この記事は2025年9月19日に配信されたメールマガジン「アンダースロー:日銀の利上げには三つの逆風」を一部編集し、転載したものです。

アンダースロー
(画像=years/stock.adobe.com)
  • 日銀の利上げ再開の逆風の一つ目は政治である。石破政権が退陣して、新政権の経済政策の基本方針が変化すれば、日銀の金融政策に影響を与えるのは当然だ。日銀にあるのはすべての制約から自由な「独立性の担保」ではなく、「自主性の尊重」であり、政府の「政府の経済政策の基本方針と整合的」な金融政策運営が求められているからだ。リベラル派・財政健全化優先の石破政権から、保守派・積極財政の新政権に転じれば、日銀は1年間の金縛りにあう可能性が出てくる。新政権の方針が「高圧経済」となるからだ。政府との共同目標である「2%」の物価安定の解釈も、「2%ジャスト」ではなく、「2%台」と変化する可能性もある。実質賃金が上昇していれば、目標の解釈の変化の悪影響は小さい。中道派が勝利をすれば、来年1月の利上げの予想に変化はないだろう。利上げの必要性を主張するタカ派の二名の審議委員の意見が多数となるにはまだ時間がかかるだろう。

  • 二つ目の逆風は、物価上昇率の減速である。8月のグローバル・コア消費者物価指数(除く食料・エネルギー)は前年同月比+1.6%と、14か月連続で+1.6%前後で極めて安定し、物価の基調的な上昇率は2%の物価安定目標を下回り、加速感はない。日銀は、成長ペースの鈍化による物価の基調的な上昇率の伸び悩みは想定しているが、人手が設備投資によって資本に代替されることによる下押しの影響を軽視している。実質設備投資のGDPに占める割合で示す設備投資サイクルは大きく上向き、なかなか打ち破れなかった天井の17%に近づいてきた。AI、DX、ロボティクスなどによる民間のイノベーションを日銀は過小評価している。その過小評価が、物価上昇にたいする過度な懸念を生み、利上げに邁進していけば、民間の投資意欲は減退してしまう。労働生産性の上昇の機会を逸し、成長と賃金上昇の好循環の芽を摘んでしまうリスクがある。経済成長ペースの一時的な鈍化だけではなく、人手不足を緩和する資本代替の日銀の想定以上の構造的な進行によって、物価上昇率は1%前半まで減速し、日銀の利上げの逆風になるとみられる。

  • 三つ目の逆風は、利上げよりも、これまでの非伝統的な金融政策からの脱却を優先する必要があることだ。日銀の保有ETF等の処分に関する決定が公表された。「市場の情勢を勘案し、適正な対価による」、「日本銀行の損失発生を極力回避する」、「市場に攪乱的な影響を与えることを極力回避する」、との基本方針の下、「金融機関から買入れた株式」の売却と同程度の規模で市場へ売却することを決めた。また、市場の状況に応じ、売却額の一時的な調整・停止を行うことができることや、売却ペースを見直すことがありうるとし、市場の安定に配慮したうえで、所要の準備が整い次第、処分を開始する予定である発表した。「金融機関から買入れた株式」の処分がそうであったように、株式市場への影響は限定的であるとみられる。日銀は、利上げを急ぐより、保有ETFの処分や国債買いオペの減額など、金融政策の正常化の動きを優先していくとみられる。


9月の金融政策決定会合で、日銀は政策金利(無担保コールレートオーバーナイト物)を0.5%へ据え置いた(7対2、反対:田村委員、高田委員)。トランプ米政権の関税率引き上げなどにより、グローバルな景気減速が見込まれる。相互関税は25%から15%に引き下げられたが、0.5%程度の潜在成長率なみの実質GDP成長率の下押し圧力が逆風となる状況に変わりはない。日銀は、経済・物価の動きを「予断を持たず点検していく」と述べてきた。「各国の通商政策等の今後の展開やその影響を受けた海外の経済・物価動向を巡る不確実性は高い状況が続いており、その金融・為替市場や我が国経済・物価への影響については、十分注視する必要がある」と判断している。トランプ関税の影響もあり、「成長ペースは鈍化する」とし、警戒感を引き続き示している。内田副総裁も、「上振れ・下振れ双方向のリスクに対して最も中立的な立ち位置に調整する必要がある」と述べている。現在のところのメインシナリオは、内外需ともに大きく落ち込まず、深い景気後退には陥らず、展望レポートでその蓋然性が高いことを確認し、最速で来年1月の利上げの再開である。あくまで最速で、政治・経済状況によっては、再開が遅れることも十分考えられる。

日銀の利上げ再開の逆風の一つ目は政治である。日銀にあるのは「独立性の担保」ではなく、「自主性の尊重」である。日銀法第三条には、「通貨及び金融の調節における自主性は、尊重されなければならない」とされている。政府も含めた経済政策の枠組みの中の「自主性」であり、すべての制約から自由な「独立性」があるわけではない。理由は、日銀法第四条に、「その行う通貨及び金融の調節が経済政策の一環をなすものであることを踏まえ、それが政府の経済政策の基本方針と整合的なものとなるよう、常に政府と連絡を密にし、十分な意思疎通を図らなければならない」とあるからだ。石破政権が退陣して、新政権の経済政策の基本方針が変化すれば、日銀の金融政策に影響を与えるのは当然だ。リベラル派・財政健全化優先の石破政権から、保守派・積極財政の新政権に転じれば、日銀は1年間の金縛りにあう可能性が出てくる。新政権の方針が「高圧経済」となるからだ。政府との共同目標である「2%」の物価安定の解釈も、「2%ジャスト」ではなく、「2%台」と変化する可能性もある。実質賃金が上昇していれば、目標の解釈の変化の悪影響は小さい。中道派が勝利をすれば、来年1月の利上げの予想に変化はないだろう。利上げの必要性を主張するタカ派の二名の審議委員の意見が多数となるにはまだ時間がかかるだろう。

日銀の利上げ再開の逆風の二つ目は物価上昇率の減速である。8月のグローバル・コア消費者物価指数(除く食料・エネルギー)は前年同月比+1.6%と、14か月連続で+1.6%前後で極めて安定し、基調的な物価上昇率は2%の物価安定目標を下回り、加速感はない。日銀は、「消費者物価の基調的な上昇率は、成長ペースの鈍化などの影響を受けて伸び悩むものの、その後は、成長率が高まるもとで人手不足感が強まり、中長期的な予想物価上昇率が上昇していくことから、徐々に高まっていく」と予想している。日銀は、成長ペースの鈍化による物価の基調的な上昇率の伸び悩みは想定しているが、人手が設備投資によって資本に代替されることによる下押しの影響を軽視している。氷見野副総裁は、「経済の供給力と需要との関係を示す「需給ギャップ」は、ゼロ近傍、すなわち、供給力と需要はおおむね見合っている、と推計されています。しかし、「短観」への回答をみると、生産設備の余裕はあまりなく、人手は大変に不足している、という結果になっています。しかも、業種ごとに、生産設備と人手がどれだけ代替的かを推計すると、宿泊・飲食サービスなど非製造業業種を中心に代替性が低い業種がかなりあるという結果になりました 。人手不足を設備の拡充で補うことに限界がある場合もあるようなのです。」と指摘している。

政府は、人への投資、グリーン、経済安全保障など市場や競争に任せるだけでは過少投資となりやすい分野について、官が的を絞った公的支出を行い、これを呼び水として民間投資を拡大させる取り組みを行ってきた。人手不足によって事業を維持・拡大できない危機感もあり、人手がかからないように設備を更新・拡大する投資も生まれてきている。実質設備投資のGDPに占める割合で示す設備投資サイクルは大きく上向き、2025年4-6月期には16.6%まで改善してきた。設備投資サイクルは、なかなか打ち破れなかった天井の17%に近づいてきた。新政権では、投資した初年度に減価償却費を一括計上できる投資減税が実施される可能性もある。AI、DX、ロボティクスなどによる民間のイノベーションを日銀は過小評価している。その過小評価が、物価上昇にたいする過度な懸念を生み、利上げに邁進していけば、民間の投資意欲は減退してしまう。労働生産性の上昇の機会を逸し、成長と賃金上昇の好循環の芽を摘んでしまうリスクがある。経済成長ペースの一時的な鈍化だけではなく、人手不足を緩和する資本代替の日銀の想定以上の構造的な進行によって、物価上昇率は1%前半まで減速し、日銀の利上げの逆風になるとみられる。

日銀の利上げ再開の逆風の三つ目は、利上げよりも、これまでの非伝統的な金融政策からの脱却を優先する必要があることだ。日銀の保有ETF等の処分に関する決定が公表された。「市場の情勢を勘案し、適正な対価による」、「日本銀行の損失発生を極力回避する」、「市場に攪乱的な影響を与えることを極力回避する」、との基本方針の下、「金融機関から買入れた株式」の売却と同程度の規模で市場へ売却することを決めた。また、市場の状況に応じ、売却額の一時的な調整・停止を行うことができることや、売却ペースを見直すことがありうるとし、市場の安定に配慮したうえで、所要の準備が整い次第、処分を開始する予定である発表した。「金融機関から買入れた株式」の処分がそうであったように、株式市場への影響は限定的であるとみられる。日銀は、利上げを急ぐより、保有ETFの処分や国債買いオペの減額など、金融政策の正常化の動きを優先していくとみられる。


会田 卓司
クレディ・アグリコル証券 東京支店 チーフエコノミスト
松本 賢
クレディ・アグリコル証券 マクロストラテジスト

本レポートは、投資判断の参考となる情報提供のみを目的として作成されたものであり、個々の投資家の特定の投資目的、または要望を考慮しているものではありません。また、本レポート中の記載内容、数値、図表等は、本レポート作成時点のものであり、事前の連絡なしに変更される場合があります。なお、本レポートに記載されたいかなる内容も、将来の投資収益を示唆あるいは保証するものではありません。投資に関する最終決定は投資家ご自身の判断と責任でなされるようお願いします。