Q ストレスチェックの結果から、何がわかるのでしょうか?
A ストレスチェックによってわかるのは、「個人結果」と「集団的分析」の二つです。
前者は、その名のとおり、ストレスチェックを受けた本人が自分の結果を知るものです。ストレスの程度や傾向、特徴が点数などで示され、高ストレスと判定された人には、医師による面接指導の対象者であることが通知されます。
もう一方の「集団的分析」は、個人結果を部署などの集団ごとに集計・分析したもので、職場ごとのストレス状況を把握するのに有効です。「仕事量の負担」「対人関係でのストレス」「技能の活用度」といった項目別に数値化するので、従業員のストレスの原因がどこにあるか、部署によってどう違うのかがわかります。
また、各項目について、全国平均や同業他社との比較もできます。同業他社と極端な差があれば、その点を優先的に改善すべきだと判断できます。たとえば、「技能の活用度」は数値が小さいほどスコアが悪いので、同業他社が4.5なのに自社は2.0しかないといった場合には、従業員がそれぞれの技能を活かせるように配置換えを行なうなどの施策が考えられるでしょう。
Q ストレスチェックの結果が人事評価に影響することはあるのでしょうか?
A ありません。そもそも、個人結果は、本人が同意しない限り、企業側は知ることができません。企業側に伝えられるのは、集団的分析の結果だけです。
また、人事権のある社長や役員、人事部長などは、ストレスチェックを実施する際の事務に従事してはいけないと定められています。実施者となる産業医や実務を担当する産業保健スタッフ、事務職員には法律で守秘義務が課せられており、違反した場合は処罰の対象となります。
ストレスチェックや面談の結果を理由に、企業が従業員に対して不当な配置転換や退職を勧めるといった不利益な扱いをすることも禁じられています。
一方、集団的分析の結果は、希望すれば、管理職の方も見ることができます。課長が「自分の課の結果や他部署との比較を知りたい」と思えば、可能なわけです。
個人結果はあくまで従業員が自分の状況を把握するためのものであって、企業がメンタルヘルス対策に活用するのは集団的分析だということです。
Q 一般の従業員にとって、自分のストレス状態を知る他に意味はあるのでしょうか?
A 人事労務担当者や経営者でなくても、ストレスチェックの結果は、職場の環境改善や制度改革のためのきっかけとして活用すべきです。
とくに中間管理職にとって、ストレスチェックの集団的分析は重要です。実際に職場の雰囲気や働きやすさを左右するのは、現場のリーダーである中間管理職によるところが大きいからです。
たとえば、各部署の結果を比較すると、「仕事量の負担」はほとんど同じなのに、設計課だけが他の課よりも高ストレス者の出現率が30%も低いとわかったとしましょう。この場合、設計課長が、部下のストレスを軽減するためのなんらかの取り組みや工夫を行なっているのではないかと推測できます。
そこで、各部署の管理職を集めて勉強会や研修会を開き、設計課長が実践しているノウハウや事例を共有することで、自分の課のメンバーのストレスも軽減できるでしょう。あるいは、設計課長に時間をもらって個人的にヒアリングをするだけでも、役立つ情報を得ることができます。
部下を持つ管理職なら、「なんとなくチームの雰囲気が悪い」「なかなかチームの効率が上がらない」といった悩みを抱えている人も多いはず。それを解決できる絶好のチャンスと捉えて、ぜひストレスチェックの結果を前向きに活用してほしいと思います。
「義務化されたから仕方なくやる」というのでは、ストレスチェックは企業にとって単なるコストにしかなりません。ストレスチェックの結果を具体的なメンタルヘルス対策へつなげれば、ストレスチェックは「投資」に変わります。
メンタルヘルス対策の投資効果が高いことは、すでに各種の研究結果で実証されています。米国のゼネラルモーターズ(GM)でメンタルヘルス対策を導入したところ、従業員の欠勤率が約40%、疾病や事故への保険給付金額が約60%、社員からのクレームが約50%減少したという報告もあります。
ストレスチェックをコストから投資へ転換し、大きなリターンを得るために、管理職の皆さんが率先して、チームの働き方やマネジメント手法の見直しといったアクションにつなげてほしいと思います。
Q 課題や問題点はないのでしょうか?
A 今年が導入1年目なので、システムや運用にまったく課題がないわけではありません。
「職業性ストレス簡易調査票」はシンプルなので、意図的に高ストレスと判定されるように回答するなどの悪用の可能性はゼロではありません。今後は調査方法の精度をさらに高めていくことも必要でしょう。
産業医の協力をいかに得るかも、当面の課題です。ストレスチェックの結果は労働基準監督署への報告が義務づけられていて、この報告書への記名押印は産業医でなければ担当できないと定められています。しかし、調査結果について最終的な責任とリスクを負うことを不安視する産業医もいて、いきなり協力を依頼しても前向きな返事をもらえないこともあります。
ただ、これらの課題を差し引いても、やはりストレスチェックの義務化は日本企業にとって大きな前進だと感じています。これまでは、現場がメンタルヘルス対策を実施したくても、上司や経営者を説得できずにいたケースもあったでしょう。でも、ストレスチェック制度の義務化により、メンタルヘルス対策の必要性を認識する経営者が増えているので、今後は現場から提案されるさまざまな施策を実行に移しやすくなると思います。
皆さんもストレスチェックを「自分には関係ない」と思わず、ぜひ、自分やチームが働きやすい職場作りに役立ててください。
植田健太(うえだ・けんた)臨床心理士/特定社会保険労務士
1981年、大阪府生まれ。早稲田大学卒業、早稲田大学大学院修了。キヤノンアネルバ〔株〕、キヤノン〔株〕で約10年間、人事を経験後、独立し、Office CPSR臨床心理士・社会保険労務士事務所を設立。(一社)ウエルフルジャパン理事、産業能率大学兼任講師。企業向けにメンタルヘルス対策コンサルティングをしながら、セミナーを多数実施。著書に『図解ストレスチェック実施・活用ガイド』(中央経済社)、『なぜストレスチェックを導入した会社は伸びたのか?』(TAC出版)など。(取材・構成:塚田有香)(『
The 21 online
』2016年6月号より)
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