコレクターで、コレクション総数は150体以上にものぼるのだそう。

ウルトラ怪獣やエイリアンのほかにも、「アメリカのクラシックキャラクター」──たとえば、フランケンシュタインから『フランケンシュタインの花嫁』……ほか、マニアックなものも好きです。あと、ゾンビも少々……。今の時代のものだと『MARVEL』のキャラクターもいくつか持っています。それ以外にザリガニだとか髑髏だとか……私のオリジナル作品も15〜20体くらいはあります。

フィギュアコレクションに魅せられた男が語る、その圧倒的な芸術性と業界の現状【フィギュア蒐集家・横山第悟さん】
横山さんがオリジナルで制作したフィギュア達

──なぜ、「怪獣系」なのですか?

私の場合、「メジャーなモノに食いつく」というよりは「造形的に美しいモノにこだわる」といった視点に重きを置いています。個人的に「ガンダム」は、あまり造形美的な興味がわかなくて……(笑)。どちらかといえば「有機的」なフォルムを好む傾向があるようです。

──購入方法は?

インターネットとイベントに足を運んでです。まだ色が塗られていないキット状態のものを買います。

──それを自分で組み立てて、着色するわけですね?

私は塗装が苦手なので、その状態のモノを組み上げてから塗装するまでを受け持つ職人さんにお願いします。職人さんには肩書き名はとくにないのですが、私は「完成品屋」と呼んでいます。

フィギュアコレクションに魅せられた男が語る、その圧倒的な芸術性と業界の現状【フィギュア蒐集家・横山第悟さん】

日本でも3本の指に入る「完成品屋」の完璧な仕事

「完成品屋」とは……また耳慣れない職業です。それにしても「組み上げ」や「塗装」といった作業は、そこまでもプロフェッショナルの技術を要する、デリケートな作業なのでしょうか???

バラバラのパーツをくっつけるだけなら誰でもできるのですが、素人がやっても、真っ直ぐ立ちません。グラグラしたり、すぐ倒れてしまうんです。接着部分に隙間ができたりもしますし……。

私のコレクションの原型自体は、ネットなどで比較的簡単に購入できるモノもあります。でも、私の発注している「完成品屋」さんが組み上げと塗装を手がけたら、世界で唯一の素晴らしい作品に仕上がります。

おそらく日本でも3本の指に入るほどの腕前です。仮に「ミスターM」と呼んでおきますが、その人のことは世間的にはまったく知られていませんし、私も彼の正体を公表する気はありません。

──具体的にはどこらへんが「すごい」のでしょう?

まず「瞳」がすごいんですよ! この「デビルマン」を見てください。まるで生きているかのようなシズル感があって……。

フィギュアコレクションに魅せられた男が語る、その圧倒的な芸術性と業界の現状【フィギュア蒐集家・横山第悟さん】

展示会などでは1メートルくらい離れた場所からしか鑑賞できませんが、もっと近づいて凝視してみると、目玉から指の爪一枚、まさに髪の毛一本一本まで……じつに精巧な仕事が成されている。手抜きが一切ないんです。これはもうアートの域! 貴重な細密画と比べても、勝るに劣りません。

この「ウルトラマン」一体取っても、赤い部分は “本物” とまったく同じ色で再現されています。ウルトラマンは「初代」「新」「A(エース)」……と、すべて赤色が微妙に異なっているので。しかも、下手な完成品屋さんだと、赤と銀の部分が所々はみ出したりもします。

フィギュアコレクションに魅せられた男が語る、その圧倒的な芸術性と業界の現状【フィギュア蒐集家・横山第悟さん】

このキカイダーシリーズの「ハカイダー」も素晴らしい! 剥き出しになっている脳の部分のディテールも精密この上なく、着ぐるみ独特のシワの表現も完璧です。それに原寸大の「グレムリン」も、ぜひ見てもらいたい!!

フィギュアコレクションに魅せられた男が語る、その圧倒的な芸術性と業界の現状【フィギュア蒐集家・横山第悟さん】
フィギュアコレクションに魅せられた男が語る、その圧倒的な芸術性と業界の現状【フィギュア蒐集家・横山第悟さん】

どれもこれも当たり前のように立ってはいますが、ソフトビニール製なので、中は空洞になっておりまして……。ミスターMは完全な立ち姿になるまで下半身に熱いレジンと鉄骨を入れ、それが固まるまでずっと手で持っているんです。ここで失敗したら、すべてがダメになってしまう。

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優れたフィギュアには「解説」が一切必要ない!

少年のような眼で、訥々と……ながらも熱のこもった口調で自身のコレクションを “紹介” する横山さん──彼をこんなにも惹きつけるフィギュアの “磁力” とは、はたして……?

「美術品」だとか「芸術品」だとかと呼ばれているモノを創るアーティストさんにも、十分に匹敵する技術が凝縮された作品を気軽に入手できること──これが一番の魅力だと思います。

「芸術家」を名乗る人でも、ここまでの技術を持っている人は、そうざらにいません。そこに小難しいステートメントを後付けして「なんとなく高尚な感じ」に仕立て上げていたりして……。対して、優れたフィギュアの素晴らしさは「見たまんま」──なんの解説も必要ありません。飾っている作品を見ているだけで、自分の日々の辛さが吹っ飛んでしまいます。

──絵画のコレクターさんは、飾らなくても「保管しているだけで心が豊かになる」という人もいると聞きますが?

自分の場合は、箱の中に入っていたらダメ──なぜなら、私はあくまでフィギュアの造形の美しさに心を奪われているので、飾って見なければ意味がないんです。

──保管方法は?

ホコリがかぶることを避けるため、ガラスケースに入れて飾るようにしています。これはマスト! ホコリをかぶると、どうしてもベタついてしまいますので。

とにかく、地震が来るたびにドキドキしてしまうんですよ。家のことよりフィギュアのことのほうが心配で……。保管場所に行って、全部がなんとか無事だったら、「元気に立っていてくれてありがとう!」と感謝の声をかけたくなります(笑)。

フィギュアコレクションに魅せられた男が語る、その圧倒的な芸術性と業界の現状【フィギュア蒐集家・横山第悟さん】

フィギュアの転売市場に立ちはだかる2つの壁

もはや、立派な「コレクションの一分野」として成立している「フィギュア」の世界ですが、これらの “お宝” を二次流通させる市場はまだほとんど出来上がっていない……と、横山さんは指摘します。

そもそも私個人としては、原則として「自身のコレクションを売る」ということはしたくありません。売ったら無くなってしまうので。

ただ、先日はじめて……ささやかな規模ではありますが、私の「コレクション展」を、私が経営しているギャラリー『AMMON TOKYO』(神保町)で開催したんです。そうすると、これまでの展示会で一番の来客数になりまして……。そのとき展示していた「バルタン星人」と「ガラモン」を「どうしても買いたい!」とおっしゃってくださる人がいて、「どうせ買わないだろう」と高を括って「18万円」と提示したら、「それでもいい」ってことになってしまい……ちょっとだけ悲しい気分になってしまいました。

私は、単に「見せびらかしたいだけ」だったんですけどね(笑)。

──その「18万円」は「相場」? それとも「法外」?

う〜〜〜ん……「完成品の転売」はほとんど言い値ですから。このように「相場」が明確化していないのが “市場” としてなかなか発展しない一因なのかもしれません。

ちなみに、原型の本来価格はせいぜい3千円から1万円程度。古いモノでプレミアがついても3万円前後です。組み上げと塗装は、業者さんによって全然クオリティも変わってくるので、その製作費もバラバラ──相当な差があります。たとえば、この「ウルトラマン」のキットは1万5千円くらい。そして、ミスターMは私以外の仕事を受けていなくて……しかも、それだけを仕事にしているため、けっこうな額をお支払いしています。具体的な数字は申し訳ないのですが、言えません(笑)。

フィギュアコレクションに魅せられた男が語る、その圧倒的な芸術性と業界の現状【フィギュア蒐集家・横山第悟さん】

──もし、仮に横山さんのコレクションを資産価値で算出したら、いくらほどに?

え〜〜〜っとですね……(しばし長考)自分だけの価値観になりますが3,750万円……くらいかな? 

──すごい! “その気” にさえなれば、ビジネスとしても充分に収益が見込める額面ですね!?

とても限られた狭いコミュニティですが、ビジネスライクな「転売目的」のケースもなくはないんです。

「ソフビ(ソフトビニール)作家」と呼ばれる人たちが実在するのですが、たとえば、その人たちが「ケロヨン」のような小さなカエルの作品を2〜3千円で何十体も売ったりしています。それを購入した人は、着色を加えてからすぐさまネットオークションに出すわけです。たくさんの色が着いていたら1万5千円だとか……。ちょっと彩色されただけでも9千円とかで売られており……つまり、そういったニーズは間違いなくある、ということです。

──じゃあ、「ネットオークション」が今後、フィギュア市場の流通の要(かなめ)になってくる……と?

……どうなんでしょうか? じつは、フィギュアの世界が “市場” としてなかなか発展しない原因はもう一つあるのです。

フィギュアコレクションに魅せられた男が語る、その圧倒的な芸術性と業界の現状【フィギュア蒐集家・横山第悟さん】

──ほう。ぜひお聞かせください!

キットを購入し、完成品屋さんに発注して、どんなに高いレベルの “完成品” があがってきたとしても……その細かなディテールを写真に収めるのは困難──すなわち、ネットではそのすごさを伝えられないからです。

── “実物” を事前に下見できるいわゆる「ハンマープライス」的なオークションハウスの場は、まだないのでしょうか?

私の知るかぎりだと、まだないと思います。ルートをつくって、フロアを借りて、そこにガラスケースを並べて、腕の良い完成品屋さんの作品を入札札付きで飾って……と、きちんとやれば、魅力的な市場にはなると思うのですが……。「ガンダム」や「美少女」フィギュアは熱狂的なファンも多いですしね。しかし、残念ながらそれをやる人がいないんです。

──横山さんご自身が先陣を切るおつもりは?

やってはみたいですけど、本業の不動産屋のほうが案外忙しくて……(笑)。しかも、現状ではこれでお金を儲けようという発想もありません。繰り返しますが、私は単に自分のコレクションの世界をつくりたいだけなんです。

そして、私のコレクションを通じて「フィギュアの魅力」に目覚める人たちが増えていくのも、またそれはそれで醍醐味なのかもしれません。

──少々意地悪な質問で恐縮なのですが、もしご自身がお亡くなりになったとき、これらのコレクションはどうなるのでしょう?

正直、そのような将来については考えたことがありませんでした(笑)。けれど、「コレクションを通じて文化をつなぐこと」は、重大なテーマだと思いましたので、今後は真剣に考えてみたいと思います。

私は妻と猫はいますが、子どもがいないので、実際にどうするかは悩んでしまいますね。ミュージアムをつくるなら、もっともっとコレクションを集めなければいけませんし……。結局は、本当にフィギュアが好きな人──これらの作品の価値を正確に理解したうえで、丁寧に保管してくださる人にお譲りするしかないのではないでしょうか。

フィギュアコレクションに魅せられた男が語る、その圧倒的な芸術性と業界の現状【フィギュア蒐集家・横山第悟さん】

「本当に欲しいモノはなにか?」を自分自身に問いかけてみる

では最後に。「コレクション」という趣味をいっそう深く充実させる秘訣を、横山さんに教えてもらいました。

フィギュアだったら、たとえば秋葉原の『ラジオ会館』に行って、一日かけて一番上の階から下の階をじっくりと見て、「自分はどれが欲しいのか?」と問いかけてみるんです。

私は「怪獣系」が好きなのに、どういうわけか「ゴジラ」と「ガメラ」には食指が動かないのですが、「自分の好みの分別」をこうやって育んできました。先にも申したとおり、キットだとそれなりのレアモノでも2〜3万円、それなりの出来な完成品でもせいぜい7万円程度ですから、アートよりも断然気軽じゃないですか。

もちろん、人によっては「人気があるから買う」という人もいます。でも、そういう買い方をして、家に帰ったら「やっぱりいらないや」ってことになってしまったら、おそらく “その後” が続きません。

とにかく、そういうさまざまな理屈を抜きにして、とにかく「自分の心が欲しがるモノ」だけを買ってみる。これが一番の近道でしょう。

──その日のうちに欲しいモノが決まらなかったら?

「先に売れてしまう」というリスクを承知で一日寝かせてみるのもアリだと思います。そこで万一他人に先越されて買いそびれてしまったら、めちゃくちゃ悔しいじゃないですか。そして、何度もそんな悔しい想いをしながら、妙な表現なのかもしれませんが「執着心を育んでいくこと」が大切なのではないでしょうか。

【横山 第悟(よこやま・だいご)さん:プロフィール】

フィギュアコレクションに魅せられた男が語る、その圧倒的な芸術性と業界の現状【フィギュア蒐集家・横山第悟さん】

1963年神奈川県生まれ。早稲田大学第二文学部入学と同時に実家が経営するパーマ屋チェーン『有限会社 ヨシユキサービス』の取締役に就任。1988年に同大学を中退。同社で不動産部門を立ち上げ、2006年に『株式会社 ヨシユキサービス』へと組織変更し、代表取締役に就任。映画『エイリアン』や『プレデター』が流行った1970年代後半から1980年代前半のことからフィギュア造りや収集に目覚める。

■横山様のCOLLETページ
https://collet.am/collectors/27620abe-d708-4f84-a34d-6e7980d3de81/items?category=toy

■今後のイベント情報
Ammon Tokyoにて2023年7月28日から8月19日までの期間、「横山第悟コレクション展」を開催予定
http://www.ammon.co.jp/

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