安倍昭恵・首相夫人が「大麻」解禁論を主張して話題になったのは2015年の年末。ここにきて、海外では進んでいる医療用や産業用としての大麻の役割が再びクローズアップされている。

昭恵氏は鳥取県智頭(ちづ)町を訪問、それまでも会津木綿や柳井縞の農作業着づくりなど、伝統産業に関心を寄せていたが、大麻栽培を復活させた智頭(ちづ)町を引き合いに出し、医療用大麻の可能性や、大麻栽培による町おこし、さらに過疎化・高齢化対策もアピールした。

大麻はヘンプとも呼ばれ、植物の一種、アサ(Cannabis sativa)のことだ。大麻に含まれる薬効成分のカンナビノイドが、鎮痛作用や陶酔作用を引き起こす。86種類以上のカンナビノイドが大麻の中に含まれるというが、麻薬と言われてきたのは、THC(テトラヒドロカンナビノール)と呼ばれる成分で、主に花穂と葉にある。これが日本でいう悪者のマリファナ、乾燥大麻だ。

大麻の歴史観を見直したい首相夫人

大麻草の栽培や利用は古くから一般に行われていた。神社にあるしめ縄の原材料の麻も大麻草の茎から作られている。大麻草の実や茎にはこうした陶酔成分はない。うどんに入れる七味にも麻の実が入っている。安倍首相夫人の狙いは、日本で大麻草の栽培が伝統的に続いていたことや庶民の生活に根付いていたことを踏まえ、固定観念化した歴史観を見直すことのようだ。

日本で大麻が規制されるようになったのは戦後だ。大麻の所持や譲り受けなどは、大麻取締法により罰則があり、THCについては、麻薬及び向精神薬取締法で麻薬に指定され、医療目的であっても使用、輸入ならびに所持は禁止されている。

産業用や医療用大麻の普及

一方、ヨーロッパや豪州では90年代から大麻の産業用への研究が進み、品種改良で薬理成分がほとんど含まれていない産業用大麻が、健康食品にも利用されるようになった。

大麻は捨てるところがないというほど汎用性の高い植物だ。大麻を産業に活用すれば、石油代替の製品として、紙や服だけでなく、麻の油からプラスチック、燃料まで作れるという。

米国では、ヘンプについては栽培が限定的に認められ、最近では断熱材に使う麻繊維やヘンプ入りの建材としての開発も進んでいる。ヘンプは、コンクリートなどと違い、成長する過程で二酸化炭素を吸収する、地球に優しい再生可能資源としても注目されている。

医療用としての注目度はさらに高い。日本でも戦前は、喘息やアレルギーの漢方薬のような用途で使われたという。大麻の医療使用が認められている欧米では、がん患者の苦痛を和らげるためのものとして処方されることが多い。有効な治療薬がない疾患、難病に対しても使われることがある。さらに認知症予防やリウマチなど約250の疾患に効果があると指摘され、英国、フランス、ドイツ、イタリアなどでは実際に販売されている。

医療目的と娯楽目的の大麻

「麻薬大国」の米国では医療用大麻を認める州が急増している。全50州のうち25州と、首都ワシントンD.C.だ。処方は腰痛、慢性痛、末期エイズ患者の食欲増進などが対象だ。医療用として使うためには、処方箋が必要だが、娯楽目的だと必要ない。医療目的と娯楽目的の両方をクリアした「完全合法化」州は、すでに4州ある。

コロラド州では2014年1月から、酒やたばこと同じように嗜好品としての大麻が店頭で販売されるようになった。THCを含有するという水出しコーヒーまで現れ、ビールやワインを1杯飲んだ時と同じような陶酔感を味わえるという。

大麻が解禁された場合、まず指摘されているのは、医療費削減効果だ。ジョージア大学の研究チームが、医学誌ヘルス・アフェアーズに発表した論文によると、医療用大麻を合法化した結果、2013年のメディケア(高齢者・障害者向け公的医療保障制度)の医療費を年間で165億円節約できたという。

ギャラップの世論調査によると、米国で大麻合法化に賛成する人は、2005年は36%だったが、2016年は58%と半分以上に上った。これに伴い、合法大麻を扱うスタートアップ企業やそれに対する投資家も急増している。医療用大麻のマーケット拡大をにらんだもので、市場規模は6500億円にもなるという。

複雑な大麻議論

大麻解禁論は、こうした産業用、医療用、娯楽用としての使われ方がごっちゃになり、議論を複雑にしている。末期がん患者の苦痛緩和などの期待から、医療用大麻の解禁を望んでいる人は少なくないが、日本ではまだ、健康被害など入り口の議論で終始しているケースが多い。

米国医学研究所などによると、大麻はアルコールやたばこよりもはるかに依存性や健康被害が少ないことが指摘されている。しかし合法化が進むアメリカでもいわゆる「ハイ」になるという感覚は問題視され、未成年者への浸透や健康への影響、飲酒運転のようなマリファナを吸った状態での運転など課題を指摘する人は多い。

また大麻がほかの中毒性の高いドラッグへの入り口(ゲートウェイドラッグ)となってしまう懸念を訴える人もあり、議論は続いている。(ZUU online 編集部)