本記事は、菊地 正俊氏の著書『アクティビストが日本株市場を大きく動かす 外国人投資家の思考法と儲け方』(日本実業出版社)の中から一部を抜粋・編集しています。

日米主要企業の年間研究開発費は桁違い
我々は2024年10月に北米投資家を訪問した際に、日本企業の自社株買いの増加など株主還元意欲の高まりをアピールしましたが、一部投資家から日本企業が株主還元を増やしているのは投資機会が少ないからではないか、日本企業は設備投資や研究開発費を抑制してきたから国際競争力が低下したのではないかとの指摘を受けました。プライム市場上場企業で2023年度の研究開発費が最も大きな企業はトヨタ自動車の1.2兆円でしたが、米国の大手テクノロジー企業は2023年にアマゾンで約13兆円、アルファベット(グーグル)で約7兆円もの研究開発費を使っています。
米国の大手テクノロジー企業は研究開発費の多くをAI等の開発に使っていると推測されます。
日本の主要IT企業で評価が高まっているNECや富士通の2023年度研究開発費は1,000億円強に過ぎません。
北米投資家から日立製作所の事業ポートフォリオの見直しが評価されていましたが、日立製作所の過去5年間の研究開発費は年3,000億円程度で横ばいにとどまっています。
2023年度の研究開発費が1,000億円以上の企業のなかで2019~2023年度の研究開発費の伸び率が高い企業にはソフトバンクグループの+163%、リクルートHDの+139%、第一三共の+85%、ダイキン工業の+80%があります。
ただ、第一三共の2023年度の研究開発費は約3,650億円と、米国メルクの4.6兆円の10分の1以下なので、テクノロジー企業のみならず、製薬会社においても日米主要企業の研究開発費の格差は歴然としています。
経団連が「成長と分配の好循環」を促すための政策を提言
経団連が2024年12月に発表した「FUTURE DESIGN 2040『成長と分配の好循環』」(100ページ)は、増税について賛否両論を引き起こしましたが、中長期的な日本経済の姿を考えるのに役立つ内容でした。
経団連は、いまのままの財政運営では将来的に財政破綻が起こる可能性があり、日本でも所得格差が拡大しているとして、段階的に富裕層を含む上位層の所得税等の負担の拡充を行ない、2034年度には5兆円程度の税収を確保し、社会保険料抑制に充当すべきと提案しました。
楽天グループの三木谷浩史会長兼社長はこの富裕増税の提案に対して反発して、「日本は国際的にみて税率が高い。頑張って成功した人に懲罰的重税、正気か」とXへ投稿しました。
経団連は、世帯所得(再分配後)の中央値が、1994年の505万円から2019年に374万円に減少し、中間層が衰退していることを問題視しました。
若者は所得が増えていますが、将来不安から消費性向が低下しています。経団連は社会保険料負担の抑制により、現役世代の負担が軽減され、実質可処分所得が増加し、消費が拡大すると指摘しました。
経団連は政策が現状維持のケースと改革実現のケースに分けて、長期経済予想をつくり、後者では年平均GDP成長率で実質2%、名目3%が可能だとしました。2023年度に596兆円だった名目GDPは2030年度に前者で674兆円、後者で737兆円(2040年度には約1,000兆円)に増えると予想しました。
総人口は現状維持だと、2100年に6,300万人に半減してしまいますが、政策総動員で8,000万人維持を目指すべきとしました。
経団連は、総人口に占める外国人割合が2020年の2.2%から、2040年に5.2%に高まると予想しました。経団連は解雇規制の緩和を求めていませんが(解雇に関する紛争解決制度の比較表は掲載しました)、現行の労働基準法の使いづらさを指摘しました。
2019年に導入された「高度プロフェッショナル制度」(通称:ホワイトカラー・エグゼンプション)は、適用人数がわずか1,340人(労働者の0.005%)に過ぎません。ホワイトカラーに占める時間規制の例外措置対象者の割合は米国の55%に対して、日本は21%にとどまります。
日本人は日本悲観論が好き
日本人は元々自虐的な悲観論が好きですが、有名な経済学者である野口悠紀雄氏(84歳、一橋大学名誉教授)は近著『アメリカはなぜ日本より豊かなのか?』で、「米国の産業構造は日本に比べて遥かに収益力が高く、高度化している。
円安とはドルで評価した日本人の労働力の価値を低めることだ。日本は労働力を安売りして、企業利益を増やしてきた。
新しい産業をつくったり、技術を開発した結果、競争力が高まった訳ではない。長年の低金利の結果、収益率の低い対象への投資が増加し、企業の生産性が低下し、実質賃金が低下してきた」と警鐘を鳴らしました。
このような「米国称賛論&日本悲観論」を共有する日本の個人投資家が、米国への証券投資を増やしているのでしょう。
現在日本の自動車産業は、トランプ大統領の関税や中国自動車メーカーとの競争によって、厳しい局面に直面していますが、電機産業に次いで自動車産業も国際競争力を失えば、日本は観光産業だけに依存したポルトガルのような国になるとの指摘もあります。
実際にも、財政破綻の懸念で長期金利の急上昇や急激な円安が起きれば、アルゼンチンやトルコなどのような発展途上国になり下がるとの見方もあります。
円の対ドルレートは過去5年に5割近く減価しましたが、同期間にトルコリラは対ドルで約6分の1、アルゼンチン・ペソは約17分の1になりました。
日本の国際競争力低下は数字にも表れている
日本の国際競争力低下を示すデータは枚挙にいとまがありません。スイスのビジネススクールの国際経営開発研究所(IMD)の2024年の世界競争力ランキングで、日本は35→38位に落ちました。
このランキングで日本は1989~1992年は1位でした。日本生産性本部の「労働生産性の国際比較2024」で、日本の製造業の労働生産性はOECD加盟38カ国中2020年に1位でしたが、2022年に19位に落ちました。
産業全体の1人当たりの労働生産性も2023年に、1970年以降で最も低いOECD加盟38カ国中32位となりました。米国と比較した日本の労働生産性水準は、2000年に7割前後でしたが、2023年でみると55%前後に落ち込みました。
いまや日本の1人当たり所得が米国の半分以下というのは、日米の生産性格差の反映ともいえます。
日本の名目GDP(ドルベース)は2023年にドイツに抜かれ、2025年にはインドにも抜かれて、世界5位に転落する見込みです。日本は米国に勝てなくても、韓国にはまだ勝てるイメージがありましたが、1人当たり名目GDPの順位で、日本は2023年に韓国より低い22位に低下しました。
1人当たりGDPは、2009年までは日本がシンガポールを上回っており、また2014年までは日本が香港を上回っていましたが、2024年にはシンガポールの1人当たりGDPが日本の2.7倍、同香港が日本の1.6倍に達しました。
シンガポールと香港がアジアの国際金融センターになれたのは英語力が大きいですが、スイスのEFエデュケーション・ファーストによると、英語圏以外の国・地域の英語能力指数で日本は2024年に92位と、過去最低に沈みました。

著書に『低PBR株の逆襲』『米国株投資の儲け方と発想法』『相場を大きく動かす「株価指数」の読み方・儲け方』、『日本株を動かす外国人投資家の思考法と投資戦略』(日本実業出版社)、『アクティビストの正体』(中央経済社)、『良い株主 悪い株主』(日本経済新聞出版社)などがある。
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