この記事は2024年12月6日に「第一生命経済研究所」で公開された「実質賃金はゼロ近傍での推移(10月毎月勤労統計)」を一部編集し、転載したものです。
実質賃金は下げ止まり
本日厚生労働省から公表された24年10月の毎月勤労統計では、現金給与総額が前年比+2.6%と、前月の同+2.5%からほぼ変化がなかった。名目賃金から物価変動の影響を除いた実質賃金では前年比0.0%となり、8月(同▲0.8%)、9月(同▲0.4%)に続いての3ヵ月連続減少はギリギリ回避している。
また、より賃金の伸びの実勢を示すとされている共通事業所ベース(*1)の値で見ると、10月の現金給与総額は前年比+2.7%と、9月の同+2.9%から伸びがやや鈍化したが、10月は前年の裏要因(昨年10月に電気・ガス代補助金縮小)により物価も鈍化していたことから、実質賃金(*2)は同+0.1%と僅かながらプラスとなった。共通事業所でみた実質賃金は、24年5月まで明確な減少が続いた後、6月(同+1.8%)、7月(同+1.5%)にボーナスによる押し上げで一気にプラス圏に浮上。ボーナス要因が剥落した8月(同0.0%)、9月(同0.0%)、10月(同+0.1%)にはほぼゼロ近傍となっている。ボーナス要因を除けば、実質賃金は足元横ばい圏にある。2年以上続いた実質賃金の減少局面はようやく終わり、実質賃金は下げ止まりつつあると言って良い。これを「下げ止まった」と見るか、「まだプラス圏には至っていない」と見るかは難しいところで、人によって判断は異なるだろう。日銀は前者であり、おそらく今月の結果もオントラックとの評価になると思われる。
*1:報道等で言及されることが多い「本系列」の値は、調査対象事業所の部分入れ替えやベンチマーク更新等の影響により攪乱されることが多く、月次の賃金変化の動向を把握することには適さない。そのため、多くのエコノミストは、1年前と当月の両方で回答している調査対象のみに限定して集計された「共通事業所」の前年比データを重視しており、日本銀行も賃金動向に言及する際にはこの値を用いている。
*2:共通事業所系列の実質化については様々な議論があるが、ここでは簡易的に「共通事業所ベースの名目賃金前年比-持家の帰属家賃を除く総合の前年比」を共通事業所ベースでみた実質賃金とした。
最低賃金引き上げの影響は明確には観察できず
所定内給与は前月から大きな変化はなかった。春闘賃上げの影響を大きく受ける一般労働者の所定内給与(共通事業所ベース)は前年比+2.8%と8、9月から伸びは変わらず、+3%程度の高い伸びを維持している。春闘で決まった賃上げの反映については概ね終わっていることから、先行きここから一段の上振れは難しく、一般労働者の所定内給与は当面前年比+3%程度で推移することが見込まれる。
なお、10月から最低賃金が大きく引き上げられたことで賃金が押し上げられる可能性も事前に指摘されていたが、今月の毎月勤労統計では影響が明確には観察できなかった。パート労働者の所定内給与は前年比+3.0%と、9月の同+1.9%から伸びが拡大したが、7月(同+3.1%)、8月(同+4.0%)よりは弱い。9月は労働時間の減少によりパート労働者の賃金が押し下げられていたものが10月に元に戻っただけのようにも見え、最低賃金上昇によるものかどうかははっきりしない(時間あたり賃金では大きな変化はない)。また、仮に最低賃金引上げの影響でパート労働者の賃金の伸びが高まったのだとしても、一般労働者とパート労働者を合わせた全体の所定内給与は10月に前年比+2.8%と、9月の同+2.7%からほとんど変わっておらず、影響は限定的だ。10月分の確報や11月以降の数字も確認したいが、現時点では最低賃金引上げによる押し上げは小さなものにとどまったと判断するのが妥当だろう。今後も、パート、一般を含めた所定内給与は、前年比+3%程度での推移が続く可能性が高い。
名目賃金は、ボーナスの支給時期である6、7、12月にボーナス動向の影響を大きく受けるが、その他の月については所定内給与の動きに概ね連動することが多い。そう考えると、年度内の名目賃金は、24年11月も前年比+3%前後となった後、12月にボーナス増で上振れ、25年1~3月に再び前年比+3%前後に戻ることが想定される。
実質賃金はゼロ%近傍で推移か。プラス基調定着には時間がかかる
先行きの実質賃金については、ボーナスが支給される12月を除いて、当面、前年比ゼロ%近傍の一進一退で推移する可能性が高い。名目賃金は引き続き高い伸びが続くとみられるが、食料品価格の予想以上の上昇によって物価の高止まりが長引く可能性が高まっていることから、実質賃金が明確なプラス圏に浮上することは当面難しくなっている。
政府による電気代・ガス代の補助金が復活したことにより9、10月の物価は押し下げられたが、11月分では補助額が縮小、12月分では補助が無くなる。賃金の実質化に用いられる消費者物価指数の「持家の帰属家賃を除く総合」は、直近10月に前年比+2.6%(9月:同+2.9%)と上昇率が鈍化したが、11月、12月には上昇率が再び拡大し、前年比+3%を上回るだろう。2~4月には電気・ガス代補助金が再復活することで押し下げられるものの、ガソリン・灯油補助金の縮小による押し上げで、かなりの部分が相殺される。食料品価格が予想以上に高止まっていることもあり、「持家の帰属家賃を除く総合」は25年春まで前年比+3%超で推移する可能性が高いと予想している。
前述のとおり、先行きの名目賃金も前年比+3%程度で推移することが見込まれていることから、賃金の上昇と物価の上昇のどちらが上回るかははっきりしない状況だ。ボーナスによる押し上げがある12月を除けば、実質賃金はゼロ近傍(どちらかというとマイナス)で推移する可能性が高まっていると考えられる。多くのエコノミストは、先行きの実質賃金が改善することを前提として予測を作成しているものと思われるが、実際にそう上手くいくかどうかは分からない。名目賃金の動向もさることながら、物価がこの先どの程度のペースで鈍化していくか(しないか)ということが、先行きの実質賃金を占う上で重要となっている。
このように、実質賃金が足元で下げ止まりつつあることは確かなのだが、上昇基調に転じたと言えるほどの強さはないことに注意が必要である。もちろん、これまでのように実質賃金が減少している状況よりは随分マシだが、それでも下げ止まった程度の実質賃金で消費者が本当に消費を増やすかどうか、不透明感は強い。個人消費の押し上げについて大きな期待をかけることは避けた方が良いだろう。