◆AltmanのZ Scoreに生じた変化

Accruals Ratioの分析において、日本の2005年以前における倒産企業と2006年以降における倒産企業とで異なる特徴を持っていたことについて言及した。同様に、Altman Z Scoreモデルにおいても2005年以前と2006年以降でその特徴に違いが生じているか確認しておこう。図表18は、非倒産企業、2005年以前の倒産企業、2006年以降の倒産企業それぞれについてZScoreの平均値を時系列で示したものである。

信用リスク分析 図18

図表18によれば、2005年以前の倒産企業は、倒産の5年前の時点ですでに非倒産企業とは大きく乖離した水準を推移している。よって、2005年以前の信用リスク分析において、Z Scoreを使用することで、それなりに早い段階で分析対象企業の信用力の悪化を把握することが可能であったと考えられる。

しかし、2006年以降の倒産企業は倒産する2年前まで非倒産企業のZ Scoreとほぼ同様の水準を推移しており、信用力の悪化を把握できてから倒産してしまうまでの期間が2005年以前と比較して短くなっていることが分かる。このような変化をもたらした原因を探るため、Z Scoreの説明変数の時系列推移についても確認しておこう(図表19~図表23)(*13)。

注目すべきは「営業利益/総資産」(図表21)と「売上高/総資産」(図表23)の対応関係であろう。2005年以前は「売上高/総資産」において倒産企業と非倒産企業が同じ水準を推移していたが、2006年以降は「営業利益/総資産」において倒産企業と非倒産企業が同じ水準を推移している。

また、それに対応して、2006年以降の倒産企業において「売上高/総資産」が非倒産企業のそれと比較して大きくなっている。つまり、2006年以降については、売上高のファクターは信用リスクモデルとしてのZ Scoreの説明力を弱めてしまう効果をもたらしていることになる。

また、倒産時の「営業利益/総資産」の下落幅は2006年以降の方が大きくなっている。2005年以前の倒産企業において総資産の単調減少を伴っていることが多かったことを指摘したが、この点を考慮に入れると、2006年以降の倒産企業の営業利益の減少幅はそれ以前と比較してグラフの示す傾き以上に大きいことになる。おそらく、2006年の倒産企業においてこのような結果になっている一因として、利益目標を達成するために収益認識の前倒しや費用認識の後ろ倒しをやり続けるなどの利益調整を行っていた企業がそれなりに存在していたものと考えられる(*14)。

これらの企業では、利益調整では耐えられなくなり、最終的に大幅な営業利益の下落を認識せざるを得なくなったと考えることができるであろう。これらの結果から、少なくとも2006年以降は、日本において「売上高/総資産」はもはや企業の信用力を測るファクターとして機能していないことを示唆している。また「営業利益/総資産」も早期に検出することの難しい企業が無視できない程度に存在しており、補完する方法が求められる。

「運転資本/総資産」(図表19)や「時価総額/負債総額」(図表22)においても、2005年以前は倒産企業と非倒産企業においてこれらの水準に大きな乖離があるが、2006年以降はその水準に大きな乖離は見られない。「売上高/総資産」と同様に、これらのファクターも2005年以前と比べて倒産企業の信用力を測る指標としての説明力が弱くなってしまっている。

一方で、「剰余金/総資産」(図表20)のみが信用リスクモデルとして一貫した説明力を保持しているように見える。剰余金にはいわゆる「内部留保」が含まれるが、内部留保は過去の会計利益の蓄積であり、長期的な収益性を表現するものである。よって、剰余金は企業の信用力を表す指標として説明力の高いファクターとしていまだ機能しているものと思われる。