中国沿海のQ市で老舗の日本料理店を経営している70歳の日本人長老は、最近ため息をつくことばかりである。
日本人駐在者たちが帰国の話ばかりしているからだ。今年に入り常連客を次々に失った。同市と下関港を結んでいたフェリーが運航を無期限休止、日中合弁の運営会社は解散の方向となり、駐在日本人たちは帰国していった。特に貨物の目減りが激しく、2015年は1年で半減した。それに加え、「一人でやっている人は皆帰ってしまうのではないか。」という心象も持っている。
この“一人でやっている人”は日本の組織には所属していない、中国で自分の会社を立ち上げたか、一匹狼で請負い仕事をしている人たちである。帰国命令を拒否して退社、現地にとどまり起業した人もいる。当然、日本の本社から支援を得られ、任期のある企業駐在員とは一味も二味も違う、キャラの際立つ強者ぞろいである。
そうした猛者連にどうやら黄昏が迫っているというのだ。
「結婚して起業」パターン 妻の実家からの援助や人脈が成功の要諦
中国で起業して成功するには、よい人脈をつかむことが不可欠で、それが全てと言ってよい。日本人起業家における2つの典型例を見てみよう。
結婚して起業。これは最も確実な方法だ。今をときめく中国人経営者にもよく当てはまる。妻の実家からの資金援助や人脈が成功の決定打だったため、本人がどれほど偉くなろうと妻には一生頭が上がらない。日本人男性が起業する場合、資金を提供する代わり、中国人妻の実家から人脈のみ得るというパターンだろう。これによって中国企業と認知されれば、さまざま企業リスクに対する耐性が増す。役所や公益企業との関係が安定し、嫌がらせや不作為が減るなど影響は大きい。
一例を紹介する。起業時まだ30代前半だったK氏は、日本でファッション業界向けアクセサリー会社の営業マンだった。あるとき取引先が中国で鞄の検品会社を作ることになり、その立上げを長期出張して手伝った。この業態はいけると踏んだK氏は退職を決意、中国に腰を据え自らも起業した。後発としてスタートだったが、瞬く間に中国最大の鞄検品会社に成長した。中国には衣料品の日系検品会社は山ほどあるが、鞄専業は存在しなかった。この専門性が日本の鞄業界に大きくアピールし、注文が殺到した。
K氏の妻は中国人である。やはりここが成功のポイントだ。銀行融資、土地建物の確保、必要人員の手配など、いずれも日系会社では相手が身構えてしまい、スピード対応が難しい。K氏の会社は中国企業として認知を得てその壁を乗り超え、素早い業容拡大に成功し、顧客需要をすべてさばき切った。
「請われて起業」パターン
中国側取引先からの依頼により起業——これは最も多いパターンだ。独立して中国にとどまり、これまで通り日本側バイヤーの窓口をして欲しいと頼まれる。貿易会社を設立して中国側と顧問契約を結び、出来高に応じてマージンを受取るケースが多い。ただし中国生活が長いと、日本市場の動向に疎い日本人となりがちで、中国側の考える使用価値は、本人が気付かないまま年を追うごとに目減りする。
またマーケティングから生産管理まで、広範囲に高い能力を発揮しつつ、実績も残さなければ中国側は承知しない。また宴席コミュニケーション能力なども欠かせず、タフでなければ務まらない。実際こなし切れず、ここから別事業へ転換した人たちもいる。今帰国の相談をしているのは、主にこのグループの人である。
いずれの例でも彼らは、対日輸出ビジネスの物作り産業とその周辺に位置した。いわば第一世代起業者たちである。日中貿易の頭打ちとともに、黄昏が迫るのは、如何ともしがたい。
次世代の起業パターンは「中国化しないこと」が鍵
次世代の日本人起業者は、必然的に中国での販売ビジネスに特化するだろう。中国では2015年に第三次産業のシェアが50.5%となり、初めてGDPの過半を超えた。都市部に限ればさらに数パーセント高い。起業の中心も第三次産業になる。
これまでも第三次産業の日本人起業者はいた。日本料理店や日式バー、手作りパン屋、日本人向け情報誌の創業者たちが目に浮かぶ。しかしこれらは日本人をターゲットとして出発しおり、第一世代にくくってよい。
次世代は、もっとドライに進んでいくだろう。もはや濃密な人脈ネットワークを形成しなければ何事も始まらない、という時代ではなく、第一世代のように中国にどっぷり浸かった挙句、体や性格まで変形してしまうことはない。財、サービスともに純粋な商品力勝負ができるようになるはずだ。それを支えるさまざまなインフラも充実してきている。
例えばJTB上海支店では、中国各地で行われる「ジャパンウィ−ク」などへのブース出店をサポートしている。その会場で中国人の反応をうかがうことが可能で便利だ。またネット販売のインフラは日本以上に充実しており、参戦へのハードルも低い。
さらに言えば中産階級の中国人は、中国化した商品やサービスなど誰も求めていない。したがって中国に住み、中国人のニーズを把握したつもりでいても、たいていポイントがずれていく。そんな時間を費やすより、自分の手持ち商品を思い切ってぶつけるほうが早い。
逆説的だが今や中国市場で商品力を保つには、中国化しないことこそ重要だ。もはや起業にあたり中国に住む必要などないし、第一世代のように心身とも屈強な人間である必要もない。チャンスはむしろ広がっているのである。(高野悠介、現地在住の貿易コンサルタント)