英起業家のリチャード・ブランソン氏が設立した宇宙旅行会社の米ヴァージン・ギャラクティックが6月29日に初の商用宇宙旅行に成功した。同月には沈没したタイタニック号の見学ツアーで深海潜水艇「タイタン」が船体の圧潰により全員死亡する事故があったばかり。宇宙旅行の代金は1人45万ドル(約6500万円)と、同25万ドル(約3600万円)のタイタン同様の超高額ツアーだったが無事に成功。富裕層向けの冒険ツアー関係者も胸をなでおろした。
45万ドルでも16年以上の「搭乗待ち」
ヴァージンは、8月以降に毎月1回の宇宙旅行を実施する。現時点で800人の申し込みがあり、パイロット2人を除けば乗客は4人で、現在の実施ペースでは16年以上待ちの状況だ。飛行回数の増加や新型機の追加などで、宇宙に送り込める人数は増えるだろうが、かなり待たされることは覚悟しておくべきだろう。
タイタン事故で富裕層が冒険ツアーにおそれをなしてキャンセルが相次いだとしても、不人気でツアーがキャンセルされる可能性は現時点ではなさそうだ。もちろん同社や、米アマゾン・コムを創業したジェフ・ベゾス氏が設立した米ブルーオリジンのような民間宇宙旅行で事故が相次げば、富裕層向けの冒険ツアーが下火になる可能性も否定できない。
【主な商用宇宙旅行プラン】
企業名 | スペースX | スペース・アドベンチャーズ | ヴァージン・ギャラクティック | ブルーオリジン |
---|---|---|---|---|
創立者 (関係企業) |
イーロン・マスク (テスラ) |
エリック・アンダーソン | リチャード・ブランソン (ヴァージン・グループ) |
ジェフ・ベゾス (アマゾン) |
旅行代金 | 5500万ドル (約79億円) |
3700万ドル (約53億円) |
45万ドル (約6500万円) |
20万ドル (約2900万円)*値上げの可能性あり |
旅行内容 | 国際宇宙ステーション(ISS)滞在旅行 | 国際宇宙ステーション(ISS)滞在旅行 | 約4分間の無重力飛行 | 約3分間の無重力飛行 |
使用機材 | 自社宇宙ロケット | ロシア・ソユーズロケット | 新規開発機体 | 新規開発機体 |
商用旅行開始年 | 2023年 | 2001年 | 2023年 | 未定 |
ヴァージンの人工衛星打ち上げ事業は倒産
ただ、ヴァージンやブルーオリジンが運営するのは宇宙空間に飛び出して地球を周回するのではなく、宇宙空間の近くまで飛行し、地上に戻ってくる「サブオービタル飛行」。全行程約70分程度の超高高度飛行であり、本格的な宇宙飛行や超深海潜航に比べると事故の危険性は小さく、万一のトラブルが生じても生還の可能性もある。
そうしたリスクの低さが認識されてか、「タイタン」事故でキャンセルが殺到するという事態は避けられたようだ。
だが、宇宙ビジネスは一筋縄ではいかない。ヴァージン・グループのもう一つの宇宙ビジネスで、ヴァージン・ギャラクティックからスピンオフした人工衛星打ち上げ事業を手がけていたヴァージン・オービットは2023年1月の打ち上げ失敗で資金難に陥り、4月には連邦倒産法第11章 (Chapter 11)の適用を申請して経営破綻している。
同社は2021年12月には特別買収目的会社(SPAC)によるNASDAQ上場を果たしていた。上場時の評価額は35億ドル(約5060億円)だったが、経営破綻後に競売で回収できたのはわずか3600万ドル(約52億円)に過ぎなかった。
ヴァージン・グループ初の宇宙旅行は無事に成功した。だが、同社の宇宙事業は人工衛星打ち上げのような手堅い法人や政府相手のBtoBビジネスではなく、いわば「水もの」となる個人相手のBtoCビジネスである宇宙旅行に賭けることになる。富裕層の「気まぐれ」と「懐具合」に大きく左右されそうだ。
文:M&A Online