2017年1月7日付の日経新聞電子版は、日経通貨インデックスを構成する25通貨のうち、4~6日で最も上昇したのは人民元だったと伝えた。これは2015年ごろから膨らんでいた資本流出を止めようと中国の通貨当局が昨年末からいっそう規制を強化したため、海外投機筋が人民元を買い戻す動きが出た結果といえる。中国当局による今回の規制は企業から個人の行動にまで及んでいるが、そうしたなりふり構わぬ手段を取る背景に迫ってみたい。

2005年切り上げ以来の上げ幅

1月5日のブルームバーグニュースによると、5日の香港市場で元は現地時間午後2時53分現在、前日比1%高で、この2日間の上昇率は2.3%に達し、2010年からのデータでは2営業日として最大の上げを記録した。同日、香港短期金融市場では翌日物金利が一時、過去最高の100%超えまで上昇する。

同ニュースはこうした流れについて「中国本土からの資本流出に歯止めをかけようとする当局の取り組みが奏功しつつある」と評した。

翌6日の日経新聞電子版によると、中国人民銀行は同日、1ドル=6.8668元と設定。上げ幅は2005年7月の元切り上げ以来の水準だという。

当局の資本規制強化は昨年末から始まっていた。5日のSankei Bizは関係者の話として、金融監督当局はすでに一部の国有企業に外貨を売るように求めていたと報じた。また、必要があれば経常勘定の下で保有する一部外貨を一時的に元に替えるよう命じる可能性もあるとしている。

規制は企業だけでなく個人にも本格的に乗り出したようだ。6日付の日経新聞朝刊によると、中国人民銀行は大手銀行に対し、個人の外貨両替取引について報告を求めるよう要請。今年からは外貨購入を希望する個人に対しては銀行窓口で「海外で不動産や証券、保険を購入してはならない」と明記された申請書の提出も義務付けたという。

中国から1兆ドルが逃げていた

それにしても、なぜ企業だけでなく個人の外貨両替行動にまで触手を伸ばすのか。それは、元安予想の進行により歯止めがかからなくなっていた海外への資本流出をなんとかしたかったからだ。

ブルームバーグの集計によると2015年の流出額は過去最悪の1兆ドル(約121兆円)と前年の7倍以上にも達した。2016年1~11月にはさらに7600億ドルが流出。2016年11月末で中国の外貨準備高は3兆516億ドル(348兆円)で、ピーク時(2014年)の4兆ドルより1兆ドル近くも減ったことになる。

原因は中国人民銀行が2015年8月に突然、元切り下げに踏み切り、世界には不信感が広まったことにある。これを受けて中国内では、元安への不安から元をドルに両替する人が増えた。銀行窓口では「ドルがない」と、数千ドル規模の両替が断られるようになり、不安はさらに高まった。

富裕層はさまざまな手段で資金を海外に逃がそうと画策。外貨両替制限は年間5万ドルだが、外貨建て保険ならそれには該当しないし、ビットコインなら1日の送金上限は200ビットコインで約15万ドルにもなる。地下銀行の利用もあるし、札束をスーツケースに入れて運び出すという最終手段もある。こんなふうに、ありとあらゆる抜け道を探すようになった。

2017年に入ると、先述の外貨両替枠が更新される。ヘッジファンドなど海外投機筋は、「更新された瞬間に一気に両替に走り、中国からの資金流出が加速して元安が進行する」とみて、元売りを膨らませていた。

当局はこうした動きを先んじて封じた格好だが、確かに効いたようだ。当局の規制情報が報道されると、投機筋は慌てて元の買い戻しに走った。短期金利の上昇で元の調達コストが想定を超えて上がり、売り持ち高を抱え続けると損失が発生しかねないからだ。

一方で、当局は外国為替市場での元買い・ドル売りは控えているようだ。1月20日に就任するトランプ次期大統領をはじめとする海外からの「為替操作国」との批判をかわすためとの指摘がある。

日本、世界経済への影響は

こうした対応をはじめとする中国経済の今後には注意が必要だ。日本の相場格言に「申酉(さるとり)騒ぐ」とある。申年と酉年は相場の値動きは荒くなるというものだが、その震源地として中国を危ぶむ声が高まっている。2017年1月7日の産経ニュースによると、1月5日の経団連など経済3団体共催で開いた祝賀パーティーで、中国経済の先行き不透明感を懸念する経営者の声は少なくなく、「17年のリスクを1つ挙げるなら中国」との発言もあったという。

確かに、今回の中国の資本流出対策の影響は日本に波及し、5日の東京外国為替市場では円相場は一時1ドル=115円台と3週間ぶりの高値が付くことにつながっている。

また、世界経済においては、「7」で終わる年には金融危機があるというジンクスがある。1987年には米国発の世界同時株安の「ブラックマンデー」。1997年にはタイ、韓国、インドネシアと危機が連鎖した「アジア通貨危機」。2007年、サブプライムローンに端を発したパリバショックは翌年、リーマンショックにつながった。ほぼ10年サイクルでこうした金融危機が繰り返されているが、中国の資本流出と当局の規制のいたちごっこがそうした事態につながりかねない。(飛鳥一咲 フリーライター)