この記事は2024年9月24日に三菱UFJ信託銀行で公開された「不動産マーケットリサーチレポートvol.254『都市型研究施設がもたらす新しい企業 R&D』」を一部編集し、転載したものです。


都市型研究施設がもたらす新しい企業 R&D
(画像=HaJung/stock.adobe.com)

目次

  1. この記事の概要
  2. R&Dの重要性と研究施設
    1. 特にライフサイエンスの研究費は大きい
    2. 従来の研究施設の立地
  3. 企業側による都市型研究施設の需要と課題
    1. 背景は、人材確保とオープンイノベーション
    2. 都市型研究施設への移転は、実験内容との適合性が重要に
    3. 1.実験機器のレイアウト
    4. 2.法令等の規制
    5. 3.ユーティリティの適合性
  4. 都市型研究施設は賃貸用不動産として成長の可能性がある
    1. オフィスビルのリーシングが弱い地域で発展の可能性あり
  5. オフィスビルからの転用にも可能性あり

この記事の概要

• ライフサイエンス分野を筆頭にR&Dの重要性が高まっている

• 人材確保とオープンイノベーションの観点から都市型研究施設への注目が高まる

• オフィスビル競合の中で新たな投資アセットとして成長の可能性がある

R&Dの重要性と研究施設

特にライフサイエンスの研究費は大きい

グローバルな競争下で、日本の企業が優位性を確保するために、研究開発(R&D)への投資の重要が増している。国策としても重要な位置付けであり、税制面の支援もある。(1)

総務省の科学技術研究調査によれば、我が国の2022年度の研究費20.7兆のうち、企業によ るものは、73%の15.1兆円に上る(図表1)。

同調査では、特定目的別研究費として8分野を分類しているが、その中で一番金額が大きなものは、3.4兆円のライフサイエンスである(図表2)。(2)

都市型研究施設がもたらす新しい企業 R&D
(画像=三菱UFJ信託銀行)

1: 例えば、当期の試験研究費の額に、増減試験研究費割合に応じて上乗せした税額控除割合を乗じて税額控除(上限あり)が受けられる(一般型)ほか、共同・委託試験研究や高度研究人材の活用に関する試験研究など要件を満たす研究費(特別試験研究費)について研究の類型に応じた控除率を乗じて税額控除(上限あり)が受けられる制度(オープンイノベーション型)がある。
2:例えば、製薬企業大手10社の2001年~2011年度の研究開発費合計の年間平均は923億円であったが、2012年~2022年度では1,532億円に増加。対売上高の比率も16.5%から18.1%に増加している。(出所:SPEEDA(株式会社ユーザベース)、有価証券報告書出典:日本製薬工業協会DATABOOK2024)

これらを反映するように、企業の研究施設のありようは、ライフサイエンス分野(3)などから先んじて、変化が起こり始めているようである。

本レポートでは、ライフサイエンス分野の研究施設を例に挙げながら、前半は、企業側のニーズの変化と整備の課題を整理する。そして後半は、新しい時代の研究施設は、必ずしも企業自ら整備する必要はなく、都市型研究施設として不動産マーケットの中で発展していく可能性があることについて考察する。

3 : 本レポートでは、ライフサインス関連業界として、製薬、医療機器をはじめ、バイオテクノロジー、食品、化粧品などを幅広く想定している

従来の研究施設の立地

ここで、企業の伝統的な研究施設の立地について確認しておこう。企業は、研究施設を、製造施設との連携が取りやすく、都市部からは近すぎず離れすぎず、研究に集中しやすい場所に立地させることが多かった。また、機密保持の観点から、第三者との接触機会が少なくなるような立地や設計が選ばれていた。これらを背景として、我が国の研究施設の立地は、特徴的な偏りを見せている。経済産業省の工場立地動向調査では、2004年から2023年までの敷地1,000㎡以上の研究所の新規立地件数は、全国合計369件のうち、神奈川県が51件を占め、それに京都府30件、兵庫県23件が続き、3府県で約3割を占めている。

企業側による都市型研究施設の需要と課題

背景は、人材確保とオープンイノベーション

近年、R&Dに力を入れる企業にとっての最優先事項は、研究員としての高度人材の採用である。雇用市場が逼迫していく中で、旧来の発想で建設された施設に研究員を送り込む従来の方法では、優秀な人材が集まらない。大都市での生活を好む研究員には、利便性の良い都市中心部の職場を提供する必要がある。また、地方都市を生活の拠点にしたいという人材には、地方都市の大学を核にした産学連携の研究拠点を提供できることが望ましい。

研究員に満足を提供するという観点からは、母体となるような大規模な研究施設は維持しながらも、一部を都市中心部に分けて開設することが効果的と考えられている。特にライフサイエンスでは、大掛かりな装置を必要としない研究もあり、柔軟な展開がしやすい。

もう一つの要素が、オープンイノベーションである。個々の企業が、自分たちの核となる技術の機密は保ちつつも、複数の企業や団体、大学の研究者と共同して研究開発を進める方法である。外部の知見が入ることにより、短期間・低コストの開発や製品化が可能になる。オープンイノベーションを推進するためには、外部との連携が行いやすい立地や施設環境が重要になる。

これらの特徴は、決してスタートアップ企業に限ったものではなく、業歴の長い企業の中からも、都市型研究施設を開設する動きが出てきている(図表3)。

都市型研究施設がもたらす新しい企業 R&D
(画像=三菱UFJ信託銀行)

都市型研究施設への移転は、実験内容との適合性が重要に

人材確保やオープンイノベーションのニーズを満たす都市型研究施設については、後述するようにデベロッパーによる開発・賃貸がはじまっており、ライフサイエンス企業は主要なテナントとなっている。しかし、企業施設としての歴史が浅いため、入居の実務に当たっては、オフィスビルの引っ越しに比べると、ファシリティマネジメントとしての手間と時間が多くかかる。特に、実験内容と施設が適合するかについて、事前の詳細な確認が必要となる。以下、弊社のコンサルティング事例から、テナント企業が準備し、建物オーナー側との合意が必要な事項について、いくつか例示する。

1.実験機器のレイアウト

一定の規模の企業の場合、母体の研究施設を維持しながら、一部を都市型研究施設に移す例が見られる。面積の制約のある中で、必要な実験機器を移設し、かつ研究員の操作動線を確保しなければならない。オフィス用什器と異なり、実験機器のサイズは個別性が強く、現場で測り直さなければならないようなケースもある。サイズによっては、建物の搬入寸法を超過して持ち込めない、搬入できても室内に上手く配置できない等の問題が生じる。そのような場合は、使用機器を絞り込むか、代替品を選定することになる。

2.法令等の規制

生物関連の実験を行う場合、BSL(バイオセキュリティレベル)(4)の確認が重要である。都市型研究施設で想定されているのは。通常BSL2までであるが、そのレベル要求を満たした安全設備が必要となる(図表4)。その他、労働安全衛生法をはじめとする関連諸法規(5)を遵守した実験体制であることを、確認する必要がある。

都市型研究施設がもたらす新しい企業 R&D
(画像=三菱UFJ信託銀行)

4 : 我が国のBSLについては、国立感染症研究所病原体等安全管理規程に定められている。例えば、コロナウイルスは、BSL3以上でなければ取り扱えない。
5:建築基準法、消防法、高圧ガス保安法、労働安全衛生法、特定化学物質障害予防規則、有機溶剤中毒予防規則、水質汚濁防止法、感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律、フロン類の使用の合理化及び管理の適正化に関する法律、作業環境測定法、作業環境測定法施行令、作業環境測定基準、作業環境評価基準、カタルヘナ法などが挙げられる。

3.ユーティリティの適合性

実験機器の使用電力や排水量が建物側のスペックに収まるか、特殊ガスの利用や化学物質の処理、危険物の保管等について、建物全体の運営ルールに適合するか、騒音・振動・臭気が他の区画に悪影響を及ぼさないか、当初は適合しても将来の機能拡張には対応できるか等。以上についても、テナント側とオーナー側の確認と合意が必要である。

都市型研究施設は賃貸用不動産として成長の可能性がある

都市型研究施設は、企業が自前で展開するには場所や建物を確保することが難しく、不動産会社が事業として運営するには、現在はオフィスビルや住宅に比べて、テナントとの確認・調整事項が複雑である。しかし、企業側に立った第三者アドバイザリーの登場や、不動産会社のノウハウ蓄積により、将来に向けては、オフィスや物流施設、データセンターなどと同様に、企業向けの賃貸不動産の新しいアセットタイプとして成長していくと見込まれる。

例えば、三井不動産は、「リンクラボ」シリーズとして、国内で13のプロジェクトを推進している(計画中を含む)。この中には、ビジネス街である東京日本橋と大阪中之島に立地する「超都心型」と位置付ける施設もあるが、同社がフラッグシップと位置付ける施設は、東京新木場に立地する。新木場ではビジネス街に比べて賃料水準を低く設定できるメリットがある。また、同地域に複数展開し、企業からの研究施設の集積地としての認知度を高めるともに、エリア内に入居する企業間での相乗効果が生まれることを企図している。

「リンクラボシリーズ」の建物外見はオフィスビルに似ているが、多くの企業の様々な実験目的に対応できるスペックを備えている(図表5)。また、ハードの提供のみならず、入居テナントに対するサイエンスコンシェルジュサービスや、テナントの枠を越えて研究者の交流を促進するコミュニケーション・ネットワークサポートを提供しており、ソフト面のサービスにも力を入れている。

都市型研究施設がもたらす新しい企業 R&D
(画像=三菱UFJ信託銀行)

オフィスビルのリーシングが弱い地域で発展の可能性あり

例えば東京では、山手線以東にてオフィス賃料の賃料の低いエリアが存在する(図表6)。そこでは、新規供給の多い都心部との競合により、空室期間が長いという課題もある。このようなエリアでは、オフィスに代わる企業向け賃貸用不動産として研究施設が展開する可能性がある。

それに加え、湾岸に近いエリアは、工場等に利用されていた土地が多く、土壌汚染のために住宅地への転用が難しい場合があるが、研究施設としては活用が可能である。危険物を取り扱う施設を建築しやすいという利点もある。

工場用地の活用の観点では、東京周辺では、山手線以東エリアのみならず、川崎、横浜方面にかけての湾岸エリアも、研究施設開発地として有望である。羽田空港へのアクセスが良く、国際的な人やモノの交流を容易にする。(6)

都市型研究施設がもたらす新しい企業 R&D
(画像=三菱UFJ信託銀行)

6 : 例えば川崎市は、殿町国際戦略拠点キングスカイフロントの事業を推進しており、ライフサイエンス分野の企業の集積が進んでいる。

オフィスビルからの転用にも可能性あり

都市型研究施設は、新規開発のみならず、リーシング競争に不利な既存オフィスビルのリノベーション事業としても可能性を持つと考える。その際、汎用性の高い施設にこだわると、図表5に例示したようなスペックを満たす必要があり、転用可能なオフィスビルは限られるかも知れない。しかし、テナント企業の研究内容によっては、必要とするスペックが一部で済む場合がある。テナント側が求める要件とビル側が提供可能なスペックを精緻に洗い出し結び付けられれば、オフィスビル活用の現実的な解法として機能するだろう。その役割を担うコンサルティングにも期待が高まる。

大溝日出夫
三菱UFJ信託銀行 不動産コンサルティング部