竹田iPホールディングス株式会社

印刷を祖業とする100年企業、竹田iPホールディングス(旧・竹田印刷)。紙への印刷という市場が縮小していくなか、同社は製版技術を応用して半導体関連マスク事業を開始し、その後、M&Aや海外展開を通じて事業基盤を拡大し、2023年には持株会社体制へ移行した。直近では、プリント基板の設計・検査を手がける大英エレクトロニクスを子会社化。名古屋を基盤とする老舗が、なぜ変化を選び続けるのか。

「買収は単なる足し算ではない」「一番難しいのは、人の感情だ」と語る、CFO(上席執行役員)の巻尾忠臣氏に、成長領域を切り開くM&Aと、その統合の要諦を聞いた。

巻尾忠臣(まきお・ただおみ)──上席執行役員CFO 経営統括本部長兼経営企画部長
1973年5月生まれ、大阪府出身。1996年、株式会社かみたに入社。2009年、同社が竹田印刷株式会社(現・竹田iPホールディングス株式会社)に吸収合併されたことに伴い、竹田印刷に移籍。財務経理部長などを経て、2021年に執行役員、2023年に上席執行役員。2026年、上席執行役員CFO、経営統括本部長兼経営企画部長に就任。複数のグループ会社の役員を兼務し、CEOおよびCOOと連携してグループ経営を推進する。
竹田iPホールディングス株式会社
1924年、「武田商店印刷部」として創業。1946年に「竹田精版印刷株式会社」として設立され、その後の商号変更を経て「竹田印刷株式会社」に。印刷技術を核に、ソフト開発・マーケティング・広告制作・物流サービス・半導体関連マスク事業などへ事業領域を拡大し、100年を超える歴史を重ねてきた。2023年4月に持株会社体制へ移行し、現社名に商号変更。現在は、情報コミュニケーション、ソリューションセールス、半導体関連マスク、不動産賃貸の4つの事業セグメントを展開する。 企業サイト:https://www.takedaip-hd.co.jp/
本企画について「M&A新時代 〜荒波を越える成長戦略〜」
予測困難な時代の荒波が押し寄せる今、自社の可能性を広げる一つの選択肢として「M&A」を活用する企業が増えています。本企画では、外部とのシナジーを自社のエンジンに変え、次なるステージへ挑むリーダーにインタビューを実施。M&Aという選択をした背景や、実際に進める中で感じた葛藤をどう整理し、今の形に繋げてきたのか、その一歩一歩のプロセスに焦点を当てます。 本企画は、買い手企業支援に特化したM&Aアドバイザリーを展開するByside株式会社との共同企画です。同社の知見も交えながら、企業がどのようにM&Aを成長へ繋げているのかを紐解く連載として構成いたします。
Byside株式会社企業サイト:https://byside.co.jp/

目次

  1. ■印刷から半導体関連マスクへ、技術を横展開する
  2. ■買収は「足し算」ではない
  3. ■統合で見えた「人の感情」という壁
  4. ■自前か、買収か──「スピードを買う」
  5. ■変わらなければ、生き残れない

■印刷から半導体関連マスクへ、技術を横展開する

── まず御社について簡単に教えてください。

巻尾 当社はもともと竹田印刷という社名でしたが、2023年に持株会社体制へ移行し、竹田iPホールディングスに商号を変更しました。祖業である印刷事業を担う竹田印刷は、現在も事業会社としてグループの中核を担っています。

グループの事業セグメントは、情報コミュニケーション、半導体関連マスク、ソリューションセールス、不動産賃貸の四つ。中核は商業印刷を軸とする情報コミュニケーションで、いまは紙への印刷だけでなく、BPOやWeb・システム構築、物流といった周辺領域も取り込みながら事業を展開しています。

── 2013年のプロセス・ラボ・ミクロン、2016年の東京プロセスサービス(現竹田東京プロセスサービス)など、本業の印刷ではなく半導体関連のマスク領域でM&Aを重ねてこられました。その背景は。

巻尾 端的に言えば、成長領域と見なしたからです。

情報コミュニケーションは祖業の印刷から隣接領域へ広げてきた事業ですが、紙への印刷は、ペーパーレス化の進展に加え、国内市場を主な対象とする以上、人口減少にともなう構造的な縮小を避けにくい事業でもあります。

そこで領域を広げる中の一つとして、印刷の製版技術を応用してマスクの製造・販売が生まれ、重要性が増してきたので、別のセグメントに組み替えたという流れです。創業時とはまったく異なる事業に突然参入したのではなく、印刷を起点に派生し、育ってきた成長領域なんです。

半導体関連マスク事業と親和性の高い領域では、プロセス・ラボ・ミクロン、竹田東京プロセスサービス、そして今回の大英エレクトロニクスとM&Aを重ねてきました。

ただ、そこが目立つだけで、印刷事業でも日栄印刷紙工のようにM&Aで加わった会社がありますし、東海プリントメディアは読売新聞東京本社との合弁で新設した会社です。特定の領域だけをやってきたわけではなく、グループ全体としてM&Aという手法を使いながら大きくなってきた、という理解が正しいと思います。

── 2014年には、プロセス・ラボ・ミクロンの中国子会社が、メタルマスク事業を株式取得ではなく事業譲受という形で取得しています。

巻尾 プロセス・ラボ・ミクロンが中国で事業の拡大を検討していた一方で、相手先には「事業を切り出したい」というカーブアウトのニーズがあり、双方の意向が合致しました。

取得対象は先方が保有する事業だったため、スキームとして事業譲受が適していた、という経緯です。

■買収は「足し算」ではない

── 買収先を選ぶ際、収益性はどの程度重視していますか。

巻尾 定量的に表現するのは難しいですが、そこだけを見ているわけではありません。

仮に今の利益がさほど出ていなくても、魅力のある技術や顧客基盤があれば、当然対象にしていきます。収益をそのまま取り込めるのはありがたいのですが、単純な利益の足し算にとどまるM&Aでは不十分だと考えています。

対象先が持つ経営資源と当社グループのリソースが組み合わさって、新たな付加価値が生み出せるかどうか。こちらのほうがずっと大切です。

具体的な事業性の見極めは、私が一人でやるものではありません。推進役は私ですが、実際にその事業を担う各事業部門とよく話すようにしています。現場に納得感と当事者意識がなければ、描いたシナジーは実現しません。だからこそ、現場の手ごたえを大切にしています。

── 逆に「これは見送るべきだ」と判断する基準は。

巻尾 引っかかりが残るかどうか。必ずしも論理的に説明できるものではありませんが、不安を感じる点をどうしても払拭できない場合は、見送った方が良い。定量と定性、その両方で引っかかりがないかを見ています。

他社の事例で「うまいな」と思うのは、これとこれを組み合わせるとこういう新しい価値が生まれる、というストーリーが誰にでも分かるものです。理解が難しいものは、本質的に難しい。

逆に危ういと感じるのは、自社のリソースを見据えないまま、あれもこれもと手を広げすぎているケース。最終的には整理されるのでしょうが、リソースには限りがあるので、一件一件を真摯に考えて取り組まないといけないと思っています。

■統合で見えた「人の感情」という壁

── PMIで、一般論とのギャップを感じた現場の壁はありましたか。

巻尾 一番強く感じているのは、人の感情です。ここはデューデリジェンスや書面上のデータではなかなか見えない。実際に先方の経営者と直接話すことで見えてくる部分で、教科書には載っていません。

買収される側の方々も、こだわりとプライドを持って事業をされている。買収した側だからといって一方的に物事を推し進めればうまくいかなくなる。感情を推し量ることは、案件ごとに異なる、一般論では語れない部分だと思います。

── そうした壁を越えて「一つになれた」と感じたケースは。

巻尾 当社は基本的に、グループに入っていただいた後も社名をあまり変えず、各社が培ってきた文化や自律性を尊重しながら、グループとして必要な管理基盤を整え、事業連携を進めていきます。その中でも竹田東京プロセスサービスは印象に残っています。

同社はもともと東京プロセスサービスという社名で、その分野では日本屈指の技術開発力を持つ会社でした。2016年に当社グループに加わり、2023年の持株会社体制への移行時に、竹田印刷の半導体関連マスク部門を同社へ統合しました。

双方の社員にそれぞれ戸惑いや不安があったと思います。できるだけ、単なる合理化ではなく「一緒になってもっと良い会社をつくるための統合なのだ」と説明しながら進めました。一つになれたのは、竹田東京プロセスサービスの社長の人柄と経営手腕も大きかったと思います。今は互いの強みを生かし、良い形で発展している事例ではないかと思います。

実は私自身、M&Aされた子会社の出身なんです。在籍していた会社が竹田印刷に吸収合併されて、こちらに来ました。買収される側には、さまざまな負担や苦労があります。だからこそ、相手に必要以上の負担を強いないということを大事にしたい。感情のしこりを残さないように支援する。過去の経験が、いまの自分の動き方に生きていると思っています。

── 海外拠点では、文化の違いによる難しさもあったのでは。

巻尾 海外での経営に難しさが伴うのは間違いないですね。言語や文化、価値観の違いは大きな要素です。

私は日本にいますが、現地を担当する役員やマネージャーは相当な苦労をしていると思います。最も大切なのは、やはり現地に身を置き対話を重ねることです。国や地域によって、労働観や家庭内の役割分担などの風土は異なります。しかし生活や家族を守りたいといった使命感は、国や地域を超えて共通するものだと思います。

言葉や文化の壁を超えて互いを尊重し合う姿勢を徹底できている拠点は運営も円滑です。

── 買収から合併へ進むのは、どんなタイミングですか。

巻尾 基本的に、各社が自律的に事業を運営できている間は大きな動きは取りません。竹田東京プロセスサービスは持株会社化という特殊要因があったので重複事業の整理も兼ねて統合しましたが、通常は独立した状態のままでは解決できない課題が見えて、他のグループ会社と組み替えることで新たな価値が出ると判断できたとき。そこが、合併のタイミングかなと思います。

── 買収前にすべてが見えるわけではないと思います。見抜けずに苦労した経験は。

巻尾 もちろんあります。特に痛感したのは、管理や内部統制の目線をきちんと効かせることの大切さです。新しくグループに迎える会社だけでなく、自分たちで立ち上げた会社についても、PMIと同じように管理側の目線を届けていかないといけない。

デューデリジェンスは限られた時間で行うものですから、どうしても見えない部分は出てきます。だからこそ、統合の過程で仕組みをつくることが大事だと思っています。

■自前か、買収か──「スピードを買う」

── 直近の大英エレクトロニクスは、自社でもできる領域だったのではないかという見方もあります。自前か買収かの線引きは。

巻尾 大英エレクトロニクスは、東京・八王子でプリント基板レイアウト設計やプリント基板電気検査サービスを手がける、営業利益率の高い会社です。この7月に、ムトー精工から全株式を取得しました。自前か買収かの判断軸は、突き詰めればスピードだと思います。

M&Aの最大の魅力はスピードです。大英エレクトロニクスには回路設計の部門があり、当社グループにも設計の機能はあります。詳細は割愛しますが、やれることは少しずつ異なる。資料を読み、聞き取りをしたうえで、同じものを当社グループで作ることはできる、けれど、それにはどれだけ時間がかかるか。比較して考えた結果、グループに入ってもらったほうが有益だと判断しました。

いま市場が求めるスピードは、とても速い。グループの中でオーガニックに育てる速さよりも、もっと速いものが求められていると感じます。

だからこそ、M&Aで補完するのは有力な選択肢の一つだと思っています。大英エレクトロニクスが加わったことで、これまで当社グループになかった「プリント基板電気検査サービス」の事業領域が新たに実装されました。

お付き合いのある得意先には基板メーカーが多いので、これまでの設計・マスク製造に加えて、検査の領域でもお力になれる動きができるのではないかと期待しています。まずは、相手の事業をしっかり理解することを最優先しているところです。

── M&Aを成功させるうえで、一番大切なことは何だと考えますか。

巻尾 少し照れくさいのですが、結局は誠実さじゃないでしょうか。相手からの問いかけに迅速かつ丁寧に応え、必要な情報を滞りなく共有しなければ前に進まない。これは双方に言えることです。

M&Aは、PMIに入る以前から、人と人との信頼関係の上に成り立っています。相手の意向に誠実に向き合い、レスポンスの良いコミュニケーションを重ねることは、成功に欠かせない要因だと思います。

■変わらなければ、生き残れない

── 100年企業でありながら、変化に強くあろうとされている印象を受けます。

巻尾 変化しないと生き残れないと思っているからです。技術革新の速い業界ですから、置いていかれない取り組みは事業会社側でも当然やるし、我々の立場でも意識しないといけない。

今回、大英エレクトロニクスに加わっていただいて一番大きいのは、やはり顧客基盤という無形の資産だと思っています。各社が培ってきた顧客基盤をグループ全体で有効に活用し、それぞれの事業会社における新たな価値創造につながることが望ましいと考えています。その価値をどれだけ高められるかが、今後のグループの課題です。

引き続き有望だと見ているのは、市場の広がりが見込まれる半導体関連マスクと、タイ・日本・中国で展開する紙器などのパッケージ領域です。2024年度からの中期経営計画のもと、成長領域へ戦略的に資金を配分し、持続的な成長を実現できるグループの体制をつくる。この方針は明確です。

人材についても、出身母体にこだわりはありません。優秀な人材には、グループのなかで自然とより大きな役割が与えられる。これは歴代の経営陣が、意識せずにやってきた当社の良さだと思っています。

たとえば、出身母体や従来の役職にかかわらず、能力や意欲のある人材を、より大きな役割に登用することもあります。能力と意欲があれば活躍の機会を得られる、ということを、口で言うのではなく実際の人事によって示す。それが、グループに加わる魅力の一つになればいいと思っています。

── これからM&Aに取り組む経営者も多いと思います。何度も経験してきて、いま率直に感じていることを教えてください。

巻尾 難しいですね。私自身、いまも悩んでいますから。ただ、その会社で働く人たちが幸せになれるかどうか、という視点はとても大事だと思っています。

最近は「ベストオーナー」という言葉がよく使われますが、自分たちがその会社にとってのベストオーナーになり得るのか。この問いに向き合い続けることが、何より大切なのではないかと感じています。

氏名
巻尾忠臣(まきお・ただおみ)
社名
竹田iPホールディングス株式会社
役職
上席執行役員CFO 経営統括本部長兼経営企画部長