M&A仲介協会

「業界健全化という意味では、経営者保証のトラブルが報道されたことにある意味で感謝しています。業界全体に強い危機感が芽生え、協会としても”絶対に起こしてはならない”という決意が固まりました。事業承継や人手不足に不安を感じているオーナー様は、ぜひ安心してM&Aを活用いただければと思います」

一般社団法人M&A仲介協会は中小企業庁とも連携を取りながら業界健全化を図ってきたが、最近、悪質なM&Aのトラブルが報道された。今回問題となっているのは経営者保証の未解除だ。本来、M&A成立のタイミングで買主によって解除が行われるべきだが、解除が行われないまま傘下に収めた企業の資産を抜き取り放置。売主は債務不履行に陥り破綻に追い込まれるなど、数十件に及ぶ被害が報告されている。

このような事態における仲介会社の責任を重く受けとめ、同協会は自主規制ルールの改定や資格化なども予定。新体制となるM&A支援機関協会は、どのような業界像を目指しているのだろうか。

M&A業界の健全化を目指す「M&A仲介協会」が、2025年1月から名称を「M&A支援機関協会」に変更する。2021年10月に設立された同協会で理事を務める3社の代表を招き、新体制のポイントや業界健全化に向けての思いを語ってもらった。

荒井 邦彦(あらい・くにひこ)
1970年生まれ、千葉県出身。一橋大学商学部を経て1993年に太田昭和監査法人(現EY新日本有限責任監査法人)に入社。IPO支援、財務デューディリジェンスなどの業務を経験し、1997年株式会社ストライクを設立、2016年東証マザーズに上場。2017年6月に東証一部(現在東証プライム)へ市場を変更。2021年に一般社団法人M&A仲介協会理事、2022年に代表理事に就任。
三宅 卓(みやけ・すぐる)
1952年兵庫県神戸市生まれ。大阪工業大学工学部を経て1977年に日本オリベッティ株式会社に入社。1991年に株式会社日本M&Aセンターの設立に参画。中小企業M&Aの第一人者として、創業者である分林保弘(現・名誉会長)とともに同社を牽引。2008年に同社代表取締役社長に就任、2024年4月より同社代表取締役会長を務める。
中村 悟(なかむら・さとる)
1973年生まれ、福岡県出身。1995年大学卒業後、大手ハウスメーカー入社、設計業務を経て、資産家を対象とした相続対策、資産運用の営業業務に約8年間従事。2005年中堅・中小企業の後継者問題の解決と発展的事業承継の実現のため、M&Aキャピタルパートナーズを設立し、2013年東証マザーズ、2014年東証一部に上場(現在、プライム市場)。2016年国内M&A創始企業レコフと経営統合。2021年新設されたM&A仲介協会の初代理事を務める。

安心のために「中小M&A業界のスタンダード」を目指す

─M&A仲介協会はどのような想いで設立されたのでしょうか。

M&A仲介協会 理事 株式会社日本M&Aセンター 三宅氏(以降、三宅氏): いよいよ事業承継が本格化した日本で、「後継者不在に悩む企業を救わなければいけない」という想いから設立しました。中小企業庁によると、380万社のうち245万社では経営者が70歳を超え、そのうち127万社が後継者不在に直面しています。このままでは10年間で127万社が廃業し、日本ならではの技術やサービス、安全性などが失われてしまいます。

M&A仲介協会で理事を務める日本M&Aセンター 代表取締役会長 三宅卓氏
M&A仲介協会で理事を務める日本M&Aセンター 代表取締役会長 三宅卓氏

─これまでの活動を通して、特に手応えを感じた部分はありますか。

M&A仲介協会 理事 M&Aキャピタルパートナーズ株式会社 中村氏(以降、中村氏): 会員企業が100社を超え、M&Aの成約に貢献できる協会になったと思います。中でも自主規制ルールの策定には力を入れており、一定以上の品質を担保するための仕組みを目指してきました。私たちの自主規制ルールが「中小M&A業界のスタンダード」として広く認知されるように、今後も邁進していきます。

─ここからは、2025年1月からの新体制について伺います。「M&A支援機関協会」という名称にした背景を教えてください。

M&A仲介協会 代表理事 株式会社ストライク 荒井氏(以降、荒井氏): 現在の協会名には「仲介」とついていますが、実際のM&Aでは地方銀行や士業、FA(ファイナンシャル・アドバイザー)をはじめ、さまざまな人や団体が関わります。こういった仲介会社以外の方々にも協会に関わっていただきたく、2025年1月から協会名を変更することになりました。幅広い知見を協会に反映することが目的なので、理事の体制も変えていきます。

─協会名の変更に伴い、業界健全化に向けた新たな施策も進められていると伺いました。

荒井氏: 悪質な買主の情報をデータベースにまとめて、「特定事業者リスト」として協会内で共有する仕組みを作りました。売主に紹介するかどうかは各社の判断に委ねられますが、さまざまな業態の会員企業に共有することで、一定のトラブル防止効果があると考えています。また、当事者が安心できるM&Aアドバイザーを選べるように、2025年1月からは資格制度の検討委員会も発足します。

─もし有資格者のM&Aアドバイザーが台頭すると、M&A業界はどのように変わるのでしょうか。

荒井氏: サービス品質が担保されるため、売主も買主も安心してM&Aに取り組めると思います。本来、中小企業のM&Aではさまざまな知識が求められます。株価算定や税務・法務の知識のほか、契約や進行管理といったマネジメント知識も必要になりますが、これまでは専門の資格制度がありませんでした。全体のプロセスやフェーズが複雑であっても、外観から「知識がある」「経験が豊富」と分かるような専門家がいれば、当事者の安心感につながります。

─資格制度が実施されると、M&A業界の健全化にも効果があるのでしょうか?

荒井氏: 協会が定める違反行為に対して適切なペナルティを科せば、業界全体に規律が働きます。また、ひとり一人が今以上に誇りを持って仕事に臨めるようになるため、資格制度は悪質なM&Aの撲滅につながると思います。

経営者保証解除を義務化に

─最近、中小企業のM&Aでは「売主の経営者保証が解除されない」といったトラブルが報道されるようになりました。こういったトラブルについて、どのような印象をお持ちでしょうか。

三宅氏: 私はM&Aに携わって33年になりますが、悪意のある買主という問題は初めてなのです。今までは「いかに買主のリスクを軽減するか」という時代でした。経営者保証のトラブルが深刻化するのは、仲介会社の経験不足が関係しています。中小企業庁に登録されている600社以上の大半は2~3年以内に設立されています。

そういったブティック(※)はベテランの我々とは違い、トラブルをほとんど経験していません。そのため、例えば買主から「経営者保証の解除を努力目標にしてほしい」と要望を出されると、その重要性を軽んじ、条件を呑んでしまう恐れがあります。 (※)仲介会社をはじめ、企業間のM&Aをサポートする専門家集団のこと。

荒井氏: M&Aの実施後に、親会社が子会社の資金を一元管理すること自体はおかしくありません。しかし、ここに悪意が入り込むと、経営者保証を解除せずにキャッシュだけ抜いて逃走するというような事案が発生します。売主の経営者は会社もお金も失い、負債だけが残ってしまうのです。

協会としては複合的な対策を打ち出している段階です。

M&A仲介協会で代表理事を務める株式会社ストライク 代表取締役社長 荒井邦彦氏
M&A仲介協会で代表理事を務める株式会社ストライク 代表取締役社長 荒井邦彦氏

─特定事業者リストや資格制度以外に、どういった施策を進めているのでしょうか。

中村氏: 売主の経営者保証に関する取扱いについては、解除を努力目標ではなく義務にしていく。このような体制を構築することで、買主・売主の双方に「当日の解除が正当」と強く認識していただきたいです。

仮に経営者保証の解除が難しかったとしても、仲介会社がそのリスクをきちんと説明し、売主の同意なしには解除を遅らせることができないルールに改定しました。

─当事者の努力によって、経営者保証などのトラブルを防ぐことはできるのでしょうか。

三宅氏: 数百の選択肢からブティックを選ぶ時代になっているので、売主側の努力も必要になると思います。仲介会社がサービスと報酬の内容をきちんと説明し、当事者の立場から買主を選ぶ一方で、売主側も第三者の意見を聞くなどしながら、信頼できる依頼先を選ぶことが重要です。

また、お互いが納得できる契約を結ぶために、私たちの会社では売主が買主に表敬訪問をすることもあります。やはり現場の空気感は非常に大切なので、「オフィスや工場の雰囲気はどうか」「どのような社員がいるのか」を確認してほしいですね。

中村氏: 不安を感じたら、必ず当日の借り換えを求める方法がいいと思います。協会側でも自主規制ルールの徹底はしていますが、そもそも売主が「既存の負債を返済してほしい」と伝えれば、悪質な買主は手が出せません。当日の借り換えを求められたら、仲介会社はその条件に応じる買主を探す。これが本来のあるべき姿です。

残念ながら、M&A業界の成長と共に悪質な事例は出てきてしまうと思っています。ただ、今回のような報道を見て「M&A業界なんて……」とネガティブに感じてほしくありません。我々M&A仲介会社は、世の中に必要な企業をきちんと残していくのだ、という志で日々取り組んでいます。

M&A仲介協会で理事を務めるM&Aキャピタルパートナーズ株式会社 代表取締役社長 中村悟氏
M&A仲介協会で理事を務めるM&Aキャピタルパートナーズ株式会社 代表取締役社長 中村悟氏

幸せなM&Aを100%にするために

─健全な業界を目指すために、会社単位で取り組んでいる施策を教えてください。

中村氏: M&Aに関する「知識テスト」を毎月実施し、社員全体のスキルアップを図っています。また、全クロージング案件の事例共有を毎週行い、業界特有の事情や注意点を共有することにも取り組んでいます。経営者保証については以前から懸念していたため、社内では相当厳格なルールを敷いています。

荒井氏: 自分が会社を売る側に回ったら、やはり知識レベルの高い人に頼みたいですよね。そのため、ストライクでは簿記検定2級を最低限の義務にしていますし、合格できない者は「昇格させない」と明確に伝えています。社員には自分が取り組んでいる仕事の価値を理解して、誇りを持って業務にあたってほしいです。

三宅氏: 私たちの会社では、とにかくネームクリア(※)を徹底しています。それに加えて、法務やスキームのチェック、契約文書の確認を全案件で行っています。売主に対するリスペクトがない者は、M&Aに関わる資格がありません。そのため、特にネームクリアを怠るような社員に対しては、降格や転勤といった厳罰を処しています。 (※)秘密保持契約の締結後、買主に対して社名等の開示を行うこと。

─協会としては、今後どのような施策を検討していますか。

荒井氏: 報道機関との関係性を作りながら、前向きで明るい情報発信をしていきたいです。今回のような報道で業界のイメージが悪化すると、町にひとつしかないような会社がM&Aを選べずに廃業してしまいます。人口減とともに経営者のなり手が減り、特に地域で暮らしている人は不便になってしまう。

あまり知られていませんが、私たちはこういった事例をM&Aで支援しています。世の中に求められた役割だと思うので、社会貢献性や公益性が高い団体であることを積極的に発信したいです。

一般社団法人M&A仲介協会

─最後に、中小企業のオーナーや世の中に伝えたいことを教えてください。

三宅氏: 売主にとってM&Aは、ハッピーリタイアや第二の人生につながるものです。新しいビジネスで相乗効果を得られる可能性があるため、買主にとっても新しい成長戦略を描ける選択肢でしょう。相乗効果が出て買い手の企業も売り手の企業も成長し、社員も取引先もみんながハッピーになる。私たちはこういうM&Aを100%にしなければいけない。そのために協会理事としての活動や社員への研修に力を入れています。

中村氏: 慎重に相手のことを調べて、少しでも不安がある方は当日の借り換えを求めてください。悪質な買主はすでに出てきており、その手口も巧妙化していくでしょう。何十年も守ってきた大切な会社ですから、契約の前には一度立ち止まって考えていただきたいと思います。

荒井氏: 個人としては当事者を幸せにして、感謝されるような仕事をやっていきたいです。私が2000年に成約した最初の案件は、後継者がいない高齢者夫婦の会社でした。旦那さんが病気になってしまい、奥さんは不安な顔をされている。なんとか頑張って買主を見つけたとき、泣いて喜んでもらえたことを忘れることはないでしょう。

来年からは新体制になりますが、それで完結するわけではありません。新たな事象も発生してくるので、私たちは都度見直してレベルアップをしていきます。「終わりはない」と考えているので、今後のM&A業界に注目しつつ安心を感じてもらえれば幸いです。