DX(デジタルトランスフォーメーション)とは、「新しいデジタル技術を活用してビジネスモデルを変革することにより、競争優位性を確立すること」です。近年、この潮流は世界中で大きなムーブメントを起こしています。DX推進を行うことで、従来のビジネスモデルからの脱却や変革が起きている分野は多岐にわたります。IT化の流れにより、「今までのやり方で上手くいっていたから大丈夫」という考え方は今後通用しなくなる可能性が高いと考えられます。
本稿では、企業がDXを推進し既存のビジネスモデル変革が必要な理由、デジタル時代の代表的なビジネスモデル(※1)、5つの成功事例を解説していきます。
※1:ここでは、顧客に対するサービスの内容や提供方法、収益構造などを広く含めて「ビジネスモデル」としています。
目次
DXとは|DXの定義とDXを利用したビジネスモデル
総務省では、DX(デジタル・トランスフォーメーション)について次のように定義しています。
企業が外部エコシステム(顧客、市場)の劇的な変化に対応しつつ、内部エコシステム(組織、文化、従業員)の変革を牽引しながら、第3のプラットフォーム(クラウド、モビリティ、ビッグデータ/アナリティクス、ソーシャル技術)を利用して、新しい製品やサービス、新しいビジネスモデルを通して、ネットとリアルの両面での顧客エクスペリエンスの変革を図ることで価値を創出し、競争上の優位性を確立すること
(出典)総務省:デジタルトランスフォーメーションの定義
現在、世の中で使われる「デジタル・トランスフォーメーション」という言葉の定義は厳密には一致していません。使う人や場面、状況によっても異なります。ただしビジネスにおけるデジタルトランスフォーメーションとは、組織やビジネスのあり方をデジタル技術を活用して革新するプロセスという考え方が一般的です。企業は従来のビジネスモデルやプロセスを見直し、デジタル技術の導入やデータの活用、顧客体験の向上などを通じて、競争力を高め、持続可能な成長を目指します。
ビジネスにおけるデジタルトランスフォーメーションには、オペレーションの効率化、新たなビジネスモデルの開発、顧客とのエンゲージメントの向上などが含まれます。この変革はすでにビジネスの領域だけでも、既存の文化や組織のあり方に大きな影響を及ぼしています。現在のデジタル化の流れが何らかの理由で万が一途切れることがない限りは、デジタルトランスフォーメーションは今後もビジネスの持続的な成功を追求するために不可欠な要素であり続けるでしょう。
DX実現のステップ
具体的に競争優位性を生み出すにはどうしたらいいのでしょうか。消費者ニーズの変化、デジタル技術を活用して新しいビジネスモデルを生み出すのは、簡単ではありません。DX実現のステップとして3つの段階を説明します。
まずは既存のビジネスモデルのデジタル技術を取り入れ、業務効率や生産性の向上を図ることが最初のステップとなります。これをデジタイゼーションといいます。
次にデジタル技術を活用して新しいビジネスモデルを模索するステップに入ります。これをデジタライゼーションといいます。このようなステップを踏んで、最終的に競合他社との優位性を獲得するのがDX実現のステップとなります。
(参考)経済産業省:企業活動におけるデジタル・トランスフォーメーションの現状と課題
従来のビジネスモデルとDXのビジネスモデルの違い|近年の消費者動向の変化
DX(デジタルトランスフォーメーション)のビジネスモデル紹介の前に、これらを理解する上で重要となる、近年の消費者動向の変化を表すキーワードについて、簡単に解説します。
一つ目は、「モノ消費からコト消費へ」の行動変化です。です。モノとは、個別の製品やサービスの持つ機能的価値を、コトとは、様々な製品やサービスを通して得られる「一連の体験」を表します。三種の神器(冷蔵庫、洗濯機、テレビ)など生活必需品の飽和、市場の成熟化に伴い、一般消費者のモノに対する興味が低下し、コトを重視した消費動向に変化しています。
これに関連の深い変化として、もう一つ、「所有から利用へ」があります。リーマンショックに始まる経済危機により無駄な消費を控える機運が高まったこと、「コト」重視によりモノの所有に対する興味が薄れたことなどを背景に、若年層を中心に「必要に応じて利用する」という考え方が浸透してきています。
例えば、若年層が自動車を所有しなくなった傾向については聞いたことがあるのではないでしょうか。持っているだけで自動車税や車検代など維持費がかかり、使用するたびにガソリン代がかかる自動車は、ぜいたく品と感じる若年層も少なくありません。自動車は日本の主要産業のため、車が売れないことは日本の経済の根幹を揺るがすことになるおそれがあります。
そこで普及が広がっているのがカーシェアリングです。カーシェアリングの需要はコロナ禍の追い風もあり、20代の新規利用者も増えているとの調査結果もあります。またカーシェアリングで車を運転することでその楽しさや利便性に気づき、ゆくゆくは自分の車を購入したいと考える若者も増えているといわれます。
またコロナ禍による影響から、リモートワークを進めることで会社の床面積を減らした企業が多くあります。これによりビルの賃貸費用が大幅にコストダウンでき、働き方の自由度も上がりました。これまでのように社員一人一人に自席を設けず、フリーアドレス制にしたところも増えています。
これら以外にも、「必要に応じて利用する」という考え方は今後もさまざまな分野に広がりを見せることが予測できます。新たなビジネスモデルが生まれる可能性も十分考えられるのではないでしょうか。
DXを活用した5つのビジネスモデル
あらためて、ここではDXを活用したビジネスモデルのうち、代表的な3つを紹介します。
DX推進によるビジネス成功の実現に向けた第一歩は、「どのようなビジネスモデルを目指すのか」を定めること。これは、企業としての戦略そのものであり、非常に重要、かつ難しい決断になります。自社の特徴、競合の動向、外部環境(特に技術の進歩)などから総合的に考える必要があるからです。「正解」はありませんが、成功の確率を高めるために「王道パターン」を知っておくことは大変有益です。
(1)サブスクリプション
サブスクリプションモデルとは、特定の製品やサービスを売り切るのではなく、それらを一定期間利用できる「権利」を販売するビジネスモデルです。新聞の定期購読など、原型となるビジネスモデルは古くから存在していましたが、デジタル技術の発展により、多くの産業がこのビジネスモデルを経営戦略の一つとし、現在は広く浸透・発展しています。
例えばこのビジネスモデルの事例として、音楽ストリーミングサービスのSpotifyがあります。CDやダウンロードでの個別楽曲を「購入」するのが従来のモデルでした。Spotifyではそれに代わり、最新の楽曲や、人気・お薦めの楽曲を自由に聞くことのできる「体験」をサブスクリプションモデルで提供し、消費者の大きな支持を得ることに成功しました。 このビジネスモデルの成功後、競合各社が同様のサービス提供を開始した他、映画、雑誌、新聞など、あらゆるデジタルコンテンツで同様のサービスが提供されるようになっています。
ソフトウェアの分野でも、アドビ社が従来からクリエイターに圧倒的な人気を誇っていたアプリケーション群のパッケージ販売をやめ、一定期間最新バージョンを利用できる権利のサブスクリプション販売に移行したことで話題になりました。学生や教育関係者は格安で使えるなど、さまざまなプランを用意することで幅広い層の顧客に支持されています。 アドビ社の製品に限らず、従来の売り切り型(消費者にとっては買い切り型)の商品と異なり、常に最新の機能が使えるようアップデートが行われることもサブスクリプションの利点といえます。
これらのデジタルコンテンツ以外でも、自動車、教育、ファッション、ヘルスケア、保険、不動産、金融など、様々な分野で新しいサブスクリプション型のサービスが提供されています。
サブスクリプション型のビジネスモデルでは、売り切り型の従来モデルと比べ収益構造も大きく変化します。販売時にのみ高額の売り上げが発生するのではなく、低額の売り上げが利用期間中継続する形となるため、収益やキャッシュフローは短期的には悪化する一方、長期的には安定的な売り上げを得られるようになります。このため、経営指標としては、瞬間的な売り上げではなくLTV(Life Time Value:顧客生涯価値)という考え方が重要となります。
(2)プラットフォーム
プラットフォームとは、製品・サービス・情報を集めた「場」を意味する言葉であり、場の利用料や参加者間の取引仲介料、場に集まるビッグデータの活用などで収益化を図るビジネスモデルがプラットフォームビジネスです。
プラットフォームビジネスの特徴は、参加者(サービス提供者、及び利用者)が増加することによって「場」の魅力・価値が高まり(ネットワーク効果)、更なる参加者の増加をもたらして、1社で実現できる規模をはるかに超えたサービスを提供できる可能性を秘めているという点にあります。こちらも、原型となるビジネスモデルは従来から存在し、例えば、クレジットカードや電話・携帯電話などがこれにあたります。(利用可能店舗や通話できる相手が増える程、サービスの魅力が高まる。)
デジタル時代においては、インターネット経由で価値の交換(物品の売買、情報提供など)が可能となったこと、ビッグデータを扱う基盤の拡大が容易になったことなどにより、多様なプラットフォーム型ビジネスが生まれています。プラットフォームモデルの実例は以下の3つなどがあります。
楽天市場
楽天市場は、インターネット上に「市場」と言える「場」を提供し、出店者と消費者双方にとって魅力あるプラットフォームとして、圧倒的な規模の拡大を実現しました。Uber、Airbnb
シェアリングエコノミーと呼ばれるマッチングサービスを提供しています。こちらも代表的なプラットフォームビジネスの一つです。GAFA(Google、Apple、Facebook、Amazon)
世界の時価総額ランキング上位を占めるGAFA(Google、Apple、Facebook、Amazon)のビジネスも、実は全てプラットフォームビジネスであり、規模拡大による価値の向上と、収集されるビッグデータの活用(ターゲティング広告など)をうまく組み合わせ、世界標準とも言えるプラットフォームの構築に成功しています。
このように、デジタル時代のプラットフォームは、ビジネス規模の拡大を図る上で非常に魅力的なビジネスモデルの一つであると言えるでしょう。
(3)パーソナライゼーション
デジタル時代の顧客へのサービス提供のあり方として重要になるのが、パーソナライゼーション(個別対応)です。これは、モノ消費からコト消費へという流れの中で、製品やサービスを一律同じ形で提供するのではなく、消費者一人ひとりの趣味・嗜好や価値観、更にはその場のシチュエーションに合わせて最適な形にカスタマイズして提供することにより、体験価値・LTVの最大化を図るという考え方です。
例えば、Amazonでのお薦め商品提示、Spotifyでの嗜好・シチュエーションに応じたプレイリスト再生や、飲食店からスマートフォンへのクーポン配信などがこれにあたります。
これまでにも、顧客セグメント毎のカスタマイズという考え方は一般的でしたが、セグメントを極限まで細かく、個人単位にまで分解したのがパーソナライゼーションです。スマートフォンなど個人デバイスの普及や、IoT、AIなどのデジタル技術の進歩により、より高度なパーソナライゼーションの実現が可能となってきており、今後もさらに発展することが予測されます。
(4)D2C(Direct-to-Consumer)
D2C(Direct-to-Consumer)は、メーカーやブランドが自社の製品やサービスを消費者に直接販売するビジネスモデルを指します。従来の販売チャネルである小売業者や卸売業者を介さずに、製造元が自ら販売することで、中間マージンを削減し、顧客との直接的な関係を築くことができます。
デジタル技術の進歩やソーシャルメディアの普及により、D2Cの実現は容易になっています。多くの企業がD2Cビジネスモデルを採用し、市場での競争力を強化しています。このモデルの魅力は3つあります。
D2Cの魅力①
製造元が直接販売することで製品の価格を抑えられます。小売業者へのマージンや流通コストが削減されるため、製品をより競争力のある価格で顧客に提供できます。
DSCの魅力②
D2Cは顧客とのダイレクトな関係を構築することができます。製造元は従来の販売方法では得られなかった顧客のデータを収集でき、嗜好や購買パターンを把握することが可能になるのです。これに基づいて、製品のカスタマイズやパーソナライズされたマーケティングを行い、顧客の満足度を高め、リピーターを増やすことができます。
D2Cの魅力③
D2Cは市場投入のスピードを向上させます。製造元は顧客のニーズに基づいた新製品や新機能を迅速に市場に投入でき、フィードバックを受けながらさらに改善を行うことができます。このサイクルにより、市場の需要とトレンドに柔軟に対応することができます。
ただし、D2Cにはいくつかの課題も存在します。例えば、物流や顧客サポートなどのインフラ整備が無い場合は自社で準備が必要であることです。また、ブランドの知名度やマーケティング力が不足している場合、顧客の認知と信頼を獲得するための戦略、施策が必要です。
(5)シェアリングエコノミー
シェアリングエコノミーは、個人や企業が所有する資産やサービスを他の人と共有(シェア)することで、「経済的な価値」を生み出すビジネスモデルです。経済産業省は「シェアリング・エコノミーとは、個人等が保有する活用可能な資産等を、インターネット上のマッチングプラットフォームを介して他の個人等も利用可能とする経済活性化活動」と定義しています。従来の「所有」から「利用」へのシフトを促し、持ち物を活かすことで資源の浪費を減らし、それに伴って持続可能な社会を実現することも目指しています。
シェアリングエコノミーの事例としては、宿泊サービスのAirbnbが挙げられます。個人が所有する空き部屋や家を旅行者に貸し出すことで、ホテルに比べてリーズナブルな宿泊施設が提供されます。同時に、賃貸物件が無駄なく活用され、所有者にとっては追加の収入源とすることができます。
シェアリングエコノミーの利点は、経済的な効率性の向上だけでなく、環境面への効果も期待できることです。資源の有効活用になるため、環境への負荷軽減が可能です。
シェアリングエコノミーは、さまざまな分野での活用が進んでいます。テクノロジーの進歩、利用者の意識や価値観の変化により、シェアリングエコノミーは今後も発展し、社会経済に大きな影響を与えることが予想されます。
これらの他にもSaaS、マス・カスタマイゼーションなどのビジネスモデルもあります。詳しくは関連記事をご覧ください。
(文中引用)総務省 平成29年版情報通信白書 シェアリング・エコノミー(C to Cサービス)
(参考)シェアリングエコノミー協会
DXを活用したビジネスモデルへの取り組みは専門家への相談も検討しよう
本コラムでは、デジタル時代の代表的なビジネスモデルについて紹介しました。DX推進によって新たなビジネスモデルを検討するにあたっては、紹介した「王道パターン」を参考にしながら、自社ならではの競争優位性の築き方を見出せるかどうかが成功の鍵となります。その他にも、業界の理解、自社の特徴の分析に加え、デジタル時代ならではの法則や定石の理解が不可欠です。
IT・DX人材の不足が叫ばれるなか、自社だけではDXやイノベーションを創出することが難しいケースもあるでしょう。自社だけでなんとかしようとはせず、外部のDXコンサルタントなどに相談することもおすすめいたします。