この記事は2026年2月6日に三菱UFJ信託銀行で公開された「不動産マーケットリサーチレポートvol.297『都市型研究施設(賃貸ラボ)の動向』」を一部編集し、転載したものです。


都市型研究施設(賃貸ラボ)の動向
(画像=KM/stock.adobe.com)

目次

  1. この記事の概要
  2. はじめに
  3. 東京から横浜にかけての複数のオフィスビルで一部ラボ対応可に
    1. オフィスビルでのラボ対応可物件が増加
    2. 東京湾岸~川崎~横浜に展開する背景
    3. 不動産会社に見る特徴的な動き
  4. 大企業が先端分野のR&D施設を賃貸ラボに移しはじめている
    1. 大企業が利用する背景
    2. ケーススタディ~企業戦略の一環で都心部にR&D施設を開設した例
  5. 賃貸施設としてラボ・物流施設・工場の複合化も見込まれる

この記事の概要

• 首都圏ではオフィスビルからの一部仕様変更による賃貸ラボの募集が増加
• 賃貸ラボは大企業の先端研究分野の研究施設にも利用される
• 賃貸施設としてラボ・物流施設・工場の複合化も見込まれる

はじめに

このレポートは、2024年9月に発行した都市型研究施設に関するレポートの続編<1>にあたる。都市型研究施設として提供される賃貸ラボの最近の動向を紹介するとともに、ラボを賃借する可能性のある企業が抱える背景について考察する。

さらに、賃貸ラボを含む事業施設の将来的な展開についても考察する。

東京から横浜にかけての複数のオフィスビルで一部ラボ対応可に

オフィスビルでのラボ対応可物件が増加

図表2は、2025年に弊社にて確認されたウェットラボの賃貸募集事例である。ウェットラボとは、化学物質や生物を扱った実験等を行うことができる施設のことである。

表中の「R&D区画」列で「メイン」と表示されている物件は、建物のほぼ全体がウェットラボとして利用可能な仕様になっているものである。一方、昨年から顕著になってきたのは、建物内の一部にウェットラボとして使用可能な区画を設ける「対応可」物件の募集である。

「対応可」物件の中には、新築時からそれを企図して設計されたものがある。例えば、事例6は羽田空港に隣接した複合用途の大型施設であり、一部には医療関連の研究施設が入居するほか、機械技術系のR&D施設としても利用されている。

都市型研究施設(賃貸ラボ)の動向
(画像=三菱UFJ信託銀行)

1:Vol.255 2024年9月24日「都市型研究施設がもたらす新しい企業R&D

一方で、主にオフィスとして使用されてきた物件の一部に、ウェットラボ対応区画を設ける例もある。例えば、事例4は2006年竣工のオフィスビルだが、R&D対応区画には医療系ベンチャー企業が複数入居しているようである。事例7は、1988年竣工のオフィスビルだが、一部の階をR&D用に用途転換して供用を開始している。

ウェットラボを設置するには、実験装置の荷重に耐えられるだけの床荷重が必要である。また、専用の排水設備や排気設備のための配管も追加で必要となる。これらを満たすためには、もともと設備追加スペースの余裕を持つ大型ビルが、対象となりやすい。

ラボ対応可のビルの募集方法は、対象個所を明示せずに応相談とするものから、R&D対応区画を明示するものまでさまざまである。後者の場合は、ビルのワンフロアから、多いものでは複数階にわたり全体の3割程度を対象とするものもある。R&D予定区画には先行して給排水管の敷設工事を済ませている物件もある。

都市型研究施設(賃貸ラボ)の動向
(画像=三菱UFJ信託銀行)

東京湾岸~川崎~横浜に展開する背景

首都圏におけるラボ対応可の物件は、東京湾岸から川崎、横浜まで展開されているが、これには、以下の背景が考えられる。

①自治体によるR&D支援

神奈川県、横浜市、川崎市などは、従来から企業のR&D拠点の誘致に積極的に取り組んできた。古くは神奈川県が主導する「かながわサイエンスパーク」が1989年に開設された。横浜市主導の施設では、横浜新技術創造館が2003年から開館しており、これらの2施設では民間企業に賃貸ラボを提供している。

川崎市主導のプロジェクトでは、2010年頃から国際戦略拠点「殿町キングスカイフロント」の開発を進めており、ライフサイエンス、環境・エネルギー技術、ヘルスケア等、ウェットラボを必要とするような企業の研究施設が集積するエリアを形成している。

これらの取り組みが研究開発を支える基盤となり、大企業からスタートアップまで幅広い企業にとって、当該地域がR&D拠点を設置する場所として注目されていると思われる。

上記に加えて、羽田空港へのアクセスが良い物件では、国内外の多様な人材とのネットワーク形成の利点を訴求するケースも見られる。

②賃料水準

2026年1月現在の賃貸ラボの募集賃料は、物件によって差があるものの、床坪当たり1~2万円台のものが多いとされる。東京都心部のオフィスビルの新規成約賃料の多くが坪3万円を超える中で、東京湾岸沿いのエリアのオフィスは1~2万円台の水準となっている。しかし、この賃料差を踏まえても、湾岸エリアのオフィスは都心部に比べてテナントの引き合いが強くない傾向にある。既存ビルまたは計画中ビルの事業者にとって、R&D区画の設置はテナント企業の需要層を広げビルの稼働率向上につなげる切り札となっていると考えられる。

不動産会社に見る特徴的な動き

賃貸ラボ事業においては、大手デベロッパー間で重点地域や戦略が分かれていることが興味深い。三井不動産は、東京湾岸(図表2の事例1,2)や千葉県柏の葉にて集中的に開発を行うほか、その他の都市や海外にも展開する。

大和ハウス工業は、羽田空港付近の官民連携の開発プロジェクト(事例6,9)に参画しながら賃貸ラボ事業を推進している。

野村不動産は、運営する横浜ビジネスパークの既存棟(事例12)にR&D区画を設けつつ、隣接地にラボメインの新棟(事例13)を建設中である。

ヒューリックは、川崎市の南渡田地区において、JFEスチール東日本製鉄所跡地の開発に共同事業パートナーとして参画する。主に研究施設として開発する予定であり、賃貸ラボの提供も見込まれている。

不動産ファンドによる賃貸ラボ運営の動きも見られ始めている。EGWアセットマネジメントは、2025年に日本国内の賃貸型R&D施設に特化したブランド「GRC」を立ち上げ、ファンドによってオフィスビルを3棟取得した(事例5,10,他)。これらの空き区画を順次ラボ仕様に転換して運営していくと発表している。

大企業が先端分野のR&D施設を賃貸ラボに移しはじめている

大企業が利用する背景

賃貸ラボは、スタートアップ企業に加え、大企業による活用も広がりつつある。従来は工場に併設した施設や独立した大型施設を、研究施設として保有することが一般的であった。しかし近年では、先端研究分野において、人材を集めやすく、パートナーとの共創を促進しやすいロケーションに、小規模であっても利便性の高いラボを開設する動きが見られる。

例えば、2025年には自動車メーカーが、都心部の竣工間もない大型ビル内にソフトウェアやAIの開発拠点を設ける事例が相次いだ(図表3)。デジタル系の開発拠点であるためウェットラボに求められるような設備面の制約は少ないと思われ、優秀な人材を惹きつける目的で、都心にある利便性の高いビルを選択できたと考えられる。

都市型研究施設(賃貸ラボ)の動向
(画像=三菱UFJ信託銀行)

一方、ウェットラボを利用するような企業にとっては、各種設備面での配慮が必要なラボの開設には検討すべき事柄が多い。しかし、生産拠点の再編や既存ラボの老朽化への対応を迫られることが、R&Dのあり方を再考する好機となる場合がある。

人員確保の難易度が上がる等、研究開発を取り巻く環境が急速に変化している中、施設を自前で保有することは拠点配置において柔軟性を損なうこととなりうる。しかし、賃貸ラボを活用すれば、企業は研究拠点を機動的に展開し、技術革新や市場動向に応じて迅速に対応できるようになる。さらに、DXの進展により、『研究施設は生産現場の近くになければならない』というような、製造とR&Dの距離的制約は緩和され、小規模ラボを分散配置することも現実的な選択肢となっている。このような柔軟な拠点展開は、企業の競争力を高めるうえでますます重要性が高まっている。

ケーススタディ~企業戦略の一環で都心部にR&D施設を開設した例

クラシエは、ホームプロダクツ、医薬品(漢方薬)、食品を製造販売する企業であり、2023年10月にこれら3分野の事業会社を経営統合する経営機構改革を行った。その頃、京都府福知山市の長田野団地に知育菓子Ⓡ専用工場(京都工場)を建設し、食品事業の福知山工場(京都府福知山市)と高槻第一工場(大阪府高槻市)から、新工場である京都工場への生産機能の集約を行う計画であった。それまで高槻第一工場に併設されていた食品研究所の施設は、大阪都心部に新築されるラボ賃貸施設である「Nakanoshima Qross(中之島クロス)」内のR&D区画に移転し、2024年10月から稼働している。同社はその後も、経営機構改革の一環として、東京都港区海岸にある本社を、同区内で開発が進む「TAKANAWA GATEWAY CITY」のビルに移転することも発表している。

都市型研究施設(賃貸ラボ)の動向
(画像=三菱UFJ信託銀行)

同社の安藤裕明取締役常務執行役員は、次のようにプロジェクトを振り返る。

「新研究所はライフサイエンス事業に注力する企業や、関西を代表する教育機関、研究施設が入居しており、社外との情報交換や交流がしやすい環境となりました。社内外の知や技術が融合することで、新たなイノベーションが生まれることを期待しています。こうした価値創造を育むエコシステムにエントリーできた意義は非常に大きいと感じています。」

「知育菓子Ⓡ最適生産体制再構築プロジェクトでは、新工場建設と研究所移転を並行して進めました。ラボ移転ならではの問題を多くクリアしなければなりませんでしたが、外部アドバイザー<2>の助力を得て移転を成功させました」

「これからは、閉じた環境で仕事をするのではなく、外部との共創が不可欠です。再編のプロセスが、将来的に適切な判断であったと評価されることを期待しています。」

2:三菱UFJ信託銀行の移転コンサルティングを利用頂いた

賃貸施設としてラボ・物流施設・工場の複合化も見込まれる

本レポートの前半では、オフィスビルにおけるR&D区画(賃貸ラボ)設置の動きを紹介した。今後は、物流施設や工場などと複合した賃貸ラボの普及も見込まれる。前述のとおり、オフィスビルからの転用は設備面等での制約を受ける場合があるが、物流施設や工場としてのスペックを持つ建物であれば、多様な用途に対応することもできるからである。

示唆的な事例として、香港東部にあるチョンクワンオー・イノパーク<3>に2022年に建設されたAdvanced Manufacturing Centreがある。床面積10万㎡、地上8階地下2階建の建物は、自動式の物流施設をコアに持ちながらも、製造その他に利用できる多用途・多テナントに対応する床を備え(マルチユース)、都市型多層工場と称される。

日本では、2019年に建設された東京都大田区の三井羽田インダストリアルパークがある。

物流施設をベースにした建物であるが、職業訓練施設、研修所、オフィスなどとして、複数のテナントによって多用途に利用されており、R&D施設としての利用も可能である。また、大和ハウス工業は、神奈川県にて建設中の物流施設「DPL相模原Ⅱ」の5階に賃貸ラボを設置することを公表している。

R&D専用施設、オフィスからの一部転用、そして物流施設等との複合化など、賃貸ラボの提供形態が多様化することで、企業にとって研究開発拠点立地の選択肢は一層拡充されることとなる。

賃貸用の事業施設のマルチユース化は、施設とテナント企業のマッチングの機会を高め、企業の機動的なR&Dや事業展開に貢献することとなるだろう。

3:Tseung Kwan O (將軍澳) INNOPARK

大溝日出夫
三菱UFJ信託銀行 不動産コンサルティング部