「任せ上手」とは、どんな人のことを指すのでしょうか。任せ下手の中には・「プレイヤー型任せ下手」・「心配性・マイクロマネジメント型任せ下手」・「放任・丸投げ型任せ下手」・「総動員型・パニック型任せ下手」・「不適材不適所型任せ下手」などがあります。

(本記事は、麻野進氏の著書『最高のリーダーが実践している「任せる技術」』 ぱる出版、2017年11月16日刊の中から一部を抜粋・編集しています)

最高のリーダーの任せる技術
(画像=Webサイトより)



【関連記事 『最高のリーダーが実践している「任せる技術」』より】
・(1) 「その仕事、やる意味あるんですか?」「パワハラじゃないですか?」にどう対応するか
・(3) 「仕事を任せる技術」の基本をマスターする5つのステップ

「任せ上手」とはどういう人のことか

部下にうまく任せることができれば、チームの業績が上がることは、リーダーであれば誰でも感覚として理解している。

ところが、「任せ上手」のリーダーとはどんな人か?と問うと、具体的な回答が返ってくることはまずない。

試しに、リーダーであるあなたに〝任せ方〟について指摘してきた上司にこういう質問をしてほしい。

「どうすれば任せ上手になれますか?」

これに対して上司から返ってくるのは、「あの場面は、○○君にやらせたほうがよかった」「あの程度の内容だったら△△君にやらせてもよかった」などと局所的、表面的なところだけを捉えたアドバイスだけだろう。

人事部にも聞いてみよう。

「もっと部下の話に耳を傾けて、部下を信じて任せることが重要です。答えは部下が持っているのだから、いい質問、いい投げかけをしましょう」とコーチング研修で学習した概念的な話が続く。

「そんなことくらい分かっているよ。それがうまくできないから聞いているんじゃないか」(byあなた)

部下はどう思っているのか。

「もっと話を聞いてほしかったです」「もっと具体的に指示してもらいたいです」「はあ、違うだろ!このー×××!何回も説明しているぞ、メモぐらい取りなさいよ」と厳しい口調で言いたいところだが、パワハラと騒がれては困るので、ストレスがたまる一方である。

要するに、誰からも明確な答えは返ってこない。

任せ上手の定義が難しい理由

ではなぜ「任せ上手」の定義が難しいのか。2つの理由が考えられる。

ひとつ目は「リーダー自身が何らかの意図をもってすでに部下に任せている」という現実がある。

「あなたは部下に仕事を任せていますか?」と問われれば、リーダー全員が「YES」と回答するはずだ。

そもそもチームの仕事を100%自分ひとりでやっているリーダーなど存在しない。それではリーダーに任命する意味がない。

またリーダーはチームの業績や業務の品質に責任を負っている以上、何も考えずに部下に仕事を任せている人などいるはずがない。

ゆえに100%の任せ上手とまでは言わなくても、本音の部分では自分が「任せ下手」であることを認めるのは非常に難しい。

2つ目の理由は、「任せ方には決まったセオリーがない」ということだ。

ダイバーシティ(多様性)マネジメントという言葉がはやりだしてもう10年以上になるが、ここ最近では多くの人事担当者が口にするようになった。

これは、人種や性別の違いに限らず、年齢や学歴、性格、価値観などの多様性を受け入れ、より広く人材を活用することで労働生産性を高めようとするマネジメントのことを言う。

そういった人材マネジメントのトレンドの中で、人出不足・人材不足が加わり、これまでだと「使えねえ!」と思っていたような部下でさえもなんとか育成し、仕事を任せていかなければならない状況となってしまった。

任せ方のセオリーがないというのは、「任せる相手(部下)のタイプ」と「任せる状況・場面」の掛け算(=任せる相手(部下)のタイプ×任せる状況)という無限のパターンがあるからだ。

部下全員が前向きで、優秀で、積極的であれば、そしていつも多少の失敗を許容するだけの時間的余裕があれば、任せ方は比較的簡単である。

目標を定めて、フォローの仕方を決めて、報告のルールを決め、あとは思い切り自分の考えで好きに仕事を進めてもらえれば良いはずだ。

しかし実際には、そんな”理想的な任せ方”を実現している組織など存在しないし、一時的でもそのような状況などあり得ないと皆が思っている。

「任せ下手」のワナにあなたは陥っていないか?【任せ下手・チェック】

「任せ上手」(次章以降で述べる)になる前に、自身の「任せ下手」傾向をセルフチェックしてみよう。

前項では「誰も自分を任せ下手だと思っていない」と言ったが、周りから見て「任せ下手」のレッテルが貼られるリーダーには特徴がある。

【Check1】
次の3つの質問に回答してください。

[質問1]
あなたは自分がリーダーとして、本来やるべき仕事や学びの時間に十分な時間を取れていますか?

[質問2]
チームの成果は期待通り、またはそれ以上に達成できていますか?

[質問3]
部下は育っていますか?あるいは定着していますか?恐らくこの3つの問い全てに、自信を持って「YES」と回答できるリーダーは皆無だろう。 そもそもそんな人は本書を手に取っていないし、私もそんな人に実際に会ったことはない。

以下回答に沿って陥りやすい「任せ下手」タイプを分類していこう。

「プレイヤー型」任せ下手

前項の、〈質問1「あなたは自分がリーダーとして本来やるべき仕事や学びの時間に十分な時間を取れていますか?」〉で回答が「NO」となった方は、更にこの質問に答えてほしい。

【Q1】
「これくらい部下がやれよな……」と思うことが多い。

このタイプは、【「プレイヤー型」の任せ下手】の可能性が高い。

質問1のリーダーとして本来やるべき仕事や学びの時間に十分な時間を取れていないということは、次の8つのリーダーとしてなすべき責任を果たせていないということになる。

もしくは、部下の仕事を代わりにやることは楽しい。

①「管轄するチームの管理が不十分」
上位方針を踏まえて仕事を計画し、組織化し、割当てし、指示し、統制し、調整すること。つまり、PLAN‐DO‐CHECK‐ACTIONのマネジメントサイクルを回すことが、リーダーに求められている最も重要な機能なのに、自身が個人として担当する実務が中心となっている。

だが、部下からは「自分のことばかりでなく、リーダーとしてもう少しチーム全体を見て、マネジメントをして欲しい」などと思われているはずだ。

②「管轄する仕事の効率化ができていない」
一言で「成果を上げろ!」と上司は言うが、それは最終結果として期待していることであって、そこには様々な業務遂行上の障害や問題点を発見し、改善・工夫なくして、成果を上げることなどあり得ない。

だが、ちょっと気の利いた部下からの改善提案があっても検討する時間が取れず、すれ違うばかりで部下のモチベーションを下げることはよくある話だ。

③「部下の指導と育成に時間が取れない」
部下の業務遂行の支援を行いつつ、能力を最大限に発揮させ、成長させることが、緊急性はないがリーダーに求められている重要な役割なのは、十分わかっているが、”緊急性がないために”時間がなかなか取れない。

「最近の若手社員は成長が遅い!リーダーは一体現場で何を指導しているのか!!」と部長が嘆いている。

④「組織風土の活性化」が図れない
職場内のコミュニケーション(人間関係)をより良い状態に保ち、やる気を起こさせるには、メンバーからのボトムアップを尊重し、任せることも重要だが、リーダーが中心となって推進する必要がある。

「職場の色々な不満が、リーダーを通り越して部長の自分のところに直接上がってくる。前任者のときはそんなことなかったのに」という状況になってくるとかなり厳しいと言わざるを得ない。

⑤「組織間の連携支援」が取れていない
組織間の連携支援とは、上位組織(上司)のビジョンや目標の達成に貢献するべく、組織間の連携を行うことだが、自身の実務に没入しているとそういう余裕がない。

部下からは「自分達ではできない組織間の調整や交渉をリーダーに進めてもらえないと、我々の仕事が止まってしまう」という嘆きが聞こえる。

⑥「上位方針の浸透」ができていない
上位方針を理解・咀嚼し、配下のメンバーに伝達・浸透させなければならないが、「会社の考えや、やろうとしていることの背景や”行間(想い)”を、もっと話して欲しい」という部下側の思いに応えられているリーダーは少ない。

⑦「組織全体の変革推進」が図れない
自身の担当だけでなく、より上位の組織全体の変革を考え自ら推進していくことが求められるが、「リーダーは経営の一角を担うのだから、自分の担当のことだけでなく、もっと高い目線で物を見ろ!」と事あるごとに上司から言われてしまう。

「大事なことは分かっていますが、やるべき仕事が多すぎて、そこまで手が回りません」と言いたいところだが、「それを何とかするのがリーダーの役割だ」と言われるのがオチだと分かっているので、言い訳はしない。

⑧「自身の担当業務の遂行」まで手が回らない
以上に加えてというか、前提でもあるが、8つ目は「自身の担当業務の遂行」だ。

プレイヤーとしての自身の担当業務も、今まで以上に高品質で遂行することが内外で求められている。

プレイングマネージャーが前提の日本企業では、リーダーに対して「組織マネジメントができていない!」と言いながらも、プレイヤーとしてのハイパフォーマンスを求めている。

部下も「リーダーなんだから業務の手本=成功例を見せて欲しい」と思っている。これらのリーダーとしてなすべき責任が果たせていない状況とは、一担当者としての実務に没入していることを意味する。

「これくらいは部下がやれよな」という発想を持ちながら、時間がないからという理由で任せられない状況が続くのは、マネジメントよりもプレイヤーとしての活動に価値を置いているからに他ならない。

人に仕事を任せるにはリスクを伴うが、そういう人はリスクを取ることに躊躇があり、プレイヤーとしての安定的な成績を出すことがリーダーであり続けるためのリスクヘッジになると思っている。

だが、会社側(任免権者)からすれば、それではリーダーに任命した意味がないので、結局プレイヤー(専任者)として活躍してもらう場に異動することになるのは間違いない。

また、「部下の仕事を代わりにやるのが楽しい」という発想も同様である。

より多くの仕事をこなすことが会社に貢献することであり、自身の能力・経験値の向上に繋がるという〝思い込み〟が根底にある。

その考え自体は否定することではないが、リーダーに求められていることがそうなのかと自問したほうがいい。

ただ、人事制度がこれらの行動を誘引している場合もある。

例えばBtoCビジネスで歩合給を導入している企業だと、組織を預かる責任者であっても個人成績が歩合給に連動していると、いくら責任者だからといっても自身の数値作りに奔走してしまう。

組織長としての人事評価より、いくら売ったかで給与が決まる歩合のほうが実入りがいいのだから当然である。

「心配性・マイクロマネジメント型」任せ下手

【Q2】
このタイプは【心配症のマイクロマネジメント型】によって任せ下手に陥ってしまっている可能性が高い。

「手抜きができない心配症」が、実は組織で最大のムダを発生させているという現象を生んでしまっているのだ。

そこでもうひとつ質問したい。

「昨日あなたがやっていた仕事すべてについて、その目的を明確に答えることはできますか?」

いつも部下がどこで何をやっているのかが気になって仕方がない。もしくはこまめに報告がないと落ち着かないもしこの質問への答えが「NO」だとしたら、「作りすぎのムダ」が生まれている可能性がある。

「作りすぎのムダ」とは、必要以上の量を作ってしまったり、必要なタイミングよりも早く作ったり、「手抜きができない心配症」というイメージだ。

これは、日本型雇用慣行と長期出世レースが生んだ副産物でもある。

例えば社長が部門長に10のタスクを命じたとする。その部門長は配下の部長に14くらいのタスクにして命じる。保険をかけておきたいのだ。

当然である。指示通りのことしかやらなければ、業務報告をした際に社長から「そうすると、こういう場合はどうなる?」と問われたときに、「それは調べてませんでした」では、経営幹部としての資質を疑われる。

指示されたこと以上に付加価値をつけて報告することが出世の法則だからだ。

だが、この思考パターンはここで終わらない。14のタスクを命じられた部長は、さらに保険をかけて配下の課長には18のタスクにして命じることになる。

課長から実務担当者の部下に展開されるときには、20以上のタスクとなっている可能性が極めて高い。

このような思考が全社規模になってくると膨大な「作りすぎ」が発生している計算が成り立つ。

私の仕事の多くは、クライアントの人事部長と一緒になって役員会向けプレゼンテーションの内容を検討することだが、内容が固まってから(打合せが終わってから)の社内工数が半端ではないという。

個々の役員が言い出しそうな事柄を想定して、資料のフォーマットや表現方法などを慮って、会議資料だけでなく膨大な手持ち(想定問答用)資料を作らねばならない。

これは何も対上司向けのアピールだけではない。

バブル崩壊以降デフレ経済が続いたせいで、多くの企業は「販売価格の引き下げ(コスト低減)」か「価格据え置き、品質向上(過剰品質)」競争に突き進むことになった。

その結果、顧客ニーズ以上の付加価値を出すことを現場のリーダーのみならず、個々の社員に課すようになった。

「失われた20数年」というが、その間ITの進歩もあり、一人当たりの生産性は格段に高まったはずなのに、一人当たり労働時間が低下しないのは、このような過剰品質を疑うことなく新たなタスクが発生しているからだ。

この考え方に支配されているリーダーはこまめに報告を求める傾向が強い。

メールや会議、週報など報連相のタイミングを予め設定するだけでは物足りず、「あれはどうなった?」と気まぐれに報告を求めたりするので、部下のほうもそれに備えて報告のための余計な仕事が増えてしまっている。

「放任・丸投げ型」任せ下手

【Q3】
このようなタイプは、部下に仕事を任せる際に、「委任」と「放任」を履き違えている【「放任・丸投げ型」任せ下手】の可能性が高い。

「委任」と「放任」の違いは何か?

「委任」とは、部下のパフォーマンスを信頼して、任せることだが、その業務の意味、時期、やり方、報連相のタイミングをきちんと確認していなければ「丸投げ」と言われても仕方がない。

そして”結果責任”は任せたリーダーが取らなければならない。ということは何かトラブルなどがあったときに、まるで部下が勝手にやったかのように、リーダーが「知らなかった」という言い訳をすることで「丸投げリーダー」であることを自ら証明してしまうことになる。

また同時に、リーダーは「業務の”遂行責任”は部下にある」ことを理解させる必要がある。

「責任はリーダーが取るのだから、私はただやればいい」というマインドのまま部下が業務遂行するようでは、放任、丸投げと何ら変わらない。

なので、いったん部下との間で遂行責任があることに合意したら、少しばかりの困難に遭ったからといって安易に手助けするべきではない。 そういう試練があって初めて部下は「責任」というものを自覚するようになる。

一方「放任・丸投げ」とは、どういうものだろうか。

基本的に任せる相手のこと(状況)を何も考えないで、業務依頼することが「放任・丸投げ」だ。

任せる本人にとって明らかに時間的に、業務量的に、業務レベル的に処理しきれないものを「任せた」というのは委任ではなく丸投げだ。

放任するリーダーは「人に関心がない」

少なくともリーダーに任命されるのだから、放任型とは言え優秀なリーダーに違いない。このようなミスマッチとも思える人材登用がなされるのは、人事制度運用に問題がある。

組織の中で昇進・昇格していくときの評価(判断)基準では、これまでの個人のパフォーマンスが重視され、部下や後輩を育成し、成果を出させるというものではない。

年功序列傾向のある企業であれば、「○○代理」「○○補佐」などマネージャーをサポートしながら「人材育成」を学ばせるポジションと期間が存在した。

ところが、成果主義的人事が主流となってからは、育成経験・準備期間がないまま、個人のパフォーマンスだけでリーダーに任命するパターンが増えた。

だが、いったん職場のリーダーになってしまうと、経験があろうが無かろうが「我々を動機づけてくれる存在」として部下は期待する。

ところが、悲しいかな放任型リーダーの本質は、「人に関心がない」ことにある。

優秀な放任リーダーの下では、優秀な部下が育つ

実務に長けていて、優秀な成績を収めてきた放任リーダーは、優秀な部下のポテンシャルを引き出すことができる。いわゆる「上司の背中を見て育つ」というものだ。

人に関心がなくても優秀と言われる人の特徴として、「達成志向性」(目標に執着し、達成しようとする意欲を維持し、成果達成に結びつける力)、「情報収集力」(質、量の両側面から、執拗に情報を収集し、深く掘り下げる力)、「分析的思考力」(原因と結果の因果関係を突き詰め、対応策を練る力)、「学習意欲」など、個人で完結する能力に長けている。

優秀な部下にとって、これらの能力を発揮しているリーダーは、身近なロールモデルとしてベンチマークしたい存在と言える。

優秀でないリーダーからいくら思いやりのある声掛けをしてもらってもあまり響かない。

優秀な気の利いた部下がいない組織に、優秀な放任リーダーが着任しても、まとまりのない、士気の上がらない状態となってしまう可能性が高い。

あるいは逆にリーダーに教えてもらえないので各々が自律的・自立的な組織になる可能性もある。だが、今どきの草食系ゆとり世代が中心の組織だと、間違いなく前者の状態に陥るだろう。

そもそも「人に関心がない」のだから、スキルや仕事ぶりを見せることはできても、部下の特性を見極め、ポテンシャルを引き出すことに関心が持てない。

「傾聴」や「コーチング」などのコミュニケーション系の研修に参加させてもさほど効果が期待できない。

「総動員型・パニック型」任せ下手

【Q4】
任せた仕事がうまくいかなかった場合、(毎回)ドタバタの中、最悪の場合にはチーム全員で解決にあたらせてしまう。

これは【「総動員型・パニック型」任せ下手】の可能性が高い。前述の「放任型任せ下手」リーダーが丸投げし続けた結果であることも多い。

そもそも「丸投げ」という行為は、仕事を依頼する上司が業務や背景の事情などが分かっていない状態で、部下に依頼することでもある。

このタイプは業務を進める際に「仮説思考」が欠如していると言わざるを得ない。

任せた後に起こりうる最悪のケースを想定していない。それに応じたバックアッププランを考えていない。

一般的に人は結論を出す前に情報を集めようとする。

情報が多ければ多いほど、いい答えが出せると考えるため、可能な限り多くの情報を集めてそれらを分析し、課題の本質を見極めてから解決策を見出そうとする。

だが昨今の複雑化したビジネス環境を考えると、マネジメントの実践や問題解決の場面では、情報収集や分析の前に、情報の少ない段階から問題の全体像や結論を考える「仮説思考」という思考習慣がビジネススキルで重視されている。

仮説思考が欠如している人とは、業務遂行しようとするときに、次の3つの問い(仮説)を考えていないことが多い。

①「自分(自組織)の課題を設定したときのゴールイメージはどのようなものか?」を考えていない
具体的なゴールの仮説を設定しないで、課題が解決したと言えるのかどうかが判断しにくい。

「売上10億円達成」という数値目標は分かりやすいが、その内訳は「新製品で○億円、既存製品の改良版で○億円、既存製品はダウン計画の○億円、それぞれ製品はマーケットが異なるので、地区別・過去実績別に仮説を設定する」という思考がないと、結果オーライの行き当たりばったりのマネジメントになってしまう。

②「ゴールに向かって職務遂行する際に予想される障害は何か?」を考えていない
どんな障害が起こり得るのかの仮説を立てておくことが必要だが、少なくとも当初立てた目標通りの展開であれば、起こる障害は想定内で処理できるはずだ。

③「うまくいかなかったときに、どんな代替案が考えられるか?」を考えていない
だが、その際、複数の仮説を設定して、複数の対処案を考えておくことが重要となる。

そして「総動員型任せ下手」はこの2つ目、3つ目の仮説を立てていない、あるいは甘いことでドタバタ劇を繰り広げている。

「うまくいかなかったとき」のバックアッププランには3つのメリットがある

スマホが進化・浸透してもまだパソコン無しで仕事を進めることはできないが、重要性を認識していながら、ついつい軽視してしまうのが、大切なデータのバックアップだ。

トラブルが起きてから、改めて反省するのだが、普段からケアしていないと万一の際のダメージが大きい。

部下に仕事を任せるときも同様で、リーダーは上記3つ目の仮説「うまくいかなかったときの代替案」を持つべきなのだが、単にリスク回避のためのバックアップではなく、次の3つのメリットを理解していない人が多い。

メリット①「緊急時に冷静な判断ができる」

例えば、経理や営業事務など月次の作業を任せている担当者が、諸事情で長期間業務を離れなくてはならなくなったとしても、バックアップ要員を予め準備(要員の確 保、担当者の想定、業務のマニュアル化、チェックリスト化など)しているとまさか のときに冷静に判断し、最小限の混乱で対処できる。

メリット②「部下のスキルアップにつながる」

いわゆる「多能工化」と言われるものだが、全く仕事内容が異なる者だけで構成されている組織は、隣の同僚の仕事に関心を持たない場合が多い。このままだと個々の担当者の「職務充実」(専門性の深化)はできるかもしれないが、「職務拡大」は望めない。複数の社員が主業務だけでなく、サポート業務(他者の業務のバックアップ)までできるような体制にすることで個人のスキルアップが実現する。

メリット③「業務効率化の機会になる」

複数の担当者がサポート業務に携わることで、これまでの主業務の遂行プロセスに対する疑問や作業そのものの必要性に気付くことが少なくない。 単にバックアップを取ることが目的であったのが、業務プロセスの見直しや業務の効率化につながるきっかけとなるならば、リーダーはそういう機会を見逃してはならない。

麻野 進(あさの・すすむ)
組織・人事戦略コンサルタント。大阪府生まれ。株式会社パルトネール代表取締役。組織・人事専門コンサルティングファーム取締役、大手シンクタンクでのシニアマネージャーを経て、現職。全日本能率連盟認定マスターマネジメントコンサルタント、特定社会保険労務士、早稲田大学大学院非常勤講師「人的資源管理」担当。規模、業種を問わず、組織・人材マネジメントに関するコンサルティングを展開し、人事制度構築の実績は100社を超え、年間1,000人を超える管理職に対し、組織マネジメントの方法論を指導。入社6年でスピード出世を果たし、取締役に就任するも、ほどなく退職に追い込まれた経験などから「出世」「リストラ」「管理職」「中高年」「労働時間マネジメント」を主なテーマとした執筆・講演活動をおこなっている。主な著書に『部下に残業をさせない課長が密かにやっていること』(ぱる出版)、『ポジティブな人生を送るために50歳からやっておきたい51のこと』(かんき出版)、『部下なし管理職が生き残る51の方法』(東洋経済新報社)、『役員の登用・評価・養成のすべて』(政経研究所、共著)などがある。