要旨
保険料については、戦後長く営業職員による集金扱が続いてきた。
一方、1955年に公共料金の預金口座振替制度が開始、生命保険料にも取扱いが拡大され、企業が従業員の給与から保険料を天引きする団体扱も着実に増加した。
ただ、初回保険料は依然として営業職員による集金や顧客による送金がほとんどを占めた。
初回保険料キャッシュレスは、2005年10月、プルデンシャル生命が実現し、さらに、2006年8月、ソニー生命は、申込みと健康状態の告知のみで、初回保険料入金前の責任開始を可能とした 。
顧客の利便性を向上させるとともに、生保会社の事務合理化などにも貢献する保険料キャッシレスのこれまでのあゆみと現状を報告することとしたい。
はじめに
保険料については、戦後長く営業職員による集金扱が続いてきた。
これは、ある営業職員が一定地域を受け持ち、その地域内で新契約募集と保険料集金などの諸手続きをすべて一元的に行うというデビット・システム(debit system、地区受持制度)によるもので、顧客にとって、自宅にいながらにして営業職員が訪問し保険料を集金してくれるという利便性があった。
一方、1955年に公共料金の預金口座振替制度が開始され、住宅ローンや生命保険料などについても取扱いが拡大された。また、企業が従業員の給与から保険料を天引きする団体扱も着実に増加した。
1977年には口座振替扱が全体の7.6%、団体扱が22.5%(集金扱は54.3%)、1980年には口座振替扱が12.8%、団体扱が26.3%(集金扱は48.4%)に達した(1)が、1987年4月の口座振替保険料率の新設(集金扱料率より1.5%軽減)により、預金口座振替による保険料収納は爆発的に増加した。
しかしながら、口座振替扱や団体扱による保険料収納は第2回目以降の保険料についてであり、初回保険料は依然として営業職員による集金や顧客による送金がほとんどを占めた。
初回保険料について、2005年10月、プルデンシャル生命はキャッシュカード、クレジットカードなどによるキャッシュレスを実現した。
さらに、2006年8月、ソニー生命は、責任開始期に関する特約により、申込みと健康状態の告知のみで、初回保険料入金前の責任開始を可能とした(2)。
現在では多くの生保会社が預金口座振替による保険料収納に加え、クレジットカードによる保険料収納や、初回保険料入金前の責任開始を可能として、保険料の完全キャッシュレスを実現している。
顧客の利便性を向上させるとともに、生保会社の事務合理化などにも貢献する保険料キャッシュレスのこれまでのあゆみと現状を報告することとしたい。
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(1)大島寿文「預金口座振替制度をめぐる実務上の諸問題」、『生命保険経営』第50巻第1号、1982年3月。
(2)井上亨「保険料のキャッシュレスと約款の責任開始規定」、『生命保険論集』第160号、2007年9月。
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保険料キャッシュレスのあゆみ
◆保険料払込方法(経路)の約款規定化、保険料口座振替特約の新設(1983年4月)
生命保険の約款には、保険料払込方法(経路)という条項がある。
保険料払込方法(経路)として、金融機関の口座から保険料を振り替える口座振替扱、勤務先の企業から支払われる給与から保険料を天引きする団体扱、生保会社の口座に保険料を送金する送金扱などが定められている。
この条項が新設されたのは1983年4月であり、背景としては国民生活審議会消費者政策部会報告「消費者取引に用いられる約款の適正化について」(1981年11月)がある。
同報告では、
「保険料の払込方法については、集金等の慣行に基づく消費者の意識と約款上の規定が乖離しないようにする必要がある。保険料の払込は集金によって行われていることが多いが、この場合、消費者は、保険会社が確実に集金に来るものと思っている。
他方、約款の規定によれば,保険料は会社の本社又は会社が指定した場所に払い込むことが原則であり、慣行となっている集金は便宜上の措置に過ぎない。したがって、集金が行われない場合には、消費者が保険料を保険会社に持参しなければならないことになっている。
こうした実務上の取扱いと約款の規定とのずれが、保険料払込に関するトラブルを生じさせる原因となっていると考えられる。(中略)
このため,保険料の払込方法については、現金持参、集金、郵便振替、銀行口座自動振替等実際に行われている方法について消費者が不利益を被らないように明確に規定し、これらの方法のうちから、自己の希望する払込方法を消費者が選択できる旨の規定に改めるべきである」(3)
と指摘されている。
これは、当時集金扱が主流であったにもかかわらず、約款では、保険料は会社の本社または会社が指定した場所に払い込むことが原則で、集金扱は会社が集金人を派遣した場合の便宜取扱い(保険料は保険契約者が持参すべき債務で、保険会社が取り立てるべき債務ではないとの考え方)とされていたことに対する適正化の提言である。
この報告を受けて、生保各社は、保険料払込方法(経路)の条項を新設し、持参扱、送金扱、集金扱、集金扱、口座振替扱、団体扱の5つの保険料払込方法を約款に明示するとともに、多くの会社では、保険料口座振替に関する約定を保険料口座振替特約として新設した(4)。
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(3)国民生活審議会消費者政策部会「消費者取引に用いられる約款の適正化について」(1981年11月)、『第8次国民生活審議会(昭和54年12月18日~昭和56年12月17日)』、消費者庁ホームページ。
(4)吉田明「国民生活審議会約款適正化報告に対する生保業界の約款モデルについて(その1)」、『生命保険経営』第51巻第3号、1983年5月、「生保各社、国民生活審議会報告に対応し約款を改正」、『生命保険協会会報』第64巻第1号、1983年12月。
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◆口座振替保険料率の新設(1987年4月)
1985年4月の保険審議会答申における、
「生命保険の種類、契約の態様、選択の方法、契約の維持管理の方法等によってコスト面で類型的に差異が生じる場合がある。募集競争の健全性にも留意しつつ、一般の契約者との関係で合理性が認められるものについては、コスト軽減効果を保険料率に反映させるよう努めるべきものと考える」(5)
との指摘を受け、生保各社は1987年4月、月払契約の口座振替によるコスト軽減を反映した口座振替保険料率を新設、保険料を平均1.5%引き下げた(既契約も1987年4月口座振替分より適用)(6)。
生保各社は「バンク特約」(7)として新契約・既契約双方の顧客に訴求し、口座振替の利便性に加え、保険料が割引されることで口座振替扱の利用者は大きく増加した。
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(5)保険研究会編『新しい時代に対応するための生命保険事業のあり方(保険審議会答申)』30ページ、財経詳報社、1985年7月。
(6)生保各社、口座振替料率を新設」、『生命保険協会会報』第68巻第1・2合併号、1988年6月。
(7)各社、4月から『バンク特約』 1.5%料下げ、B扱団体も同水準で」、『インシュアランス』第3263号、1987年3月。
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◆初回保険料キャッシュレスの導入(2005年5月)
口座振替保険料率により第2回以降保険料のキャッシュレスは進展したものの、初回保険料については依然として営業職員(または代理店)による集金が残存した。
2005年5月、プルデンシャル生命は初回保険料キャッシュレスを実現した。
これは、全ライフプランナー(営業社員)に携帯型の決済端末を配備することで、デビット機能が付与された金融機関のキャッシュカード(debit card、代金を口座から即時に引落とすカード)、クレジットカードで初回保険料を決済するものである。
また、カードを持たない顧客向けに、初回保険料口座振替制度も新設した。
初回保険料キャッシュレスの導入により、顧客にとっては利便性の向上、ライフプランナーにとっては入金事務、現金の盗難・紛失リスクの根絶、会社にとっては入金管理事務軽減などの効果をもたらすものとされた(8)。
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(8)「完全キャッシュレス化を実現 現金授受の煩わしさとリスクから解放」(2005年5月9日)、プルデンシャル生命ホームページ。
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◆保険料入金前の責任開始の導入(2006年8月)
デビットカードやクレジットカードによる初回保険料入金については、処理日から保険契約上の責任が開始される(約款上、デビット機能が付与されたキャッシュカードについては、生保会社の端末機に口座引落確認を表す電文が表示された時、クレジットカードについては生保会社が有効性などを確認した時から責任を開始するなどと規定されている)。
一方、こうしたケース以外では、初回保険料の払込みが責任開始の要件とされ、たとえば初回保険料口座振替の責任開始は翌月以降の口座振替日であり、申込みと責任開始までにはブランクがあった。
2006年8月、ソニー生命は責任開始期に関する特約を新設し、初回保険料の払込みを保険契約上の責任開始の要件とせず、保険契約の申込み、被保険者による告知のいずれか遅い時から保険契約上の責任を負うこととした。
初回保険料の払込みを保障開始の要件とする、保険料前払いの原則という考え方に対し、保険料の払込み前に保険事故が発生したケースでも、支払うべき保険給付から初回保険料を差し引く(9)ことで、初回保険料の払込み前から保障を提供するものであり、以降、追随する会社が相次いだ。
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(9)「初回保険料受領前に保障開始」、『インシュアランス』第4199号、2006年9月。
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現在の生保各社の約款規定
現在、生命保険を販売している40社のうち、銀行窓販などで一時払商品のみを販売している4社(平準払商品を販売していない会社)および平準払商品を販売しているものの、ホームページで約款を開示しておらず、詳細確認ができない5社を除いた31社の調査結果はつぎのとおりである。
初回保険料について、責任開始(期)に関する特約などの名称で、保険料払込みを責任開始の要件とせず、保険契約の申込み、告知のいずれか遅い時から保障責任を開始する会社は17社である。
うち4社は、普通保険約款において端的に「申込みと告知のいずれか遅い時から保障責任を開始する」と規定し、初回保険料口座振替などに限らず、団体扱なども含む全保険料払込経路で、包括的に当取扱いを実現していることをわかりやすく表現しているものと考えられる(10)。
また13社は、デビットカードやクレジットカードなどによる初回保険料キャッシュレスを実施している(1社は特段の取組みを行なっていない模様である)。
なお、約款上、集金扱を存続している会社は6社であった。
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(10)高橋優「日本生命の商品制度の抜本見直しについて」、『生命保険経営』第81巻第2号、2013年3月。
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おわりに(私見)
これまでの経緯を振り返ってみると、筆者として感じるのはつぎの2点である。
第一は、保険料キャッシュレスの意義である。
保険料キャッシュレスは、従来から指摘されてきた、顧客の利便性向上や生保会社の事務合理化、保険募集の簡素化のほか、保険料の現金収受に伴う不祥事件の軽減にも寄与している。
第二は、生保各社の保険料払込方法(経路)に関する約款規定や取組み方針が区々である点に関する問題意識である。
集金扱については廃止した会社が大半だが、保険料完全キャッシュレスを実現していない会社がいまだ複数ある模様である。
保険料キャッシュレスに向けた取組みは時代の趨勢であり、顧客の利便性向上や不祥事件軽減のため、最優先で取り組む必要があるのではないか。
かつて「生保業界においても急速にキャッシュレス化の動きが進み、1社では成しえないが、業界全体として大きなムーブメントを起こせるよう願っている」(11)という願望が示されたが、筆者もまったく同感であり、生保業界全体としての、保険料をはじめとしたさまざまな現金収受についての完全キャッシュレス実現を強く期待したい。
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(11)金子功一「初回保険料のキャッシュレス化」、『生命保険経営』第76巻第6号、2008年11月。
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小林雅史(こばやし まさし)
ニッセイ基礎研究所 保険研究部
上席研究員
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