「お客様は神様です」。接客業やサービス業の社内研修ではこの言葉が頻繁に登場する。そしてこの言葉を振りかざして理不尽な要求を突きつけるクレーマーもいる。確かに商売においてお客様重視の姿勢は必要だ。世の中のほとんどの商売は販売先があり、仕入先がある。販売先には頭が上がらなくとも、仕入先からはお客様扱いしてもらえる。

ところが、銀行員はそういうわけにはいかない。仕入先である預金者に対しても、販売先である融資先に対しても常に「お客様は神様です」という接客姿勢を求められる。しかも銀行の公共性を考えれば、お客様を選択することがきわめて難しい。反社会的勢力でもない限り、預金したいというお客様を拒む訳にはいかない。「お宅とは取引やめさせて頂きます」とは簡単には言えないのだ。銀行員だって言いたくなる。「こんなお客様は勘弁してください!」

できる銀行員は自慢話を引き出すのが上手い

長く銀行員という仕事をしていると、自慢話が人と人のコミュニケーションを円滑に進めるうえで非常に重要であることを痛感させられる。お客様の自宅を訪問すれば、真っ先にお客様が自慢したいと思っているであろうものを探す。最初にチェックするのは壁に掛けられた賞状。どのような職種でどのような功績をあげたのか、どのような分野で地域に貢献したのかが分かる。「ご立派ですね」と言われて気を悪くする人はいない。

そのほかにも、家の造りや手入れの行き届いた庭を誉めることもしばしばあるし、飾られてある絵画や写真など、誉めるべき対象はたくさんある。しかも、こうしたモノには趣味や嗜好が如実に現れる。どういった会話が喜ばれるのかを想像する重要な手がかりとなる。銀行員に限ったことではないがお客様との関係構築にはお客様の自慢話を聞くことが欠かせない。いかにお客様の自慢話を引き出すかが重要だ。営業ができる銀行員はいろんなことを勉強している。美術品、工芸品、音楽、褒めるべきモノが分からなければ話にならない。

本題を切り出すタイミングが重要だが

基本的にはお客様主導で商談は進む。よほど関係が悪化している場合でもない限り、いきなり用件のみを伝えて終了することは無い。もっとも、あえて直球勝負で攻める時もあるが、それはリスクを伴う。雑談やお客様の自慢話に感心している様子を演じながら、本題を切り出すタイミングを見計らう。相手の体調や気分、場合によっては奥様の気持ちも推し量りながらタイミングを考える。

ところが、なかなか本題に入らせてもらえないこともある。思わせぶりな態度を見せられながら、延々と本題に入れないのはこちらとしても辛い。本題に入れないまま2時間、3時間とお客様の自慢話につきあわされるのは、正直言って苦痛だ。

できる銀行員は忙しい。一つの仕事を片づければ、また次の仕事が湧いてくる。仕事ができる銀行員のところに仕事が集中する。「どうせ暇ですから」と、笑顔で答えながらも笑えないほど仕事を抱え込んでいる。少し、気を遣っていただけるとありがたいのだが。

人脈自慢には注意が必要だ

商談が円滑に進むのであれば、お客様の自慢話を聞かされるくらい何と言うことはない。勲章をもらった話も、子供や孫の自慢話も、かわいいものだ。しかし、どうにも耐え難いのは「国会議員の○○先生と親しい」、「芸能人の○○」と親しいといった人脈自慢だ。さすがに大物やくざと親しいという自慢を聞かされることはないが、この手の人脈自慢は聞かされる方にとっては苦痛だ。

とりわけ銀行員にとって苦痛なのは「頭取と親しい」「役員と親しい」といった話だ。純粋に親しみからこうした話題を投げかけてくださることもある。その場合は勿論、ありがたいお話であり、素直にお話をおうかがいする。しかし、この手の話ではたいていの場合は身構えてしまう。特別な対応を暗に求められているのではないかと、勘ぐってしまうのだ。下手を打てばやっかいな話に巻き込まれる可能性もあると考えれば、あまり関わりたくないお客様ということになる。

「あんたプロだろ?」そんなことを言われても

架空の金融商品をでっち上げた詐欺事件が頻発する。高利回りをうたった債券だったり、未公開株だったりするのだが、世の中の多くの人は「特別なもの」を求めている。自分だけが知り得る情報、限られた人だけが知り得る情報に対して幻想を抱いている。

銀行に対しても幻想を抱いている人がたくさんいる。為替相場、株式相場の先行きについて銀行が特別な情報を持っていると信じているお客様は意外と多い。投資信託についても、銀行が特定のファンドを買い推奨していてその情報に基づいて売買すれば利益を得られると考えているお客様がおられる。

実際にお客様から「あんたプロだろ。どの投資信託が上がるのか知ってるんだろ?」って尋ねられることがしばしばある。銀行が自らにとって都合が良い方向へ相場を動かしたり、特定の銘柄を意図的に上昇させるということは不可能だ。銀行員が特別な情報を隠し持っているというのは幻想だ。インターネットの普及で誰もが瞬時に情報を得られる現在では銀行が大きなアドバンテージを持っているとは考えにくい。確かにインサイダー情報に接する機会はあるが、厳しい内部管理体制があり、インサイダー取引で利益を得るというのは実際には難しい。

確かに銀行員はプロだ。しかし、決定的にお客様が勘違いしているのは、我々は金融商品を販売するプロではあるが、相場を動かすプロでは無いのだ。「プロだったら相場が上がるのか、下がるのかわかるだろ」としばしば言われる。声を大にして言いたい。「それが分かるくらいなら苦労しません」(或る銀行員)