正月休みに続く3連休が明けた2017年1月10日朝、大スクープが産経新聞朝刊1面トップに掲載された。「天皇陛下が在位30年を節目として譲位を希望されていることを受け、政府は、平成31(2019)年1月1日(元日)に皇太子さまの天皇即位に伴う儀式を行い、同日から新元号とする方向で検討に入った」というのだ。
今年と来年のあと2年限りで平成時代が終わることがほぼ確実になったわけだが、思い出されるのは昭和から平成になった29年前。昭和天皇崩御に伴う混乱や「自粛ブーム」が日本全体を支配したが、あのときの状況は再び繰り返されるのか。
陛下が懸念される「社会の停滞」「国民の暮らしへの影響」とは
産経報道は翌10日以降、ほかの各紙が一面で追いかけ、テレビでも報道したため、確度の高いニュースとして国民の関心を呼ぶことになった。
一連の報道によると、政府は天皇陛下の譲位と皇太子殿下が即位される時期を2019年1月1日を念頭においている。新元号の検討も始めており、公表は2018年半ばにも行うもようだ。こうした動きは、2016年8月に天皇陛下がビデオメッセージで明かされた「お気持ち」を踏まえてのことに違いない。その是非はここでは論じないが、陛下はお気持ちの中でこう述べられている。
「天皇が健康を損ない、深刻な状態に立ち至った場合、これまでにもみられたように、社会が停滞し、国民の暮らしにも様々な影響が及ぶことが懸念されます。(中略)こうした事態を避けることはできないものだろうかとの思いが胸を去来することもあります」
陛下が懸念される「社会の停滞」「国民の暮らしへの影響」とはなんだろうか。
1989年1月7日、昭和天皇が崩御した際、即日開かれた臨時閣議で新元号を「平成」と決定。翌日からの改元となったことで、いろんな方面で混乱が生じた。11日付の産経ニュースによると、当時、カレンダー業界はモロに直撃したという。昭和から平成に変わった際は昭和天皇のご容体によって製造を止めたり再開したりなどの対応に追われた。社会インフラのシステム開発会社も西暦と和暦の相互換算をやり直す作業があった。新元号が事前に判明する今回は、それほど混乱は起こらないのではないかと多少の安堵感はあるようだ。
陛下の懸念のもう一つが、昭和天皇崩御で日本全体を覆った自粛ブームではないだろうか。今回は崩御に伴う改元ではないので、当時のような現象は起こりえないかもしれないが、どんなことがあったかざっと振り返っておこう。
88年9月の「吐血報道」以降、テレビの娯楽番組が徐々に減って報道番組などに差し替えられていった。テレビCMでは「お元気ですか?」と呼びかけたり「その日が来ました」などと言う音声がカット。ディズニーランドの打ち上げ花火やプロ野球の優勝チームのパレードをはじめとして全国各地のお祭りやイベントが軒並み中止になった。また、デパートの食品売り場から赤飯や紅白饅頭が消え、忘新年会のキャンセルが相次いだ飲食店やホテルの宴会場は閑古鳥が鳴いた。
自粛ムードが経済へ与えた影響
こうした国民の行動が経済に与えた影響について、当時の経済企画庁は「平成元年年次経済報告」で「63年度後半から平成元年度にかけては、いくつかの特殊要因によって、経済指標が不規則変動を示した。
一つは、昭和天皇の崩御前後の自粛ムードによる経済活動への影響である。二つ目は63年12月に成立した税制改革の一環として、消費税の導入と物品税等の改廃が4月から実施され、買い急ぎ、買い控えとその反動が生じたことである」と、一時的にマイナスに動いたことを指摘している。
ただ、当時はバブル景気の真っただ中。自粛ブームが経済につまづきを与えることにはならなかった。報告では 「しかし、こうした不規則変動をならしてみれば、我が国経済は引き続き、順調に拡大していると判断される。(中略)61年11月を底とする今回の景気上昇局面は、元年6月で31か月を迎え、神武景気と並んだ。現状においては、順調な拡大過程が持続している」としており、余裕しゃくしゃくの様子がうかがえる。同じことがデフレ経済から抜けきれない今、起こってしまったらどんなことになっていたか、正直あまり想像したくない。
昭和は300万人が戦死した先の戦争から米国による占領のような苦しい時代もあったが、戦後は高度経済成長を成し遂げ、大衆文化が栄えるなど希望に満ちていた時間の方が長かった。なので、昭和が終わったときの気分としては、喪失感や新時代を迎えることへの不安感は期待感に勝っていたのではと想像する。
一方、平成時代はバブルが崩壊後、長きにわたってデフレ不況にあえぐ一方、阪神大震災や東日本大震災をはじめとする災害に見舞われた。国外ではテロが頻発しどんどん危険になった。IT革命で生活はどんどん便利にはなったが、どこか言い知れぬ閉塞感に一貫して覆われていたような気がする。
2年後の改元がこんな気分を一新するきっかけとなるのなら、逆にこれまでにないほど希望に満ちたものになるのではないか。しかも、2020年東京五輪は新元号で迎えるのだ。「景気の気は気分の気」という。天皇陛下の譲位を実現し、元号を前倒しで発表するという今回の政府の判断は日本経済にとって、いい判断だったのではないだろうか。(飛鳥一咲 フリーライター)