定年退職やセミリタイアが視野に入ってくる50~60歳代になると、「今までの蓄えや退職金などを使って資産を運用し、老後資金を確保しておこう」と思い始めます。
退職すれば給与収入がなくなりますので、何も対策をしなければ基本的には資産が減っていきます。
60歳からの資産運用は、リスクを取って資産を増やすことよりも、今ある資産を減らさずに、なるべく長持ちさせることを優先すべきです。
そうすることで、年金額でカバーしきれない支出額を運用益で補填しながら、資産を保全することができます。
本記事では「人生100年時代」と呼ばれる長生き社会の中で、退職後もずっと心身ともに良好な状態のライフスタイルを維持するための、資産運用に対する考え方をまとめました。
60歳以降も資産運用をするべき3大理由
本章では、退職や年金受給が始まる60歳以降も、積極的に資産運用をすべきである3つの理由をまとめています。
1.人生100年時代が来ている
ネットニュースや雑誌などでも「人生100年時代」に関した特集が頻繁に組まれるようになりました。
長生き自体は喜ばしいことですが、経済的な観点から見ると、人生の中でお金を稼げない時間が増えることを意味します。
厚生労働省が発表した令和3年簡易生命表によると、日本人の平均寿命は男性で81歳、女性で87歳と、年々長寿化しています。
このことから、60歳で定年退職をしても、その後最低でも約20年間の老後の人生が続くことがわかります。運良く100歳まで生きたとしたら退職後の人生は40年です。
20~40年という時間は赤ちゃんが成人し、立派な大人になるまでの時間ですから、何も対策を講じなければ「人生をもう一回、収入なしで生きる」ことになります。
2.ゆとりのない老後は味気ない
総務省が毎年行っている家計調査を数年分平均すると、定年後の生活費、年金受給額、毎月の収支は以下の表のとおりです。
単身世帯 | 二人以上世帯 | |
---|---|---|
平均支出 | ¥143,139 | ¥257,113 |
社会保障給付額 | ¥121,496 | ¥220,418 |
差額 | -¥21,643 | -¥36,695 |
インフレによる物価上昇も関係していますが、基本的に年金収入だけでは毎月マイナスが発生します。
60歳以降でも再雇用によってプラスが発生することもありますが、老後の人生全般で見れば、収入がない状態が10~20年近く続くことがわかります。
上記の生活費の平均は、基本的な生活費とその他の支出を合わせたものであり、習い事程度の娯楽は含まれていますが、グルメや旅行などのエンターテイメントに関する支出は含まれていません。
老後では贅沢をしないと決めて、シンプルにつつましく暮らすという選択肢もあります。
しかし、20~40年もの間まだ気力と体力がある方が、静かな暮らし以外を選択できないというのは、精神的にも苦しいものがあるでしょう。
60歳以降の人生を自分らしく健やかに楽しむためには、給与収入がなくなった後でも、何らかの収入が続く環境を整えておく必要があります。
3.年金だけで暮らせる人は少ない
前項で説明した退職後の月額収支の話は、あくまで20歳から60歳になるまでの40年間(480ヵ月)、年金を満額支払ってきた方のケースです。
就職が遅かった方や途中で転職した方、勤め先に年金制度がなかった方など、諸事情があって支払いができなかった期間がある方は、社会保障額はもっと少なくなります。
満額を支払ってきた場合でも、ご夫婦のどちらかが死亡すれば、単身世帯と同じ受給額になることが多いため※、ご夫婦では暮らせていても単身になった途端に生活が苦しくなるケースもあります。
※企業年金の場合は会社のルールによります。
また、今のインフレ傾向と前項の表のマイナス収支を見る限り、よほど潤沢な年金額の準備がない限り、老齢年金だけで生活できる人はほぼいないのが現実です。
老後にプラスアルファのお金を生み出すことを前提に、老後の生活設計をしておく必要があります。
60歳からの資産運用スタート前にやるべき5つのこと
本章では、60歳から資産運用をスタートする前に、やっておくべき5つのことをまとめています。
以下のこと気をつけて慎重に計画を立てれば、定年が視野に入ってからでも資産運用は十分に間に合います。
1.いくら必要なのかを把握する
老後生活でいくら入ってきて、いくら出ていくのかをシミュレーションします。将来の年金額は、人によって違います。
今まで納めてきた年金で、将来の年金受給額がいくらになるのかをハッキリさせておきます。年金定期便や、会社で確認できます。
将来の生活費に必要なお金も人によって違いますので、老後は毎月いくらの支出があるのかを、今から把握しておく必要があります。
まずは、今口座引き落としになっているお金も含め、半年分くらいの家計簿を作り、老後用の収支プランを作ってみてください。
細かく書き出さなくても、無料の家計簿アプリなどを使って、だいたいの金額を計算するだけで問題ありません。
未来の簡易家計簿ができたら、その中から「今は支払いがあるけれども、60歳以降はなくなっていく支出を調べます。
例えば、今は子どもが学生であっても、定年までには社会人になるのであれば、子どもの学費・お小遣い・保険は不要になります。
ご自分の生命保険も子どもが社会人になれば不要ですし、住宅ローンを完済すればローンの支払いもなくなります。今は4人家族でも、子どもが独立すれば水道光熱費も食費も大きく減るでしょう。
こうして将来の生活費の仕分けと将来の生活費設計をすると、将来必要な金額がわかり、ゆとりのあるライフプランへの準備が整います。
老後生活で足りない分は、資産運用でカバーできればよいということになります。
2.年金の繰り下げ受給を考える
これから資産運用をする予定で、将来の年金額に不安がある方は、まずは年金の繰り下げ受給を検討してください。
一般的な年金受給は65歳からですが、受給期間を遅らせると将来の年金額を増やせます。
受給期間を繰り下げて増額した場合、その増額率は生涯変わりませんので、長生きすればするほどお得です。
老齢基礎年金(国民年金)と老齢厚生年金(企業年金)は、1ヵ月単位で別々に繰り下げられます。
受給を1ヵ月遅らせれば0.7%増えますので、1年で8.4%、3年で25.5%、5年で42%も増えます。このパーセンテージを年利と捉えると、資産運用としてはかなりの高利率であることがわかります。
年金の繰り下げ受給を前提に老後の生活設計を考えると、再雇用先や再雇用の条件もハッキリしてきます。
65歳からの5年だと年金受給開始は70歳からですから、老齢基礎年金(国民年金)と老齢厚生年金(企業年金)のどちらかを先に開始し、残りは70歳からなど、ご自分の再雇用の事情に合った受給方法で老後の人生を組み立てることができます。
現在、再雇用は70歳までの延長が努力義務になっています。将来は多くの方が70歳近くまで、何らかの形で給与をもらうというライフスタイルが一般的になるでしょう。
3.10年以内に使う予定がないお金を算出する
10年以内に使う予定があるお金をリストアップします。10年以内に使うお金とは、以下のようなものです。
・ マイホームの修理などに使う費用
・ リフォーム資金
・ 引っ越し資金
・ ローンの残債
・ 自動車の買い替え費用
・ 定年後の旅行費用
・ 子どもの結婚費用
これらの「将来支払うことが決まっているお金」は、まとまった金額になりますが、資産運用の資金には入れずにおきます。
ローン残債などをまとめて支払う必要はありませんが、支払うべき金額を預金口座においておくようにしてください。
なぜ、10年以内に使う予定のお金は資産運用には使わないでおくかというと、投資は10年スパンで考えたほうが運用成果は出やすくなるためです。
仮に、運用中に100年に一度レベルの大きな下落が起きても、10年以上の長期の投資をしていれば、1年間の価格変動で運用益を平準化できます。
運用歴が長ければ長いほど資産運用結果の変動幅が小さくなり、結果的にプラスの運用結果になる傾向があります。
運用中のお金を解約して支払いに使ってしまうと元本が変わってしまうため、長期的に見ると運用成果が下がる可能性が高くなります。
そのようなリスクを避けるために、支払うことがわかってる金額は運用資金には入れないでおきます。
4.生活防衛資金を算出する
生活防衛費とは、万が一のケースに備えるお金のことです。例えば突然のリストラ、ご自身や家族の病気やケガ、長期入院、介護、自然災害に遭った時などのためのお金です。
生活防衛費の目安は「生活費の3~6ヵ月分」といわれていますので、単身・二人以上世帯での準備額以下のようになります。
単身世帯 | 二人以上世帯 | |
---|---|---|
平均支出 | ¥143,139 | ¥257,113 |
生活防衛費めやす | 約43~85万 | 約77~154万 |
資産運用はお金を働かせてお金を作り出すことですが、何かあるたびに運用中の資産を切り崩していては、安定して未来のためのお金が作れません。
生活防衛費は何かあったらすぐ使えるように、定期預金や普通口座に入れておきます。
5.資産運用に使える金額をハッキリさせる
ここまでの項目を準備できたら、資産運用に使えるお金を算出します。資産運用に使えるお金とは、以下のようなものです。
・ 預貯金
・ 定期預金
・ 外貨預金
・ 株式などの金融商品
・ 退職金の一部
・ 老後資金として積み立てていたお金
・ 使わなくなった子どもの学費積立
・ 現金化できる不動産
上記のように、現金化できる資産をすべて集め、資産運用に使える予算を算出します。
その中から、本章で計算した10年以内に使うお金・生活防衛費を除き、残ったお金が資産運用に使ってもよいお金です。
60歳で資産運用デビューでも大丈夫!おすすめ投資先4選
60歳から資産運用をスタートしても決して遅くはありませんが、資産運用の結果=老後資産になる可能性が高くなります。
そのため、リスクを取るよりも、微増でも利益が出ることと今の資産を減らさないことをテーマに、おすすめの投資先を4つ提案します。
1.投資信託|投資家に代わり投資のプロが資産を運用
投資信託とは、多くの投資家から集めたお金をまとめて、ファンドマネージャーという投資のプロが運用し、その成果を分配するという金融商品です。
簡単にいえば「プロがセレクトしたうまくいきそうな金融商品のセット」です。
1万円程度から投資でき、ミニ投信であれば100円からでもスタートできます。始めて投資をする方や、過去に投資で苦い経験のある方でも少しずつ進めていけます。
投資信託を買うまでは慎重になる必要がありますが、購入後は運用も管理もプロにお任せできる「ほったらかし」タイプの資産運用です。
投資信託の中身の商品の値段が上がれば投資信託も値上がりしますが、その売り買いもすべてプロが代わりにやってくれます。
投資する商品は、運用のプロであるファンドマネージャーが投資信託のテーマに沿って選択します。それぞれの投資信託には目論見書がありますので、投資先の商品構成や手数料などがわかります。
投資信託には以下のようなコストが発生しますので、これらのコストを差し引いた金額が実際に得られる利益になります。
・販売手数料
投資信託を販売している金融機関に支払う手数料です。購入額に対して0.5~3%が一般的です。ネット証券などを使うと、手数料が0のところもあります。投資信託の購入時に発生します。
・信託報酬
投資信託の運用をプロにお任せするための費用です。0.5~3%が一般的です。運用期間中、毎年発生しますので、投資信託の運用利率と信託報酬の%が近いと、利益が少なくなります。
・信託財産留保額
投資信託によりますが、解約時にかかる手数料です。この設定がない商品もあります。
・税金
運用利益にも、売却をして得た利益分にも、約20%の税金がかかります。NISA口座を使うことで、一定額までは税金控除されます。
2.個人向け国債|ほぼ元本保証がされた比較的安全な投資方法
債券は、国や自治体がお金を借り入れるために発行する借用書のようなものです。債券の発行者は、投資家から借りたお金を使って公共事業などを行います。
国が発行したものが国債ですので、国債に投資すると国に投資したことになります。
国債は日本国だけでなく世界各国が発行しています。個人向け国債は、国債を個人でも買いやすいようにした商品です。
債券の特徴は、発行する時に利率や貸付期間が決めてあり、満期が来ると債券に書かれている額面が返ってくることです。
原則として貸したお金が戻ってくるので、元本がほぼ保証された比較的安全な投資先です。
投資期間は短期・中期・長期がありますので投資計画を立てやすいのですが、一般的な投資先と比較すると利率は低めです。投資先を選ぶ際は、利率よりも国の格付けを参考にしましょう。
国債の最大のリスクは、その国が破綻して元本が戻らなくなることですので、発行国の安全性を重視してください。
国債には購入手数料はかかりませんが、外国債の場合は為替手数料が発生します。国債の運用益と売買益には約20%の税金がかかります。
3.外貨建て保険|払い込んだ保険料を外貨で運用
外貨建て保険は、払い込んだ保険料を外貨で運用する保険商品です。
保険料を外貨で支払うだけで、保険商品としてはよくあるラインアップが揃っています。外貨の金利で運用するので、比較的高い利率での運用が期待できます。
解約払戻金があるタイプを選べば、払い込み期間は保険が確実に適用され、途中解約しても掛け捨てにはなりません。
保険には生命保険・医療保険以外に個人型年金保険・介護保険もあり、これらの保険料は確定申告をすれば所得税と住民税の控除に使えます。
外貨建てであるため、日本円に換える時には為替手数料が発生しますし、為替変動によって損失が出る可能性はありますが、解約のタイミングを調節することで元本割れのリスクを回避できます。そもそも保険ですので、老後資金として信頼感のある投資先の一つです。
4.退職金定額預金プラン|一定金額以上を預けると定期預金より金利が高い
退職金定期プランは銀行や信金が販売している定期預金商品の一つで、一定金額以上の退職金を預けると、通常の定期預金よりも金利が高くなる元本保証型の「退職金専用の積立プラン」です。
一般の定期預金金利が0.002%程度であるのに対し、退職金定額預金プランであれば年利0.1~2%前後のものもあり、悪くない投資先といえます。
また、退職金定額預金用の特別なキャンペーンを行っている銀行もいくつかあります。山口県の西京銀行の「退職金定額預金」プランには、最低預金額が300万円で年利3%とういものがあります。
3ヵ月満期の自動継続定期であるため3ヵ月後の金利は普通金利に戻りますが、1,000万円を90日間預けるだけで、年間で約7万円(税込)の利息が付きます。
滋賀銀行では、退職金口座と投資信託をセットで申し込めば、3ヵ月満期の定期預金口座の利率が5%になるキャンペーンなどを行っています。
定年退職が視野に入る年齢になると、金融機関からこのようなキャンペーンのパンフレットなどが送られてくることがありますので、いくつかを投資先候補として検討してしてください。
このような金利優遇を受けるためには、年金の受取口座に指定すること、そのエリアに住んでいること、退職金が入金される1年以上前から取引があることなど、金融機関によってルールが設けられています。
さまざまな制約はあるものの、退職金はまとまった金額であることが多いため、バブル時代に準じた金利設定で、元本保証でお金が増えるのであれば、短期の運用先としてリストに加えておいてもよいでしょう。
60歳からの資産運用で気を付ける3つのこと
本章では、60歳からの資産運用で気を付けるべきことを3つにまとめています。
1.大きなリターンを求めない
元本が保証された預金や定期預金とは違い、資産運用の商品にはリスクがあります。
リスクが高いものほど利率が高く設定されていますが、利率が低く、リスクが低いとされている投資信託や国債であっても、その利率は預金口座のような確定利率ではなく、変動する可能性があります。
20代や30代前半であれば、リスクの高い資産運用で大きな失敗をしても、老後までに巻き返せるチャンスはいくらでもあります。しかし、60歳からの資産運用の場合、一度の失敗が老後生活に直接的な影響を与える可能性が高くなります。
老後前の資産運用は「保全・微増」に徹し、いかに今ある資産を減らさずに老後生活を乗り切るかをテーマにしてください。
2.退職金は切り崩さない
退職金が振り込まれると金融機関から連絡があり、投資の提案などをされることが増えます。
退職金額が大きければ最初から担当者がつき、専属のファンドマネージャーのようなことをしてくれることもあります。
しかし、初めての投資の場合、金融機関からの提案は、いったんすべて断ったほうがよいでしょう。
投資を提案してくれる相手が、こちらの老後を心から心配して大切に思ってくれているわけではありません。
相手がすすめるままに購入しても、運用成果が上がらないばかりか、手数料ばかり取られて資産が目減りすることもあります。
退職金は、人生でまとまった金額をもらえるラストチャンスです。そのお金を切り崩す原因を回避することは、資産運用のリスクを減らすことにもつながります。
資産運用は、いつスタートしても適切な商品を選び、適切なリスク分散をすれば成果が出るものです。
一度に大きな金額を使ってしまえば、損失が出た時に他の運用でカバーすることが難しくなります。60歳から資産運用をする方は、退職金にはなるべく手を付けないようにしましょう。
3.相続のことを考えておく
人生100年時代における60歳は人生の折り返し地点程度ですので、心身ともにまだ元気な人が多く、先々の相続のことは考えられないかもしれません。
しかし、60歳以降の資産運用を考える時に、相続を想定した運用先を考えておくと、結果的に家族と資産を守ることにつながります。
例えば、投資信託・国債・株式などの金融商品は、相続が発生した際には現金と同じ扱いになりますので、額面がそのまま相続税評価額になってしまいます。
相続税対策として、運用先に不動産投資や小口化不動産を組み入れておけば、資産評価額が市場価格の2~3割減額されるため、相続税の節税につながります。
不動産の相続では、相続税の納税資金を用意できなければ物件を売却しなければならないことがあり、せっかく築き上げた資産が相続によって大きく目減りすることにつながります。
同じ不動産でも、不動産小口化商品であれば、相続税資金として必要な口数だけ購入しておき、相続が起きたら相続税の支払いに必要な分だけ売却し、残った分で資産運用を続けることもできます。
60歳からの資産運用は、ご自分が老後に困らないことも大切ですが、子どもや孫が困らないようにしておくことも踏まえて、多くの選択肢から慎重に選ぶ必要があります。
まとめ
60歳からの資産運用は、今ある資産を保全し、なるべく減らさないような投資先を選ぶことが大切です。
また、投資先を選ぶ前には、自分の老後にはいくらの生活費が必要で、年金収入はいくらで、生じるマイナスはどのくらいなのかをハッキリさせておく必要があります。
資産運用で老後資金を作るといっても、実際には年金がありますので、年金で足りない分を資産運用で補填しながら、持っている資産を減らさないようにすればよいこともわかりました。
その上で、将来の相続のことも含め、長期的な視点から資産運用先を選んでください。
(提供:ACNコラム)