ほぼ全ての業務をテレワークに移行、社長も長野県に完全移住。そんな企業がT業界にある。画期的な在庫分析クラウドを開発し、小売業界を中心に提供するSaaS企業のフルカイテン(FULL KAITEN)だ。コロナ禍がひと段落し、オフィスへの出社率をあげようという流れも増えている中でテレワークを選ぶのは、「メリットが大きいからだ」と代表取締役の瀬川直寛氏は語る。瀬川社長自身も生活拠点を長野県に移したことで、QOL(クオリティ・オブ・ライフ)が上がり、安定した精神状態で仕事ができるようになったという。
一方で、良し悪しの二元論だけでテレワークを評価するのは難しく、積極的な導入に二の足を踏む経営者も多いかもしれない。しかし瀬川社長は、2020年4月に緊急事態宣言が発出された日から、テレワーク主体に切り替え、集まるべきときに出社することを躊躇しない社内カルチャーを考え続け、現在の仕組みに落とし込んできた。そこには、瀬川社長の働き方に対する考えだけではなく、生き方そのものに対する考え方が色濃く反映されている。
アルプスが一望できる街に暮らす瀬川直寛氏。夏には友人らと川遊びを楽しむ。
■子供に必要な生きる力を
フルカイテンは、オフィスへ出社するよりもテレワークの方が良い面が多いと捉え、原則テレワークのリモート勤務体制を整えているが、一方で社員が集まり話し合う機会(出社)を設けるようにもしている。テレワークと出社の切り分けは、「誰が、いつまでに、何をやるかを決める」というように議題が具体的なものであればテレワーク、そうでなければ出社するというように取り決めているという。例えば、「この戦略を見直すべきではないか」という、アジェンダの抽象度が高いケースの場合は、社員が出社して話し合うべきだと考えている。
フルカイテンは東京と大阪(本社)に拠点を構えていたが、瀬川社長は現在、長野県で暮らしている。長野県に移住後、子供の教育に関する不安がなくなったことがもっとも大きいという。都会での子育ては、学校の成績や他の家の子の塾や習い事の状況などそんな話ばかりで、子育てに対する価値観が画一的になってしまうことに不安や違和感を持ったという。瀬川社長は、子供には勉強よりも幼いときだからこそできる体験や経験をしてほしいという思いがあり、価値観が画一的な都会で子供に自由な体験をさせてあげられないことに対してストレスを感じていた。
瀬川社長は、少子高齢化が進む日本でこれから大人になっていく子供たちに対して、「答えが分からない中で、自分で問題を定義し、その問題に試行錯誤して、自分なりの答えを導き出す。それを繰り返せる能力が、これからの子供たちに必要な生きる力となる」と考えている。瀬川社長は自身のこれまでの経験から、社会に出ても正解なんてどこにもないと実感した。そういう思いから、自分で課題を定義して試行錯誤しながら考える力を身につけられる場所で子育てをしたいと考えるようなった。「移住して馴染めないなと思ったら、元の場所に戻ればいい。それはマイナスになるのではなく、ゼロに戻るだけ」と、いう瀬川婦人の助言もあって、長野県への移住を思い切って決断した。移住した結果、子供の教育面だけでなく自身の生活の質も上昇し、仕事に対しても深く物事を考えることができているという。
近くの森には、手作りの小屋やブランコ。
■ライフステージは年齢とともに変化するもの
そうした結果、社員1人ひとりのライフステージや個性、得意不得意を収束するような経営を突き詰めたいという、経営者としての思いをより明確に意識するようになった。年齢を重ねると、それぞれライフステージが変わる。しかし、ライフステージが変化した後に同じ住環境で同じ働き方を維持することは困難なことだ。例えば、子供が生まれると特に女性は、独身時代や出産前のような働き方をすることは非常に難しく、ストレスを抱えるだろう。もし、会社側が、独身かつ労働時間の自由度が大きいスタッフに最適化したような働き方しか用意していなかった場合、ライフステージが変化した社員はさまざまな制限がかかり、活躍しにくくなってしまう。これは子供の有無だけに関わる問題でなく、介護問題を抱えた社員に対しても同様だ。瀬川社長は経営者として、社員がこのような状況に陥ることを防ぎたいと強く思っている。
そういった思いがあるからこそ、瀬川社長の長野県移住はフルカイテンにとって非常に意味があるものとなった。「ライフステージが変わってきたな」「働き方や住環境を変える必要があるな」と社員が思ったときに、思い切って自分で変化を起こしてもいいのだという姿勢を経営者として見せることが大切だと考えたからだ。瀬川社長は、個人のライフステージの変化に柔軟に対応し、生き方や働き方を自分の力で変えられる社員が増えてほしいと願っている。
■より良い地球を残していくために
また、1人ひとり得意や不得意は異なるにも関わらず、画一的になっている評価基準の仕組みにも違和感を持っているという。特定の特技を持った社員ばかり評価することになると、社員自身の自己肯定感を育てることができないのではないかという不安があるためだ。「そのような評価の仕組みも含めて、いかに社員1人ひとりに適応した会社づくりができるか挑戦し続けたい」と強く語った。
瀬川社長は、働き方を独自に改革し、「社員みんなの働きが社会問題の解決に繋がることをダイレクトに感じられる会社づくり」、そして、フルカイテンで働く社員やフルカイテンのシステムを利用する企業を増やすことで、「一人でも多くの人を巻き込んで子供や孫の世代により良い地球を残すこと」を今後も目指していく。テレワークはやはり良し悪しの二元論だけでは語れるものではない。働き方と生き方を一体にして考える瀬川社長の視点が今後ますます大事になってくるだろう。