(写真=PIXTA)
停滞する先進国経済
1990年代初のバブル崩壊以来日本経済は総じて低迷が続いてきた。リーマンショック後の米国経済の回復は予想以上に緩慢で、欧州経済も債務危機で混迷が続いている。急速な経済成長で追い上げてくる新興国に比べて、先進国経済の停滞は明らかだ。このため、先進諸国経済が長期的な停滞局面に入ったという議論も出ている。
この原因としてよく見かける説に、新たな技術革新が起こり難くなったからだというものがある。我々の身の回りにあるものの多くは、20世紀に発明されたり急速に普及したりした製品だ。冷蔵庫や電子レンジ、照明にエアコン、自動車、飛行機、電車、テレビやパソコンもしかりである。
これに対して20世紀末以降は、我々の生活を大きく変えるような発明はないという。「インターネットは例外として」という留保が付いていることもあるが、インターネットのもたらした変化は仮想空間の中だけに過ぎないという評価も少なくないようだ。
ネット通販の急拡大
昨年、世界中でフランスの経済学者トマ・ピケティ氏が出版した「21世紀の資本」が大きな話題となった。筆者も、春頃にアメリカで大きな反響を呼んでいるという記事を見て、さっそく電子書籍を購入して読み始めた。昔だったら書店を通じて本を取り寄せることになり、料金の安い船便を使うと何か月もかかっただろうが、世界中どこでも同時に入手できて手数料はゼロだ。
仮想空間の世界の変化で、現実の生活も大きく変わった。例えば、日常生活の買い物のスタイルは、大きな変化をとげ、パソコンやスマホを使ったネット通販(電子商取引)が急速に拡大している。
消費者向け電子商取引の市場規模は、2010年には7.8兆円だったが、2014年には12.8兆円に拡大した(1)。このうちで、家電製品や衣類などの物販系分野では、電子商取引の割合は売上全体の2.84%から4.37%へと上昇している。物販以外の分野では、有料の音楽や動画配信や電子書籍などのデジタル系分野が、1.5兆円と規模は小さいが電子商取引の伸び率は前年比37.1%という高いものになっている。
物販系の中でも「生活家電、AV機器、PC・周辺機器等」では、2014年には全体の四分の一もが電子商取引を通じて購入されているという[図表1]。
メーカーと機種を指定すれば店頭で確認しなくても商品の質が確保されるということが大きいのだろう。同様に品質に差が無いと考えられる「書籍、映像・音楽ソフト」(市場規模約9000億円)も、電子取引の比率は約2割と高い。
変化が速すぎることが問題?
新しい発明が少なくなれば、世の中はあまり変わらなくなるはずだが、むしろ変化が速くなったように感じる。携帯電話の進化のスピードを見れば、人間の方が変化について行けないことの方が問題のように思える。多くの企業にとっての問題は、市場の変化が速過ぎて、投資資金を回収する間もなく次々と新しい製品が登場することではないか。
人々が欲しいと思うモノやサービスを全て入手できるようになった世界では、昨日も今日も明日も変わらないだろう。しかし満たされない欲求がある限り、新しい工夫や発明でそれを満たせば利益が得られる。企業は新たな商品やサービスを供給しようとし、経済は発展し続ける。長期停滞論や消費飽和論は、これまでも何度も繰り返し登場してきたが、いつの間にか消えて行った。
仮想空間の世界は現実世界の大きな変化をもたらしている。これは先進国経済が技術革新の枯渇に陥っているわけではないということを示す証拠ではないだろうか。
(1)経済産業省「平成26年度我が国経済社会の情報化・サービス化に係る基盤整備(電子商取引に関する市場調査)」
櫨(はじ)浩一
ニッセイ基礎研究所 経済研究部
専務理事
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