元ゴールドマン・サックスの債券トレーダーが、日本株を扱える独立系としては10年ぶりとなる証券会社を設立−−。こんな“左脳”に訴えかける紹介文では、甲斐真一郎CEOが率いるFOLIO(フォリオ)が目指す世界観は分からないだろう。「テーマ投資」ができるプラットフォームのベータ版一般公開を11月に控えている同社が実現を目指すのは“右脳”を刺激する、ワクワクする投資、インスタ映えする投資だ。

その甲斐氏をたずねたのは、タリーズコーヒージャパンを創業、現在はEggs‘n Things (エッグスンシングス)を国内外で展開する松田公太氏。注目のスタートアップをたずねる対談シリーズの第1回(構成・ 濱田 優 ZUU online編集長 /写真・森口新太郎)。

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(写真=森口新太郎)

甲斐真一郎(かい・しんいちろう)
1981年生まれ、2006年、京都大学法学部卒業後、ゴールドマン・サックス証券入社。金利トレーディング部で日本国債・金利デリバティブトレーディングに従事。2010年、バークレイズ証券同部署に転籍し、アルゴリズム・金利オプショントレーディングの責任者を兼任する。2015年11月にバークレイズ証券を退職し、12月より現職。 フォリオWebサイト

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日本で唯一ワクワクするオンライン証券をめざす

松田 初めまして。連載第一回ゲストに甲斐さんをお迎えできてうれしいです。FOLIOのサイトを拝見し、「テーマで選ぶ、あたらしい投資」いうキャッチフレーズが新鮮で、私自身とても興味を持ちました。まず事業内容を具体的に教えてください。

甲斐 一言で言うと証券会社、日本で初めてテーマでの投資ができるオンライン証券です。というのは機能的な部分で、お客様の体験を重視して言い換えると、日本で唯一『ワクワクする』オンライン証券をめざしています。

今の金融業界には、長期投資や分散投資といった、左脳を刺激する情報や機能は十分にありますが、右脳を刺激するためのファン(楽しさ)が絶対的に欠けていると考えています。我々が生み出したい新たな価値はそこにあります。

投資に興味はあるけどしたことがない人たち、つまり潜在投資家と言われる人たちは日本に2000万人以上いると言われています。そんな人たちの態度変容を引き起こしたいんです。

そもそも人が態度変容を起こすプロセスは、興味喚起のフェーズと理解納得のフェーズの2つがあると思っていて、言い換えると右脳への刺激と左脳への刺激両方が必要だと考えています。そんな中、我々は左脳への刺激のみならず、『ワクワク感』で右脳への刺激を引き起こして、態度変容を促したいと考えています。だから『ワクワクする』というのは非常に大切なキーワードなんです。。

松田 具体的にはどうワクワクさせるんでしょうか。

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(写真=森口新太郎)

甲斐 サイトを見ながらご説明しましょう。いわゆるテーマ投資って、「AI」「ドローン」「電気自動車」といったテーマに合った企業を、投資家が選ぶわけです。われわれはそうした通常のテーマも用意しているんですが、それ以外に「ガールズトレンド」「カメラ・写真」「スイーツ&デザート」といったテーマもあるのが特徴です。これは女子高生とか女子大生といったトレンドメーカーたちが好きなものを手がけている会社、人気のスイーツやデザートを作っている会社などです。

ほかにも「第四次アニメブーム」とか「e-Sports」というのもあります。それぞれのテーマに10社の有望企業を選んでいます。こうして金融っぽいテーマのみならずより趣味や生活に近しい投資テーマを組成することで、投資への身近さを生み出し、手触り感を生み出し、よってワクワク感を生み出すということを考えています。

そんなカジュアルなテーマ組成だけでなく、色んな形でゲーミフィケーションロジックを組み込んでいく予定です。例えば「総選挙」という企画。総選挙は投資家が自分で投票できるもので、例えば、ヨガというテーマが欲しい人は『ヨガ』のテーマ組成を弊社に投票しリクエストできる仕組みです。

それ以外にもひとつひとつ言葉選びやビジュアル、UI・UXには非常にこだわりをもって作っています。

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(写真=森口新太郎)

そして楽しみながらも、自分で好きなように最適分散投資が出来るという所も弊社の大切な機能のひとつです。具体的には、テーマを選んでから実際に投資をする際、お客さんが自分で“投資戦略”を選べるんです。ドラゴンクエストでいうと「がんがんいこうぜ」「いのちだいじに」みたいに、ディフェンシブにいくかリスクをとっていくか、自分で選べる。それで10万円ぐらいから10社に分散投資できる。

そこからは当然必要なディスクレイマーは存在しますが、カートに入れて4桁のコード入れたら買えてしまう。おそらく日本で一番簡単に投資ができる証券サービスでもあると考えています。

松田 これは面白いですね。証券会社のサイトで銘柄選びをする従来の形とイメージがまったく違うことがよく分かりました。社員の約6割はエンジニアとのことですが、どうやって銘柄選びやファンダメンタル分析をしているんですか?

甲斐 弊社は投資チームも相当ハイレベルです。日本の大手の投資信託でファンドマネージャーを30年ぐらいやってきた人間が2人いまして、彼らと数学の博士的な人や、人工知能の研究をやっていた人がサイエンスを深堀りして、銘柄選びや最適化をしています。

松田 社名の「フォリオ」は「ポートフォリオ」からですか?

甲斐 はい。社名はかなり考えました。投資ポートフォリオの概念を基礎としながら、ポート(港)からフォリオを離すというところで出港するというイメージをもたせました。ポートフォリオ投資、テーマ投資を実現するにあたって、個人投資家の皆さんを出港させられるサービスでありたいという思いですね。響きやロゴデザインなどの観点も入れてFOLIOにしました。

新人王トーナメント初戦敗退、そして何となく始めた就活での衝撃

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(写真=森口新太郎)

松田 甲斐さんのご経歴が非常に面白いので、起業以前の話をうかがいたいのですが、京都大学時代に休学してプロボクサーとして活動していたそうですね。昔からプロになりたかった?

甲斐 大学に入ってからですね。ボクシング部ではプロになれないので、町中のボクシングジムに通いました。プロボクサーを目指したのは、新しい価値を自分の中で作りたかったから。僕は中高が東大寺学園という奈良の私立進学校で、そのあと京都大学と、周りからは偏った見方というか、「勉強できるんでしょうけどね」っていう感じで見られて。でも自分の個性はそこにはないと思っていたので、それを明確に表せるファクトを考えたときに、「プロボクサーになる」「ライセンスを取る」のがいいと。そう思い至って次の日にジムに入門しました。

松田 周りの自分に対する評価、ステレオタイプで見られてしまうのを打破したいという点すごく分かります。自分の話で恐縮ですが、私はずっと海外育ちで。海外で日本人は勉強はできるけどスポーツは全然できないというイメージを持たれている。私は逆にスポーツを頑張ってイメージを覆そうとしました。だから勉強はあまりしなかったんですが(笑)。 甲斐 さんはプロボクサーを目指して実際になったのに、スパッとやめてしまったんですよね。

甲斐 1年かけて行われる新人王トーナメントに優勝すると日本ランカーになれるので、そこでの優勝を目指しました。プロデビュー戦は勝ったんですが、新人王トーナメントは初戦で負けてしまった。新人王を獲るために休学して、さすがに1年後のトーナメントに出てもう1年かけて戦うのはさすがに……親不孝ではないですけれど引き際かなと。

松田 負けて割り切ったわけですね。そこもちょっと分かります。私はアメフトをやっていましたが、大学4年生の春のオープン戦でひざにケガをして。手術も何回かしたんですが、秋の本大会に出られないと分かり退部しました毎日ただ見学をするためにグラウンドに行くよりも時間を違うことに使うべきだと。「お前は帰国子女だからそういう割り切った考え方ができるんだ」って散々言われましたが。ボクシングを辞めたとき、将来何になろうという目標や考えはあったんですか?

甲斐 フワッとした思いすらなくて、就職活動をとりあえずやろうと。ただ一年半休学したので友人も既に就職していて大学にはいなかったんですが、リクルーターを紹介してもらって就活しました。

当時は2006年、リーマンショック前夜で投資が活況で、なんとなく流行っていた、一番初めに目についた外資系の投資銀行やコンサルティングファームでのインターンシップに応募しました。すると外資系の金融の方もコンサルタントの方も、話す人話す人が僕の想像を超えて圧倒的にシャープだった。今まで会ったことがないレベルで、すべてにおいて「負けている」という感覚でした。日本の金融機関の方と会ったわけではないので比較した訳ではないのですが、衝撃を受けた。そうして複数の外資系企業でインターンシップして、一番僕に合うなと思ったのがゴールドマン・サックス証券だったんです。

英語と関西弁が飛び交うフロアでトレード 甲斐・松田両氏の類似点・相違点

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宮下雅恵氏(写真=森口新太郎)

松田 ゴールドマンに入って最初はトレーダーをされたんですか?

甲斐 最初からずっとトレーダーです。トレーダーと営業の採用はそもそも別なんです。同席している宮下(雅恵氏)もゴールドマンの同期なんですけど、彼女は営業採用です。

松田 宮下さんは営業として入社されたんですね。

宮下 はい、営業をやりたくて。

松田 営業とトレーダーではどんなふうに雰囲気が違うんですか?

宮下 全然違います。もう別会社ぐらい違いますね。

甲斐 面接も違いますし。ディーラーの試験は数学の問題がバンバン出てきました。

松田 特にゴールドマンは投資銀行のなかでも最もアグレッシブなイメージがあります。

甲斐 そうですね。社外から見ていたイメージもそうでしたが、入社してからもそれは変わりません。実はゴールドマンの金利のトレーディングデスクってすごく関西人の方が多いんですよ。私も関西出身なので、ものすごい居心地が良かったんです。

宮下 トレーダーに限らず営業サイドにも関西出身者が多いと思います。私のチームも私以外、全員関西出身者でした。

甲斐 誤解を恐れずに言うと、こてこての関西弁と英語が飛び交うフロアでトレードをしていました(笑)。

松田 面白いですね。私はアフリカ、アメリカで育った帰国子女ですが、日本のことを学ぶために単身帰国しました。就職のときもあえて日本の会社ばかり受けたので、外資ばかり受けた 甲斐 さんとは少し違いますが、都銀の中では一番攻めていた関西系の三和銀行を選んだ。そこは甲斐さんと似てるなと思います。お会いして共感できることが多くある。

でも私達が違うところもある。それは仕事のファッションです(笑)。甲斐さんはやっぱり“今”なんですよ。私もそう古くもないと思っているんですが、まあ“間(あいだ)”ですよね。

1990年、私が入行したのはバブル崩壊前夜。当時銀行員はスーツ着用、ネクタイ締めて、ビシッとするのが当たり前で、ストライプのシャツもダメという時代。ストライプのシャツ着たら叱られましたから。先輩に叱られながらも「いやノーネクタイでもいいんじゃないの」って言ってカラーシャツを着ていました。

少し上の先輩方はバブル以前入行で、今思えば超アナログ。私の世代はちょうど中間、オールドエコノミーと今のフィンテック時代の間です。どっちつかずの世代。なので、スーツにノーネクタイがちょうど心地いい。

甲斐 そんな事ないです。今日はちょっと取材がしていただけるという事でオシャレしてきただけで(笑)、普段はTシャツですから。

後編に続く(後日公開)

松田公太(まつだ・こうた)
1968年生まれ。5歳から17歳までの大半を海外で過ごす。三和銀行(現・三菱東京UFJ銀行)を経て、97年にタリーズコーヒー日本1号店を創業。翌年タリーズコーヒージャパン設立。2001年上場(MBOで非上場化)。07年社長退任。09年にEggs ‘n Things (エッグスンシングス)の世界展開権(米国除く)を取得し、EGGS ‘N THINGS INTERNATIONAL HOLDINGS PTE. LTDをシンガポールに設立。10年、原宿に日本1号店開業、「パンケーキブーム」の火付け役に。参議院議員(東京選挙区)の任期を満了、飲食事業や自然エネルギー事業で精力的に活動中。