
この記事は2025年8月21日に「テレ東BIZ」で公開された「リゾート開発で最高業績! 世界が唸る感動体験の作り方」を一部編集し、転載したものです。
目次
奈良に世界的ラグジュアリーホテル~独創的ホテルの仕掛け人
夜の楽しみが少なく「日帰りの街」と言われていた奈良に異変が起きている。
奈良市を見下ろす若草山の山頂からたそがれ時の絶景を楽しむ人気のツアーは「奈良若草山トワイライト・夜景観賞バス」(8月の土日に運行)。市内で人々を楽しませるのは、無数のロウソクの明かりで夜の奈良を彩る「なら燈花会(とうかえ)」(今年のイベントは終了)だ。夜の東大寺では夏の夜間参拝が行われていた。昼も夜も楽しめる観光資源が見直され、今、奈良に宿泊客が増えているという。
県知事公舎だった歴史的風情のある建物は、1951年、奈良に滞在していた昭和天皇がサンフランシスコ平和条約への批准書に署名した歴史の舞台となった場だ。だが、入口に「ラグジュアリーコレクション」と書かれた真新しい看板が掲げられている。
▼入口に「ラグジュアリーコレクション」と書かれた真新しい看板が掲げられている

「ラグジュアリーコレクション」は、世界的なホテルチェーン「マリオット」が展開する高級ホテルブランド。世界40の国と地域にあり、それぞれ各国のオンリーワンの景観を楽しめる選りすぐりの物件を集めたブランドだ。
県知事公舎を含むこのエリアは2023年に改修され、「マリオット」の「紫翠(しすい)ラグジュアリーコレクションホテル 奈良」として営業を行っている。
さまざまな大きさの客室は、どれも隣接する奈良公園の緑に囲まれ歴史を感じさせる。敷地内に立つ蔵は、中をおしゃれに改装し、腕利きの職人が絶品のネタを振る舞う鮨&バーに。さらに、かつては寺だったという建物はカフェレストランに。奈良の風情を満喫できる空間として人気の場所になっている。
▼かつては寺だったという建物は奈良の風情を満喫できる空間として人気の場所になっている

全国でも宿泊施設が少なかった奈良に今までにない外資系ホテルを作り出したのは、森トラスト社長・伊達美和子(54)。今、日本各地に独創的なホテルを次々に生み出している。
森トラストは、「港区の大家」と呼ばれるほど都心にオフィスビルを保有する不動産デベロッパー。その数64施設、総資産は1兆6,000億円を超えている。
伊達は後継者として2016年、父・森章から社長を譲られた。その後、ホテル&リゾート事業に注力、次々と外資系ブランドと提携し、飛躍的に業績を拡大させてみせる。わずか8年で森トラストの売り上げを倍増させた豪腕だ。
世界を魅了“感動宿”のつくり方~伊達流「勝つホテルづくり」とは

勝つホテルづくり1~“360度ニッポン”を探せ!
伊達が今、狙いをつける岐阜・高山市。まだ近隣にラグジュアリーホテルはほとんどないエリアだ。
実はすでにホテルの候補地として町屋と蔵を買い取っていた。建てられて100年以上。以前は、地元の酒蔵が所有していたものだというが、伊達はここを外資系ラグジュアリーホテルにすると決断していた。
その理由は、純和風の建物と、歴史的町並みの重要保存地区から100メートルも離れていない「他にない立地」だという。
「歩いていると町並みに入り込んだ感じがします。360度を見渡しても昔の町並みを楽しみながら日常の買い物も楽しめる場所は、日本国内では限られています」(伊達)
究極の日本を味わえる場所。そここそが海外ブランドのホテルが最大の価値を生む場所だと、伊達は考えている。
その手法で大成功を収めたホテルが京都・嵐山にある。渡月橋を超えると川べりに門が見えてくる「翠嵐(すいらん)ラグジュアリーコレクションホテル 京都」だ。
▼海外の顧客から熱狂的な支持を集めている「翠嵐ラグジュアリーコレクションホテル 京都」

この宿は、アメリカの権威ある旅行雑誌「コンデナスト・トラベラー」のランキングで6年連続「日本のトップホテル1位」を獲得するなど、海外の顧客から熱狂的な支持を集めている。
かつて川崎重工創業者の別荘として建てられた建物を森トラストが改修したのだが、「もともと『亀山殿(かめやまどの)』と呼ばれる離宮があった場所なので、四季折々の景色を一番楽しめます」(「翠嵐ラグジュアリーコレクションホテル 京都」・松波美宇)と言う。
「最上級の日本」と「海外ブランド」のタッグが世界をつかむ、勝ちパターンなのだ。
勝つホテルづくり2~“創業130年”に新たな客を呼べ!
軽井沢で伊達が再生して人気を呼んでいるのが国の登録有形文化財にも指定される「万平(まんぺい)ホテル」だ。ジョン・レノンが来日時に過ごしたお気に入りの宿としても知られている。
▼軽井沢で伊達さんが再生して人気を呼んでいる「万平ホテル」

「万平ホテル」の創業は1894年。1997年に森トラストが取得し、経営してきた。
「昭和11年に建てた木造なので老朽化しており、なかなか大変な話でした」(伊達)
低迷していた「万平ホテル」に大勢の新たな客が押し寄せているのは、2024年に伊達が行った大規模なリニューアルの成果だ。
例えば伊達のアイデアで作られた大きなガラスで外の緑を味わえる「ダイニングテラス」。
「以前は『レストランの延長線上の屋内』という空間だったと思います」(伊達)
レストランの窓ぎわ席にすぎなかった場所を、伊達は全く別の空間として改修。特注の大きなガラスを入れ、軽井沢の自然を満喫できる人気席に変えた。
▼特注の大きなガラスを入れ軽井沢の自然を満喫できる人気席に変えた

さらに伝統的な客室にも新たな客を呼び込むため、緻密な改修を行った。例えば寝室が広かった部屋を、ベッドの向きを変えて間仕切りを移動して寝室をコンパクトに。窓際のリビングを大幅に拡大した。ニーズの増える長期滞在客向けの快適な空間に変えたのだ。
一方、別の建物「愛宕館」ではすべての客室に温泉を導入した。
「冬も『万平ホテル』、軽井沢でゆっくり滞在してもらうきっかけになると思い取り入れました」(伊達)
温泉目当ての新たな顧客も増え、稼働率はアップ。宿泊客の客室単価はリニューアル前の倍近くになったという。
勝つホテルづくり3~眠れる資源を地域の宝に!
長崎にある赤れんがの洋館は、伊達が2024年にオープンさせた外資系のラグジュアリーホテル「ホテルインディゴ長崎グラバーストリート」だ。古くは修道院だった歴史的建築をホテルに改修した珍しさで海外からの客にも人気を呼んでいる。かつて聖堂だった空間は美しいレストランに一変した。
▼「ホテルインディゴ長崎グラバーストリート」かつて聖堂だった美しいレストラン

建物は数年前まで児童養護施設として使われていたが、老朽化が深刻な状態だった。
「耐震化の問題で、長崎市にも『売却してどこかへ移転したい』と伝えていました」(児童養護施設「マリア園」・赤岩保博施設長)
国が指定する重要伝統的建造物群保存地区にある建物だが、行政も買い取るには莫大な金額がかかると躊躇。救世主が森トラストだった。
「耐震工事はすごかった。私としては非常に良かったと思っています」(赤岩さん)
地域に愛されてきたれんが造りの建物を高級ホテルに生まれ変わらせることで次の時代に残していこうというのが伊達の提案だった。
れんが造りの外観を保存するため、壁を残したまま細心の注意を払い、さまざまな部材を組み上げていった。ただれんがが積まれただけだったのを、「中に細くてかたい柱を何本も入れて壁自体を強くした。森トラストとしても初めての取り組みでした」(森トラスト・益谷哲郎)。
正面の石畳も一枚一枚に番号を振って、工事後、全く同じ位置に戻した。
こうして2年半に及ぶ難工事の末、美しいホテルへと生まれ変わらせることに成功した。
▼地域に愛されてきたれんが造りの建物を美しいホテルへと生まれ変わらせることに成功した

近隣に住む桐野耕一さんは「良いもの残してくれたな、と。「いい街」には「いいホテル」が必ずある。200年、300年続いてくれたら地域の宝です」と言う。
“総資産1兆円”の後継者~小学生でリゾート開発に感動
森トラストの本拠地は東京・港区。伊達の祖父、森泰吉郎は新橋で不動産業を起こし、一代でデベロッパー「森グループ」を作り上げた。その息子兄弟、稔と章が現在の森ビルと森トラストに分かれ、さらにそれぞれを発展させていく。
小学生時代の伊達が父親からホテル事業の醍醐味を教えられた場所がある。
「最初に開業したのが『ラフォーレ修善寺』。一番思い入れのある場所です」(伊達)
1976年に森章が伊豆・修善寺の山中にオープンさせた広大なリゾート施設「ラフォーレ修善寺」。大企業をターゲットにした日本初の法人向け会員制リゾートホテルというビジネスモデルで、全国へ拡大させることに成功する。
伊達の記憶に焼き付いたのは、父親に連れられた小学生の時の修善寺の光景だ。広大な敷地ではさまざまな建設工事が行われ、訪れるたびに真新しい建物が増えていった。
「毎年行くと、次々と建物ができて、変化していくんです。何か付加価値を投じれば変わることを、そこで学びました」(伊達)
何もないところに価値を生み出す。伊達は父の仕事を目の当たりにする中で、リゾート開発の醍醐味に魅せられていった。
小学生時代の体験から40年。今、伊達が修善寺で熱心に行っているのが「ラフォーレリゾート修善寺」のリニューアルだ。開業以来、親しまれてき広い客室を一変させているという。
例えばフルリニューアルした「山紫水明(さんしすいめい)」という客室は、少人数での宿泊が多い今のニーズに合わせ、部屋を2部屋に分け、半分の広さにした。その一方、ベランダには部屋ごとに気持ちのいい温泉・露天風呂が設けられた。
▼「ラフォーレリゾート修善寺」部屋ごとに気持ちのいい温泉・露天風呂が設けられた

さらに、敷地内に全長365メートルの家族で楽しめる大迫力のジップラインを作った。
家族連れの客の中にはオープン当初からの常連もいる。40年にわたる付加価値づくりが今日も人々を楽しませていた。
最新ビルも観光資源に?~江戸文化のミュージアム
東京の都心とは思えない静かな佇まいを見せる港区の赤坂氷川神社。境内の倉庫には、江戸時代から伝わる「江戸型山車」という、人形が載った珍しい山車が保存されている。からくり式で高さが変えられ、人形が約8メートルの高さまで伸びる。全国的にも貴重なものだという。
「人形が残っていたのが9体。山車1本を修復するのにもかなりの金額がかかるので、1本、2本を修復して巡行するぐらいでした」(「赤坂氷川神社」禰宜・惠川義孝さん)
江戸から明治にかけて東京中に同じような山車があったが、関東大震災や空襲で壊滅状態に。氷川神社では残った貴重な山車を少しずつ修復してきたが、壊れたままのものが大半だったという。
だが、状況が一変し、「非常に地域としてもありがたいこと」(惠川さん)と言うのだ。
神社から徒歩5分、2025年秋にオープン予定の巨大なビルは、伊達が10年越しに進めて来た大型案件「東京ワールドゲート赤坂」。地上43階・地下3階建てで高層フロアにはホテルが入る複合ビルだ。
森トラストはその1階に、氷川神社の山車を修復して並べ、江戸文化を伝えるミュージアムを作るという。
「すごく貴重なものだと思います。いつでも見られるようにしましょうと、この場所をつくった。今は台輪しかないんですけど、2階から人形を見ることができる設計です」(伊達)
▼「いつでも見られるようにしましょうと、この場所をつくった」と語る伊達さん

外に面した1階部分をテナントに貸すのではなく、森トラストが修復費用を負担した山車5台のうち数台を展示予定。祭りの時には神社に戻し、赤坂周辺を練り歩くことになる。
「地域に『あったらいい』という求められた施設をつくることによって、地域の活性化にもつながるし、観光資源の一つになると思います」(伊達)
長年、港区を地盤に成長してきた森トラスト。伊達の地域への思いが込められている。
~村上龍の編集後記~

人口減でオフィス需要の縮小を予想し、ホテル事業にシフトしているという印象を受ける。外資系としては珍しく、地方ホテルに温泉を完備。裸での入浴に抵抗がある外国人富裕層に対し、温泉付きの個室を準備する。
父親が作った「ラフォーレ倶楽部」の影響を受けていると思う。日本で初めての法人会員を対象にした、その施設の第一号となった修善寺のホテルの立ち上げを、幼いころに彼女は見た。「ホテルを作りたい」という気持ちが生まれた。伊達さんには、ホテル事業に関する知識が、細かい数字を含めてすべて入っている。