MBSEの手法が製造業で注目される理由や事例を分かりやすく解説
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製造業における設計開発の効率化は、競争力を保つ上で欠かせない要素です。その一助となるのが、MBSEというアプローチです。MBSEは、モデルを用いてシステムの設計と運用を視覚化し、予測するための手法で、製造業において導入すれば設計開発で多大なメリットを享受できます。

この記事ではMBSEの概要やメリット、実践方法、国内事例を紹介します。

目次

  1. MBSE(モデルベースシステムズエンジニアリング)とは、モデルを用いてシステムズエンジニアリングを行いながら製品開発などを進めること
  2. 製造業においてMBSEはなぜ注目されているのか
  3. 製造業においてMBSEの手法を用いるメリット
  4. 製造業におけるMBSEによる設計開発の実践方法
  5. MBSEに関する国内事例
  6. MBSEの導入により国内の製造業が抱える多くの悩みを解決に導ける

MBSE(モデルベースシステムズエンジニアリング)とは、モデルを用いてシステムズエンジニアリングを行いながら製品開発などを進めること

MBSEとはModel-Based Systems Engineering(モデルベースシステムズエンジニアリング)の略で、複雑な開発に対応するための技法および開発プロセスを指します。MBSEはシステムズエンジニアリングの一部で、「拡張されたシステムズエンジニアリング」とも捉えられるものです。

MBSEの特徴
MBSE は、様々な工学的領域、様々なチームにわたる開発の対象となる製品の要求とアーキテクチャを、モデルを用いて整理することで開発の複雑さを管理、低減している

(引用:独立行政法人情報処理推進機構「モデルベースシステムズエンジニアリング導入の手引き」)

MBSEでは対象となるシステムをさまざまな観点からモデル図にし、システムの要求分析や設計、検証を効率的に行うさまざまな種類のモデルを用いてシステムズエンジニアリングを進めます。対象に対してコンピュータを用いて効率的・効果的にシステムズエンジニアリングを行う手段であり、大規模で複雑な対象に対しても実施できるのが特徴です。

モデルの例としては、検討対象を視覚的に分かりやすい図表で表現したシステムモデルや、妥当性・成立性を定量的に検証するシミュレーションモデルなどがあります。

MBSEによる製品開発では、複雑なシステムをモデル化して整理した形で可視化し、複数の分野が連携して要求分析から検証まで開発工程を進めていきます。MBSEは製品の全体像を見ながら、さまざまな専門家のコミュニケーションを円滑にして業務効率や質を高める存在です。

システムズエンジニアリングとは、幅広い意味での「システム」を実現するための、複数の専門分野にまたがるアプローチと手段

システムズエンジニアリング(Systems Engineering)とは、システムの開発を成功に導くための複数分野にまたがるアプローチおよび手段です。利害関係者の要求に沿った品質の製品やサービスを提供するために、関連する問題を考慮しながら設計してシステムの検証と妥当性の確認を行います。設計にあたってはビジネスとすべての顧客の技術的要求を考慮します。

システム開発では、製品やサービスを一つのシステムとして捉え開発します。システムのライフサイクルは、システム開発の開始から終了まででなく、システムの運用、破棄までを含みます。システムズエンジニアリングはシステムのライフサイクル全般をカバーするものです。

日本ではSEという言葉をシステムエンジニア、システムエンジニアリングとしてよく使います。また、ITシステム、ソフトウェア開発を指すことがあります。しかし、複数形のシステムズエンジニアリングはSEとは異なります。システムズエンジニアリングの「システム」とは、目的を遂行するためのさまざまな機能を作り出すために、さまざまな機能や部品が相互に関係しながら集まっていることを指します。ITシステムだけでなく、人や組織もシステムの一種です。

モデルとは「情報の構造体」を指す

MBSEにおける「モデル」とは「情報の構造体」を指し、設計や分析結果、判断基準などシステムそのものの情報だけでなく担当者や日程、コストなどの情報も含まれます。デジタルの立体データ「3Dモデル」や解析で使用する「解析モデル」だけでなく、システムの要件や機能を表す記述もモデルに含まれます。

これらの情報を、関係性を考慮しながら構造化し、コンピュータに入力して管理することがMBSEにおける「モデル」にあたるものです。

MBSEとMBDの違い

MBDとは(Model Based Systems Development)の略です。MBSEについて語るときによく登場する言葉で、日本語にすると「モデルベース開発」です。

MBSEはモデルを用いてシステムズエンジニアリングを行いながら製品開発などを進めることを指します。MBSEは製品のライフサイクル全般に関わる、プロジェクト全体をよりよく管理するための概念です。

一方、MBDは製品の設計開発のためにコンピュータ上で行うシミュレーション手法です。いわゆる仮装試作、バーチャルプロトタイプの手法で、MBDはMBSEの一部といえます。

関連記事:MBDとは?CAEとの違いやメリット・デメリットを解説

MBSEを支える技術

MBSEを支える基本技術に「セマンティック技術」があります。セマンティック技術とは、情報の意味をコンピュータが理解できるようにし、コンピュータに処理させる技術のことです。セマンティック技術を活用することで、システムズエンジニアリングに必要な情報を抽出することが可能になります。

製造業においてMBSEはなぜ注目されているのか

近年は複数のシステムが互いに連携している複雑なシステム(System of Systems)が増えてきています。個人の頭の中だけではシステムの全体像の理解や、変更を加えた際の影響の把握が難しいこのような環境下ではMBSEの活用が有効です。

製造業では製品の中で機械(メカ)の比率が減り、ソフトウェアや電子部品の比率が増えつつあります。また最近では製品にAIやIoTなどのデジタル技術が積極的に搭載されるようになりました。機械、電気、ソフトウェアなど異なる分野の技術を組み合わせてスピーディに設計するために、MBSEを含む設計開発の効率化、品質向上を図れる手法が注目されています。

製造業においてMBSEの手法を用いるメリット

MBSEの導入により、製造業においては以下のようなメリットがあります。

1.異なる分野の技術を組み合わせてスピーディに設計できる

MBSEによりシステムを視覚的に表現することで、システム内のさまざまな分野の技術の関係性を確認でき、効率的に組み合わることが可能になります。MBSEを導入すれば、製造業におけるプロジェクトの開発プロセスにかかる時間を大幅に短縮することが可能です。特に複数の専門分野にまたがる複雑なプロジェクトにおいてはMBSEの効果が最大限に発揮されます。

また、MBSEによりシステム内の技術の関係性を視覚化することで、後から変更を加える際にエラーや品質に関する問題を減らすことができます。

2.システムを再利用できる

MBSEによって作成したモデルは、一度作成すれば再利用できます。実証・検証済みの設計を再利用することで、エラーが発生するリスクを減らしながら新たな製品を容易に作り出すことが可能です。設計時間を短縮できるだけでなく、開発コストの削減にもつながります。

3.製品ラインを管理できる

MBSEを用いれば、製品ライン全体を視覚化でき、製品間の関係性を理解できます。既存の設計を再利用して組み合わせ、製品のバリエーションごとに個別のモデルを作成することが可能になります。

製造業におけるMBSEによる設計開発の実践方法

製造業においてMBSEのアプローチを実践する方法の一例を、具体的な手順とともに紹介します。ここでは、設計開発の平準化・効率化を図るために、ベテラン技術者の経験や勘に頼っていた設計検討のプロセスをモデル化したいときを例に解説します。

1.技術構造とプロセス構造をそれぞれ構造化する

MBSEの活用を始めるにあたり、まず必要なのは、製品の技術構造とプロセス構造を分けて構造化し、それぞれの関係性を整理することです。このプロセスは、設計資料の確認やベテラン技術者への聞き取りを通じて行います。

技術構造では、製品モデルに関する情報を構造化し、製品仕様から性能特性、サブシステム特性、部品特性に至るまでのトレーサビリティを整理することが求められます。一方、プロセス構造では、タスクモデルに関する情報を構造化します。どの特性値をどのような手段で決めていくかを明確にすることが重要です。

2.それぞれの情報構造をモデル化する

次に、整理した技術構造とプロセス構造をそれぞれモデル化します。モデル化には、MBSEツールを用いてシステムモデリング言語の「SysML(シスエムエル)」で記述していきます。このステップにより、製品の設計開発プロセスが視覚化され、共有や検証が容易になります。

3.特性値や検討タスク間の関係性をマトリクスで表記する

最後に、特性値や検討タスク間の関係性をマトリクスで表記します。

技術構造の場合、モデル化によって得られたシステムの特性間の関係性に関する情報を基に、特性値をマトリクスで表記します。このマトリクスは、製品の性能特性、サブシステム特性、部品特性を網羅し、それらがどのように連携して全体の製品性能を構築するかを一覧できる道具です。

一方、プロセス構造については、モデル化した検討タスクや特性値の情報をもとに、検討タスク間の関係性をマトリクスで明示します。これにより、各タスクが製品のどの特性に影響を与えるのか、また、どのタスクが他のタスクと依存関係にあるのかを一目で把握することが可能です。

これらのマトリクス表記により、設計開発のプロセスがより明瞭になり、それぞれのタスクが全体の中でどのような役割を果たしているのかを理解しやすくなります。また、これによって意思決定の根拠が明確になり、設計開発の効率化が図れます。

MBSEの手法が製造業で注目される理由や事例を分かりやすく解説
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MBSEに関する国内事例

製造業DXの事例の中からMBSEに関連のあるものを紹介します。

【事例1】トヨタ自動車株式会社

トヨタ自動車株式会社では3D CADデータなど既存のデジタルデータを一元管理でき、部署間の情報共有基盤となる「工場IoT」を構築しました。今後は工場IoTの考え方をエンジニアリングチェーン、サプライチェーンに拡大し、開発・市場・工場をデジタル化により連携したいとしています。

  • 課題・取組内容
背景・課題
3D CADデータや試作時の特性データなど、個々の情報のデジタル化を行い、技術開発・生産準備に成果を上げてきた。しかし、実際の製造・お客様から得たデータの技術開発へのタイムリーなフィードバックに苦戦していた。 Industry4.0や非自動車メーカーの台頭等の社会変化を受け、危機意識を持ち、全社的なデジタル化を検討した。

(引用:PwCコンサルティング合同会社「製造業DX取組事例集」)

取組内容
効率や費用対効果重視の風土を鑑み、まず「工場IoT」から着手した。「工場IoT」においては、工場横断の共有プラットフォームを2~3年かけて段階的投資。製造側はデジタル技術を使ったトヨタ生産方式として、各社員が小規模なテーマを立案し、実行し、効果を出すというボトムアップの取り組みを行い、人材の育成も併せて進めた。

(引用:PwCコンサルティング合同会社「製造業DX取組事例集」)

  • 施策・成果
工夫
デジタル活用で各社員が困らないように、社内部署による組織的な教育支援、BI・AIなどの便利ツールをプラットフォーム上に用意。
デジタルを活用し安心して効果を出せるよう、予め十分なセキュリティ対策された環境を構築。
データの収集や蓄積にも「必要なものを、必要な時に、必要な分だけ」というトヨタ生産方式の考え方に則るようにし、ムダなデジタル化をせず、費用対効果を出した。

(引用:PwCコンサルティング合同会社「製造業DX取組事例集」)

成果
最初に生産部門と連携し、情報システム部門にて「工場IoT」のプラットフォームをセキュアに準備。各事業部・工場にてそれを使った現場プロジェクトを立ち上げ、取組の数を増やしていくことで、トータルで費用対効果を上げた。
「工場IoT」で得られた成果を受け、エンジニアリングチェーンやサプライチェーンを含むデジタル化への適用を打ち出し、品質向上や商品力向上、法規への対応等、付加価値向上に関わるデジタル化に着手し始めた。

(引用:PwCコンサルティング合同会社「製造業DX取組事例集」)

  • 今後の課題
<今後の課題> 諸外国との比較調査の結果、自動車業界の変革期とも重なり、マーケティングや販売系の強化の必要性、ハードだけでなくソフトの価値の高まりへの対応など、デジタル化を使って新たに着手すべき課題が見えてきた。市場、工場、開発のサイクルを回せる基盤強化をしていきたい。 デジタル化とセキュリティ対策強化は同時並行で進めなければならないが、自社だけでなくサプライチェーン全体の理解と実施が必要である。

(引用:PwCコンサルティング合同会社「製造業DX取組事例集」)

【事例2】富士通株式会社

富士通株式会社は、バーチャル空間上で設計、製造、品質保証の各部門がコミュニケーションを図り、データ共有やデザインレビューを行える「仮想大部屋」というシステムを構築しました。仮想大部屋はFTCPを構成する要素の一つです。仮想大部屋では、過去に蓄積された製品データやクレーム情報などすり合わせを行うことで、開発現場にも製造・保守のノウハウを蓄積することが可能になります。またVR、AR技術を用いて製品データを立体的に表現することで、モックアップを施策することなくデザインレビューを行えます。

  • 課題・取組内容
背景・課題
製品開発における課題として、市場環境変化による製品の多様化およびカスタマイズ化への対応、納期の短縮化への対応、製品の複雑化・高密度化への対応、技術継承の継続強化があった。
製造現場における課題として、日本でものを作ることへのこだわりから、ノウハウ伝承、人不足への対応があった。
全社的な課題として、調達・管理コスト削減、設計者の高齢化・サイロ化による個人差低減、災害対応によるBCP強化のための事業部間の連携強化が必要だった。事業部ごとに特定の製品を特定の工場で生産しており、事業部間の連携や共通したルールは存在しなかった。

(引用:PwCコンサルティング合同会社「製造業DX取組事例集」)

取組内容
「富士通生産方式(FJPS)」として、人に依存しないものづくりを目指す、自ら必要なツールを作る、プロセスをコンカレント化することを富士通グループ全体の活動として推進した。
「FJPS」のうち、製品開発における課題解決のため、設計のデジタル化プラットフォームである「FTCP」を構築した。

(引用:PwCコンサルティング合同会社「製造業DX取組事例集」)

  • 施策・成果
工夫
開発期間短縮のため、AI, CADの一部などはオープンソースを活用した。
「FTCP」上のツールを継続的に活用するため、以下の取り組みを行った。
・図面作成や製品評価検証に係るルールの整備
・製品毎の試作回数制限や3Dデータシミュレーションを義務付けた製品開発フローの整備
・社内プラットフォームの使用履歴の事業部毎の監査・評価、全社的な比較

(引用:PwCコンサルティング合同会社「製造業DX取組事例集」)

成果
製品開発プロセスの手戻り減少、品質向上、納期短縮を達成した。
設計段階における不具合抽出、製造しやすい設計の追求が可能になった。
製品開発プロセスのうち、設計から製造に至る部分において、製造技術部門の業務がデジタル化され、負荷が低減された。
一部は顧客への提供を開始しており、このうち「仮想大部屋」を導入したいというニーズに対しては、使用するにはまず既存データの整流化など使用のための準備が必要であることを説明したうえ、ローデータの統計的処理や業務のプロセス化など導入前の支援的なサービス提供も始めている。

(引用:PwCコンサルティング合同会社「製造業DX取組事例集」)

  • 今後の課題
今後の課題
自社内向け設計基盤として構築したことが起点であるため、顧客への提供時も顧客の既存プロセスにカスタマイズしたものを作る、という提案になりがちである。一社にとどまらない連携など、周辺環境が変化した際にも組み替えて使えるような汎用性の高いシステム化が求められる。
製品開発件数が減ってきており、このようなプラットフォームの維持にもコストがかかるため、中長期的な検討が必要である。

(引用:PwCコンサルティング合同会社「製造業DX取組事例集」)

MBSEの導入により国内の製造業が抱える多くの悩みを解決に導ける

MBSEを導入すれば、多くの関係者が理解しやすい形で設計を可視化できます。そのため、開発に関わる人同士のコミュニケーションがスムーズになります。また、MBSEを用いれば、ベテラン技術者の知見を若手に引き継ぐ体制作りも可能です。MBSEを導入すれば、国内の製造業が抱える多くの悩みを解決に導けるようになります。