HFT,デジハリ,サイバーファイナンス,大学,金融教育
(写真=筆者)

「いま、世間ではフィンテックだ、フィンテックだといって、金儲けの手段がタケノコのように湧いてきていますよね。それを助長することが趣旨であれば、私には興味がありません」

参加者から発せられた鋭い質問。壇上の男は冷静さを保ちながらこう断言した。

「それは私も興味がありません。今回のラボでやるべきことだと考えているのは金融システムの『あるべき姿』を再考し、『あるべき見せ方』を創出することです。金融システムをハックする、つまりはぶっ壊してしまうに『ふさわしい試みかどうか』。そこを踏まえた上で、どんどん新しいことを試してみようと。ラボなんですから失敗してもいいんですよ。ただし、議論をするだけで終わらせず、形にしましょうと。それが本ラボの趣旨です」

壇上の男の名は尹煕元(ユン・ヒウォン)。東京証券取引所や日本経済新聞社などをクライアントに持つ研究会社シーエムディーラボの社長であり、HFT(High Frequency Trading、高速取引)研究の第一人者だ。

冒頭の議論は2016年5月19日夜、東京・御茶ノ水のデジタルハリウッド大学院で行われた、産学連携のインキュベーションプロジェクト「サイバーファイナンスラボ・プロジェクト」のキックオフイベントのひとコマである。今春から同大学院の特任教授に着任した尹教授が、同ラボの主幹を務める。

定員の50人を大幅にオーバーした教室には、現役の金融関係者、トレーダー、フィンテック起業家、AI(人工知能)研究者、3DやVRの専門家、ブロックチェーンエンジニア、在学生など多彩な背景を持った人で寿司詰め状態となった。

参加者には当然、各自の目的や理想像がある。

このラボが目指すところはどこか、自分が果たせる役割は何か。議論は白熱し、予定の終了時間を迎えても止む気配がなかった。

6カ月に渡る金融システムの実装プロジェクト

実際、どのような取り組みなのか。同ラボのプログラムディレクター、高橋龍征氏は語る。

「このラボは新事業につながるモノを作り出すための実験場です。いわゆるインキュベーションの場なのですが、なるべく近視眼的な事業化にとらわれず、デジタルハリウッド大学院らしい斬新なクリエイティブの追求もしていきたいと思っています。対象分野は今後スポンサー企業によって事業課題が与えられるケースも想定していますが、基本的に事業の仕組みの中にファイナンスの考え方が組み込まれているものであれば幅広く対象と考えます。むしろ参加者のみなさんの熱意や創造性に期待します」

同ラボは金融のプロやクリエイター、エンジニア、同校の在学生などでチームを編成し、半年の間にプロトタイプ製作まで行う、いわば6カ月版の金融ハッカソンである。
参加者には金融数学の基礎を学ぶ機会が与えられる。予定されているテーマは「確率、統計」、「ポートフォリオ理論」、「カオスと周波数分析」、「ゲーム理論」。いずれも尹教授が「これらを知らない限り金融システムを語ってはいけない」という基本に絞り込んでレクチャーを行う。

またインキュベーション期間中は同校の教授陣を筆頭に、金融実務家、スタートアップ支援のプロ、デザイナー、弁護士、公認会計士などによるメンタリングの機会がある。最終的にはデモデイを実施。優れたサービスについては投資家や事業提携先候補とのマッチング機会を提供し、事業化を支援する予定だ。

「本学の在学生にとっても滅多にない機会なので、是非多くを吸収してほしいと思います」と同大学院事務局兼産学官連携センターの氏原大氏。「産学官連携とサービスの実装・実現を重視している本学としては、こうした場を創り、社会を変えるようなアウトプットを出すことは至上命題。全力でバックアップしていきます」

同ラボがアウトプットにこだわるには訳がある。

まず、デジタルハリウッド大学院がモノづくりにこだわる大学院であるという点。学内のスローガンとして「実装(ディプロイメント)」という言葉が定着しているほどで、在学生には修了課題としてサービスや製品のプロトタイプの提出が求められる。また、モノをつくるカリキュラムや学内のカルチャーを通じて起業や新規事業の立ち上げを速やかに行えるため、大学発ベンチャー数では早稲田大学についで私立大学で2位(2015年、経済産業省調べ)である。

一方の尹教授は「研究者は論文を書くことではなく、社会の役に立つことが責務である」をモットーとし、自身の研究会社では各種APIを用いた実験的なアプリケーションを次々と開発している。

両者の想いが一致したわけだ。

モノを作り出すにあたって必要となるAPIやツールは、参加チームの要望に応じて各企業に賛同を呼びかけていくという。すでにクラウドプラットフォームのMicrosoft Azure(日本マイクロソフト株式会社)の活用は決定しており、条件次第では世界最速のスパコン「京」の活用さえ見据えている(兵庫県立大学計算科学連携センターを通しての申請が可能)。

さらに総合金融情報ベンダー、株式会社QUICKによるAPI『QUICK APIs』の提供も決まった。これにより参加者は世界中のマーケット情報の多くを取得可能になる。当日登壇した同社イノベーション本部副本部長兼イノベーション本部パーソナル事業部長の辺見重明氏は今回のプロジェクト参画についてこう語る。

「当社ではすでに国内最大手のビットコイン取引所を運営するbitFlyer社や次世代情報ベンダーのXignite社へ出資を行っています。今回の当社のAPIの提供にあたっては、ワークショップやAPIへのフィードバックを通じて、皆様と新しいサービスを共創していければと思います」

サイバーファイナンスで不可欠な視点

流行りのフィンテックではなく、なぜ「サイバーファイナンス」という聞きなれない言葉を使ったのか。ここに尹教授の金融システムに対する考え方がよく表れている。

「いま世の中では10年前には考えられなかったような現象が起きています。マイナス金利に仮想通貨、最近ではパナマ文書。これらはお金の流れや金融システムが確実に変わっていくことを示唆しています。そして、その変革を支えている根本はサイバー、つまりネット空間の進化です。だからサイバーファイナンスなんです。フィンテックがバズワードとなり、これだけ盛り上がっているおかげで、いままで自分たちで探さないといけなかったバラバラの情報を各メディアが発信してくれています。それはそれでサイバーファイナンスにとってありがたいことです」

尹氏はサイバーファイナンスにおいて絶対に忘れてはいけない視点があるという。

「何が変わって、何が変わらないかの認識です」

インターネットによって情報の取得・管理・伝達の方法は変わった。一方で、モノの交換という行動や、合理性を司る基礎学問のあり方は変わらない。いくらAIが進化しようと足し算の仕方は変わらない、ということだ。

「ですので、変わらない部分については座学やワークショップを通じてしっかり身につけてただきます。そして、変わる部分についてはAIやブロックチェーンなどを用いて情報に関するアプリをつくるといったように、新しいことに果敢にチャレンジしていただければと思います。参加者に求めているのはハック魂です」

本格始動は2016年10月を予定

同ラボの本格始動は今年の10月を予定。それまでに参加メンバーやオープンイノベーションに関心のある企業などを順次集めるのが前述の高橋ディレクターの役目だ。

「私は昨年、10回以上ハッカソンに参加したのですが、そこで痛感したのは、参加者の質によってアウトプットが決まってしまうということです。よって、今回は様々な企業や研究機関を個別に回り、人材をスカウトするくらいのつもりでおります。『金融か。ハードルが高いな』と思っているクリエイターやエンジニアの方々にこそ参加していただきたいですね」と高橋氏。

秋に向けてプログラムやチームの構築も徐々に進めていくという。

当然、立場の違うメンバーが集い、長期間の共同作業を行うため、適切なチームビルディングが不可欠である。そのため、同ラボでは6月にもMeetupを2回予定している。興味を持たれた方はぜひ足を運んで欲しい。

●「サイバーファイナンスラボ・プロジェクト」次回Meetupの予定

2016年6月16日(木)  19:00~(予定) @デジタルハリウッド大学院(教室未定)
2016年6月30日(木)   19:00~(予定) @デジタルハリウッド大学院(教室未定)

詳細は デジタルハリウッド大学院Webサイト にて告知予定

郷和貴
ブックライター 。東京在住。早稲田大学第一文学部卒。組み込みエンジニア、雑誌編集者などを経て2014年に独立。フィンテックを学ぶべく、デジタルハリウッド大学院「サイバーファイナンスラボ・プロジェクト」に潜入取材中。

【編集部のオススメ記事】
「信用経済」という新たな尺度 あなたの信用力はどれくらい?(PR)
資産2億円超の億り人が明かす「伸びない投資家」の特徴とは?
会社で「食事」を手間なく、おいしく出す方法(PR)
年収で選ぶ「住まい」 気をつけたい5つのポイント
元野村證券「伝説の営業マン」が明かす 「富裕層開拓」3つの極意(PR)