本記事は、上野 泰也氏の著書『本当の自由を手に入れるお金の減らし方』(SBクリエイティブ)の中から一部を抜粋・編集しています。
「人生に必要なのは勇気と想像力、そして少しのお金だ」
【父】チャップリンが残した言葉にこういうものがある。「人生は恐れさえしなければ素晴らしいものになる。人生に必要なのは勇気と想像力、そして少しのお金だ」。
【娘】素敵な言葉!
【父】この言葉はね、チャップリン晩年の名作『ライムライト』の中の一場面で出てくるんだ。映画では、かつて人気を誇った道化師カルヴェロ(チャップリン自身)が、人生に絶望して自殺を図った若いバレリーナのテリーを助けるんだよ。テリーには未来が無数に広がっている。その彼女を勇気づけるために、カルヴェロが熱弁をふるう場面で語られるセリフなんだ。「勇気と想像力」が人生に必要なのはもちろんだけど、そこに「ほんの少しのお金」と付け加えるところがチャップリンらしいんだ。
【娘】精神論だけじゃないんだね。お金のことまで出てくるなんて、ちょっと意外。
【父】そうだろう。チャップリン自身が極貧の家庭に生まれ育ったからこそなんだ。子どもの頃は衣食住に事欠いて、大好きだった母とも引き離され、つらい幼少期を過ごした。
自伝には「貧しさを魅力的なものに見せようとする態度は不愉快だ」とはっきり書いているくらいだ(※1)。だからこそ、彼のセリフにはリアルな実感がにじんでいるんだ。勇気や想像力だけでは生きられない、最低限の生活を支えるお金も必要だという現実を知っていたんだ。
※1 チャールズ・チャップリン著、中里京子訳、『チャップリン自伝 栄光と波瀾の日々』、新潮社、2018、p206
【娘】なるほど。だから「少しばかりのお金」って言葉が出てくるんだね。
【父】そう。しかも英語のセリフでは「a little dough」と表現されている。「dough」はパン生地の意味だけど、そこから転じて「食べるのに必要なお金」というニュアンスで使われている。つまり、ぜいたくのための大金じゃなくて、食べて生きていける程度のお金のことなんだよ。
【娘】ふーん、面白い言い回しだね。パン生地が「お金」っていうのも、生活感があってわかりやすいかも。
【父】だろう? つまり「もっともっと」と欲張るお金じゃなく、安心して暮らせるくらいのお金でいいということだ。僕らはつい「いくらあれば足りるんだろう」と上を見てしまうけど、チャップリンの言葉は「生きていける分で十分」と思い出させてくれるんだ。
【娘】安心して暮らせるくらいでよくて、あとは勇気と想像力か。
【父】そう、その通りだ。ところが現実の社会では「これが正解です」という数字を突きつけられることがある。代表的なのが「老後には2,000万円必要だ」という話だ。
【娘】あ、それ知ってる! ニュースで聞いた。やっぱり2,000万円ないと生活が厳しいのかな?
【父】実はそうとは言い切れないんだ。あれは2019年に金融庁の金融審議会が出した「高齢社会における資産形成・管理」報告書がきっかけで、そこには「老後20〜30年間で1,300万円~2,000万円不足する」と試算されていた。それが連日報道されたことで「老後2,000万円問題」と呼ばれるようになったんだ。けれど、その試算は①夫65歳以上、妻60歳以上の夫婦のみの無職世帯、②30年間夫婦が健在、③毎月の赤字は平均5万円、というかなり限定的なモデルケースに基づいていたんだ。
【娘】へえ、そんな細かい前提があったんだ。知らなかった。
【父】そうなんだ。だからすべての高齢者に当てはまるわけじゃない。ところが「2,000万円」という数字だけが独り歩きして、「誰もが必要」というイメージが広がってしまった。
【娘】やっぱり数字って怖いね。条件を知らないと誤解しちゃう。
【父】さらに背景には社会の変化もある。平均寿命は40年前に比べて男女とも7年くらい延びて、2024年には男性81.09歳、女性87.13歳になっている。長く生きる分だけ生活費も余分に必要になる。退職金も2002年には大卒平均で約2,512万円だったのが(※2)、2021年には2,243万円に減っている(※3)。さらに年金の支給開始年齢も65歳に引き上げられたから、60歳で定年するとその間を自分の貯蓄でまかなわないといけない。こうしたことが重なって「老後不安」が広がったんだ。
※2 日本経済団体連合会、“退職金・年金に関する実態調査結果”、2003年4月2日
※3 同上、2022年3月15日
【娘】そういう背景があるのか。じゃあ2,000万円は「絶対額」じゃなくて、一つの目安にすぎないんだね。
【父】その通り。そして実際には暮らし方によって必要額は大きく変わる。たとえば持ち家か賃貸かで30年間に2,000万円の差が出る。単身か夫婦かでも2376万円の違いがある。東京と地方都市でも30年間で1,620万円の差が出る(※4)。さらに車を持つかどうか、子どもがいるかどうか、その子がまだ学生か独立しているか、学費がどのくらいかかるか、ペットを飼っているかどうか…… 条件を挙げればきりがない。
※4 みずほ証券、“老後資金は本当はいくら必要?「2,000万円問題」や不足資金を解説”、2025年3月6日、参照2025年12月16日
【娘】わあ、そんなに差があるんだ。同じ「老後」ってひとくくりにできないね。
【父】だからこそ生活者の立場で考える必要があるんだ。夢や理想、やりたいことは人によって違うし、同じ10代でも部活や趣味や進路はバラバラだろう? 大人も同じで、ひとくくりにはできない。「みんな違ってみんないい」んだよ。
【娘】それって金子みすゞさんでしょ? 図書館で詩集を借りたことがあるよ。
【父】よく知っていたね。まさにそんな感覚なんだよ。だから必要なお金も、幸せの形も、人によって違う。
【娘】そうか。お父さんっていつも「ふつうの感覚」で話してくれるよね。
【父】なんだ、「ふつうの感覚」って?
【娘】「ふつうに暮らしている人の気持ち」を大事にしているっていうか。
【父】ああ、「生活者の感覚」はとても大事だよ。
【娘】テレビでコメントしたり、新聞や雑誌で文章を発表したりするときも、理屈じゃなくて「ふつうの人っぽい感覚」を踏まえて話しているから、わかりやすいって感じるのかも。
【父】はは、もしそう感じてもらえたら嬉しいよ。結局のところ、どんな言葉も現実の暮らしに即していなければ意味がないからね。
【娘】だから、何回もエコノミスト日本一に選ばれたんだよね。
【父】まあ、結果的にそう評価していただけたんだと思う。でも大事なのはランキングへのこだわりじゃなくて、「生活者の感覚を忘れないこと」「しっかりした予測をすること」だよ。そして、いろんな人にお金との距離感やつきあい方を伝えていけたらいいなと思ってる。
【娘】お金との距離感か。
【父】チャップリンの言う「少しのお金」っていう基準があるだろう? その基準はみんなそれぞれ違うはずだけど、それをはっきりと実感してコントロールできる人が増えたら、世の中はもっと良くなるはずだよ。
【娘】そうか。確かに私は、まだちょっとよくわからないもんね。
【父】今から意識をしておけば、大丈夫。お金に憧れすぎたり怖がりすぎたりするんじゃなくて、「お金の本質」を正しく理解していけば、自分で基準を持てるようになる。それこそが、人生を自由に生きる第一歩になるよ。
1963年青森県八戸市生まれ、育ちは東京都国立市。85年上智大学文学部史学科卒業。法学部法律学科に学士入学後、国家公務員I種試験に行政職トップで合格し、86年会計検査院入庁。
88年富士銀行(現みずほ銀行)入行。為替ディーラーを経て為替、資金、債券の各セクションでマーケットエコノミストを歴任。2000年みずほ証券設立後、25年6月までチーフマーケットエコノミスト。
質・量・スピードを兼ね備えた機関投資家向けのレポート配信、的確な経済・市場予測で高い評価を得て、「日経公社債情報」エコノミストランキングで2002年から6年連続で第1位、その後身の「日経ヴェリタス」エコノミストランキングで2011年、16~21年に第1位(トップは通算13回)。2025年7月にマーケットコンシェルジュを設立、代表に就任。
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