(写真=The 21 online)
(写真=The 21 online)

「パワハラ」「ブラック企業」……言葉の独り歩き

社会の中で、ストレスから身を守る傘を見つけづらい原因はなんなのか。河合氏は、「人と人との心の距離感が離れている」と指摘する。

「パワハラやセクハラ、ブラック企業という言葉がありますよね。これらの言葉が登場したことで、今まで見過ごされてきたハラスメントや長時間労働に光が当たり、多くの人が救われました。

ただ、今はこれらの言葉が一人歩きして、少し厳しい指導をしただけでパワハラと言われたり、プライベートのことを聞くとセクハラと非難される状況になっています。

その結果、今、上司は部下と距離を置き始めています。本当は部下の悩みを聞いてあげたいのに、下手に距離を縮めると面倒なことになるので、上司からシャッターを下ろしてしまうのです。『パワハラ』などの言葉は本来、人が働きやすい環境を作るために生まれたのに、皮肉なことに人間関係を難しくしている側面があります。

でも、人は一人きりでは生きていけない動物です。雨に濡れている人がいれば、自分の傘を貸してあげる。逆に雨に降られてどうにもならないときには、素直に傘を貸してと言う。お互いにそう言える関係を築くことがストレス対処では極めて重要です。心と心の距離感の近い人がたった一人いるだけで、自分ではどうにもならないような雨でも、なんとかやりすごすことができる。そのためにもまずは自分から、傘を差し出す勇気を持つことです。

しんどそうな人がいたら『どうした?』とたった一言でいいから声をかける。それだけでいい。傘を借りたいと思っている人にとってそれは大きな傘です。そして、自分自身も一人きりでがんばらず勇気を出して『傘を貸して』と助けを求めてください。

ただし、傘を借りても、傘を持つのは自分です。雨の中、一歩踏み出すのも自分自身です。傘が重たければ一緒に持ってもらう、雨の中踏み出せなければ、背中を押してもらう。そういった関係が重要なのです。つまり、傘の貸し借りは相互依存ではない。あくまでも伴走者を得るということです」

人を救うのは「面倒な人間関係」?

では、もし他者から傘を借りられない厳しい状況で、雨にびしょ濡れにならないためにはどうしたらいいのだろうか。

「何か自分にとって大切なもの、心の拠り所を持っている人は強いと思います。たとえば大事な家族や、誇りある仕事など……。それは、本当は誰にでもある。日常の中にある当たり前の中に、実はあって、それに気づいていないだけです。

東日本大震災のときに、その大切なものに気づいた人は多かったはずです。たとえば、原発事故で避難を余儀なくされ、地域住民がバラバラになってしまった方は、このように話していました。

『村の人間関係は濃厚で、はっきり言って冠婚葬祭や村の行事も面倒なことが多かった。でも、コミュニティがなくなって初めて、自分たちは面倒くさいことに支えられていたことがわかった』

地域とのつながりだけでなく、家族やパートナーとの関係、日々の仕事も『めんどくさいこと』だらけです。でもそういった日常の面倒で当たり前のことが、実際には心の拠り所になっているんじゃないでしょうか。自分にとって大切なものは何か? ときには立ち止まって、考えてみる必要があるのかもしれませんね」

河合 薫(かわい・かおる)健康社会学者/人材育成コンサルタント
東京大学大学院医学系博士課程修了(Ph.D)。千葉大学教育学部を卒業後、全日本空輸㈱に入社。気象予報士として、テレビ朝日系「ニュースステーション」などに出演。その後、東京大学大学院に進学し、現在に至る産業ストレスやポジティブ心理学など、健康生成論の視点から調査研究を進めている。働く人々のインタビューをフィールドワークし、その数は600人に迫る。長岡技術科学大学、東京大学、早稲田大学などで非常勤講師を歴任。早大感性領域研究所研究員。最新著書『考える力を鍛える「穴あけ」勉強法』(草思社)。『モーニングCROSS』(TOKYO MX)、『情報ライブ ミヤネ屋』(YTV系)にコメンテーターとして出演中。(取材・構成:村上敬 写真撮影:まるやゆういち)(『 The 21 online 』2016年6月号より)

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