会計ソフトで18年連続売上NO.1という実績。PC登場期から中小企業や個人事業主のニーズをとらえベストセラーの地位を確保してきた弥生には、新興フィンテック企業もまだ追い付けない。10月をめどに、AIを利用したオンラインレンディング事業を立ち上げるという同社。フィンテック時代にどう臨むのか?その戦略を岡本浩一郎社長に聞いた。(経済ジャーナリスト 丸山隆平)

岡本浩一郎
1969年3月横浜生まれ。野村総合研究所、ボストン コンサルティング グループを経て、2000年6月にコンサルティング会社リアルソリューションズ起業。2008年4月、弥生代表取締役社長に就任。現在の趣味は子供と遊ぶことと言う。

新しい与信モデルを開発

レンディング,AI,会計ソフト
(写真=筆者)

――10月を目途に会計ビッグデータを活用した「オンラインレンディング」事業を立ち上げると発表されましたが、どのようなサービスでしょうか?

親会社のオリックスの持つ与信ノウハウと当社の会計ビッグデータ、協業先のd.a.t.社のAI(人工知能)技術を活用した新しい与信モデルを開発します。

10月から弥生製品・サービスを利用中の約150万社のうち、オンライン・サービスを契約中の約60万社の顧客を対象に試験的に融資を始めます。融資を望まれるお客さまはご利用中の弥生会計のデータに対するアクセスを許諾していただくなど、インターネット上で簡単に申し込みができます。

――日本では目新しいサービスですか?

米国ではオルタナティブ・レンディングと言われる事業で、かなり普及しています。従来の金融機関による融資ではなく、代替型の融資です。その一つの分野はP2Pと呼ばれる、お金を借りたい人と貸したい人を結び付ける事業で、有名なのはレンディングクラブです。

もう一つがオンラインレンディングで、米国ではOnDeckやKabbageが著名です。当社が取り組もうとしているのは後者のサービスで、日本では新しい取り組みと言えます。

従来のスコアリングモデルでは細かく見れなかった

――新サービスについてのニーズはどのようでしょうか?

オルタナティブ・レンディング市場は米国や中国を中心に急拡大しており、米国市場では2015年に融資額が340億ドルを超えたと言われています。一方、日本では法制度の違いなどもあり、まだまだこれからです。

弥生の顧客7609社を対象とした調査では、小規模法人のうち85.0%が短期資金ニーズを持つものの、借入事務の煩雑さや、借入に時間がかかり過ぎるなどを理由に、36.5%の事業者が借入に至っていません。

また個人事業主のうち、短期資金の借入を行っている事業者は16.4%に過ぎません。ビッグデータとAIを活用し、オンラインで融資を行うオンラインレンディングの活用により、決算書などの資料提出や金融機関との交渉など煩雑な事務作業が軽減されます。与信審査の時間短縮も可能となり、簡便で機能的な資金調達が可能になります。

――活用されるAI技術はどのようなものでしょうか?

今回の事業を運営するため新会社「ALT」を立ち上げました。弥生、私個人、d.a.t.の三者が出資しました。d.a.t.も三者から成る共同出資会社ですが、そのうち1社のテンソル・コンサルティングの代表藤本さん(藤本浩司氏)は30年近くAIの研究を行ってきており、統計理論に基づいた与信モデルを金融機関向けに提供しています。

これまで与信モデルを作るときのデータは決算書データが中心でした。しかし、今回は、仕訳データを使います。売上や経費の1件1件を精査するモデルを作ります。これはテンソル・コンサルティングにとっても、d.a.t.にとっても初めての試みで、これを「ALT」という新しい会社を受け皿にして運用します。

――そのような新しい試みを行う狙いは何でしょうか?

融資リスクを判断する上で例えば、一口に「売上高年間2億円」と言っても、取引先1社の年間1件の大型受注なのか、毎月、継続して受注している結果が2億円なのか、あるいは取引先10社で毎月受注している結果の2億円なのかで、企業の安定性はまったく違います。こうしたことは人間が審査する場合は当然判断することです。取引先がどれくらいあって、最近の受注はどうかを見ますが、これまでのスコアリングモデルではなかなかそこまで細かく見れませんでした。

しかし仕訳データを1件1件見れば、得意先がどれだけ分散しているかとか、どんな頻度で受注しているかが分かるし、売掛金の回収が進んでいるかどうかも見ることができます。仕訳データから得られる情報の質は以前より高いものとなります。

――競業企業で同様のやり方を採用しているところはありますか?金融庁は金融機関に「事業性を評価して融資しろ」と言っていますが……。

日本ではないですね。我々がやろうとしているのは、事業性評価をコンピューターで定量的にしようという試みです。人間が手間暇をかけて事業性を評価するのは、ある程度の規模の事業者であれば採算が合いますが、例えば貸付残高が数百万の中小・零細の貸出先に関して手間暇かけてというのでは採算が取れません。その部分を機械で代替していこうというものです。

――10月から開始する新サービスの見通しはいかがでしょうか?

与信モデルは進化するものです。10月に開始するのは第1世代の与信モデルで、そのパフォーマンスを見て、評価をし、次の世代に置き換えるなど、段階的に学習成果を織り込んで与信モデルを進化させていきます。米国のOnDeckやKabbageを見ても同じような発想をとっています。

新興フィンテック企業の台頭をどう見ている?

――フィンテックの新興企業で競合するのはfreee、マネーフォワードだと思いますが、会計ソフトで長年の実績を持つ弥生は新興フィンテック企業の台頭についてどう見ていますか?

両社とも顧客のデータを金融機関につなぐことはやっていますが、データを提供するだけで与信モデルは持っていません。一方、金融機関も受け取ったデータをそのまま活用できる与信モデルを持っていません。最悪のケースではデータは受け取りますが、そこから決算書を打ち出してこれまで通りの審査を行うことになりかねない。そうしたこともあって当社の与信モデルは金融機関に評価されています。

AIを活用するから人間を超えるということではなく、人間がやっていることを機械である程度代替できるのではないかと。少額、短期の与信だと人間が行っても採算がとれませんが、AIであれば、一定の貸倒は発生しても、全体として採算に乗せることは可能ではないかと考えています。

会計データは単純に与信にそのままは使えません。例えば勘定科目も事業者によって使い方が違いますし。極端に言うと、税金対策のためにデータが必ずしも実態を表していない場合もあります。このような、会計データのバイアスをいかに排除し、その事業者の実態を把握できるようにするか、トライアンドエラーで進めています。

――AIではIBMのWatsonなどが多く採用されていますが、独自技術を採用した理由は何でしょうか?

多くのAIエンジンが市場に出てきていますが、最先端のものが必ずしもよいとは思っていません。

マシンラーニング、ディープラーニングが注目を集めていますが、大きな課題があります。融資業務では、なぜ、その判断をしたのかが理由が分からないAI技術は、使えません。「融資できます、できません」という判断が出ても、なぜそうなったかが分からないと、金融機関としては使えません。

我々は判別力と安定性を重視して採用を決めました。将来的に、異なったAI技術を使うことはあり得ますが、まずこの段階では確立された技術を使っていこうと考えました。

――新サービスでは地銀との4行と連携しました。

4月に千葉銀行、福岡銀行、山口フィナンシャルグループ、横浜銀行と業務提携を結びました。与信モデルの開発段階としてあえて4行に絞らせて頂きました。より多くの金融機関に使っていただきたいので、提携先は今後増やしていきます。

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