アイカムス・ラボは、岩手県で創業し、地方の技術力を活かして世界と連携する新しい形の開発会社であり、 アルプス電気の閉鎖という逆境から生まれたこの会社は、独自のマイクロ歯車技術とアクチュエーター開発を核に、医療からライフサイエンスまで幅広い分野で革新的な製品を生み出し、世界中の人々の生活と科学に貢献している。 技術力の向上と地域産業の活性化を通して、地方から世界にインパクトを与え続ける企業を目指している同社代表の片野氏にこれまでの事業の変遷と今後の構想について伺う。
(執筆・構成=野坂汰門)
1961年岩手県盛岡市生まれ、1984年大手電子部品メーカーに入社してプリンタの開発設計 に従事したが、2002年工場閉鎖を機に退職。その後経済産業省の研究開発事業の採択を受 け、2003年研究成果を基に岩手大の教授らと岩手大学発ベンチャー(株)アイカムス・ラボ を設立した。現在は、東北地域のものづくり技術によるライフサイエンス機器の産業集積 を目指して2014年設立した産学官金連携の取り組み「TOLIC」の代表幹事も務めている。 この活動により、10社以上のベンチャー企業設立に関わってきたが、若者たちが生き生き と活躍する地方で活躍する理想郷(ihatov)づくりを目標としている。
アイカムス・ラボの事業変遷
ーまず御社の事業変遷について、設立されてからの経緯や、起業された背景を教えてていただけますか?
私が18年間プリンタの開発設計を行っていた、アルプス電気の盛岡工場が閉鎖になったことが起業のきっかけです。プリンタ業界はエプソンやキャノンなどの企業が台頭したので、工場は閉鎖となり、それを機に退職しました。
その後、岩手県で産学連携が活発に行われていたため、岩手大学の先生と一緒に経済産業省の研究開発事業に申請し、マイクロ歯車の技術を開発しました。その1年後に起業しました。 地方には開発会社が少なく、ほとんどが労働集約型の下請け企業でした。そのような企業が製造業を海外に流出させ、地方が空洞化する状況に危機感を覚えました。 そこで、地方でも世界と一緒に、若者が生き生きと仕事ができる開発会社を目指し、岩手開発ベンチャーという形で起業したのです。
アイカムス・ラボの強み
ーそれは大変な挑戦でしたね。その経験があったからこそ、今の御社があるのでしょうね。そんな御社の強みはどのようなところでしょうか?
私たちの強みは、マイクロ歯車を組み込んだアクチュエーターという駆動装置を開発したことです。マイクロ歯車一つの歯の大きさは0.1ミリ、直径は約一ミリです。この歯車は岩手大学の研究を基に、金型技術を活用し、精密な歯車を作り上げました。この歯車をアクチュエーターという駆動装置に組み込み、モーターとドッキングさせて力を増幅したり、分解能を上げるマイクロアクチュエーターを開発し、製品化しました。
ーそのアクチュエーターは今も使われているのですか?
はい、現在もこのアクチュエーターは私たちのベース技術となっています。特に医療の精密電動機器や、電動ピペットという製品、細胞培養装置など、ライフサイエンスの精密製品の開発から製造までを行っています。
ーなるほど、それは他社では作れない技術なのでしょうか?
同じくらいのサイズで製品を作っているのは、時計製造が得意なドイツやスイスの企業です。しかし、彼らは金属の切削加工で製品を作るため、コストが高くなる傾向があります。また、金属製品は強そうに見えますが、グリスを塗る必要があるなど、デメリットも存在します。一方で、私たちの金型によるプラスチック製の歯車は、一度しっかりと作れば安定した精度で製品を作ることができます。また、グリスを使わなくても高い耐久性を持つため、日本の金型技術が得意です。
ー海外に対して、日本の技術がオンリーワンというわけですね。
はい、その通りです。このサイズでプラスチック製の製品を作っている企業は、国内外を含めて見ても私たちはオンリーワンだと考えています。
ーその技術を活かして、積極的に受注を増やしていくつもりなのでしょうか?
はい、私たちは様々な分野に展開していきたいと考えています。
ーそれは楽しみですね。ちなみに、御社はちょうど20年前に設立されたのですよね?ここまでの道のりを振り返って、特に印象深い実績や成功体験について教えていただけますか?
まず最初に取り組んだのは、アクチュエータを採用した計測器の量産でした。道路の工事現場で距離や高さを測る測量器や、一眼レフカメラのオートフォーカスなどに使用しました。この事業から一定の収益基盤が形成され、次に自社の商品を作ることを目指しました。
その後、特徴を生かしてライフサイエンス分野に展開しました。例えば、コロナのPCR検査前処理で使われている手動ピペットを電動化したものがあります。手動ピペットは大きくて重たく、腱鞘炎になるリスクがあります。また精度も人によって差が出てきます。そこで、電動のアクチュエーターを使うことで、同様の精度が得られるようになり、加えて軽量化も実現しました。
ーそれはすごいですね。その電動ピペットはどの程度の規模で販売されているのですか?
現在、国内外合わせて14カ国で販売されています。また、この電動ピペットは特許を取得しており、通常は手で握って使うピペットですが、私たちは箸やピンセットのように使えるようなペンタイプを開発しました。これにより、精密なハンドリングが可能になり、他社との差別化を図っています。
そして、ライフサイエンス分野ではまだ精密機器の普及が遅れていると感じています。例えば、再生医療用のiPS細胞等を培養する小型のインキュベーターの中に入る細胞培養装置などです。これを受けて、医療バイオの分野にも現在は展開しています。
ーそれらは全て自社ブランドの商品なのですね。そのアイデアはどこから生まれたのですか?
基本的な発想は、手動作業を電動化することです。私たちのアクチュエーターを使えば、一番小さくて軽くて精密なものが作れると考え、開発と商品化につなげてきました。
ーなるほど、その商品は研究機関でも使われているのですね。
はい、研究機関では私たちの商品を用いて研究を行っています。
ー岩手でライフサイエンスの連携体を作って、様々なニーズやマーケティング情報に基づいて、医療研究分野の課題解決されているとのことですが、具体的にどのような連携が行われているのでしょうか?
我々は研究所やバイオベンチャーとの連携を通じて、彼らのニーズを深く理解しています。そして、そのニーズをキャッチするために大学の研究機関などとも話し合っています。
ーなるほど、自ら情報を取りに行き、それを開発に生かすという姿勢が素晴らしいですね。その結果、どのような成果が上がっているのでしょうか?
結果として、売り上げが倍増しました。我々はまだスタッフ40名程度で、5億円前後の会社ですが、着実に量産数量が増えている状態です。
ー自社製品はFDAの承認が必要なのですか?
私たちの製品、電動ピペットは医療関連機器分野なので、医療の認証は取得する必要がなく、CEマークレベルで世界に出せます。また、医療機器も作っていますが、海外に直接は出していないので、国内の医療機器の認証を取得して製造しています。
ーそれは取得されているわけですね。
はい、医療機器の製造の認証を取得して製造販売をしています。
注力している事業とは
ー現在、力を入れている事業は何でしょうか?
今回、経済産業大臣賞の受賞に繋がるような地方創生に力を注いでいます。岩手県の自動車産業は誘致産業として成長していますが、内発型の産業が必要だと感じています。そのため、三つ目の産業政策として、医療機器産業の産業集積を目指し、東北ライフサイエンスインストクラスターというネットワークを作りました。そこで協業やベンチャーの創業など、産業集積を作り上げる活動を行っています。
ーなるほど、東北を元気にしたいという思いが強いのですね。
今回、経済産業大臣賞の受賞に繋がるような地方創生に力を注いでいます。岩手県の自動車や半導体産業は誘致産業として成長していますが、内発型の産業が必要だと感じています。そのため、三つ目の産業政策として、医療機器産業の産業集積を目指し、東北ライフサイエンスインストクラスター「TOLIC(トーリック)」というネットワークを作りました。そこで協業やベンチャーの創業など、産業集積を作り上げる活動を行っています。
ー素晴らしいですね。その中で、地元出身の方が多いのでしょうか?
はい、東北出身の方々と共に、東北の技術をベースにモノづくりをしています。全国の研究機関や大学、企業ともコラボレーションしていますが、その中でモノづくりを我々が担当しています。
ー海外にも展開をされているとのことですが、その詳細を教えていただけますか?
はい、ベンチャー企業の一社として海外の販売会社、マーケティング会社も設立しました。中小企業が一社で海外展開するのは大変なので、ハンドルを握る企業の商材を載せていく方が効率が高いと考えています。そのため、海外展開も積極的に進めています。
ー 韓国、台湾、中国の会社名が記載されていますが、これらはグループ会社ではなく、協力会社という位置づけでしょうか?
はい、それは独占販売契約を結んでいる各国の会社です。契約により、その国の販売は全て彼らに持たせています。特約店というよりは、ライセンスを共有しているパートナー会社という形です。
ー なるほど、製造はこちらで行い、販売は独占販売契約を結んだパートナー会社に任せるということですね。
はい、その通りです。何年間で何台を売る、といった販売目標も設けています。
ーこれらはグループ企業という位置づけでしょうか?
いえ、これらは子会社になります。例えば、TOLIMSはマーケティング会社で、子会社となっています。また、IDEALという会社はニコンをスピンアウトしたベンチャーで、日本外のライフサイエンス事業を立ち上げるために共同出資や役員派遣を行いました。これは子会社ではなく、パートナー会社です。
ーそれは素晴らしいですね。それでは、経営者として大切にしていることは何ですか?何か特別なことがありますか?
私たちの会社、アイカムス・ラボでは、起業したい人はどんどん挑戦していいという方針を持っています。そして、起業しても一緒に仕事をしていこうという考え方を持っています。その結果、そこから生まれた会社もあります。10年ほど会社で働いていた技術者人がロボットの関節機構を開発したので、ベンチャーを作ってみてはどうかと提案しました。製造はアイカムス・ラボが受け持つことになりました。
ーそれは驚きですね。事業として新たな挑戦をすることを推奨しているのですね。
私たちアイカムス・ラボが主導して運営しています。しかし、その運営には多くの関係者が協力しており、その中には先ほども挙げた岩手や東北の自治体、金融機関、シナジー国家運営事業会社、個人のエンジェル投資家などが含まれています。
アイカムス・ラボの新たな挑戦と取り組み
ー片野さん、地方のベンチャーファンドと一緒に新しいアカウントを作るという計画があるとのことですが、これは具体的にどのようなものなのでしょうか?
はい、これらのスタートアップ企業の成長を加速するために、ライフサイエンスのベンチャーファンドを立ち上げる計画をしております。ファンドは20億円規模のファンドで1億円程度の投資も可能にしたいと考えております。
ーそれは興味深いですね。しかし、中小企業の方々からすれば、その規模でも大きな負担となるのではないでしょうか?
確かにそうですね。しかし、我々の目指すところは、中小企業のイノベーション、オープンイノベーションを後押しすることです。我々はTOLICの取り組みを通じて地方の企業様との付き合いもあり、成長の機会を求めている企業様が多いことを知っています。
ーそれは企業にとって大きなチャンスとなりそうですね。
まさにそうです。その企業様が面白いアイデアを持っていて、それが繋がればイノベーションが生まれると考えています。しかし、それを具現化するには資金が必要です。そこで我々が出資し、一緒に新しい価値を創造していく。そんな思いがあるんです。
ーそれは素晴らしい取り組みですね。具体的な構想についてもお聞かせください。
はい、具体的には、ファンドを作り、資金だけでなくメンター会社も設立しようとしているということです。通常のベンチャーが不足している部分をサポートします。
専門家による派遣だけでは、自社に詳しくない人たちにサポートされるだけなので、私たちはベンチャー集団でのサポートを考えています。それにより、お互いのビジネス成長を促進できるような会社も設立予定です。さらに、その会社が成長したらベテランになるような別の建物も建てる計画もあります。現在、この三本柱の計画を県や市に提案しており、実現に向けて動き始めています。
それは素晴らしい計画ですね。是非弊社でも応援させていただければと思います。本日はありがとうございました。
ありがとうございました。
- 氏名
- 片野 圭二(かたの けいじ)
- 会社名
- 株式会社アイカムス・ラボ
- 役職
- 代表取締役