この記事は2023年4月28日に「きんざいOnline:週刊金融財政事情」で公開された「世界に取り残された「タンス預金国」日本」を一部編集し、転載したものです。
(日本銀行「通貨流通高」ほか)
キャッシュレス化において世界最先端とみられているスウェーデンとノルウェー。2022年の名目GDPに対する現金流通高の比率は、それぞれ1.1%と0.7%に過ぎない(図表)。一方、中国では、キャッシュレス化が進む中で、比率が急激な低下を見せているものの、22年時点で9%と北欧に比べて高水準だ。中国では農村部などでキャッシュレス化が遅れていることが、その要因と考えられる。
インドで16年に同比率が急落したのは、政府が同年11月に突然、高額紙幣の法的通用力を停止すると宣言したためだ。ブラックマネーの撲滅とキャッシュレス化推進が目的だったが、あまりの荒技にインド経済は大混乱に陥った。その後、金融当局は、新紙幣の供給を急遽実施することで事態の鎮静化を図った。
図表の中で、北欧に次ぐ低い水準で推移しているのがブラジルだ。これは、キャッシュレス化が浸透してきたというより、高いインフレ率と預金金利により現金を保有するコストが大きいことに加え、治安の悪さから現金を保有するリスクが極めて高いためだ。
そのブラジルと対極をなすのが日本だ。日本の22年の名目GDPに対する現金流通高の比率は23.3%と断トツの世界一である。インフレ率は低く、預金金利はほぼゼロ、他国に比べて治安も良いため「タンス預金」がいまだに膨張している。キャッシュレス化の影響は、硬貨には現れ始めているが、紙幣の動きにはまだ明瞭に現れていない。
新型コロナウイルスが流行していた20年には、日本のほか、ユーロ圏、米国、インド、ブラジルで現金流通高が急速に高まりを見せた。コロナ感染を恐れて外出の頻度を低下させた高齢者などが、ATMでの1回当たりの引き出し額を増やし、通常より多く現金を保有したためだ。
また、ロシアに近い欧州の国々では、ウクライナ戦争が始まった22年2月下旬から現金流通高が数カ月間急増した。有事が波及してきた場合にデジタル決済が停止するリスクを警戒したからだろう。自然災害が頻繁に起きる日本のような国では、そのリスクも考慮しなければならない。そのため、中央銀行デジタル通貨(CBDC)を発行する中銀がこの先増えたとしても、現金の完全廃止には至らないと考えられる。
日本では、24年度に新紙幣が発行される。「キャッシュレス化の推進に逆行するのではないか」といった声も聞かれるが、新紙幣発行の真の狙いは新技術導入による偽札防止である。キャッシュレス化が飛躍的に進んでいる北欧でも、同じ目的で新札が導入されている。なお、北欧を含む海外の多くの国は、新紙幣発行後に十分な猶予期間を設けた後、旧札の市中通用力を停止することでブラックマネーのあぶり出しに成功している。日本でも、新紙幣発行を機に、旧紙幣の市中通用力停止を検討すべきではないかと考える。
東短リサーチ 社長 兼 チーフエコノミスト/加藤 出
週刊金融財政事情 2023年5月2日号