グループヒーローは「八百万の神」を祭る日本だけ
東映の「スーパー戦隊」シリーズといえば、誰もが子供の頃に一度は観たことがあるだろう。1975年の『秘密戦隊ゴレンジャー』に始まり、現在放送中の『宇宙戦隊キュウレンジャー』まで41作も続く人気特撮番組である。実はこのスーパー戦隊、アメリカをはじめとし世界中で人気を博していることをご存じだろうか。
『パワーレンジャー』は、スーパー戦隊の英語版ローカライズとして、1993年9月から全米で放送が開始された超人気番組だ。アメリカでは放送開始と同時に社会現象となるほどの大ヒットとなり、以来、世界中で超ロングセラーコンテンツとして愛されている。
その映画作品が日米ハイブリッド超大作として完成し、7月15日(土)から日本でも公開される。なぜ、全世界でヒットしたのか? また、映画の見どころは? 東映の特撮部門の第一人者であり、『パワーレンジャー』の制作にも携わってきた同社顧問・鈴木武幸氏にお話をうかがった。
――アメリカと言えばスーパーマンやスパイダーマンなど、アメコミのヒーローが圧倒的な人気というイメージがありますが、スーパー戦隊がヒットした理由はどこにあるのでしょうか。
鈴木 何よりも一番大きいのは、グループヒーローだったことでしょう。グループヒーローが活躍する話は、実は他の国にはあまりないのです。みんなで力を合わせて悪を倒す。その姿勢には、世界中の子供たちが共感するものがあると思います。
――なぜ、グループヒーローは日本特有のものなのでしょう。
鈴木 根底には、宗教観があるように思います。日本には「八百万の神」がいると昔から言われますよね。だから、同じ作品に複数のヒーローが出てきても違和感がない。
一方、たとえばアメリカはキリスト教で、一神教です。だからヒーローも一人。スーパーマンやバットマンがその典型例です。その点から、絶対的な存在は一人でなければならない、という前提があるのではないでしょうか。
――「スーパー戦隊」がアメリカに羽ばたいたきっかけは、ロサンゼルスで映像作品を制作するSABAN社のハイム・サバン氏による申し出だったそうですね。
鈴木 そうです。サバン氏が言うには、アメリカには子供向けのアニメ作品はあるが、日本の『仮面ライダー』シリーズや「スーパー戦隊」のような特撮番組がまったくない。それどころか、世界中探しても日本にしかない。だから、東映が作っているクオリティの高い特撮番組を、アメリカでも作りたいのだと。
しかし、実はこうした特撮ヒーロー作品を作るのには、かなりのお金と手間がかかるのです。あちらでは子供番組にそこまでお金をかけられない、また安価で作る特撮の技術もないということで、日本のヒーローアクションと特撮シーンをそのまま活用し、ドラマ部分は外国人キャストで撮り直し、再編集するという方法で制作することになりました。
そうして24年前にアメリカで始まったのが『パワーレンジャー』シリーズです。日本の作品で言うと『恐竜戦隊ジュウレンジャー』(1992年)が最初の『マイティ・モーフィン・パワーレンジャー シーズン1』にあたります。
戦隊ヒーローの「名乗り」は武士道だった!?
――特撮番組は簡単には作れないのですね。他に、アメリカでの制作・放送にあたり、苦労されたことはありましたか。
鈴木 サバン氏は「スーパー戦隊」がアメリカでもヒットするだろうと見込んで輸入したわけですが、現地のスタッフたちはやはり「なぜヒーローが複数いるんだ。ヒーローは一人でいいのではないか」と、最初はなかなか納得できない様子でした。こうした文化の違いによる認識の差は他にもありましたね。
たとえば、「名乗り」のシーン。「スーパー戦隊」では必ず戦う前にヒーローたちが名乗りますが、当初アメリカのスタッフたちは、「そんなカットは要らないでしょう」と言うのです。アメリカ人は西部劇の文化だから、「そんなことをしている間に撃たれてしまうじゃないか」というわけです。
しかし、アメリカの西部劇は日本で言えば時代劇。時代劇で、侍は必ず名乗ります。東映という会社は時代劇も長く作っていますから、この点にはこだわりがあったんです。「名乗りのシーンは必須」と譲りませんでした。
名乗りのシーンは、ヒーローが、自分がヒーローであることを子供たちに知らしめる効果があるのです。名前を言ってくれれば子供も覚えるでしょう。そうすると子供たちが、なりきってヒーローごっこをすることもできるわけです。
結果的には「名乗り」はアメリカでも受け入れられ、その後も定着しました。やはり子供たちには伝わるのかな、と思います。『パワーレンジャー』は文化の違いを乗り越えてヒットした作品だと言えます。
――では、アメリカ版と日本版の違いはどのあたりでしょう。
鈴木 今回の映画でも、ハイスクールのシーンがありますが、スクールコメディを入れたいということで、学校の日常シーンが追加されています。その分、戦闘シーンは短めになっていました。
また、5人のヒーローの中に白人だけでなく、黒人やアジア系のヒーローもいるというのが、アメリカならではですね。
それから、表現規制による制約もありました。アメリカでは「Vチップ」という両親がテレビに差し込むチップがあって、暴力表現や性表現などを映らないようにすることができるのですが、それくらいテレビの表現に対しては厳しい。
最初に日本版の『恐竜戦隊ジュウレンジャー』を見せたら、「これでは暴力表現があるから、放送できない」となったんです。どこが問題なのか、その場面を指摘してくれと言ったら、なんと戦闘シーン全部ですよ。日本では当たり前のスーパー戦隊のアクションですが、このような子供番組がなかったということもあるのでしょう。殴る蹴るは基本的にダメだと。
そこで、殴る拳が当たる寸前までは日本版のカットを使って、あとは現地で撮った映像に差し替えてつないで放送していました。
特撮番組は、1時間の刑事ドラマに近い高予算!
――先ほど、「特撮作品には手間とお金がかかる」というお話がありましたが、詳しく教えていただけますか。
鈴木 サバン氏も言っていましたが、子供向け番組にここまで手間とお金をかける国は、他にないそうです。毎週数千万円と、テレビ局からいただく予算の数倍くらいのお金がかかっているのです。
なぜそんなにかかるかというと、普通のドラマにはない要素がいろいろと必要だからです。通常のドラマではカメラクルー1班がいれば作れますが、特撮作品では、造形班(衣装や着ぐるみを作る)、特撮班、アクション班、CG班と4班に分かれて制作します。人件費だけでも相当だし、衣装や技術面でもお金や時間、手間がかかります。
では予算はどのように賄うかというと、すべてマーチャンダイジングです。主にグッズ販売など、キャラクターを使った展開ですね。玩具やグッズは世界中で人気があります。
現在、1年通して特撮番組を作っているのは東映だけですが、子供から求められる限り作るというのが東映のポリシー、使命感です。
――そんなに作るのが大変とは驚きました。これまでにもさまざまな変化・進化をしながら続いてきた御社の特撮シリーズですが、将来的にはどう発展していくでしょうか。たとえば今、ネット配信動画などがメジャーになってきていますが。
鈴木 東映でもインターネットメディアは重要視しています。たとえば、Amazonプライム・ビデオ限定のオリジナル作品として、『仮面ライダーアマゾンズ』を配信していますが、非常に好評です。これは仮面ライダーシリーズ第4作『仮面ライダーアマゾン』(1974年)のリブート作品です。子供向けに日曜日の朝に放送している仮面ライダーシリーズとは違い、大人のファンを意識したホラーやハードアクションも取り入れた内容になっています。
先ほど、アメリカでのテレビ番組の規制の話題が出ましたが、日本でもテレビ番組の表現規制は昔に比べて厳しくなっています。ですから、ネット媒体では「地上波でやっていないものを見たい」という需要もあるはず。そういった意味では、従来のテレビシリーズに加え、さまざまな媒体でそれに合った表現を加え、ファンを拡大していくことができる時代かもしれません。
――今回の『パワーレンジャー』の映画についてはテレビシリーズとは違うオリジナル作品ですが、ご覧になっていかがでしたか。
鈴木 スーパー戦隊シリーズの原点とも言える作品であると感じました。この映画では、「なぜ、どのようにして、特別な力を得たのか」という部分を丁寧に描いています。最近の日本の特撮ヒーロー作品では簡略化してしまうこともある部分なので、日本の特撮ヒーローファンの方々もぜひご覧いただき、違いを感じ取っていただければと思います。
それと、5人のスーツがよくできていると思いましたね。日本のスーパー戦隊とはひと味違った、アメコミのヒーローのようなカッコよさもあるスーツでした。5人の変身シーンに注目してみてください。
子供が観ても大人が観てもワクワクする、素晴らしい作品になっていると思いますので、ぜひご鑑賞ください。
『パワーレンジャー』
出演:デイカー・モンゴメリー、ナオミ・スコット、RJ・サイラー、ベッキー・G、ルディ・リン 他
監督:ディーン・イズラライト
原題:Power Rangers
配給:東映
2017年7月15日(土)より、全国公開
「メイド・イン・ジャパン」のヒーローを総製作費120億円の圧倒的スケールで描く、日米ハイブリッド超大作。小さな町・エンジェル・グローブに暮らす5人の若者は、偶然にも同じ場所で不思議なコインを手にし、超人的なパワーを手に入れる。「パワーレンジャー」となった彼らの使命とは。
鈴木武幸(すずき・たけゆき)東映〔株〕顧問
1945年、東京都生まれ。68年、東映〔株〕入社。96年、テレビ第二営業部長。2004年、取締役就任、テレビ営業部門担当。08年、常務取締役就任。10年、専務取締役就任。2016年に取締役を退任し、顧問に就任。テレビ事業部門エグゼクティブ・プロデューサー。(写真撮影:まるやゆういち)(『
The 21 online
』2017年07月14日 公開)
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