シンカー:9・10月の日銀金融政策決定会合で政策の現状維持に反対した片岡審議委員の主張は、現状のような緊縮財政と金融緩和の組み合わせであれば、2%の物価目標の達成は困難であり、デフレ完全脱却に向けて、政府・日銀の更に強い協調が必要であるという意味合いがあろう。そして、日銀だけで2%の物価目標を実現するのであれば、現行の金融緩和策では不十分であるという論理になる。これまで、日銀から政府の財政政策に対する注文はあまり聞かれなかった。そればかりか、金融緩和の拡大はデフレ脱却と財政改善をもたらす一石二鳥であり、金融緩和と緊縮財政というデフレ完全脱却のためには非論理的枠組みの中で、日銀は無理に無理を重ねてきたように思われる。手段に限界が感じられる現行の金融緩和効果を強くするためには財政政策もしっかりとした拡大が必要であるということを訴える、初めて投げられた日銀から政府へのボールであると考えられる。9月の決定会合の主な意見では、「2%の物価安定の目標の実現にむけて、政府・日銀が一貫した姿勢で臨むことが非常に重要である」と、基礎的財政収支の短期的な黒字を目指した拙速な財政緊縮で一貫した姿勢をとってこなかった政府への批判ととれる発言もみられる。更に、ようやく完全雇用と需要超過になったところで、財政を緊縮にしてしまうと、好循環に入れぬまま、景気がピークアウトしてしまうリスクが大きくなることへの警鐘であるとも考えられる。生産性の強い向上がまだ確認できていない現在は経済成長率が持続的に強くなる好循環にはまだ入っていない景気拡大の初期であり、企業の投資活動が強くなり生産性の著しい改善が確認されるまで、経済政策を拙速に引き締めてはいけないことを示している。「完全雇用=財政緊縮がすぐに必要」ということにはならない。9月の決定会合の主な意見では、「企業の内部留保が過度に積み上がれば、経済全体として過剰貯蓄の状態となり、自然利子率が低下する可能性がある」との指摘があり、自然利子率を上昇させ、実際の金利とのギャップで示される金融緩和効果を強くするため、財政拡大により経済全体の過剰貯蓄を縮小させる必要性も暗に指摘されている。「資本・労働市場に過大な供給余力」が解消するほどに財政拡大が十分になれば、片岡審議委員も金融緩和効果は十分であると、現状維持への賛成に変わるとみられる。

SG証券・会田氏の分析
(写真=PIXTA)

9月と10月の日銀金融政策決定会合では、「2%の物価安定の目標の実現を目指し、これを安定的に持続するために必要な時点まで」、目標からの短期的なオーバーシュートの許容とマネタリーベースの拡大方針を含む「長短金利操作付き、量的・質的金融緩和」を継続し、日銀当座預金残高の一部の金利を-0.1%程度、長期金利を0.0%程度とする政策の現状維持を8対1で決定した。

9月から新たに加わった片岡審議委員が、両会合で現状維持に反対票を投じている。

議事要旨や主な意見では、片岡審議委員の反対票の背景を探ることになる。

片岡審議委員は、9月に「資本・労働市場に過大な供給余力が残存しているため、現在のイールドカーブのもとでの金融緩和効果は、2019年度頃に2%の物価上昇率を達成するには不十分である」と主張している。

9月の議事要旨では、「1990年代に比べて就業率が低下していることや、非労働力人口の中でも就業を希望している人数が多いことを指摘したうえで、労働市場には過大な供給余力が残存しており、当面、賃金上昇圧力は限られる」、「資本・労働市場のいずれにおいても、大きな供給余力が残存しているとみられる」との意見がみられた。

更に片岡審議委員は、10月には「オーバーシュート型コミットメントを強化する観点から、国内要因により物価安定の目標の達成時期が後ずれする場合には、追加緩和手段を講じることが適当」であると主張している。

9月の議事要旨では、「2018 年以降、2%に向けて上昇率を高めていく可能性は現時点では低い」との意見がみられた。

そして、「物価安定の目標の達成には相応の時間がかかる可能性があるため、今後は、政策の持続性を確保することがより重要性を増してくると考えられるほか、時間がかかるほど外部環境の不確実性が高まることについても意識しておく必要がある」との意見もみられた。

物価停滞の一つの理由として、アベノミクスの効果がなかったのではなく、効果があり潜在成長率(供給能力)が思ったより上昇していたからだというポジティブな動きがあることを軽視してはいけないだろう。

内閣府の推計では、潜在成長率は2016年10-12月期の段階で+1.0%となっていたことが確認され、アベノミクスが始まる前の2012年の+0.8%程度から上昇している。

潜在成長率の上昇寄与の中身を見ると、労働投入量が-0.1%から+0.3%へ改善し、アベノミクスの成長戦略の柱である女性・高齢者・若年層の雇用拡大の寄与がかなり大きいことが確認された。

少子高齢化と景気低迷などにより労働投入量の寄与はマイナスが続いてきたが、1990年4-6月期以来のプラスに転じている。

逆の見方をすれば、労働市場にはまだ供給余力が残存しているという片岡審議委員の主張を裏付けることになる。

労働のインプットが大きく増加している間は、賃金上昇は強くならない。

今後は、深刻な雇用不足感による効率化・省力化、そしてコスト削減が限界になる中で、過去最高に上昇した売上高経常利益率を維持するためトップライン(売上高)の増加が必要になってきており、企業の設備投資の増加の加速が期待される。

今後の潜在成長率の上昇の寄与は、労働から資本の積み上げに変わってくるはずだ。

これも逆の見方をすれば、資本市場にはまだ供給余力が残存しているという片岡審議委員の主張を裏付けることになる。

景気拡大の初期はインプット、後期には生産性で、潜在成長率は上昇していくことになる。

インプットが大きく増えているということは、供給能力が拡大していることを意味し、物価上昇も強くならない。

完全雇用と需要超過の中で、生産性の改善を目指す投資活動が強くなった時に、労働者がラーニングカーブを登るとともに、新技術が活用された設備がシナジーを生み、生産性の向上により潜在成長率が更に上昇し、経済成長率が持続的に強くなる好循環が生まれるという経験則がある。

その局面で、生産性の上昇を背景として賃金も著しく上昇し、家計にも景気拡大の実感が生まれ、デフレ完全脱却を達成することになろう。

景気拡大による総需要の増加に対して、生産性の上方は緩やかであるのが一般的であることを考えれば、拙速な財政緊縮がなく、景気拡大が継続していれば、物価上昇は加速していく可能性が高い。

しかし、そこまでたどり着くには片岡審議委員が主張するようにかなりの時間がかかり、その動きを加速するためには財政緩和を含め総需要の更なる拡大が必要となる。

9月の議事要旨には、「資本・労働市場に過大な供給余力が残存していると見込まれる中にあって、2019年10月に消費税率の引き上げが予定されていることも踏まえると、物価を十分に高めるためには、一段の需要拡大が必要である」との意見がみられた。

片岡審議委員の主張は、現状のような緊縮財政と金融緩和の組み合わせであれば、2%の物価目標の達成は困難であり、デフレ完全脱却に向けて、政府・日銀の更に強い協調が必要であるという意味合いがあろう。

そして、日銀だけで2%の物価目標を実現するのであれば、現行の金融緩和策では不十分であるという論理になる。

これまで、日銀から政府の財政政策に対する注文はあまり聞かれなかった。

そればかりか、金融緩和の拡大はデフレ脱却と財政改善をもたらす一石二鳥であり、金融緩和と緊縮財政というデフレ完全脱却のためには非論理的枠組みの中で、日銀は無理に無理を重ねてきたように思われる。

手段に限界が感じられる現行の金融緩和効果を強くするためには財政政策もしっかりとした拡大が必要であるということを訴える、初めて投げられた日銀から政府へのボールであると考えられる。

9月の決定会合の主な意見では、「2%の物価安定の目標の実現にむけて、政府・日銀が一貫した姿勢で臨むことが非常に重要である」と、基礎的財政収支の短期的な黒字を目指した拙速な財政緊縮で一貫した姿勢をとってこなかった政府への批判ととれる発言もみられる。

更に、ようやく完全雇用と需要超過になったところで、財政を緊縮にしてしまうと、好循環に入れぬまま、景気がピークアウトしてしまうリスクが大きくなることへの警鐘であるとも考えられる。

生産性の強い向上がまだ確認できていない現在は経済成長率が持続的に強くなる好循環にはまだ入っていない景気拡大の初期であり、企業の投資活動が強くなり生産性の著しい改善が確認されるまで、経済政策を拙速に引き締めてはいけないことを示している。

「完全雇用=財政緊縮がすぐに必要」ということにはならない。

9月の決定会合の主な意見では、「企業の内部留保が過度に積み上がれば、経済全体として過剰貯蓄の状態となり、自然利子率が低下する可能性がある」との指摘があり、自然利子率を上昇させ、実際の金利とのギャップで示される金融緩和効果を強くするため、財政拡大により経済全体の過剰貯蓄を縮小させる必要性(企業貯蓄率の異常なプラスを財政拡大でオフセットする)も暗に指摘されている。

「資本・労働市場に過大な供給余力」が解消するほどに財政拡大が十分になれば、片岡審議委員も金融緩和効果は十分であると、現状維持への賛成に変わるとみられる。

ソシエテ・ジェネラル証券株式会社 調査部
チーフエコノミスト
会田卓司

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