医業(法人)承継は『のれん代』が鍵となる
開業医の多くは医療法人として法人格を取得しています。むろん、様々な税制控除が認められていることと、出資持分で経営責任の分担が図れるメリットを享受しているためです。こうした開業医もいつしか承継問題に直面しますが、必ずネックになるのが『のれん代』というキーワードなのです。今回は、この『のれん代』に焦点を当てて解説いたします。
のれん代の計算のしかたとは
『のれん代』とは、営業権ともいわれる目に見えない権利を指します。開業医の場合、病院設立以来の地域での知名度、信頼度、開業年数、保有患者数(カルテ数)などを総合的に見た数字を「価格」に反映させたものです。この評価額は「相続税」を試算するためのものであり「営業権の評価明細書」というフォームが税務署に登録されています。まず、年間の平均利益額を算出します。次に、院長の報酬額を算出しますが、これには平均利益金額に一定の係数を掛けることで、出すことができます。
利益から報酬を引き、係数を掛けることで営業権は出てくるのですが、医師の場合は「手わざ」部分の評価が大きく、相続税評価には医師の技術評価は反映されません。このため開業医ののれん代の計算は「相続税」を考慮するだけのもの、と考えなければなりません。のれん代で忘れてはならないのが『医療法人』の定款にある「出資持分」です。
税制改正が行われていますが、旧医療法人のままのケースでは、出資持分の評価額が額面の数十倍ということがザラにあります。開業時に比べ、価値が飛躍的に上昇したためですが、この部分は医業承継にとって大きな「負担(相続税納税と営業権獲得)」になる可能性があります。
親族承継と第三者承継の違い
承継を行うには、関係者の意思統一が欠かせません。まず、病院長兼経営者が経営している病院を「実子」に譲る場合を想定します。相続税を念頭にする場合は「病院長の死亡」という事態が発生したあとに、始まります。つまり、親族承継を念頭に相続対策が図られることになるのです。ところが、仮に父親が病院長で、長男が大学病院の勤務医というケースでは、父が長男に跡継ぎを依頼しても、息子が拒否することが考えられます。
このままですと、父の死後は病院を閉鎖するか第三者に売却するしかありません。ですから、親族承継の場合は、頃合を見て父と子、あるいは母と子が一緒に医師として、経営者として勤務していくことで「のれんを継ぐ」必要があります。これも、親が70代、80代と高齢にならないうちに「地域医療の臨床の特長」「開業医の特性」(学校指定医や検診医の役割など)を身につけていく必要があります。
相続税は突然支払わなければならないことになりますが、税務署の算定評価はあくまでも「利益」「報酬」に重点が置かれます。ですから、ややもすれば子供の代で同じだけの利益や報酬を受取れるかどうかは、分からないにも拘わらず、税額だけを負担することになるわけです。ですから、親族承継の場合は、できるだけ早いうちから親子間で病院経営を共同分担して行うことが必要です。
これに対し、第三者承継は「M&A」の病院版と考えてよいでしょう。最近は専門業者が介在することで、病院の第三者承継が進みつつあります。この場合は「内科」から「耳鼻咽喉科」などと「まったく同じ科目の承継」ではない場合が少なくありません。これは、譲渡する方の病院経営者と買取側の医師とのマッチングによって、変わってくることがよくあるのです。
第三者承継の場合は、金融機関の査定も非常に複雑になります。承継側の医師に付くメインバンクが新規に経営資金を貸す場合がほとんどであり、買取評価額も金融機関の査定で変わってくるといっていいでしょう。病院とはいっても、不動産には変わりなく、新たに機器を購入して設置したり、待合室をリフォームするなど様々な工事費用も必要になります。
ですが、第三者承継のメリットはなんといっても「地域での認知度」が大きく関わってきます。利便性のよい不動産、付帯する駐車場や駅からの近さ、そして地域での名前の浸透具合が、そのまま買い取り金額に反映されますから、地域病院を守ることにつながる点では、親族承継とは意味合いは同じといえます。
不動産収益と医業収益を分ける
医業承継で大事なことは、親族承継でも第三者承継でも「生きているうちは収益部分を少しでも残す」という点です。一見、医業と関係ないような話かも知れませんが、これは大事なことなのです。医師は誰でも「死ぬまで働きたい」と考えるものです。勤務医、開業医と生涯年収を計算している人が多い中、高齢になったときには「検診センター」や「産業医」「老人福祉施設のクリニック」などで医師免許を生かしたい、という人が少なくありません。
こうした医師の場合、医療収入のほかに「不動産収入」を持つこともよいことです。例えば、親族承継の場合、病院の建物を「貸す」ことで、不動産収入を得ることができますし、駐車場収入という収益も図ることができます。法人ではなく、個人として雑収入がある場合は一時所得となりますが、医業収入と分ける事で、働けなくなった後でも安定した収入源が見込めますので、ぜひ持っておきたいもののひとつでしょう。
確実な医業承継で病院を守る
医業承継の目的は「親から子へ」という地域医療の核を守ることであり、それによって収益源を保持し続けることです。相続税対策は税額にばかり囚われず、むしろ医業の承継を着実に行っていくことを念頭に考えましょう。そして、生前に承継した場合でも、承継元、承継先の両人が収益を持てるような対策を立てておきましょう。これによって、病院が守られる最善策が出来上がることになるのです。