創業時からの事業変遷
—— 業界に先駆けて取り組んでこられた「科学的介護」について、その背景や現在の全体像からお聞かせください。
株式会社アズパートナーズ 代表取締役・植村 健志氏(以下、社名・氏名略) 2017年頃にまで遡ります。実は、最初から「科学的介護」を掲げていたわけではありません。原点にあったのは、将来深刻化する介護業界の「人手不足」に対する強い危機感でした。
私たちが運営する介護付き有料老人ホームは、介護保険法で定められた人員配置基準を満たす必要があります。経営的な視点に立てば、例えば10人で行っている業務を8人、6人で遂行できれば人件費を抑制でき、収益改善に直結します。しかし、この業界では長らく、こうした「生産性向上」という考え方が根付いていませんでした。
特に負担が重いのが夜勤です。60〜70室の施設を4人体制で担当している場合、これを1人でも減らせれば経営上のインパクトは計り知れません。しかし、現場から聞こえてくるのは「4人でも大変だから5人、6人に増やしてほしい」という悲鳴にも似た切実な声です。
この「経営が求める効率化」と「現場の負担感」という、相反する課題を解決する道は「テクノロジーの活用」以外にない。私たちはそう確信しました。
当時、介護業界ではメーカーやベンダーが「こんなセンサーができました」「こんなソフトがあります」と、製品起点で提案する「プロダクトアウト」が主流でした。しかし、それでは本質的な課題解決には至らないと考えたのです。最も重要なのは、「どのようなサービスを提供したいか」「どのような世界を創造したいか」というビジョンを明確に描き、それを実現する手段として最適なシステムやセンサーを選択することなのだと。
まず徹底的に現場のヒアリングを行いました。「何が大変なのか」を一つ残らず洗い出してもらったのです。夜間の巡視やモーニングケア、食事の介助……。そうして浮かび上がった課題を一つひとつテクノロジーで改善し、同時に人員の最適化も実現できれば、経営と現場の双方にとって良い結果が生まれるはずだと考えました。
もちろん大前提として「ケアの質を高める」という一線は譲れません。効率化のためにサービスの質を落とすことは本末転倒です。
複数のベンダーに協力を仰ぎ、想いを伝え、議論を重ねました。そしてたどり着いた結論が、それまで個別に運用されていた
・見守りシステム
・介護記録ソフト
・ナースコール
を一つのオペレーションシステムに統合することでした。
特に画期的だったのは、全ての情報をスマートフォン一台で確認・操作できるようにした点です。従来の仕組みでは、利用者の状態を確認するために、わざわざ事務所のPCまで戻らなければなりませんでした。これでは業務効率は全く改善されません。
「歩きながら、仕事をしながら、手のひらで全てが完結しなければ意味がない」という現場の声に基づき、全ての情報をスマートフォンに集約したのです。
こうして2017年に完成したのが、自社のオペレーションシステム「EGAO link®」です。介護記録からナースコール、センサー情報まで、すべてをスマートフォンに統合したこのシステムは業界初の試みでした。
「EGAO link®」は、あくまで生産性向上を目的に導入したものでした。しかし、運用を始めるとすぐに、副次的でありながら極めて大きな価値が生まれていることに気づきました。それは、利用者の睡眠状態、服薬履歴、日々の活動、バイタルといった膨大なデータが、日々システムに蓄積されていくことです。
このデータを分析し、一人ひとりの利用者をより深く理解することで、次のケアへの「気づき」の質と量が格段に向上しました。これこそ、国が「LIFE(科学的介護情報システム)」を推進するよりも早く、私たちがデータに基づいたケア、すなわち「科学的介護」の扉を開いた瞬間でした。
結論として、私たちの科学的介護は「テクノロジーによる生産性向上」という現場課題の解決からスタートし、その結果として蓄積されたデータが、図らずも「科学的なケア」の実践へと繋がっていった。これが、私たちのたどった道のりです。
テクノロジーが拓く、若い世代が輝く未来の介護現場
—— 生産性向上という現場本位の発想が科学的介護に繋がったのですね。その思想は、若い人材が活躍する現場づくりにも通じているように感じます。
植村 おっしゃる通りです。根底にあるのは、常に「現場のケアスタッフを楽にさせたい、彼らにゆとりと笑顔を生み出したい」という想いです。「EGAO link®」という名前もそこに由来します。現場が疲弊していくこの業界の構造自体を変えなければ、サステナブルではないと強く感じていました。
介護業界には、仕事の意義ややりがいを求め、本当に志の高い若者がたくさん入ってきてくれます。しかし、その多くが2年、3年と経つうちに心身ともに疲弊し、業界を去ってしまう。この現実を目の当たりにし、何とかしなければ日本の介護は立ち行かなくなると危機感を覚えました。
この業界には、長年の経験を持つ「匠」のようなベテランスタッフを重宝する風潮があります。もちろん、そのスキルは尊いものですが、介護保険制度上は、匠であろうと新卒であろうと「スタッフ1人」というカウントは変わりません。
経験の浅い若い人たちが、明るく元気に、長く働き続けられる業界にしなければならないと考えました。若い世代が介護業界に魅力を感じない理由の一つは、旧態依然とした働き方や生産性という概念からほど遠い労働環境です。
「EGAO link®」によって目指したのは、その変革でした。スマートフォンとインカムを身に着け、スマートに働く。そんな「新しい介護のスタイル」を確立し、発信することで、旧来の3K(きつい、汚い、危険)のイメージを刷新できるのではないか。そう考えたのです。
この取り組みの結果、ありがたいことに、私たちの想いに共感してくれる若い世代が数多く集まってくれるようになりました。ここ数年、毎年170名を超える新卒社員を迎えることができているのは、単に新しいシステムがあるからだけではありません。「仕事を楽しもう」「新しいことにチャレンジしよう」「この業界を、そして社会を変えていこう」という、会社全体の風土や文化が、彼らに響いているのだと信じています。
業界のリーダーとして示す、真のDX活用術
—— 「業界を変える」というお話が出ましたが、御社から見て、業界全体が抱える課題、そしてその中でアズパートナーズが描く未来とはどのようなものでしょうか。
植村 最近では「介護DX」という言葉も浸透し、多くの事業者がIT機器の導入を進めています。これは非常に良い傾向です。しかし、残念ながら「高価な機器を導入すれば、魔法のように現場が変わる」と勘違いしている企業が少なくないのが実情です。
例えば、パラマウントベッド社の「眠りCONNECT」という優れた見守りシステムがあります。これを導入する事業者は増えましたが、その多くが、それを活用して「どうオペレーションを改善し、どう人員体制を最適化するか」という最も重要な部分まで踏み込んでいません。
なぜそう言えるかというと、大手を含め、多くの同業他社が数カ所のホームで導入を試みた後、全ホームへの展開を中断してしまっているからです。これは、導入したものの現場のオペレーションを改善しきれなかった、効果を実感できなかったことの証左だと考えています。
なぜうまくいかないのか。最大の理由は、経営と現場の間に生じる溝です。経営側がトップダウンで「このセンサーを入れろ」と指示しても、現場は「また仕事を増やすのか」「これを導入して、さらに人を減らすつもりなのか」と反発します。今でさえ大変なのに、これ以上負担が増えることへの拒否反応が起こり、結局、導入がうまくいかないのです。
私たちは現在30数カ所の全ホームに「EGAO link®」を導入し、運用しています。それが可能なのは、導入によって明らかに生産性が向上するという確信があるからです。そして、その成功の鍵は、導入時に経営と現場が「これを導入することで、現場はこんなに楽になるんだ」「ケアの質がこんなに上がるんだ」という未来の景色を共有し、共に汗を流してきたからです。
もちろん、導入当初は私たちも現場からの批判や抵抗がありました。変化についていけず、退職してしまった高齢のスタッフもいます。しかし、「こういう景色を創るんだ」という強い信念を持って、経営と現場が一体となって進めること。これこそが、真のDX成功に不可欠だと断言できます。
私たちは、上場したこともあり、今では多くの同業他社様からお問い合わせをいただくようになりました。自社のホームをすべてオープンにし、取り組みやオペレーションを包み隠さずお見せしています。成功事例だけでなく、失敗談や現場とどう向き合ってきたかという生々しい話もすべて共有し、「一緒に業界を盛り上げていきましょう」と呼びかけています。
自社だけが良ければいい、という時代ではありません。業界全体が魅力的な職場にならなければ、日本人も、そして今後検討が必要になるであろう外国人の人材も集まってはくれません。この業界を変えるムーブメントを、私たちが率先して起こしていきたいと考えています。
シニアと不動産を両輪に、その先の成長へ
—— 業界全体を牽引する力強いお考え、ありがとうございます。時価総額100億円という一つの節目を迎えられましたが、次のステージをどのように見据えていらっしゃいますか。
植村 株価や時価総額は、私たちが事業をしっかりと成長させ利益を出し続けた結果として自ずとついてくるものだと捉えています。特定の数字を意識するというよりは、社会のニーズに応え、着実に利益を出し、成長し続けることに全力を注いでいきたいです。
企業が成長できるかどうかは、いかに社会のニーズに応えられるかにかかっています。その点において、私たちが主軸とするシニア事業、特に介護付きホームとデイサービスの需要は、今後も底堅いものがあります。
まずは首都圏エリアを中心に、サービスの質を落とすことなく、着実に事業所を増やしていく計画です。将来的には、M&Aなども視野に入れつつ、チャンスがあれば地方の主要都市への展開も考えています。
現在は、このシニア事業と不動産事業が成長の両輪となっていますが、これだけ多くの若いスタッフが入社してくれている中で、彼らがさらに輝ける新しいステージを用意したいという想いも強く持っています。
「EGAO link@」を中心としたシステム開発や周辺事業の展開など、第三、第四の柱となるような新しい事業を常に模索しています。既存事業で安定的な収益基盤を固めながら、新たな挑戦によって会社全体の成長を加速させていく。そんな未来を描いています。
すべての原動力は「従業員のために」
—— 最後に、植村社長ご自身が経営者として大切にされている信条や読者へのメッセージをお聞かせください。
植村 創業以来、そしてこれからも変わらない信条は、非常にシンプルです。それは「赤字を出さず、絶対に潰れない会社を作ること」。
なぜなら、それが従業員が安心して働き続けるための大前提だからです。現在、1700名を超える従業員がいますが、彼らが輝いて働くためには、まず安心して働ける環境を会社が提供しなければなりません。
その上で「この会社にいてよかった」「アズパートナーズだからこそ、夢を持って働ける」と、一人ひとりが心から思えるような会社でありたいのです。
特に、数ある企業の中から当社を選んで入社してくれた新卒の若者たちに対しては、その想いは一層強くなります。彼らが数年後、数十年後に「この会社に入って本当に良かった」と言ってくれること。それが、私にとって経営者として何よりの喜びであり、目標です。
そのために必要なのは、小手先の福利厚生ではなく、質の高いサービスを提供し、会社として正々堂々と成長し続けることだと信じています。
従業員が仕事を楽しむ。その結果、個々が成長する。そして、会社が成長する。
このポジティブな循環を生み出し続けることこそが、私の使命です。最初の質問にお答えした「EGAO link®」も、突き詰めれば、従業員の笑顔と安心のために生まれました。これからも、すべての従業員が誇りを持って働ける会社であり続けるために、挑戦を続けていきます。
※ 2025年7月取材時点
- 氏名
- 植村 健志(うえむら けんじ)
- 社名
- 株式会社アズパートナーズ
- 役職
- 代表取締役

