特集『Hidden unicorn企業~隠れユニコーン企業の野望~』では、各社のトップにインタビューを実施。今後さらなる成長が期待される、隠れたユニコーン企業候補のトップランナーたちに展望や課題、またこの先の戦略について聞き、各社の取り組みを紹介する。
株式会社アパレルウェブは、アパレル業界に特化したデジタル支援、特に海外進出までを見据えた事業展開の支援サービスを提供する会社だ。本インタビューでは、代表取締役CEOである千金楽健司(ちぎらけんじ)氏に同社の企業概要や日本経済の展望、今後の事業展開などについてうかがった。
(取材・執筆・構成=山崎敦)
2008年、2010年、2011年には経済産業省の産業構造審議会臨時委員を経験している。
2004年には、東京商工会議所主催の第2回「勇気ある経営大賞」で優秀賞を受賞。2010年5月、アプリ「アパレルウェブ」を、2014年7月には「アパレルクラウド」をリリース。2022年11月、Shopify Partner of the Year 2022 において「Retail Partner of the Year 2022」を受賞し現在に至る。
アパレル業界に特化したデジタル化の支援を行う
――株式会社アパレルウェブのカンパニープロフィールと現在までの事業内容についてお聞かせください。
アパレルウェブ代表取締役CEO・千金楽健司氏(以下、社名・敬称略):弊社は2000年1月、いわゆるインターネットの黎明期にスタートしました。当時は、Yahoo!様のサイトUIがディレクトリ表示できて、いつでも業界の地図が分かるような構造でした。そこでアパレル業界に特化したYahoo!様のようなサイトを作ろうと思ったのが弊社発足のきっかけです。
私が当時イメージしていたのは、小売店が顧客に送っていたダイレクトメールをメールに置き換えたり、紙で渡していた会社概要をホームページに置き換えたりすること。「デジタルに置き換えられることをすべて担えるのではないか」という仮説のもとで事業を立ち上げました。今でいうDXのようなものかと思いますが、まだISDNやADSLのようなネットインフラが浸透していない時代です。
そういった背景下で、なんとかデジタルでの来店支援やブランディング、ECのような事業を行いたいと考えていました。
現在、弊社は4つの事業を展開しています。創業期から続いているデジタルマーケティング事業、グローバルマーケティング事業、メンバーズラボ事業、データベースマーケティング事業の4つです。
デジタルマーケティング事業は、ECの支援やコンサルティングがベースで約120社、700億円規模の売上の支援をさせていただいております。グローバルマーケティング事業では、ASEANへの進出支援のお手伝いがメインです。シンガポールにも子会社がありまして、例えばミキハウス様のシンガポール・東南アジア展開のお手伝いや、越境ECの支援活動などを行っています。
メンバーズラボ事業というのは、AIL(アパレルイノベーションラボ)という約100社の会員様に入会いただいている組織の運営です。例えばWeb3のような新しいデジタルの情報をお届けしています。データベースマーケティング事業は、弊社の700億円規模のEC支援実績を活かし、蓄積されたデータをお客様に活用していただくためのサービスを行っています。
こうした4つのデジタル事業を行っていくなかで、いま一番力を入れているのが「Shopify」です。弊社は、2018年ごろからShopifyの取り組みを開始し、AILの会員様をお連れして毎年ニューヨークで研修を行っています。そちらの研修において、早い段階で名だたるDtoC(Direct to Consumer)ブランドがShopifyのソリューションを活用していることを情報としてつかんでいました。
そのため、あっという間にアメリカでDtoCブームが起こることを体験してきました。Shopifyの持っているソリューションの力がすごいことを早い時期から知っておりましたので、弊社のソリューションの核はShopifyを中心に行っています。これは、結果として越境ECの事業にもつながっていて弊社の国内EC支援のうち約5%は越境ECに変わりつつある状態です。
弊社としては、いずれそこが逆転するような支援活動をしていきたいと思っております。Shopifyベンダーは数多くありますが、弊社は2022年に「Shopify Partner of the Year 2022」というアワードをいただきました。Shopifyソリューションのなかでも、特にOMO(Online Merges with Offline)支援をできるベンダーの1社として代表事例を作成させていただいております。
また国内におけるShopify POSの設置作業から連携の仕組み作りは、弊社が手がけてやっているものです。そういった意味でも弊社が対外的に一番支持されている項目はShopifyのソリューション、特にファッション関連のソリューションに長けていることから、お客様からもよくお問い合わせをいただいております。
弊社としては、こういった取り組みを越境ECにつなげたうえで、さらにアジアや欧米に進出し支援を手がけていきたいと考えています。弊社が創業した当初は、デジタルマーケティングの支援と同時に「日本のファッションを海外へ」というコンセプトのもとで事業を立ち上げました。2010~2011年に産業革新機構などのファンドから約10億円の資金を調達し、シンガポールに店舗を作りました。
1つは実店舗で、もう1つはシンガポールポストという郵便事業会社様と業務提携をして「アジアのZOZOTOWNを作ろう」というコンセプトのもとご協力いただきオンラインビジネスの事業を開始しました。結果からいえば、やはり時代に対して早すぎたことから失敗となります。しかし私は、日本のファッションマーケットが衰退の最中で人口爆発しているASEANやアジアへの輸出方法をずっと考えていました。
そのためもう一度再チャレンジして越境ECによる日本ファッションのアジア進出のお手伝いをしたいと思っております。
――アパレルウェブ様はコーポレートサイト内において「『これまで通り』の終わり」というキーワードのもと顧客の「課題の解決」と「新しい価値」をミッションのなかに掲げられていますが、ビジネスを進めていくうえで特に重視されるポイントをお聞かせください。
千金楽:ファッション業界というよりは、物販業界全体の課題だと思います。例えば東京の主要駅直結のファッションビルであっても、この4年ほどで売り上げは減少傾向にあります。ECに置き換わったことを加味しても、いわゆる物販産業そのものが非常に難しい時代に入っているのではないでしょうか。これは、人口減少の問題もありますが消費者の意識そのものが大きく変わっていることもあります。
例えば消費者意識の変化のなかで「サステナブル志向」は、どんどん強くなっている傾向です。1909年創業のセルフリッジというロンドンのデパートは、世界中のラグジュアリーブランドが店舗を出したいと思うような店ですが、「2030年までに売上の50%は物販以外のサービスから獲得する」と宣言しました。なぜならセルフリッジは「4R」という施策を打ち出したからです。
セルフリッジは「Let’s change the way we shop.(買い物の仕方を変えよう)」というテーマを掲げ、これまでの店舗のあり方や考え方を変える宣言を2018年ごろから打ち出しています。リペア(Repair)、リセール(Resale)、リフィル(Refill)、レンタル(Rental)の頭文字を取って「4R」と呼ばれています。
これまでの「モノを作って店舗で売り切る」という考え方を捨てて、2030年までに売上の半分を顧客へのサービス事業から獲得するという宣言を行いました。実際、2022年には再販商品が1万7,000点売れ、2万8,000件の修理を受け、年間2,000点以上の商品がレンタルされ、8,000点以上の詰め替え商品が売れたそうです。
つまり物販業界の課題は「もうモノを売る時代ではなく、小売りはサービス産業へ変わらないと駄目」ということなんです。小売業界のなかには、サービス産業という考え方があまりありませんが、現代は小売業界を取り巻く環境の大きな変革期の入り口のような時期になっています。例えば4Rのなかには、「セカンドハンド(中古、再販)の商品を売れるようにする」というものがありました。
アメリカでも2021年3月にセカンドハンドを集めるスレッドアップという会社がナスダック市場に上場しています。同社は、RaaS(Retail as a Service:小売業のサービス化)というビジネスモデルを採用していて、スレッドアップの年次報告書によると近い将来に中古商品の流通が全体の4分の1を占めるのではないかと書かれています。
つまり、もう物を作って売るよりもセカンドハンドの商品が多く流通される時代になるといわれているんですね。2022年12月のイギリスの調査によると「クリスマスのギフトに中古商品を買う可能性があるか」という質問に対して52%がイエスと答えています。こういったところからも、日本の意識と欧米の意識の違いが表れていることが分かるのではないでしょうか。
アメリカのECでは、自分で買ったものをショップにまた売ることができるリセールボタンのようなものがオプションで付いていることがあります。私たちのShopifyのソリューションにも、そういったものが求められているのです。4Rの観点でいえば新規のモノを売ることよりも、サービス産業に置き換えていく過程がとても大事になっていきます。
弊社は、サステナブルの機運を後押ししているので、いわゆる中古のマーケットも自社で開拓し、さまざまなファッション企業とのマッチングするようなRaaSモデルサービスも進行中です。これは、日本にもすぐに上陸し、3年ほどすればメジャーな事業になってくると思っています。
弊社としては、クライアント支援のなかでどのように新たなサービス産業への転換やRaaSモデルへの転換を推進できるかが大きな課題だと思っています。
海外マーケットに進出するのが生き残りのカギ
――2022年末に日本政府からスタートアップ企業の育成に向けた方針が打ち出されるなど成長企業にとってはビジネスチャンスが期待されますが、現在の日本経済が直面している課題と、今後の日本経済の動向についてお考えをお聞かせください。
千金楽:日本では、コロナ前から、7人に1人の子どもが自宅で十分に食事ができず、学校給食が命綱という状態が生まれています。全国に約7,363ヵ所(2022年度)の子ども食堂がある貧困な国になっているのが現状です。一方、ODA(政府開発援助)でフィリピンへ巨額を無償資金協力したり、ウクライナに支援したりしています。こういった矛盾を抱えているのが現在の日本の実体です。そのため現状のなかでどのように生き残るかという思いを抱いております。
まずは、自立する意思のある方だけでも自立支援ができる状態にすることが必要ではないでしょうか。経済自体をもう一度再生するチャンスをうかがう状態にしていかないと、将来的にかなり厳しいのではないかと思います。私がIPOをあきらめた理由もそこにあります。現在の日本の仕組みで何かを成すことをあきらめてしまったという部分はあります。
ただ私自身は、愛国心も強いです。「今の日本を良くするために自分でできることは何か」と考えた場合、やはりファッション関連の業界を少しでも支援していくしかないと思っています。日本の企業の貿易輸出は、GDPの約15%(2021年)しかなく、そのうちファッション関連(繊維品)の輸出はわずか1.1%もありません。あまり海外慣れしておらず、中途半端な国内マーケットがあるために日本の商習慣に慣れてしまった傾向です。
そのため私は、ニューヨーク研修やアジアサーキットという名目で若手の経営者やオーナーを連れて海外視察のツアーをしてきました。現地の代理商との面談のようなビジネス上で気をつけることを教える集まりを今も継続中です。こういった取り組みをもっと形にできるように、海外でもしっかりと自立できるような企業になっていただくためのお手伝いをしっかりとやっていきたいと思っています。
――アパレルウェブ様と同様の事業領域を持つ企業が2023年以降の市場において成長していくためのポイントは何だとお考えでしょうか。
千金楽:とても悩ましいですが、弊社のようなIT業界が成長していくためのポイントの一つは、AIの進化です。例えば広告事業におけるキーワード設定などもAIでさらに効率化され、広告運用のような事業はかなり影響があるのではないかと思っています。そういった意味では、弊社のような業界で事業を行う企業の半分近くがAIに取って代わられてしまうのではないかという危惧があります。
そのため生き残るための道の一つとして、DtoCを標榜しているような会社様とハンズオンで組んでDX支援をしていくようなやり方もあると思います。または、弊社が行っている業界特化の戦略ですね。AIがすぐに対応できなかったり、業界の専門用語を普通に使えたりするような専門性を突き詰めることへの特化も生き残るための方法の一つです。
または、世界をマーケットにするなら可能性はいくつもあると感じていますので、越境ECのような形を取るのも方法の一つでしょう。ただ旧来のようなベンダー事業が生き残ることは、かなり難しいのではないかという危機感もあります。それこそAIに取って代わられてしまうようなインパクトが強いのではないかと思っています。
これからさらに伸びていくDtoCブランドの支援を行う
――アパレルウェブ様の今後の目標、5年後、10年後に目指すべき姿についてお聞かせください。
千金楽:先ほども申し上げましたが、現状IPOについて考えていないため「隠れユニコーン企業」という定義からは外れてしまうかもしれません。しかし弊社としては、売上よりも顧客とのエンゲージメントをしっかりとつなぎ、より確固とした事業を構築していく予定です。そういったところから、ここ数年でクライアント様の属性も変わってきています。例えば大手の企業様は、3~5年周期でベンダーを変えることも少なくありません。
ところが中小企業様は、オーナーがしっかりと判断しているのでLTV(Life Time Value)も長い傾向です。つまり事業を長くできるため、100億円以下の規模の中小企業様を中心としたクライアントとガッツリと取り組み、ワンストップでなるべく数多くのソリューションを手がけられるような事業モデルへの転換をしています。これが、私たちがいま目指している特徴の一つです。
弊社は「AIL」というメディア事業を展開しています。そのなかで、例えばWeb3といった新しい技術は新たなコミュニケーションツールとして普及していくかもしれません。しかしまだ実際に触ったことがない方も多いと感じていますので、実際に会社まで来てもらって体験していただくことも行っています。
今から3年後、5年後となれば、例えばメタバース上でのコミュニケーションを1日30分~1時間程度しっかりと費やすような形に変わっていくかもしれません。そのためそういった新たな顧客との接点が生まれるのであれば、弊社は新しいチャレンジを行い、お客様にも体験していただくことを行っていきたいと思います。
――目標に向けた、アパレルウェブ様の現在の事業課題をお聞かせください。
千金楽:やはり小売業界の存続そのものがいま問われていると思っています。小売り事業は、体験できるような場でなければいけません。また4Rのようなサービス産業への転換のようなことも求められています。今の旧来型の事業から新たな事業へ早くアジャストしていくことが、私たちの最大の課題だと理解しています。
自社の組織自体のことでいえば、昔からあまり内製思考というものはありませんでした。近年は、DAO(分散型自律組織)といった発想もありますが、DAOに近い組織運営のやり方は弊社のなかでもチャレンジしています。
つまりケースバイケースでフリーランスや業務委託、派遣のような業務外注の方に入っていただければ、そのときに最適なネットワークでPMO(Project Management Office)を回していけますし、過去にも行っていました。しかし今後は、これらがより強く必要になってくるのではないかと考えているので、組織自体はより柔軟性のある体制作りを心がけています。
――支援するクライアント様の選定はどのような基準で行われていますか?
千金楽:私個人のネットワークもありますが、伸びそうな企業様にはこちらからドアをノックさせていただくことも多いです。また、ありがたいことにWebからのお問い合わせも年間2,000件以上入っています。そういったお問い合わせからも新たな出会いがありますし、弊社の行うセミナーがきっかけになることも少なくありません。
――最後に、弊媒体の読者層である投資家、資産家を含めたステークホルダーの皆様へ、メッセージをお願いします。
千金楽:弊社のクライアントのなかには「将来ユニコーン企業になるのではないか」という企業様もおり、そういったDtoCブランドをいくつか支援させていただいています。そのため投資家の方々には、この点に注目していただきたいです。またDtoC支援などに関して投資対象と思っていただける機会があるとうれしく思います。
弊社の事業モデル自体がクライアント様の海外進出ありきで事業構成しているのが特徴です。そのためそういった理解で一度お問い合わせいただけると興味のある話をさせていただけるのではないかと思っています。例えば、弊社がDX支援を行っている「nana's green tea」は、国内にまだ100店舗程度しかお店がありません。ですが、世界でこれだけ抹茶が好まれている現状を考えると、あくまで個人的な意見ではありますが、海外に新たなマーケットを作りだすことは十分に可能だと思っています。このように日本には、まだまだ海外進出して勝負していけるような事業がたくさんあります。「日本製だから」という信頼でお買い上げいただける海外のお客様はたくさんいるのです。
弊社の事業への投資もありがたい話だと思います。しかし弊社をフィルターにして未来のユニコーン企業になりえる企業様がたくさんいらっしゃいますので、そういったところにも着目していただけますと幸いです。