この記事は2025年3月12日に三菱UFJ信託銀行で公開された「不動産マーケットリサーチレポートvol.269『木造ビル、木質化ビルの持つ可能性』」を一部編集し、転載したものです。

目次
この記事の概要
• 東京都心部にて木造ビルの建築が続く
• コストの課題があるがSDGsとWell-Beingが普及の推進力となる
• リノベも含めた試算では10年後に街角に1つの木造・木質化ビルが普及する可能性も
東京都心部にて木造ビルの建築が続く
今後、東京の千代田区・中央区のビジネス地区で、比較的規模の大きな木造ビルが次々に建ち上がってくる(図表1)。街を行き来する人々にも意識されるようになるだろう。本レポートでは、森林資源に恵まれた我が国において、木造・木質化ビルが普及するための課題や、それを乗り越える可能性について考察する。

コストの課題があるが普及への動機はある
木造ビルと木質化ビル
まず、本レポートでの木造ビル、木質化ビルの定義を示しておこう(図表2参照)。
柱や梁などの構造部分にすべて木材を使用して建設されるビルは純木造<1>と呼ばれ、中規模までのビルには純木造構造も採用されるようになってきている。

1:純木造ビルの例として、大林組研修施設(横浜市、地上11階建、延床3,502.87㎡)、AQGroup本社(さいたま市、8階建、延床6,076.52㎡)がある
一方、構造部分に木材と鉄骨を組み合わせて使用するビルは、木造ハイブリッドと呼ばれている。純木造と比較すると、大規模または高層建築において、デザイン性や、施工性、経済性に優れるとされる。
なお、ハイブリッド構造において使用される木材量であるが、ビルによって違いはあるものの、公的補助金<2>の申請基準である0.05m3/㎡を満たすように設計されることが多いようである。これは、床一面に厚さ5㎝の木材が敷き詰められていることをイメージすると分かりやすいかもしれない。
もう1つ、構造部分は従来からの鉄骨や鉄筋コンクリート等を使用するものの、内装や外装に木材を多く使用するものは、内装木質化、外装木質化と呼ばれている。構造上は木造には分類されないが、後述するように、木材使用のメリットを一定程度享受することができる。
以降、本レポートでは、図表2の分類のすべてを含める際には木造ビル等と表記する。
木質建材CLTのコスト的課題
ビル建築に木材を使用する技術的課題は、CLT<3>の登場によってほぼ解決している。繊維方向が直交するように幾層も重ねて強固に接着したこの木材は、建築基準法上の耐火性能において大臣認定が得られる製品が開発されている。
とくに、内部に不燃材を挟みこんだ柱や梁の製品は、火災時でも表面の「燃えしろ層」のみ炭化し、表面を貼りかえれば再生使用ができる。また、CLTを用いることで十分な耐震性能を有する設計も容易になり、大昔の日本家屋から連想される火災や地震に弱いというイメージは払拭されつつある。
CLTを用いた大規模なビルの建築は、現状はコスト高が難点になっている。あるヒアリング調査<4>では、6階以上の非住宅用途について「3~4割のコスト高、補助金を加味しても2~3割程度は高い」との回答結果がある。
木造の特徴として、建築規模が小さいうちは、建物重量が軽くなることで基礎工事等が簡素で済むことや、上限のある補助金の活用割合が大きくなることで、コストアップは抑えられる。しかし、大規模になるにつれ、それらのメリットが失われ、コストアップの程度が大きくなってしまう。
CLTの製造工場は、2024年時点で全国に11か所<5>あるが、製品価格の大きな低下をもたらすような製造・流通の効率化は途上であり、また、高コストを受け入れるような需要の急増も、今のところ見られない。コスト面からは、建築主が木造ビルを選ぶ動機がない。
2:公益財団法人東京都農林水産振興財団による中・大規模建築物の木造木質化支援事業
3:Cross Laminated Timber(直交集成板)
4:一般財団法人日本不動産研究所 令和4年3月「木造建築物等の経済性に関する状況調査」
5:公益財団法人日本合板検査会「JAS 認証工場名簿(2024 年)」
SDGsとWell-Beingが普及の推進力となる
しかし、木造ビル等は、SDGsへの貢献や、利用者のWell-Beingの観点からは、建築主が選択する十分な魅力を有していると考える。
SDGsの観点では、木造ビル等は、鉄鋼やコンクリートの使用量を少なくすることができるので、それらの製造時に排出されるCO2の量を削減することができる(図表1)。これは、環境負荷の小さいグリーンビルの開発や運営と、方向性を同じくする。グリーンビルの認証の一つである、DBJ Green Building認証では、2021年からスコアリングシートにて、不動産における木材利用の取り組みを<6>評価している。他にCASBEEやLEEDでも、一定条件を満たす木材の使用を評価する仕組みがある。後述するように、日本の森林を適切に活用して維持することへの期待も大きい。
Well-Beingとは、不動産においては、利用者の心身の健康を良好に保つことを意味するが、木材の持つ質感、触感、芳香等が、利用者の心理面、身体面、衛生面等にポジティブな効果を与えると言われている。自社ビルにあっては社員の満足度を高めることにつながり(図表3)、賃貸ビルにあってはテナント誘致の競争力を高めることにもつながる。
Well-Beingの観点では、必ずしもビルの構造部まで木質化する必要はない。コストの許す範囲で内装等を木質化するだけでも一定の効果が得られよう。それは、新築時だけでなく、リノベーションでも可能な取り組みとなる。

賃貸用不動産としての合理性
木材採用割合の自由度が可能性を広げる
木造ビル等は、純木造からハイブリッド、内装・外装木質化まで、木材利用割合の幅が大きく、かけられるコストの自由度が高い。木造ビル等を賃貸用途に計画している関係者に聞くと、同面積の従来ビルとの単純な比較ではコスト高にはなるものの、そもそもこれからのビル事業では、競争力強化のために常に何らかの付加価値投資を行わねばならず、木質化はその選択肢の一つだと言う。したがって周辺相場の賃料設定で採算が取れる予算に合わせて木造ビル等を企画するのであり、高い賃料で高コストを回収する前提ではないらしい。
一般のテナントは、環境に優しいグリーンビルに対して、必ずしも進んで高い賃料を払うわけではない<7>。その現状に即するなら、これが合理的な事業の進め方となるであろう。
とはいえ、木造ビル等は、従来のグリーンビルに比べると、利用者にとって違いが分かりやすい。Well-Beingの要素も含め、テナントからの人気を呼びやすいだろうと考える。
6:加点要素(1)単位面積当たりの木材利用量が一定の値以上の場合(2)木質材料の活用によって断熱性向上に寄与している場合(3)木造建物の長寿命化に向けた維持保全の取り組みを実施している場合(4)地域産材等を活用している場合(5)木質材料特有の取り組みを含む長期修繕計画を策定している場合他
7:2024.6.21VOL247「不動産の環境配慮におけるジレンマ」舩窪芳和著参照
弊社アンケート調査では、半数が非木造と同等か積極的な目線
木造ビルや木造ハイブリッドビルは、高スペックビルとして建築された後、施工主の下から不動産投資市場に出てくることもあるだろう。弊社が、不動産ファンドのマネージャー等に2024年に行ったアンケート調査では、3.6%が「多少のプレミアムを乗せてでも検討したい」、46.4%が「従来のSRC、RC構造のビルと同等の目線で検討したい」との回答を選択した。39.3%は「当面検討対象としない」であり、全体として中立的な状態と解釈できる(図表4)。

不動産を長期的に運用するファンドとしてリートがあるが、上場リート(J-REIT)も私募リートも、機関投資家からESGに配慮した不動産投資を求められている。これに応え、リートは環境不動産の保有に力を入れ、全J-REITでは、総保有不動産に占める環境不動産の割合は、2024年度の調査<8>で73.6%に上っている。
木造ビル等は、機関投資家のESG投資の需要を満たす、新しいタイプの環境不動産として受け入れられていく可能性がある。
リノベも含めた試算では10年後に街角に1つの木造・木質化ビルが普及する可能性も木造ビル等には、見た目に分かりやすいという特徴がある。内装や外装に木材を使用する場合はもちろんのこと、木質の柱や梁をガラスのカーテンウォールを透して外からも見えるようにする「あらわし」の手法は、多くの木造ビル等に採用されている。木材を使用したビルを街の中で見かけるようになると、人々は居心地の良さそうな空間として好意的に受け入れ、認知度が高まる可能性がある。
1つ試算をしてみよう。あるデータ<9>では、東京都心5区<10>には、2023年時点で6,317万㎡の事務所ストックがあり、10年間では毎平均40万㎡増加していた。また新規着工は10年間では年平均110万㎡だった。このペースが続くとして、新規着工110万㎡の何割かが木造を選択し続けても、全体の中でごく一部に留まるかに思える。
8:一般社団法人不動産証券化協会「JリートのESG取組調査2024」調査結果
9:東京都「東京の土地」掲載データを基に筆者が計算
10:千代田区、中央区、港区、新宿区、渋谷区
しかし、都心5区には、1990年代および2000年代に建築されたビルがどちらも1,304万㎡あり、これらがほぼ残っているとすると、全体ストックの4割を占める。築30年を超えた前後で、毎年平均130万㎡が大型のリノベーションを行うとし、その何割かが何らかの木質化を取り入れると想定する。
図表5では、以上の前提で、都心5区の事務所ビルの中で、新築またはリニューアルの際に木質化を導入したビルの割合がどのように増加していくかを、シミュレーションした結果である。10%に達する時期が、導入率25%(4件に1件)のときに2038年、33%(3件に1件)のときに2035年、50%(2件に1件)のときに2032年となる。
割合10%とは、街の交差点に立ち、角から2棟目までのビルを360度見まわしたときに、4隅に見える合計12棟の中に1棟以上木造ビル等が存在する状態と例えられる。このように、リノベーションまで考慮すると、東京で木造ビル等が増えてきたと実感するときは、意外に早く来るかもしれない。

むすび
木造ビル等は、現状はコストが高く、急速な普及は難しい。しかし、本レポートで確認したように、木造ビル等は、環境負荷軽減に資するとともに、人に好感をもって受け入れられやすい。
ビルの立ち並ぶ東京都心部では、リノベーションの時期を迎えるビルを含めると、導入の裾野は広い。我が国は多くの森林を有し、木材資源に恵まれている。世界の各都市でも大型木造ビル等の建設が始まっているが、将来の日本は、木造ビル等の先進国となる可能性を秘めている。
コラム:木造ビル等は森林資源の循環利用につながる
我が国は、国土の約3分の2が森林に覆われ、そのうち約4割が人工林を占める。この人工林の約6割が樹齢50年を超え、本格的な利用期に入っている(森林・林業白書より)。これらを利用せずに放置すると、樹木の成長が止まった後にCO2を吸収しなくなる。一方、適切に伐採して木材として利用すれば、建物の中に炭素を固定するとともに、伐採後に苗木を植えることで、苗木の成長に伴い再びCO2が吸収されるようになる。
このように、安定的に「植える」「育てる」「伐る」「使う」を循環させることが、森林資源の活用に望まれている。
木造ビル等は、森林資源の大型需要を生み出し、我が国の森林資源を持続的に活用するための鍵の一つになると、期待されている。