日本市場はもとより、世界を見つめて日本酒を作り続けている「獺祭」。日本酒という文化的な側面に胡坐をかかず、真正面からビジネスを成功させるために、作り手たちは手をゆるめません。世界の飲料市場のマーケット規模を分析し、そこに入り込んでいく手法や考え方を紹介します。

(本記事は、桜井 博志氏の著書『 勝ち続ける「仕組み」をつくる 獺祭の口ぐせ 』KADOKAWA(2017年5月18日)の中から一部を抜粋・編集しています)

マーケットの中心を攻める

獺祭, 日本酒,ブランド
(画像=Webサイトより)

獺祭を造り始めてから、私たちはこの戦略を徹底してきました。現在、パリやニューヨークをはじめ、積極的に獺祭の海外展開を図っています。「海外に行かなくても、日本酒は日本人にだけ売ればいいではないか。なにも世界に出ていく必要はない」と言われることもあります。

しかし、もともと私たちは山口県の地元で売れなくて、やむを得ず東京の市場に進出してきた酒蔵です。東京で売れたからと言って、地方に帰ってもこれから先、生き残れません。だから獺祭は世界を目指します。獺祭は、東京という日本の中心地で受け入れてもらうことができました。1200万人(当時)の巨大な市場だからこそ、私たちにも入り込む余地がありました。パリやニューヨークといった世界の食の中心地を攻めるのは、東京での成功体験があるからです。

特に、パリは食の都です。ニューヨークでさえ、パリの食動向に大きな影響を受けます。だから、まずはパリで獺祭を浸透させたいと考えています。

世界市場の上位数%がお客様

海外市場に進出するうえで覚悟しているのは、各国の市場の上位数%にしか獺祭は受け入れられない、ということです。たとえば、フランスに輸出すると関税などの税金がかかり、フランス国内に入った時点で価格は3〜4倍になります。また、ロブションのような三ッ星の一流レストランで提供されれば、さらに価格は跳ね上がります。

だから、2人の食事込みで800ユーロ(約10万円)を支払えるような人たちに飲まれることになります。そんな値段を払える層は、上位数%にすぎません。だから、獺祭は海外に輸出する時点で、まずは高所得者に飲んでいただくしかないのです。

マーケットが限られるということは弱みのように感じるかもしれませんが、実は強みでもあります。なぜなら、富裕層は世界各国の美味しいものを食べ慣れていて、味覚が似ているからです。だから、日本と同じ獺祭を提供しても、違和感なく楽しんでくれるのです。

地産地消に甘えていないか

全国的に過疎化が進む中、売上低迷に苦しむ地方企業は少なくありません。ところが、厳しいことを言うようですが、地方で売上低迷に苦しんでいる会社の中には、「地産地消」という言葉に甘えているところが少なくありません。「地産地消」という言葉のインパクトは大です。地産地消はブームとなり、地元の材料で、地元の人がつくったもの、それだけでありがたがられる、という時期がしばらく続いてきました。

今なおその傾向は残っていますが、実際には品質はたいして良くないけれども、地産地消の名のもとに生き残ってきた商品・サービスもあります。しかし、質が良くなければ、必ず淘汰されていきます。本当に良いものをつくる。お客様に支持してもらうには、それしかありません。品質が良く、売る意志さえあれば、地方だけでなく、東京など都市のお客様は放っておかないはずです。

ライバルは「とりあえずビール」

2016年の獺祭の売上は108億円。ありがたいことに、ここ数年で急激に売上を伸ばすことができましたが、一方で「日本酒全体の市場を考えればそろそろ頭打ちになるのではないか」という見方もできます。

しかし、私はまだ伸びる余地はある、と考えています。1000億円まで獺祭の市場を伸ばすことだってできるのではないか、と。海外の人に獺祭の魅力が伝われば、海外市場の拡大も期待できます。

「美味しい日本酒を飲みたい」という人にもっと獺祭を届けることができれば、「獺祭の市場はここまで」と決めつける必要はないと思っています。

たとえば、アルコール飲料のブランド価値を三角形であらわすとすれば、日本人の意識の中でその頂点に位置するのは、高級ワインやシャンパン、ウイスキーの一部の銘柄です。日本酒は純米大吟醸でさえ、これらと同格のブランドを築いている銘柄はありません。日本の伝統的な酒なのに、日本人の中でブランドを築けていないというのは情けない話です。

ただ、「お祝いをするときには高級シャンパン」といったようなブランドを築くことができれば、獺祭はもっと多様なシーンで、多くの人に飲んでもらえる可能性があります。海外でももっと注目されるでしょう。私たちが当面目指すのは、三角形の頂点に獺祭を押し上げること。これに挑戦することは、日本人にとっても意味があると考えています。

モデルはシャンパンのブランド力

獺祭を含めて日本酒は、他のアルコール飲料のようなブランド力をまだもっていません。たとえば、ビールは乾杯に欠かせない酒として浸透しています。「とりあえずビール」と言って頼むことはあっても、「とりあえず日本酒」と言って注文することはありません。

また、シャンパンは日本の社会でもお祝いの席に欠かせない飲み物になりつつあります。日本酒の蔵元の私でさえ、レストランで「来店を記念して、本日は当店のソムリエの〇〇からこちらのシャンパンをプレゼントさせていただきます」といった対応をされることは少なくありません。

内心ムカッとしながらも「ありがとう」と受け入れるか、角を立てずに断るか迷うのですが、そういうところにかぎって取引のある店がほとんどですから、むずかしい判断を強いられることも多いのです。

オシャレなグラスに注がれたシャンパンを飲んでいる自分がかっこいい。そんなシャンパンのイメージが、多くの日本人に受け入れられています。

「獺祭を飲んでいる自分がかっこいい」。そう思ってもらえるような商品のイメージを獺祭がもつことができれば、日本酒の可能性はもっと大きく広がるのではないでしょうか。

これから日本酒が世界で戦っていくには、シャンパンがライバルになると思っています。ブランドのつくり方やマーケットに対する考え方を観察していると、シャンパンはひとつのモデルになり得ます。山奥にある小さな酒蔵が世界で生き残るには、シャンパンと肩を並べられるくらいまで獺祭のブランドイメージを上げていく必要があると考えています。

「虎屋」の羊羹の圧倒的なブランド力

ブランド力という観点から言うと、私は羹羊の製造・販売を営む「虎屋」から目が離せません。
虎屋の羊羹と言えば、手土産の定番。相手に誠意を示したいときには虎屋の羊羹を持っていく、という人が多いのではないでしょうか。羊羹をもらったほうも「これは1万円の羊羹か。本気だな」と値段までわかってしまう。そんな商品は、そうはありません。
目新しいスイーツが次から次へと生まれてくる中で、定番和菓子としてのブランドを確立しています。
日本では有名百貨店だけでなく、六本木のミッドタウンなどハイセンスな店がそろう商業施設にも出店。1980年代にフランスに出店した虎屋のパリ店は今も営業を続け、すっかり異国の地にも根を下ろしています。これは私の勝手な想像ですが、虎屋は戦略やビジネスモデルが巧みだったからブランドを築けたというわけではないと思います。「和菓子の美味しさにこだわり続けてきた結果、ブランドになった」というのが本当のところではないでしょうか。
これからの獺祭のブランド価値を考えるうえで、虎屋の経営スタンスは大変参考になります。虎屋の羊羹のように、「〇〇のときは獺祭を飲みたい」といったブランドが築ければ、獺祭の可能性はもっと広がっていくと考えています。

儲け優先が自分の首を絞める

これまでの日本酒の海外進出は、おもに国主導で行われてきました。しかし、私は違和感をもっていました。「これから日本の酒市場は縮んでいく。伝統を守るためにも、海外の市場を開拓しないといけない」という論理は、日本酒業界の都合でしかありません。自分たちの都合で海外に売りつけるというのは、あまりに慢傲ではないでしょうか。

日本市場が縮小しているから、活路を求めて海外へ打って出る。そんな企業が増えています。海外進出自体は問題ありませんが、儲け優先で海外に進出する企業には違和感を覚えます。
あるラーメン店は海外に進出、人気を呼び計50店舗まで拡大しましたが、2、3年もすると飽きられて早々に撤退することに。ラーメン店の経営者は、今度は寿司屋で海外展開を計画しているそうです。

たった2、3年でラーメンが飽きられてしまったのは、ラーメンを食べてお客様が幸せになれなかった証拠です。「儲け優先」という企業の本音を感じ取ったのではないでしょうか。私たちは、自分たちが美味しいと信じる日本酒だけを出します。たとえ海外の人であっても、獺祭を飲めばその良さをわかってくれると信じています。「儲け優先」で海外の市場に合わせて、新たな酒を開発しても、先細りしていくことは目に見えています。

「相手に喜んでもらいたい」がベース

目先の儲けを得るよりも大事なことがあります。それは日本酒を飲んだお客様が幸せな気持ちになること。私たちは海外進出をする際も、「お客様の幸せそうな笑顔を見たい」という初心を忘れないように気をつけています。

田舎に行くと、畑で野菜を育てている家の人がまわりの人におすそ分けをする光景をよく目にします。おばあちゃんが裏の畑からだいこんを引き抜いてきて、「これ食べてみな」と言って持たせてくれる。そのおばあちゃんにとっては、自分が丹精込めてつくった自慢の野菜を食べて喜んでもらいたい。ただ、その一心です。そこに打算的なものはありません。

獺祭を造っている私たちも、このおばあちゃんに近い感覚を大事にしています。つまり、獺祭を飲んだ人に喜んでもらいたい、笑顔になってもらいたい――。それが酒造りのベースにあるのです。海外進出においても、そうした姿勢が変わることはありません。目の前の利益を追いかけていると、自分たちの商品を相手に売りつけることばかり考えてしまいます。一時的に売れることはあっても、リピーターになってもらうことはできません。

「自分都合」ではなく、「相手都合」で考える。その延長線上に、売上や利益がついてくるのではないでしょうか。

獺祭らしさで勝負する

そもそも外国人の嗜好に獺祭の味を合わせようと思っても、そんなに簡単ではありません。にわか勉強で海外の研究をしても、その思考は浅いものにすぎません。

反対に外国人のワインメーカーに「日本人の嗜好に合わせたワインです」と言われても、多くの日本人はピンと来ないのではないでしょうか。「日本人の何を知っているんだ」と批判的にとらえる人もいるでしょう。

「本場のワインを飲みたい」というのが、日本人の本当のニーズだと思います。海外で販売する日本酒も同じで、日本らしさ、獺祭らしさがないと、一時的に注目されることはあっても、ブランドとして定着することはありません。東京で飲む獺祭も、山口県で飲む獺祭も同じ味を楽しめる。そして、ニューヨークやパリでも同じ味の獺祭が飲める。これが、私たちの目指している理想です。

だから、ヨーロッパ市場に合わせた獺祭やアメリカ人の味覚に合わせた獺祭を造るつもりはありません。それはお客様が求めているものではないからです。

日本人のフェラーリ愛好家がフェラーリを購入するのは、本場と同じフェラーリだからです。日本は狭い道や渋滞が多いからと言って、日本市場向けに渋滞仕様のフェラーリをつくったところで、ほとんどの愛好家は買わないでしょう。日本の道路ではフェラーリの性能を十分に発揮できないとしても、愛好家は「フェラーリであること」に価値を置いているのです。

「獺祭はフレンチによく合う」

2017年には、世界一ミシュランの星をもつフランスの料理人、ジョエル・ロブション氏と共同で、獺祭が飲めるレストランやバー、ショップ、カフェなどで構成される複合店舗をパリに出店する予定です。旭酒造にとっては、海外での初めての店舗となります。フランスの食文化とタッグを組むことで、日本酒の新しい世界が広がり、そこに新しい市場ができることを期待しています。

フレンチのカリスマであるロブション氏は、獺祭を飲んで、こんな言葉をかけてくれました。

「和食よりも俺のフレンチのほうが獺祭によく合う」

これは、海外進出に本気で取り組んでいる私たちにとって心強い言葉でした。獺祭は、パリの市場に合わせて味を変えることなく、日本で売っている商品と同じもので勝負しています。

フランスの国民酒であるワインは、味にかどや偏ったところがあるのが特徴です。そのため、獺祭のようにバランスのとれた味わいを目指し、一見飲みやすい酒については「子どもっぽい」と評する専門家もいます。親切にも「日本酒はもっと『大人』にならないといけない」とアドバイスしてくれた業界人もいました。かどのある日本酒を造るのは簡単です。手を抜けばいいのですから。しかし、「飲みやすくキレイ、しかしその奥に深みがある」というのは、ワインとは異なる獺祭の個性です。あえてうまくない酒を造っていたら、一時的に受け入れられることはあっても、早晩、パリで居場所を失う結果となるでしょう。

そういう意味でも、フレンチの巨匠・ロブション氏の言葉は、獺祭にとって大きな価値があります。1〜2年後、フランス人の日本酒に対する価値観が変わっているかもしれません。フランス人が「獺祭はフレンチにも合う」と言いながら食事を楽しむ。そんな想像をするだけでワクワクしてきます。

桜井博志
旭酒造会長。1950年、山口県周東町(現岩国市)生まれ。松山商科大学(現松山大学)卒業後、西宮酒造(現日本盛)での修業を経て、76年に旭酒造に入社するも、酒造りの方向性や経営をめぐって父と対立して退社。一時、石材卸業会社を設立し、年商2億円まで成長させたが、父の急逝を受けて84年に家業に戻る。研究を重ねて純米大吟醸「獺祭」を開発、業界でも珍しい四季醸造や12階建ての本蔵ビル建設など、「うまい酒」造りの仕組み化を進めている。

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