1960年生まれ。兵庫県立尼崎工業高等学校卒業後、宝石鑑定士を経て青果流通に転身。
2001年に独立し、青果流通の構造改革を目的として、青果卸売市場間の転送事業を手掛ける株式会社トレードを設立。
2006年に持続可能な農業の実現を目指し、植物工場事業を展開する株式会社スプレッドを立ち上げ、現在はスプレッドの代表取締役社長を務める。
2006年に「未来の子どもたちが安心して暮らせる持続可能な社会の実現」を目指して設立。
2007から当時、世界最大規模となる植物工場「亀岡プラント」の運営を開始。
2018年には次世代型の自動化植物工場「テクノファームけいはんな」を立ち上げ、2021年よりパートナー企業とも協業して生産拠点の展開を行う。
農薬を使わずに栽培するレタスの生産をはじめ、いちごや代替肉・穀物などの研究開発も行っている。
これまでの変遷について教えてください。
私のビジネスの原体験は、新聞配達のアルバイトでした。新聞配達の際に、「どのようなルートで回れば早くなるのか」などについて思考し続け、効率化を意識するようになりました。効率化を追求することによって、任せられるルートが増え、仕事における責任感や生産性も高まり、自分で働いている感覚と自立心が芽生えていきました。
高校卒業をしたあと、飲料メーカーに就職しましたが、昇進体制に疑問を抱き、1年でやめました。次に鉱物学に興味を持ち、約2年間勉強して、宝石鑑定士の資格を取得しました。しばらく宝石商社で勤めていましたが、バブル崩壊で需要が減少。宝石業界では多くの学びを得ましたが、一生かけて社会に価値を与えられるか事業なのか、自問自答を繰り返す時期でした。そこで、より生活に身近なものに携われる仕事をしたいと思い、青果業界に目を向けました。青果業界での取引は、宝石と異なり瞬間的に物が大量に動いていき、消費と需要が目に見える形で表れているダイナミズムが興味深く感じられ、参入することにしました。 最初は会社員として働いていましたが、2001年に独立し、株式会社トレードを立ち上げました。
トレードでは、卸売市場間で野菜の売買を行うトレーディングビジネスを展開。当時、日本全国で野菜の価格差が大きかったため、私たちは間に入ることで価格差の是正に貢献しながら、事業を拡大してきましたました。創業3年で売上が100億円を突破し、今ではグループ企業含めて、売上280億円規模にまで成長しています。
しかし、事業を拡大させていく中で、農家の現状を改めて目の当たりにする機会が増えました。高齢化や耕作放棄地の問題、後継者不足といった厳しい現実が、私たちの流通事業にも影響を及ぼすのではないかと。そこで、天候という農家が一番頭を抱える課題に、全く左右されない農作物を一から栽培する植物工場を創ろうと思い、その実験をマンションの一室から始めました。1年間ほど試行錯誤を繰り返し、ようやく「これだったら売れる」と確信をもてるレタスを作ることができ、2006年に株式会社スプレッドを創業しました。
その翌年に京都府亀岡市に当時世界最大規模の植物工場を建設しました。しかし、商品の売り先がまだほとんどなく、社会的にも植物工場に認知が低かった時代だったので、社員が自ら店頭に出向き、植物工場野菜に関する啓発活動を行うなど、地道に販売先を増やすしかありませんでした。結果は直ぐに出たわけはないですが、農薬を使わず安定的に供給できる高品質な野菜という認識が少しずつ広まりました。
2013年に亀岡プラントで黒字化を達成したこともあり、海外展開を視野に入れ、10ヵ国程度視察を行いました。その際、アメリカ最大級のレタス生産地であるサリナスバレーにも行って、輸送コストや衛生環境、労働力、気候等の問題を目の当たりにしました。これらを植物工場で解決できれば、ビジネスとして大きなチャンスだと感じたため、日本に戻って次世代型植物工場システム『Techno Farm』の開発に着手しました。『Techno Farm』は、自動化、環境制御技術、水リサイクル、IoT/AIの4つのコアテクノロジーにより、食料生産の課題を解決するシステムで、2018年に京都府木津川市にある自動化植物工場「テクノファームけいはんな」、2021年にスプレッドと ENEOS グループの J リーフによるパートナーシップ工場「テクノファーム成田」に導入されています。2024年に静岡県袋井市で稼働する「テクノファーム袋井」は、1日10トンのレタスを生産する世界最大規模の植物工場となります。
一番感銘を受けた書籍とその理由は?
私は日頃から様々な本を読んで、その都度影響を受けたり、ビジネスの参考にしたりしているのですが、当社の今後の拡大に向けてという観点で、最近、感銘を受けた書籍を紹介したいと思います。ずばり、スコット・ベドベリによる『ザ・ブランド・マーケティング』 です。特にブランド戦略の重要性と、ブランド価値と企業価値の深い関連性という点が強く印象に残りましたね。ベドベリ氏はナイキの広告部長やスターバックスのマーケティング副部長を務め、その豊富な経験と視点から語られるブランド戦略は、我々の事業拡大にも大変参考になると感じました。
例えば、彼が語る「ブランドは企業そのものである」という考え方には、とても納得させられました。企業価値は経済的価値であり、有形資産で決まると一般的に思われていますが、実は人材やデータ、ネットワークといった無形資産であるブランド価値の方が今後、大切になるとこの本では表現されています。これを踏まえて弊社も、無形資産を中心とするブランド価値に投資しようと考えるようになりました。
経営において重要としている考え方を教えてください。
私の経営における重要な考え方の一つは、「無形資産への投資」です。先ほどの話に関連していますが、無形資産への投資を積極的に進めることで、ブランド価値を高め、それが企業価値の向上にも直結します。特にグローバル展開においてブランドが大切になるので、今後はますますブランド価値の底上げと、それによる企業価値の向上に注力していこうと考えています。
また、「ブランドは企業そのものである」という考え方のもとで、社員一人ひとりがブランド価値を理解し、その価値を高めていく努力をすることが大変重要です。全ての社員がブランド価値を意識し、そのための行動を日々取り組むことが、当社のさらなる成長につながると確信しています。
最後に、御社の未来構想や従業員への期待について教えてください。
ミッションは、日々行っていることを集約した表現でなければなりません。私たちは、「地球がもたらす食の恵みを、創造性をもって最大化する」というミッションを掲げています。これを実現するためのマイルストーンとして、世界中の人々に新鮮で美味しい食料を届けられるように、「グローバルフードインフラ」の構築という目標を掲げております。地球規模で食料が手に入らない人が増えている現状を考えると、この実現は非常に重要だと考えています。そのために従業員には、自分の活動がブランド価値、企業価値につながっていることを理解し、失敗を恐れず己の創造性を発揮することを大いに期待したいと思います。
- 氏名
- 稲田 信二(いなだ しんじ)
- 会社名
- 株式会社スプレッド
- 役職
- 代表取締役社長