特集『Hidden Unicorn企業~隠れユニコーン企業の野望~』では、各社のトップにインタビューを実施。今後さらなる成長が期待される、隠れたユニコーン企業候補のトップランナーたちに展望や課題、この先の戦略について聞き、各社の取り組みを紹介する。

株式会社坂ノ途中は、新規就農者を中心とした生産者が、農薬や化学肥料に頼らずに育てる野菜の流通販売を行う会社だ。本インタビューでは、代表取締役である小野邦彦氏に同社の企業概要や日本経済の展望、今後の事業展開などについて伺った。

(取材・執筆・構成=山崎敦)

株式会社坂ノ途中
(画像=株式会社坂ノ途中)
小野 邦彦(おの くにひこ)――株式会社坂ノ途中 代表取締役
株式会社坂ノ途中の代表取締役。1983年、奈良県生まれ。京都大学総合人間学部を卒業後、フランス系の金融機関を経て2009年に坂ノ途中を設立。好きな野菜はカブ、オクラ、しいたけ。
株式会社坂ノ途中
「100年先もつづく、農業を」というメッセージを掲げ、農薬や化学肥料不使用で栽培された農産物の販売を行っている。提携農業者の約8割が新規就農者。少量不安定な生産でも品質が高ければ適正な価格で販売できる仕組みを構築することで、環境負荷の小さい農業を実践する農業者の増加を目指す。東南アジアの山間地域で高品質なコーヒーを栽培することで森林保全と所得確保の両立を目指す「海ノ向こうコーヒー」も展開。ベンチャーキャピタルなどからの累計約19億円の資金調達を実施。農業分野を代表するソーシャルベンチャーとして事業成長を続けている。京都市「1000年を紡ぐ企業」、経済産業省「地域未来牽引企業」「J-Startup KANSAI」など、受賞多数。

目次

  1. パートナーとコミュニケーションを取りながら国内外の農業の流通基盤を整える
  2. 本当の意味で社会へインパクトを生み出せる活動が重要
  3. 未来の農業を支える新規就農者との経験値を生かした成長を目指す

パートナーとコミュニケーションを取りながら国内外の農業の流通基盤を整える

――株式会社坂ノ途中様のカンパニープロフィールと、現在までの事業内容についてお聞かせください。

株式会社坂ノ途中代表取締役・小野 邦彦氏(以下、社名、敬称略)
当社は2009年に創業しました。環境への負担が小さい農業を広めようというコンセプトで始めましたが、そのコンセプトは今も変わっていません。どうやったら環境への負荷が小さい持続可能な農業を広げられるか、ひいては社会がよりサステナブルな方向にシフトできるのかというテーマは、創業から一貫しています。

創業から数年間は、スモールビジネスというかコミュティビジネスというか、地域密着型で展開していました。その後、より社会的なインパクトを生み出せる会社に脱皮しようと、スタートアップ的な方向に路線変更しています。創業から6期目にシードの調達をしました。そこから2年おきに、8期目にシリーズA、10期目にシリーズB、12期目にシリーズCという形で調達をしながら事業を拡大してきました。

また、現在は地理的な意味での事業領域として日本と東南アジアがありますが、環境への負荷が小さい農業を広げるという意味では日本だけにフォーカスすることはなく、海外でも展開していこうというのが、もう1つのコンセプトです。2017年には、森林の中でコーヒーを育てることで、森林を伐採しなくても現金収入を得られる機会を作ろうという活動を東南アジアでスタートしました。現在の「海ノ向こうコーヒー」というプロジェクトです。

事業内容と重なるところがありますが、「成長途上にある農家さんのパートナー」になろうというのが社名の由来です。事業内容の「環境への負担の小さい農業を広げる」ですが、日本における農薬や化学肥料に頼らない、化石燃料に頼らないといったローインプット型の農業(有機農業、オーガニック)をやりたい方は新規で就農する方に多いのですが、そういった新規就農者さんは経営が成り立たないケースが少なくありません。なぜなら、ローインプット型の農業は規模が小さくなりがちで、生産量も少ない、もしくは不安定になりがちだからです。一般的な流通においては量が少ない、あるいは不安定なものは扱いにくいため、あまり好まれません。そういった事情から、新規で就農して栽培技術をいくら磨いても、安定的な売り先を作れなかったために補助金も貯金もなくなり、廃業してしまうというケースが後を絶ちません。

量が少ない、あるいは不安定であっても、品質が良ければまともな値段で流通させられるような流通のパートナーがいたほうがよいだろうというのが、当社の創業時の考えです。そういう思いを込め、新規就農し、成長途上にある人のパートナーになろうという意味で「坂ノ途中」という社名にしました。

――坂ノ途中様は野菜の定期宅配や店舗、また生産者様や飲食・小売などとの連携など、toB、toCの両面での事業を展開されていますが、業界内における競合優位性は何でしょうか。

小野
販売方法に関しては、まだまだ改善の余地があると考えています。toC、toBのどちらにおいても、当社の最もユニークな点は新規で就農した方との取引を継続的に行えることです。

当社が扱っている農産物の特徴を3つ挙げますと、1つ目は先ほど申し上げた、いわゆるオーガニックの農薬・化学肥料不使用で栽培されたものがほとんどであるということ。2つ目は、カラフルな西洋野菜から日本の伝統野菜まで、年間数百種類に上るバリエーション豊富な野菜を扱えるということ。そして3つ目が最大の特徴で、関西を中心に約400軒ある取引農家さんのうち、8割以上が新規で就農された方ということです。「新規で就農された方や個人経営の農家さんとは取引しない」というのが流通業の常識ですが、私たちはそういった農家さんたちが育てる野菜は本当に品質が高いと思っています。一般的には生産が少量・不安定だと扱いにくいとされていますが、私たちはあえてそこにフォーカスして少量・不安定なものを扱える仕組みを作ってきました。

これは社会的にも必要とされていることですし、ビジネス的にも品質が相当に高い反面売り先がないケースは多いため、少量・不安定な供給をハンドリングできる仕組みさえ持てば、品質の高い農産物を優先的に扱わせてもらうことができるので、これはビジネスとして伸びていくのではないかと考えました。実際、ネット通販のサブスクを中心に当社の事業は伸びています。

東南アジアも同じような状況です。東南アジアの山の中には、NPOの方などが森林を保全しつつ現金収入を得られる手段としてコーヒーの苗を配る活動を行っているため、たくさんのコーヒーの木が植えられています。コーヒーは直射日光が苦手で、木陰で育てたほうがゆっくり熟して味が乗るため、森林保全と非常に相性が良いのです。

ただ、単に苗を配るだけでは品質向上は望めません。2016年にラオスの山岳地域を訪問する機会がありました。村にコーヒーの木はあるものの放置されていることが多く、どうにかすれば品質が上げられるのではと考えました。そこで、品質を改善してスペシャルティコーヒーというグレードにまで引き上げられたら当社がそれに見合う価格で買い取り、日本で販売するという活動を始めました。最初はラオスから、現在はミャンマーやネパール、インドネシアなどでも行っています。

こういった東南アジアの話も日本の新規就農者さんの話も、結局はバリューチェーンを再構築してきたという意味では同じだと思っています。今まで流通に乗らなかった生産者さんと相談して、いかに高品質でお届けするかということは当社がずっとやってきたことであり、強みです。今までの流通の常識などはあまり気にせずにバリューチェーンを再構築できるのは、日本の新規就農者の方と栽培計画やリスク分散について一緒に考え、東南アジアのコーヒーであれば産地に赴いて品質向上の企画を考えるといった、当社ならではの強みがあるからだと思っています。

本当の意味で社会へインパクトを生み出せる活動が重要

――坂ノ途中様はコーポレートサイト内において「100年先も続く、農業を。」というビジョンとミッションを掲げていらっしゃいますが、これを実現する上で特に大切にしていることは何でしょうか。

小野
まず、ミッションの指針は「環境負荷の小さい農業を広げる」ということです。そのため、少量・不安定だから流通できない、東南アジアの山奥の農産物だから買えないというように、営農規模が小さいことが生産者さんの致命傷にならないようにすることが大切だと考えています。

言い換えると、効率化を目的にしないということです。本来効率化は手段ですが、昨今の経済成長に合わせて効率化というものが肥大化している印象があります。もともとは手段であったはずなのに目的になってしまっていて、効率化の途中で人間性や多様性が排除されるといったことが起きています。そのため、私たちは効率化を目的にせず、効率化を本来の「手段」に戻す活動を行ってきました。

次に「多様性を排除しない流通の仕組みを作る」というミッションです。私たちは、手段としての効率化を使いこなすことで、多様性を排除しない技術を作れるのではないかという考えのもとに開発を行っています。そのため、社内はどちらかというとIT寄りです。

私たちがITに投資しているのは、少量・不安定なものを売るための仕組みの部分です。生産者さん向けにかなり細かいトレーサビリティのデータを取るといった、あまりよその会社が頑張らないところに重点を置いているため他社のシステムを使うわけにはいかず、自社でシステムを構築しているというわけです。

最後の「ブレを楽しむ文化を育てる」というミッションですが、これは対生産者さんではなく対お客様向けの話です。お客様にIT化を頑張っていることをお伝えしてもなかなか購買にはつながらないので、価値をしっかり伝えることを大切にしており、それを「ブレを楽しむ文化を育てる」と呼んでいます。私たちは、生き物を食べて生活しています。野菜も生き物であり、生き物である以上はブレることもあります。「同じ形のものでないとダメだ」「黒ずみが出たら流通させない」といってブレを許容しないと、環境負荷がとてつもなく上がるわけです。すると流通側はすごくやりにくくなりますし、出荷できるものが減ると生産者さんの負担も大きくなります。私たちは、それを良しとはしません。

非破壊式の糖度計で糖度を保証して高く売るといった方法もありますが、私たちはいつも同じおいしさでなくても構わないと思っています。「先週の人参がすごく甘くて感動したが、今週届いた人参はあまり甘くない」といった場合に、「品質が悪くなった」ではなく「先週ほど甘くはないけど、今週の人参は鼻に抜ける香りが素晴らしいですね」といった違いを話せる方が本質的に豊かだと思っており、お客様にはそういったライフスタイルを送りませんかという提案をしています。

私たちがよく使う言葉に「わかりやすさに逃げない」というのがあります。「有機野菜だからおいしいよ」と言って売るのは簡単ですが、それは本質ではありません。そういった販売方法でも短期的には楽に顧客を獲得できるかもしれませんが、お客様と長期的に良好な関係を築くためには、なかなか伝わりにくいことを工夫して伝えていく必要があります。

――トレーサビリティのシステムとは、どのようなものでしょうか。

小野
トレーサビリティのシステムを作った目的は、生産者さんにしっかりとフィードバックを返すためです。生産と消費の間の距離が長くなりすぎて、お互いに疑心暗鬼になった結果断絶が起きたり、お客様が嫌うからといった理由で規格が厳しくなったりします。そのため、お客様のフィードバックを生産者さんにきちんと返すことが大事だと考え、意地でもトレーサビリティを取るぞという思いで活動しています。

私たちの取引農家さんは農薬や化学肥料を使わない、あるいは成長途上で栽培技術が完全に身についていないということもあり、どうしても生産に関して不安定な部分があります。そのため、予定していた農産物が納品されなかったということもあります。一般的な流通では欠品は嫌われますので、欠品を出さないように流通が生産者さんにプレッシャーをかける場面もあります。しかし、当社はそれを結構残酷なことだと思っており、やむを得ない欠品に関しては許容しています。いろんな生産者さんがいますので、その分をどうにか埋め合わせて対処しています。当社では出荷当日の午前10時までは出荷する野菜セットの内容を変更できるため、欠品した野菜の代わりに別の野菜を入れるという形です。

このようにギリギリまで調整した上で午前10時には出荷のレーンが動き、1日に約1,200箱の野菜セットが作られます。それと並行して、どの市町村のどの生産者さんのどんな野菜が届くのかが書かれた「お野菜の説明書」も半自動で作られ、お野菜と一緒に箱に入れられます。 情報をしっかりお伝えすることで、お客様にも生産者さんや野菜の好みが出てくるので、そこからお客様が生産者さんを支えているといった世界観が醸成できるのではないかと考えています。

これまでは、生産者さんに対するお客様の感想のようなデータは一旦私たちのほうで受け、内容を精査した上で生産者さんにお伝えしてきましたが、これに関しては開放してもよいかなと思っています。今年中に、当社と生産者さんをつなげる受発注のシステム上に、お客様がOnlineShopのマイページに書いたコメントがそのまま載るようにしたいと思っています。商品の物流は私たちが間に入ったほうが効率的に流れますが、情報の流れは必ずしもそうではない場面もあるからです。

――2022年末に日本政府からスタートアップ企業の育成に向けた方針が打ち出されるなど、成長企業にとってはビジネスチャンスが期待されますが、小野様の目線から見た現在の日本経済が直面している課題と、今後の日本経済の動向についてお考えをお聞かせください。

小野
私自身は、目利きする人がとても重要になると思います。今の日本経済はどこか「目立ったもの勝ち」のような雰囲気がありますが、これはあまり望ましいことではありません。本当の意味で社会的なインパクトを生み出している企業こそが応援されたり、認知が拡大したりすべきですが、今の日本経済の風潮では調達した資金の使途は広報などです。広報を頑張ってメディアで露出して、その結果資金を調達しやすくなり、その資金でさらに広報を頑張って……ということであれば、本質的には社会的なインパクトを生んでいないと思います。実際はここまで極端ではありませんが、これに近いことは起きつつあります。

当社はスタートアップ界隈でも特に社会的なインパクトを大事にしていこうという方針でやっていますので「社会的企業」や「社会起業家」と呼んでいただくこともありますが、この分野も危ういと思います。もともと環境問題には「グリーンウォッシュ(見せかけの環境配慮)」という概念がありますが、最近はそのSDGs版である「SDGsウォッシュ」のようなものが散見されます。それは本当にソーシャルグッドなのか、SDGs活動で目立ってはいるものの環境配慮の実体はないのではないか。そう思える事例を見かけることがあるので、きちんと目利きをして実体のある活動を支えて、伸ばしていくことが大切だと思います。

私たちもさまざまな企業様が環境問題について模索されているのを感じていますが、当社をその先行事例の一つとして捉えてくださっているのか、相談相手としてお話を聞かせていただくことも多いです。ただ、ご相談を表層的なものと感じることもあり、その意味ではまだまだ過渡期なのだろうなと思っています。

――坂ノ途中様と同様の事業領域を持つ企業が、2023年以降の市場において成長していくためのポイントは何だとお考えでしょうか。

小野
食べ物の流通という面で言えば、やはり根本的には生産側についてどれだけ理解しているのかが非常に重要だと思います。生産効率は、売る側の工夫で大きく変わります。総務省のアンケートによると、新規就農者さんの約75%は経営が成り立っていません。一方で当社と組んでいる新規就農者さんは、逆に約75%が「経営が成り立っている」と回答しています。

これは当社の販路という要素が少なからず影響しているということで、それを実現できるのは「どのような売り方をすれば生産者さんの収益性が高まるのか」ということを知っているからだと思います。そういった要素を正しく理解した上で、「野菜のブレを許容しましょう」といったメッセ―ジをお客様にお伝えし、生産者さんが作った野菜がきちんと売れるようにしています。

例えば2月や3月は根菜が徐々に終わり、大根にスが入ると言われる時期ですが、これはお客様のクレームにつながるので、野菜の流通の世界では非常に嫌われます。そのため、生産者さんは3月になると大根の出荷を止めますが、私たちはお客様に対して「大根を切ってスが入っていても怒らずに、『春が来た』と思ってください」と説明しています。大根にスが入るのは、花を咲かせるために貯めた栄養を使うからであって、食べられるくらいのスの入り方であれば、そのまま食べてもらうようにお伝えしています。そうすると、スが入っていた時に感激のお声をいただくようなことさえあります。

当社と組んでいる農家さんは注文に応じて初冬から大根を収穫して出荷していますが、このような活動によって2月末や場合によっては3月に入っても大根を出荷できるようになります。それによって農家さんの畑のロスが大幅に減るため、同じ栽培コストでも出荷できる本数が変わってくるわけです。上積み分はそのまま利益になるため、当社のやり方であれば生産者さんが利益を確保しやすくなります。

これらは普段から栽培のリアリティに触れていることによって可能になる工夫だと思いますが、これが「Webマーケティングを駆使して売っていきましょう」となると、生産者さんの気持ちをつかむことはできないと思います。そのため、野菜の流通に関しては栽培のリアリティを知っていることは非常に重要だと思います。

私たちは農業系のスタートアップ企業として認知されることもあるのですが、日本の農業系スタートアップ企業さんによくあるパターンとして「農家さんのことをやたらと持ち上げるか、やたらと弱い立場のように見なすか」というものが挙げられます。持ち上げるパターンでは農家さんを聖人のように扱い、朝から晩までお客様のために働いているといったストーリーで売り出そうとしますが、それではコミュニケーションが成り立ちませんし、改善すべきことを指摘することもできません。

弱い立場のように見なすパターンも同様で、「農家さんは科学的知識があまりないので最新のセンサーを入れることで良い野菜ができる」といった売り方をしますが、そううまくはいきません。現場への理解なしに改善はあり得ないので、栽培のリアリティをしっかりつかんでいくことのほうが大事だと思います。

国内の野菜流通もそうですし、東南アジアのコーヒー流通でも同じことがあります。「産地まで行った」という会社さんは多いのですが、記念撮影だけして帰るケースすらあります。当社の場合、産地まで行った際には現地の方と一緒にコーヒー豆の発酵工程のテストを行うこともあります。輸出の規格を一緒に整えたり、時には輸出企業の経営相談にも乗ります。産地への踏み込み方が他社さんとは違うので、その分品質が高まり、お客様からの支持も集められるのです。

私は年に2回ほど視察に行きますが、海ノ向こうコーヒーの事業部長は栽培の指導なども行うので、長期間ずっと海外を回っています。ミャンマーやタイ、ラオス、ベトナム、インド、ネパール、そして中国です。栽培の方法だけでなく、日本のマーケットに受け入れられやすいフレーバーの指導や、歩留まりを上げるために必要な脱穀のプロセスの改善などのやり取りを通じて、品質を高めています。

未来の農業を支える新規就農者との経験値を生かした成長を目指す

――坂ノ途中様の今後の目標や、5年後、10年後に目指すべき姿についてお聞かせください。

小野
例えば、農林水産省も「みどりの食料システム戦略」で2050年に有機農地の割合を全農地の25%にするという目標を掲げています。現在は0.6%なので、かなり野心的な目標です。これはEUに倣ったもので、EUでは「Farm to Fork Strategy(農場から食卓まで戦略)」として2030年に25%を有機農地にすると言っています。日本で25%を達成できるかどうかはともかく、農薬や化学肥料、化石燃料に依存して食べ物を作ることがナンセンスであることは、次第に社会的なコンセンサスになると思います。そのため、現在は0.6%の有機農地も、例えば20倍の12%くらいであれば実現できるのではないかと思います。

ただ、既存の農家さんが有機農業に転換していくことはあまり考えられないので、10~20年後に有機農地が広がった時に農業をやっているのは、新規就農者さんがほとんどでしょう。現在新規就農者さんはごく一部ですが、新規就農者数の桁が1つ上がるような未来がすぐそこに来ています。そのとき、新規で就農する方がどうやれば経営が成り立つかを日本で一番知っているのは、きっと私たちであると思います。新規就農者さんと長く付き合ってきた会社の責任として、有機農業を始めるにあたって必要なデータを提供し、当社で取り扱うのであれば流通にもしっかり乗せるなど、有機農業の拡大にあたって必要なインフラとなる企業を目指したいと考えています。

――目標に向けて坂ノ途中様が重点的に取り組んでいるポイントと、現在の事業課題をお聞かせください。

小野
私たちはさまざまな農家さんから栽培方法とその結果という貴重な情報をたくさんいただいていますが、それらをただ持っているだけではもったいないです。そこで自分たちで分析をして、成功確率の高い栽培計画や野菜ごとの供給予測のようなものも出そうと考え、新しく「坂ノ途中の研究室」いう部署を設けて動き出しました。これが、現在重点的に取り組んでいるポイントです。

事業課題は、やはり成長の遅さです。当社は前期の売上高が約20億円でした。前々期は約15億円、その前は約10億円でした。農業は斜陽産業と言われますが、当社が取引する新規就農者さんはとても優秀です。経営が成り立っている人も多いため、周囲から農地が集まってきます。新規就農者さんは若手の方も多いので、これを機に法人化したいというご相談も多くいただきます。

すると、取引農家さんから「生産量を2倍にしたら買取量も2倍にしてもらえるか」と相談されます。しかしながら、当社の成長速度では2倍の量を買うことができないため、「生産量を抑えてください」とお願いせざるを得ません。私たちが、伸び盛りの農家さんのブレーキを踏んでしまっているのです。これはまったく望んでいないことなので、農家さんが生産量を増やしたい時に「待ってました」と言えるように、自社の事業成長をもっと加速させたいと思っています。

事業成長のためのポイントですが、ここ数ヶ月は狙った以上にお客様を獲得することができています。その結果、出荷キャパシティの問題で新規の注文と広告運用を制限しなければいけなくなりました。そのため、まずは物理的な出荷キャパシティのアップグレードの必要があります。

私たち自身、現在のビジネスのサイズにまだ慣れていないところもあります。「規模が小さく美しいものが好き」というスタッフも多く、また離職率が低い会社ということもあり、以前の小さなビジネスをイメージしているスタッフもかなりいるので、ある程度の量を動かしていくためのオペレーションの再構築のようなことが、今後必要になるかと思います。

――最後に、弊媒体の読者層である投資家、資産家を含めたステークホルダーの皆様へ、メッセージをお願いします。

小野
私たちは環境への負荷が小さい農業を広げるための活動をしていますが、環境的な持続可能性を高めることが品質の高いものを扱うことやお客様からの応援につながっており、それらが経営的な持続可能性の確保にもつながっています。ソーシャルグッドと経営的なグッドは両立できる、むしろ双方が双方を強めあう事業モデルはあり得ると考えています。

今、まさにそれを体現するような形で事業が成長しています。ソーシャルグッドでありつつ、事業規模を追求していく会社の一例になれたらと考えて活動していますので、その点を応援していただければ幸いです。